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大小山・妙義山・大坊山 [栃木]

2017/12/30(土)

■第370回 : 大小山(282m)・妙義山(318m)・大坊山(285m)


この日は栃木県の最南部に出掛けて、大小山と、そこから稜線伝いに歩けるいくつかの山々を歩いてきました。
岩混じりの尾根道で結ばれながら、危険を感じるような急峻な箇所はなく、ちょっとしたスリルを味わう感覚で渡り歩けるのが面白い山々で、標高が低い割に展望に恵まれた尾根上からのパノラマも楽しみのひとつでした。

しかし、下界にいる間はのどかな好天だったのに、稜線に上がった途端、烈風が間断なく吹き荒んでいました。
耳をつんざく強烈な風の唸り声の中、時として身体が浮き上がりかけるほどの状況です。せっかく展望の良いピークに立っても、立ち止まるや否や体温を奪われるので、寒風に追い立てられて早々に退散させられる始末。
気温自体は低すぎず、身体を動かしていれば寒さは平気でしたが、とても穏やかな気分では歩けませんでした。

(往路)
古淵 05:15-05:19 町田 05:22-05:56 新宿
新宿 06:05-06:24 品川 06:33-07:51 小山
小山 08:00-08:36 富田

(登山行程)
富田駅      08:40
阿夫利神社    09:10
大小山      09:40
妙義山      09:45-09:50
越床峠      10:35
つつじ山     11:10
大坊山      11:20-11:25
長林寺      12:40
白髭神社前バス停 12:50

(復路)
白髭神社前 12:56-13:15 足利 13:43-14:23 小山
小山 14:33-15:37 赤羽 15:43-15:57 新宿
新宿 16:00-17:53 相模大野 17:50-18:05 市営斎場入口


大きなマップで見る

JR両毛線の富田駅から歩き始めます。同じ電車から降りた数人の乗客のうち、ハイカー姿は私だけでした。
はじめは住宅街の中を進みます。道順は単純ではありませんが、道標がしっかりと道案内してくれていました。
しぱらく進むとのどかな景色に変わって、少しずつ山が近付いてきます。
田畑が広がるようになると、これから登る山がスッキリと見えてきました。中央に写っている2つのピークは、「大」「小」の2文字が頂上直下に見える左側が最初に登る大小山、右側がその次に登る妙義山です。
両毛線の車窓からも良く見えていた大小山の代名詞、頂上直下に掛けられた「大」「小」の文字をアップで。
登山口の手前まで来ると、大きな駐車場がありました。奥には大小山が見えています。

富田駅から30分ほどで登山口に到着です。ここにも車が停められるほか、簡易トイレも設置されていました。
登山口からは3本の登山道が分かれますが、阿夫利神社の横を抜けて見晴らしコースに入ります。
すぐに動物除けのフェンスを開閉して、いよいよ山道へ‥‥。
と思ったら、もうしばらくアスファルト舗装の道が続きました。
舗装された道が終わったら、今度は石段が始まって、これも少し長く感じるくらい続きました。
見晴らしコースは、途中で男坂と女坂に分かれます。男坂に階段が続くのを見て、ここは女坂を選びました。
女坂とはいえ、ほとんどジグザグを描かずに直登する感じの道で、それなりの勾配に早くも汗をかかされます。
ほどなく男坂と女坂は合流し、合流点の少し先で見上げると、「大」「小」の2文字が間近に迫っていました。遠くからも良く見える物なので当然ですが、近くで見ると結構デカイ!(小さな写真では伝わりませんが‥‥)

休憩舎のある見晴台に着くと、「大」「小」の文字はすぐ上の岩壁に掛かっていました。
見晴台からは、昨年の同じ日に縦走した晃石山・馬不入山・岩船山・三毳山が間近に眺められたほか、その奥では少し遠くの筑波山や加波山が霞みながら見えていました。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。
見晴台の休憩舎には何冊ものノートが置かれていて、最新のメッセージを見るとつい昨日書かれたものでした。
ところでこの日は、良く晴れて気温もさほど低くはなく、風も穏やかで割と快適に歩いて来ました。駅から見晴台までの軽い登りでも結構汗をかいていたので、ここでジャケットを脱いでフリース姿になっています。

見晴台から、このハシゴを登ると、間もなく稜線に出ます。
稜線に出ると岩混じりの山肌になりますが、登山道は普通に歩ける程度で危険はありません。それよりも、稜線上では強風が吹き荒れていて、突然の豹変ぶりに戸惑いつつ、すぐ上に見えている大小山の頂上を目指します。
大小山の頂上でも、風の強さと冷たさに閉口します。
ということで、遠くに見えていた富士山だけカメラに収めたら、ほぼ素通りに近い形で先へ進みます。実は富士山は、両毛線の車窓からも当たり前のように見えていて、それに気付いた時はちょっとビックリしたのでした。

すぐお隣には、次に登る妙義山がもう間近に見えていました。今いる大小山よりも少し高く、周囲も開けているので、展望はそちらで楽しむことにします。
妙義山への登りも、岩の露出した尾根を進みます。一見険しく見えますが、傾斜が急な箇所はなく、道が階段状になっていて2足歩行のまま登れる上、手を添える必要もほとんどないので、岩場というほどではありません。
妙義山の頂上では全方位が開けていて、360度のパノラマを楽しめます。なのに、あまりの強風のため、立ち止まると身体が急速に冷やされて、とても長居はできません。とはいえ展望写真は欠かせないので、最小限の枚数でてきばきと取り終えるようにしたら、ここでもそそくさと撤収となりました。
妙義山には二等三角点がありました。国土地理院の地形図や一部のガイドブックはここを大小山としていますが、この記録では現地の標識に従って、ここを妙義山、「大」「小」の文字が掛かったピークを大小山とします。
妙義山からの展望を、南側から時計回りに紹介します。南側には、奥多摩や奥武蔵あたりの稜線の上に、富士山が頭ひとつ抜きん出ていたほか、西南西側には八ヶ岳がぼんやりと見えていました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
続いて西から北にかけての方角です。こちらは空気の透明度が今ひとつで、雲も結構出ていたので、赤城山は裾野しか見られず、浅間山・榛名山・男体山といったあたりも少し霞んで見える程度にとどまりました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
最後の東側は比較的近くの山々が中心の眺めで、ちょうど1年前に縦走した晃石山・岩船山・三毳山といった山並みの上で、筑波山や加波山が霞んでいるという、先程の見晴台からと似たような眺めになっています。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。

妙義山の先も露岩の尾根を下りますが、この日はいつものトレランシューズではなく、ファイブテンのアプローチシューズを履いていて、靴底のグリップを完全に信頼できたので、足元への不安は全くありませんでした。
補助ロープが下がるちょっとした崖のような箇所もありましたが、ここはロープを使わずに下れました。
その後は小さなアップダウンを繰り返しながら、いくつかのコブを越えます。進むにつれて強風はさらに威力を増していて、しばしば耳をつんざくほど大きな唸り声が轟く登山道には、少々不穏な雰囲気が漂っていました。
小ピークの中には、私製の山名標を見掛けるところもありました。ここは「仮称 毛野山」だそうです。
途中には「がま岩」という標識が付けられた岩尾根があって、尾根上を乗り越えて通過していきます。ここがこの日のコースの中で唯一厄介な箇所だったのですが、帰宅後に調べると、ちゃんとした道が下にあったらしい。
「仮称 あいの山」の山名標があるピークを通過。似たようなアップダウンが続くので、少し長く感じます。
一旦大きく下って、全行程のほぼ中間地点にあたる越床峠へ。さすがに鞍部にいると強風もなく穏やかです。

越床峠からは改めて登り直す具合です。そこは「胸突坂」と呼ばれているらしいので、傾斜がきつくなりそう。
ほどなく道が二手に分かれました。尾根通しに直進する道(写真左端)は急斜面を直登していて、補助ロープがずっと連なっていることからも、いかにも苦しそうな急坂に見えます。一方、右に分岐する道はと言うと‥‥。
「ちょいやさしいコース」という標識が立っていたので、迷わずそちらを選んでみたら、その道は斜面に対して斜めに上がるような道筋を描いていて、確かに道の勾配がいくらか抑えられていたようです。

ふいに開けた場所に出ると、コースの手前から時々見えていて気になっていた建物が間近に迫っていました。
その建物の手前には簡易トイレも設置されていて、この日のコースで登山口以外にあった唯一のトイレでした。
一段上の平坦地には大きな休憩舎があって、隣には避難小屋のような建物も。休憩舎には「山頂番屋」という銘板が付けられていて、そういえば少し手前から「↑番屋 きてね」などの標識をたびたび見掛けていたのでした。
さらに奥には、しっかりした小屋も建っていました。年末のこの日はひっそりしていましたが、人がいれば軽食などが注文できるようですし、屋上が眺めの良いテラス席になっていて、そこでの休憩は気分が良さそうです。

山頂番屋を過ぎてさらに登ると、また道が左右に分かれました。右の道は足利鉱山を通るとされているので尾根筋を進むらしく、左はその巻き道になるようです。左の巻き道のほうが良く歩かれている様子ですが、すでに足利鉱山の直下に達していて、今から巻いたところで大きな差はなさそうですし、右の道で尾根を進んでみます。
足利鉱山まではほんの2~3分で到着しました。ここで登山道が左に折れるのに対して、それ以外の方向は鉄パイプやロープなどで厳重に封鎖されていて、一歩たりとも踏み出せないようになっています。
その理由は下を覗きこんで分かりました。眼下に採石場があって、山が大きく削られて崖になっていたのです。
足を踏み外せば、100m下へ真っ逆さま。登山道の崖側に、最小限の転落防止策は取られているものの、傾斜の急な岩混じりの尾根を細くて頼りない道で進むため、足腰に不安がある人は巻き道を選んだほうが安全です。

巻き道が合わさってからも、露岩の細い尾根道は続いて、いくつもの小さなコブを越えていきます。強風は相変わらず猛威を振るっていて、時として身体ごと持っていかれそうになることもあり、左右が切れ落ちている地点では油断していられません。まさか、こんな低い山で耐風姿勢を要求されることになろうとは‥‥。
ベンチのあるピークに着くと、そこが「つつじ山」で、展望が開けた気持ちの良い場所でした。
樹木に掛けられていた山名板です。このつつじ山のほか、先程の足利鉱山も展望が良かったのですが、見られた景色は妙義山からのパノラマの一部としてすでに見てきたものと大差なかったので、展望写真は割愛します。

つつじ山から軽く下ると、その次の小さなコブが、大坊山方面と長林寺方面との分岐点になっていました。このあとは、大坊山まで往復したのち、ここに戻ってきてから長林寺方面へと下ります。
大坊山へはひと登りで到着しました。広い頂上は、その全体がほぼ平坦地なので、すごく開放的な雰囲気です。
奥宮の小さな社がポツンと置かれたこの場所に、かつては大山祇神社が建っていたとのこと(落雷による焼失後、中腹に移されています)。今も残るその土台から、かつての社がとても大きな建物だったことが窺えますし、来た道の反対側からは立派な石段の参道が登ってきていたので、往時は多くの参拝者を迎えていたのでしょう。
大坊山の周囲はそれなりに開けていますが、若干の樹木があって、スッキリとした展望ではありませんでした。

先程の分岐点に戻って長林寺方面の道に入ると、それまでよりは穏やかな雰囲気の尾根に変わりました。
とはいえアップダウンはなお健在で、まだまだいくつものコブを越えていかなければなりません。
降り積もった落ち葉を踏みしめて歩ける優しい道。露岩の尾根道が続く間はほとんど味わえなかった感覚です。

長林寺が近くなってくると、道は何回か健脚者コースと初心者コースに分かれます。
最初の分岐で健脚者コースを選ぶと、露岩の尾根を進む道となりました。初心者コースは巻き道のようです。
越えてきた小さなコブを、2つのコースが再び合流した地点から振り返りました。このコブからの下りは少々嫌らしかったので、岩場が苦手な人は初心者コースのほうが無難そうです。
次に迫ってきたピークに、やたらと大きな山名標があるなぁ、と思っていたら、それは大きな展望標識でした。
朝からずっと見えていた富士山は、ここからもまだ、標識が示す方向になんとか見えていました。
  ※下の写真にマウスを乗せると富士山の位置を表示します。

さらに下ると、林道のような広い道に迎えられます。
そこからしばらくは、その林道のような道を進んで、その間はほとんど平坦でした。
ほどなく車道に出ます。
車道とは、ほとんど横断するだけという接し方で終わって、少し右に進むとすぐにまた山道に入りました。

車道の先にはまたしても登り返しが現れて、疲労が溜まってきた足にはそろそろ登りがきつくなってきました。
そんな中で道は再び健脚者コースと初心者コースに分かれます。目前に迫ったピークを右に避けようとしている初心者コースのほうが明らかに楽そうでしたが、ここは敢えて健脚者コースを選んで、そのピークに挑みます。
登ったピークには浅間神社の祠がありました。そのためネット上にはここを浅間山としている記事もあります。
浅間神社のピークから下り始めると、いよいよ眼下には下山先の長林寺が見えてきました(写真中央)。

しばらく下ると、長林寺の道了堂のすぐ横に出ます。
道了堂に入ってみました。上の写真で分かる通り、急な崖の途中で空間にせり出して建っていて、今立っている場所の下に地面はありませんが、割と頑丈な造りのようなので、特に足元に不安は感じませんでした。
下を見ると、長林寺の本堂がもうすぐ近くに見えました。
道標は迂回する別の道を案内していましたが、階段状に削られていた道了堂の直下を直接下りました。この写真はちゃんとした道まで下って振り返ったもので、登山をする人ならば問題なくここを登り下りできるでしょう。
あとは整備された道で境内を進むだけです。さすがに下界まで下ってきたら、風も穏やかになっていました。
長林寺には中島が浮かぶ大きな池があり、池越しに見えてきたのが本堂です。落ち着いた佇まいの境内ですね。
長林寺の本堂前まで来ました。
長林寺の本堂です。1499年に常陸国で創建され、戦乱で焼かれた後、上杉謙信によってここに再建されたとか。
立派な山門を後にします。

最後は、白髭神社前バス停で足利駅行きのバスを待ちます。なお、このあと乗ったのは富田線のバスで、それなら1つ手前の上宮先バス停のほうが長林寺から近かったのですが、この白髭神社前バス停のほうが中央循環線も通っていて本数が少しだけ多くなるので、こちらをゴール地点として計画していたのでした。
JRの足利駅に到着しました。足利市を訪れるのは、昨年の足利行道山の時に次いで2回目となりましたが、昨年は東武線を利用していたので、JRの駅に来るのは今回が初めて。JR線は今回利用した全区間が休日おでかけバスのフリーエリア内だったものの、それでも東武線と比べてしまうと、運賃はかなり割高になりました。

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御嶽山・古賀志山 [栃木]

2017/12/16(土)

■第368回 : 御嶽山(560m)・古賀志山(582m)


今回の行先は栃木県宇都宮市にある古賀志山。稜線上のあちこちに様々な難易度の岩壁が点在して、クライマーに人気のある山です。登山者向けにも、岩尾根をクサリ場やハシゴで登下降するような変化に富んだルートがいくつもある中で、岩場らしい岩場のない穏やかなコースを選んで歩いてきました。

頂に立った2つのピークのうち、周囲が開けた御嶽山は日光連山の格好の展望台となっています。積雪はまだ期待よりもずっと少なかったのですが、冠雪した山並みが銀白に輝く、この時期ならではの展望が楽しめました。

(往路)
古淵 05:15-05:19 町田 05:22-05:56 新宿
新宿 06:22-06:55 大宮 07:13-08:18 宇都宮
宇都宮 08:45-09:20 ニューサンピア栃木

(登山行程)
ニューサンピア栃木バス停 09:25
南登山道駐車場      10:00
不動ノ滝         10:25
御嶽山          10:55-11:05
古賀志山         11:15-11:30
東稜見晴         11:35-11:40
富士見峠         11:50
赤川ダム         12:30
森林公園入口バス停    13:10

(復路)
森林公園入口 13:33-14:10 宇都宮 14:36-16:14 新宿
新宿 16:20-16:53 相模大野 17:05-17:20 南警察署前


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宇都宮駅で鉄道からバスに乗り換えて、ニューサンピア栃木というバス停で下車します。ここは古賀志山の滝コースの登山口に最も近いバス停になるはずですが、クルマ社会地域の山ゆえにバス利用の登山者など滅多にいないのか、古賀志山への道案内が全くないなど、一般的に登山の起点として想定されていない場所のようでした。
ニューサンピア栃木の前を通って、そのまま奥へと進みます。このリゾートホテルには、温泉やレストランなど日帰りで利用できる施設もあるので、逆コースを組めば帰りにここでゆっくりする手が使えそう。
途中の車道からは、古賀志山の主稜線全体をスッキリと眺められました。全部を縦走するには難所をいくつか通過する必要があるので、今回は右のほうの御嶽山から古賀志山までの稜線歩きにとどめた計画となっています。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。

歩き始めて25分ほどで、県道70号線を横断します。かつてはこの県道をバスが走っていて、この交差点に「古賀志山入口」なるバス停があった模様ですが、その路線はかなり前に廃止されてしまったらしい。
県道横断後、緩い登り坂となった道が城山西小学校の前を過ぎると、間もなく休憩舎のある唐沢池に出ます。
唐沢池の前から見た古賀志山(右端のピーク)です。唐沢池の表面は一部が薄く凍り付いていました。

唐沢池のすぐ先(なので上の写真でも、すでに左端に写っています)には南登山道駐車場があり、すでに多くの車が停められていました。のちに分かるのですが、その多くはクライマーさんの車だった模様です。
駐車場を過ぎても、もう少し車道が続きました。車道の分岐点では、瀧神社への案内標識に従って進みます。
車道の終点に突き当たると、古賀志山神社・御嶽山神社・湯殿山神社の3つの祠が並んで祀られていました。

車道の終点から山道に変わるのかと思っていたら、登山道の標識の先も林道のような道がしばらく続きます。
ようやく山道が始まると、ルートがなんだか混沌としています。道筋がいくつも存在する上、それらがしばしば無秩序に合流や分岐をしたりしていて、どう進むのが正しいのか不明なのです。道標がないことから、どれを選んでも構わないものとは思いましたが、不案内な遠征先での道迷いは避けたいところ。幸い、地元の小学生が描いた「山をきれいに」などのポスターが適度な間隔で掲示されていたので、それを目印に進むことにしました。
7~8分ほど登ると、前方に立ちはだかる垂直な岩壁と、そこに取り付くクライマーの姿が見えてきました。
不動ノ滝への案内に導かれて岩壁の基部まで登ると、瀧神社の小さな社があって、そのすぐ左側に流れ落ちていたのが不動ノ滝(雄滝)らしい。でも滝の水量は極めて少なくて、水の流れというよりは、水滴がポタポタ落ちているだけに過ぎず、この通り瀧神社の左側に滝があるようには全く見えない写真にしかなりませんでした。
クライミングを楽しんでいるグループがあちこちに。この周辺には、こんな岩壁がほかにも多数あるようです。

瀧神社から先へ進むと、さらに道が拡散して、もうどこでも歩けるような感じになってきました。
ただ、垂直な岩壁のすぐ近くを登っているだけに、道が付いている斜面もそれなりの急勾配。適当に歩いてしまうと結構歩きにくい箇所があったりして、良く歩かれているところを見極めて進むのが良さそうでした。
そうなると、やはりポスターに沿って歩くのが一番確実で、このポスターの存在は有り難かったです。
「アルマヤ堂アト」と書かれた標識のところから、左に分岐する道があったので入ってみます。
すぐに大きな洞窟の前に出ました。昔は洞窟内にお堂があって、それがアルマヤ堂と呼ばれていたようです。

元の道に戻ると、そこからはひと登りで稜線直下の分岐点に出ました。まずは左にある御嶽山に向かいます。
稜線に上がると、さらにハシゴを登って登り詰めます。
ハシゴの先にはもういくらの登りもなく、割とあっさりと御嶽山の頂上に着きました。
頂上には標識のほか、木曾御嶽山から分社されたという御嶽神社の小祠がありました。
御嶽山では、大きく開けた西側~北側の展望が素晴らしかったです。まず西側~北西側の眺めでは、雪化粧を始めていた日光連山の見応えが十分で、とりわけ関東以北最高峰の日光白根山が、ひときわ白く輝いていました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
その右に視線を移すと、北側には遠くの那須岳まで見えていました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
振り返ると南東側では、筑波山など茨城の山々が、霞の上に浮かぶ島の如く、少々粋な見え方をしていました。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。

御嶽山で展望を楽しんだら、引き返す形で主峰の古賀志山を目指します。先程登ったハシゴを下りると、その先に続く岩尾根が一応は歩けるようでしたが、少し厳しい岩場らしいので、分岐点まで戻って登り返すことに。
この案内図の「岩場ルート」を避けて、分岐点へ下ってから、上の写真の岩場の反対側に登り返してきました。
稜線上に赤い鳥居が出現しました。
が、そこにあったのは鳥居だけ。かつて社が建っていたらしい場所には土台だけが残されていました。
さらに稜線を進みます。分岐点には、そこと直結するコースを記載した案内図が立っていたりしましたが‥‥。
登山道が多数あって、未整備の難路も含めると100以上ものコースがあるとも言われる古賀志山は、「山と高原地図」で収録エリア外なのをはじめ、書籍として登山コースの詳細を記載したものは出版されていないようです。
また地元自治体などのウェブにも、古賀志山に関する詳細な情報を載せたものはなく、どうやら登山コースの全貌をまとめた資料はどこにも存在しないようなのです。このため今回の計画を立てる際も、どこにどんな具合・難易度の道があるのかは、ウェブ上の個人の山行記録をいくつも参照して情報収集するしかありませんでした。
これが地元の人しか登らないような無名な山ならともかく、関東百名山や日本百低山に名を連ねるなど知名度がそれなりにある山なので、今のこの状況は少し寂しく感じます。例えば、これら案内図の設置者(団体?)が、全ての分岐点に立てた案内図を1枚にまとめるだけでも、登山者にとって有用な情報になると思うのですが‥‥。

頂上の手前で岩尾根が現れますが、普通に2本足で立って歩けるので、岩場というほどの場所ではありません。
古賀志山に到着しました。そこそこの広さがあって、ゆったりした気分で過ごせる頂上です。
頂上の標識と三角点です。標識の柱の片方には、小さなクリスマスリースが飾り付けられていました。
周囲の樹木に景色を遮られ、木々が葉を落としたこの時期も、辛うじて枝越しに日光連山が見られた程度です。
たくさんのベンチが置かれていました。着いた時に空いていたこれらのベンチも、しばらく滞在しているうちに埋まってきたので(お昼時に合わせて登ってきた人が多かった?)、騒がしくなる前にここを後にしています。

古賀志山から東へ進むと、すぐに東稜見晴への分岐がありました。展望が良いらしいので寄っていきます。
たいした登りもなく、東稜見晴には頂上から5分もかからずに到着です。
開けていたのは北側と南側で、北側に関しては御嶽山よりも狭い範囲の眺めにどまりました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
一方の南側は、かなり広い角度を見渡せました。眼下には下山先の赤川ダムも見えてきています。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。

分岐点まで戻ると、進路が北向きに変わり、富士見峠へ向けてグングンと下っていきます。
富士見峠は、とても富士山が見られるとは思えないような場所でした。
富士見峠からは、赤川ダムに向けての北コースを下ります。下り始めは、岩壁と岩壁に挟まれたなかなか凄い景色の中を急降下しますが、登山道は階段状になっていて難なく歩くことができました。
しばらく下って傾斜が落ち着くと、鬱蒼とした植林帯に入ります。東向きの斜面なので、少し薄暗い道でした。
さらに下ると、傾斜がいっそう緩やかになって、道幅も広がります。歩きやすい道ですが、景色は単調でした。
赤川の畔まで下ってきたところで、歩いてきた道を振り返りました。
そこからは、少しだけ赤川の右岸沿いを下ります。赤川の水は鉄分を多く含んでいるのか、川底が錆色でした。

赤川に沿って5分も歩けば、景色が開けて車道に迎えられました。赤川ダムを囲む一帯は宇都宮市森林公園として整備されていて、この時は課外活動で来たらしい中高生くらいの運動着姿の生徒さんを多く見掛けました。
車道を歩いて行くと、間もなく赤川ダムのダム湖が見えてきたので、湖畔の道に入ります。
赤川ダムの堰堤が近付いてきました。このあと、堰堤上を歩いて対岸に渡ります。
赤川ダムの先には森林公園の無料駐車場(写真奥)があり、私の前後を歩いていた登山者は一様にそちらに向かった模様。最寄りのバス停まではまだ3km以上あるので、やはりバスで来る人なんていないのでしょうね。
でも私はそのバス停がゴール地点。そこに向かうには、対岸の道のほうが若干距離を抑えられるので、ここで堰堤を渡ります。
赤川ダムの堰堤上から、登ってきた古賀志山を振り返ると、湖面にも逆さ姿が映って絵になる眺めでした。
そこからは、古賀志山だけではなく、上流側にある広い範囲の山々を見渡せて、全体ではこんな眺めでした。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真は こちら です。
ところで、後日この記録を書くため森林公園のサイトを見て知ったことには、堰堤を渡った先にあった「宇都宮市サイクリングターミナル 湖森館」の建物内にはレストランも入っていて、そこで「赤川ダムカレー」が食べられたらしい。最後にバス停で20分ほど時間を余らせたので、そんなことならここでカレー食べていくんだった!

赤川ダムの下流を赤川の右岸沿いに下る道は、入口がロープで塞がれていたので入るのが躊躇われましたが、掲示されていたのが車両通行止の標識だけだったので、歩行者の通行は何も制限されていなかったはずです。
長閑な雰囲気の道が長く続きます。車がほとんど通らず、のんびりと歩けるのも良いことだけれど‥‥。
いくら歩いても景色もほとんど変わらず、あまり歩いていて楽しい道でもありませんでした。
バス停にかなり近付いて振り返ると、朝と同じように、古賀志山の主稜線全体ををスッキリと眺められました。
朝はバスに乗ったまま通過した森林公園入口バス停で、同じ路線の復路の便を待って、宇都宮駅に戻ります。山にも森林公園にも多くの人がいたのに、そこにバス利用者はいなかったようで、バスを待つのは私だけでした。

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太平山・晃石山・岩船山・三毳山 [栃木]

2016/12/30(金)

■第341回 : 太平山(341m)・晃石山(419m)・岩船山(172m)・三毳山(229m)


今年の登り納めは栃木県の最南部へ。登ってきたのは、関東平野の辺縁にあたり、広大な平坦部が栃木県内に入って間もなく起伏が付きはじめる、その最前衛に位置する山々です。
標高はまだまだ低いエリアですが、5つのピークを次々と極めることにしたので、ロングコースの歩き応えは十分。しかも途中には無名のコブが多数あって、それを越えるためのアップダウンも何度も繰り返される、体力的にもタフなコースでした。このため今回は写真の点数が増えて、少々長い記録となりましたがお付き合い下さい。

(往路)
古淵 04:45-04:49 町田 04:55-05:38 新宿
新宿 05:41-05:59 神田 06:04-06:14 浅草
浅草 06:20-07:34 新大平下

(登山行程)
新大平下駅  07:40
謙信平    08:25-08:30
太平山神社  08:40-08:45
太平山    08:55-09:00
晃石山    09:35-09:45
馬不入山   10:30-10:40
岩船山    11:40-11:50
かたくりの里 12:35-12:40
三毳山    13:10-13:20 (青竜ヶ岳)
三毳山(中岳) 13:45-13:50
道の駅みかもバス停 14:10

(復路)
道の駅みかも 14:46-15:20 静和 15:50-16:20 南栗橋
南栗橋 16:32-17:18 北千住 17:25-17:37 秋葉原
秋葉原 17:42-17:44 御茶ノ水 17:47-17:57 新宿
新宿 18:01-18:43 相模大野 18:50-19:01 大沼


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今回のスタートは東武線の新大平下駅です。浅草駅06:20発の会津田島・東武日光行き快速を初めて利用したところ、こんな時期だからか始発の浅草では発車間際でも余裕で座れましたが、北千住からだと着席は運次第でした。
歩き始めて間もなく、沿道の建物が途切れると、畑地が現れた先にこれから歩く稜線が見渡せました。ただこの時は、太平山~馬不入山が全部入っていると思っていたのに、太平山はもっと右に離れて見えていたようです。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。
当初渡る予定だった踏切が工事による全面通行止めで、少し迂回してこの踏切を渡りました。ところで、目指している山や神社が「太平山」なのに対して、山麓の地名や駅名は「大平」(この踏切も「大平山踏切」)で、このあたりの地名はちょっとややこしいです。なお踏切の背後は太平山ではなく、それを隠している前山の模様。
新大平下駅から20分ほどの車道歩きで、太平山の下皆川登山口まで来ました。(ブレブレの写真ですみません)

登山道は石段で始まりますが、その脇には若干のジグザグを描いて並走する山道と、九十九折りで傾斜を大幅に抑えた山道があり、前者の山道を登っていきます。この写真は、少し登って斜面の傾斜が緩み、その3者が合流した後のもの。まだ朝早いので静かだろうと思っていたら、すでに何組もの登山者が登り下りしていました。
その先で車道を横断した後も、傾斜は緩やかなままで、歩きやすい山道が続きました。
再度車道に出たところで山道は途切れていて、また少し車道を歩かされます。

上の写真の右カーブを曲がったら、すぐ先が謙信平でした。左手の斜面側は見晴らしが良くなっていて、ベンチなどがズラリと並んでいます。一方の右手側には駐車場や茶店などが続いていました。
謙信平からは関東平野が一望できました。霧が出た時に、眼下の小さな山々が海に浮かぶ小島のように見えることから、この眺めは「陸の松島」とも言われています。それを楽しむには、天気が良すぎてしまいましたが‥‥。
あとで登る予定の岩船山と三毳山のほか、はるか遠くの富士山も見えていたので、上の写真の中央やや右寄りの部分を拡大しました。  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。
謙信平には展望台もありました。とはいえ、手前には障害物など何もなくて、今いる高さからもスッキリと眺められていますし、この程度の高さではそう景色が変わるとも思えず、登らないでスルーしてしまいましたけれど。

さらに車道を進んで、現在は太平山神社の神門となっている随神門まで来ました。
随神門は1723年の建築で、その当時、太平山神社の下にあった寺院の仁王門として建てられたものだとか。とても立派な造りで、車道の幅いっぱいに下がっても、正面からは全体をカメラに収めきれませんでした。
随神門をくぐると、神社の境内まで長い石段が続きます。
休み休み石段を登り、ようやく境内が見えてきました。
太平山神社は827年の創建と伝えられる歴史ある神社で、徳川将軍家の信仰が極めて篤かったとされています。
現在も多くの信仰を集めているようで、朝早くから登山者以外にも何人もの参拝客が訪れていました。

太平山山頂や晃石山へと続く登山道の入口は、本殿の右手側へ、いくつかの境内社を見ながら歩いた場所にあります。この登山道は、少し上にある太平山神社奥宮への参道も兼ねていて、分かりやすい案内が立っていました。
途中で太平山神社の奥宮を横目に見るあたりまで穏やかだった道は、山頂の手前でやや急な登りに変わります。
太平山の山頂には富士浅間神社が建っていました。さほど広さはなく、周囲の樹木に阻まれて展望も皆無です。
神社の裏手が少し高くなっていて、そこが最高点らしかったので、踏み跡を追って登ってみます。
最高点はとても狭くて、私製の山名標が樹木に掛けられていただけの、何の面白味もない場所でした。
何もない最高点ではすることもなく、すぐに富士浅間神社に戻りましたが、そこでも長居はできません。というのも、この朝は冷え込みが厳しかった上に、強風が吹き荒れていて体感温度がとても低く、動いていないと身体が冷えて仕方なかったからです。このため、ほとんど写真を撮っている間だけの滞在で、太平山を後にしました。

次の晃石山を目指して進むと、太平山直下はこちら側も急坂でしたが、その後は穏やかな道に変わりました。
10分ほどで「ぐみの木峠」を通過すると、晃石山への登り返しが始まります。
すると、いくつかのコブを越えながら進むようになりました。といっても、このあたりのアップダウンはまだまだ小さくて、体力的な負担はあまり感じないで済んでいます。
前方にベンチ発見。
ベンチの置かれた場所では、東側が大きく開けていて、先週登ったばかりの筑波山が霞んで見えていました。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。
その後、「関東ふれあいの道」は晃石山を巻いてしまうので、晃石山を踏んでいくには、その手前で分岐する尾根通しの道に入ります。この区間は道が細くなって、距離は短いものの少々急な登りになりました。

晃石山の頂上には三方向から道が通じていました。私は東西に横断する最短距離ルートを選びましたが(写真右奥から登ってきて左奥へ下る)、南から登ってこの鳥居をくぐるルートが、一番道がしっかりしていたようです。
上の写真がほぼ全景という、やや手狭な印象の頂上には、南側直下にある晃石神社の祠(奥宮?)と大きな標石の一等三角点が設置されていて、ベンチも2脚置かれていたほか、私製の山名標や展望図などがありました。
この日の最高点からの展望を楽しんでいきます。こちらは、先ほど謙信平から眺めていたのとほぼ同じ南西側。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。
振り返ると、北側には日光方面の山々が見えていました。
北側はかなり霞んでいたものの、男体山などが辛うじて見えていたので、上の写真の中央付近を拡大しました。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。

晃石山から桜峠方向に直接下る道は、頂上直下の短い間がちょっとした急降下でした。岩の露出や大きな段差などがあって、何度か補助的に手を添えて下っています。そして頂上を巻いてきた道に合流すると、険しい箇所がなくなる代わりに、アップダウンが連続するようになりました。こんな風に、下ったらまた登る、の繰り返しです。
このような小ピークをいくつも越えていきます。どれも決して大きなアップダウンではありませんが、それが何度も繰り返されるので、足に疲労がじわじわと溜まってくる感じでした。
しばらく続いたアップダウンが収まって、穏やかな道になりました。地形図を見ながら歩いていて、この先の桜峠までは下る一方だと分かったこともあって、少しホッとした瞬間です。
ところが現実はそう甘くはなく、その下りが急斜面で、これっぽっちも楽ではありませんでした。大きな段差や足元の悪い箇所がたびたび出現し、何度か手すりに頼るなどして難儀させられたのです(しかも長かった!)。
さらに、これは結果論であとになって分かることですが、この日のコースでここから先に現れる下りは例外なく急降下ばかりだったので、登りはともかく下りの区間に入ると、少しも息を抜けなかったのでした。
長い急坂をなんとか下り切って、桜峠に着きました。ヤレヤレ。
桜峠から馬不入山への登り返しもまた、単調な登りではなく、何度となくアップダウンが繰り返されました。

馬不入山は、この日に登った5座の中で一番広くて景色も良く、ゆったりとして開放的な頂上でした。また晃石山を過ぎると登山者が少し減った印象がありましたが、ここでは居合わせる人もなくて頂上を独占できています。
南西側を眺めると、最後に登る予定の三毳山の上に、富士山がまだどうにか見えていました。
そして北西側の木々の間には、先程までいた晃石山が見えていました(樹木がすべて葉を落としたこの時期限定の眺めでしょうね)。中央でギザギザしている稜線の右端のピークが晃石山で、そこからそのギザギザを経て馬不入山までやって来たのですから、道理でアップダウンが繰り返された訳です。
雰囲気の良い頂上を独占していたので、ゆっくりする手もあったのですが、この時間になっても冷たい強風が唸りを上げて吹き荒んでいます。長く休むと寒くなってしまいそうなので、ここでの休憩も10分で切り上げました。

馬不入山からの下りは、いきなり急降下で始まりました。それもただ傾斜がきついだけでなく、降り積もった落ち葉が滑りやすい上に、落ち葉で見えない地面では石がゴロゴロしていて、足を取られないよう慎重に下るしかありません。しかもそんな状況が断続的にしばらく続いて、この日一番の緊張をさせられた箇所となっています。
かと思えば、やや大きめな登り返しが現れて‥‥。
コブを越えた途端に急降下が再現されます。この先は木段が整備されている区間が多くなって、危険は少なくなったのですが、急降下ばかりが続くことには変わらず、しまいには膝が笑いそうになったほどでした。
樹木の間に灰色の舗装道路が見えてくれば、長かった急降下も残り僅か。結局最後のほうはずっと木段でした。

車道に降り立ったところで、太平山~晃石山~馬不入山と続いた稜線歩きは一旦終了となり、ここからは、ともに独立峰である岩船山と三毳山をそれぞれ登り下りする形になります。
まずは岩船山に向けて車道を進んでいくと、溜め池を挟んで岩船山が姿を現しました。ただこの時間は逆光だったため、霊山とされる岩船山の、絶壁がそそり立つ異様な山容が伝わらない写真になってしまったのが残念です。
岩船山がほぼ真横の方角に迫ったら、「岩船山頂 登り口」の看板に従ってT字路を右折します。「関東ふれあいの道」は馬不入山から下ったら岩舟駅を目指してここを直進していきますし、最寄りの岩舟駅側から岩船山を目指す場合も裏手に当たるこちら側から歩くことは想定されていないようで、ここに登山者用の道標はありません。
ほどなく岩船山の斜面に取り付いた道路は、九十九折りを繰り返しながら、頂上直下まで登ってしまいます。

ということで、車道歩きだけで頂上直下にある高勝寺の仁王門前に来てしまいました。この時、岩船山の頂上部には、私以外にほとんど訪れた人がいなかったようで、相変わらず強風が吹き荒れているのを除けば静かでした。
少しだけ石段を登って、高勝寺の本堂前へ。高勝寺は771年の開山(※)と伝えられる古刹で、岩船山が死者の魂や霊魂が集まる場所だとされたことから、「関東の高野山」と呼ばれるなど一大霊場として栄えていたらしい。
  ※Wikipediaは「宝亀8年(775年)」としているが和暦年と西暦年が不一致
岩船山の頂上に向かうべく、孫太郎尊本殿への案内に従って、高勝寺本堂裏手の石段を登っていきます。
孫太郎尊本殿の前は小広場になっていました。整備された道で登れるのはここまでなので、一般的にはここを岩船山の頂上とするのが適当だと思われます(標高も三角点の地点と大差ありません)。以前はフェンスがなかったらしいのですが、その先で絶壁の崩落が進んでいる模様で、現在はフェンス外に出ないほうが良さそうです。
とはいえ最高点の様子も気になるところです。上の写真の撮影地点で振り返ると、もう少しだけ高くなった一角が目に入りました。そこには無数の卒塔婆が林立して、いかにも霊場といった雰囲気を醸し出しており、入るのがやや躊躇われます。しかし最高点をみすみす見過ごすこともできず、適当に分け入ってみることにしました。
すると、卒塔婆が林立する一帯を抜けたあたりで、今はあまり歩かれてなさそうな古い踏み跡を拾って進めるようになり、すぐに「見晴台」とされる地点に出ました。周囲の様子から、ここが岩船山の最高点のようです。
錆びかけた柵の先は、すぐさま絶壁となって切れ落ちていて、展望はなかなかのもの。そしてその絶壁の“へり”で、探していた三角点も見つかりました。それは一般的に見られる石標の三角点ではなく、コンクリートの穴の中に金属標が埋め込まれた珍しい形状のものでした(下の写真にマウスを乗せると三角点の位置を示します)。

三角点も確認できたことですし、岩船山の頂上を後にします。岩舟駅側に向かって高勝寺の境内を進んで行くと、立派な三重の塔に見送られました。
境内の南端には広場があって、ここでも展望が楽しめました。樹木の間から見えているのが、次に登る三毳山。
広場からの下りは、全区間が石段でした。表参道に当たるこちら側は石段ばかり、他方、今回登りに使った裏参道は車道ばかりということで、岩船山が一般的に登山の対象とされていない最大の要因はこのあたりにありそう。
石段の途中には、三毳山をいくらかスッキリと眺められる場所がありました。
石段は約600段あったらしいのですが、段差が歩きやすくできていて、下るのはさほど苦ではありませんでした。
車道に出たところから岩船山を振り返ると、ストンと切れ落ちた絶壁が大迫力でした。なお岩舟駅から岩船山・高勝寺に向かう場合、普通はここから登り始めることになります。600段の石段を登るのは大変そうですが‥‥。
ここまでで登り下りの累積がそれぞれ1000m近くなっていることが事前に分かっていたので、もしも疲労が進んでいたら、ここから岩舟駅に直行して帰路に就くことも考えていたのですが、まだまだ余力は十分そうです。

ということで、最後の三毳山に向けて車道を歩いていくと、正面の三毳山がだんだん大きくなってきました。
両毛線の踏切を渡る途中で岩船山を振り返ると、岩肌が露出して断崖絶壁に囲まれたその異様さが良く分かる眺めになっていました。そもそも、山の形が船に似ていることから名付けられたとされる山ですが、江戸時代から始まった岩船石の採掘が現在もなお続けられていて、このような無残な姿に変わってしまったらしい。
約1時間に及ぶ車道歩きを経て、ようやく三毳山への登山口となる「かたくりの里」への入口まで来ました。
「かたくりの里」の管理センター前に到着すると、建物内はひっそりとしていたので、年末の休業日だったのでしょう。でも外にあるベンチは使えたので、腰掛けて少し足を休めていきます。
というのも、岩船山から下り終えた時点で体力には余裕があると感じていたのに、それから1時間車道を歩いたら足が予想以上に疲れてしまったのです。やはり、路面が硬い舗装道路は足への負担が大きいのですね。

少々の休憩では大して回復するはずもなく、疲労感を引きずったまま三毳山への登山道に入ったら、緩やかだったのは最初のうちだけで、その後は木段が連続するようになりました。疲れた足には結構こたえます。
しかも登るにつれて傾斜が増して、段差も大きくなっていきます。かなりペースを落とさないと登れません。
さらに頂上に近付くと、岩がゴロゴロしはじめて足場も悪くなり、もう数歩ごとに休みながら登る具合でした。

それでも、少しずつでも歩いていれば、ちゃんと頂上に着くものですね。
三毳山の最高点、青竜ヶ岳です(三毳山には、少し離れて三角点峰の中岳もあるので、別名を併用して区別します)。青竜ヶ岳は狭い頂上部の大半を電波施設が占有していて、登山者は肩身の狭い思いをさせられるのでした。
ですから展望も、電波施設がない側にほぼ限られます。こちらは西側の眺めで、遠くは霞んでいたものの、南のほうは奥秩父の手前くらいまで見えていました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
北側の日光方向は、晃石山にいた頃よりもいくらか良く見えるようになっていました。
ということで、晃石山と同様に男体山周辺を少し大きく写してみました。でも実は男体山などは、このあと下山してからのほうが、もっとクッキリと鮮明に見られるようになったのでした。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。

三毳山・青竜ヶ岳からの下りも、かなり急で足場もよろしくない箇所が多く、疲労の蓄積から次第に踏ん張りが利きにくくなりつつある足で快調に下るのはとても無理で、安全第一で1歩1歩を踏みしめるように進みました。
それでも急坂を下り終えると、その後は良く手入れされた道に変わって、とても歩きやすくなります。栃木県が都市公園として整備した「みかも山公園」内に入ったようで、次第に休憩舎等の施設も目立つようになりました。
公園内には車道も縦横に張り巡らされていて、3度目の車道を横断した先から、中岳への登りが始まりました。
中岳への道も、木段の急な登りとなって、再びペースダウン。ただ、それほど長い登りではありませんでした。
三毳山の三角点峰、中岳に到着しました。これで、この日予定していた全てのピークを踏んだことになります。

中岳から少し下ったところには、ハングライダー/パラグライダーの離陸場があり、東側が大きく開けていたので、筑波山や加波山などが見渡せました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真は こちら です。
さらに進むと三毳神社の奥社に出ます。ここはちょっとしたピークになっていて、手前には僅かながら登り返しがあり、あとは下るだけだとばかり思っていたから少し凹みました。ま、脇道に入ればスルーすることもできたのに、意地で敢えて尾根道を歩き通したのでしたが。
奥社の境内からは、ようやくゴールの「道の駅みかも」が見えてきました。今度こそ、ここを下るだけです。
しかし、この下りがとてつもなく急でした。最初の区間こそ、良く整えられた階段でしたが、その先は容赦ないほどの傾斜になるのに、道が結構荒れていたりして、足元に注意が必要な箇所も多かったです。
そんな急降下に最後まで煩わしい思いをさせられた末に、なんとか三毳神社の里宮まで下ってきました。
右を向けば、もう道の駅が目と鼻の先です。

ゴール地点の「道の駅みかも」です。「みかも山公園」内ではほとんど人の姿を見なかったのと対照的に、こちらは結構な人出で賑わっていました。
バスが来るまで少し時間があったので、レストランで「ハヤシライス」を注文して待ちます。880円はちょっと高いなぁ、と思っていたら、もっとお洒落な店でなければ出てこないような割と本格的なものが出てきたのが意外で、美味しかった上に量もタップリでしたし、さらにポテトサラダと果物とデザートにコーヒーゼリーまで付いてきて(それぞれ量は少なかったけれど)、十分に満足できる内容でした。
「栃木市ふれあいバス」のバス停は建物の目の前にありました(上の写真にも写っています)。私は東武線の静和駅まで利用しましたが、栃木駅や岩舟駅に向かうことも可能です。ここを発車した時点で私だけだった車内には、その後次々と地元住民らしい方々が乗ってきて、地域の足としてしっかり定着している印象を受けました。

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