So-net無料ブログ作成
房総半島 ブログトップ
前の3件 | -

大日山・鷹取山・御殿山 [房総半島]

2017/02/04(土)

■第344回 : 大日山(333m)・鷹取山(364m)・御殿山(363m)


今回の行先は、3年連続でこの時期に訪れることになった南房総です。
登ってきた大日山と御殿山は房総の山々の好展望台となっていて、この2年ほどの間に頂に立ったのが記憶に新しい富山や鋸山のほか、その周囲の内房線沿線の山々と、その先に広がる東京湾の眺めなどを楽しんできました。

(往路)
古淵 05:37-06:09 東神奈川 06:12-06:14 横浜
横浜 06:20-06:56 京急久里浜 07:05-07:14 東京湾フェリー
久里浜港 07:20-08:00 金谷港 → 浜金谷 08:20-08:46 館山
館山 09:20-09:50 滝田郵便局前

(登山行程)
滝田郵便局前バス停 09:50
大日山登山口    10:40
大日山       11:10-11:30
鷹取山       12:00-12:10
御殿山       12:25-12:50
安田橋(御殿山登山口) 13:20
国保病院前バス停  13:50

(復路)
国保病院前 14:48-15:10 岩井 15:31-15:43 浜金谷
金谷港 16:30-17:10 久里浜港 → 東京湾フェリー 17:18-17:27 京急久里浜
京急久里浜 17:39-18:14 横浜 18:19-18:58 古淵


大きなマップで見る

まずは、2年ぶりにフェリーで東京湾を渡ります。船窓からは、鋸山と富山がずっと正面に見えていました。
房総半島に上陸後は、浜金谷駅から再び鉄道に揺られます。
南国情緒が演出された館山駅に到着。2月の朝8時台とあって、さすがに景色よりも寒さが勝っていましたが。
市営バスの乗り場は駅前から少し離れた場所にあって、駅前からの適切な案内もなかったように思いました。予め調べていなかったら、迷わずに探せたかどうか。ま、普段は地元の人しか使わない路線なんでしょうけれど。

乗客が2人だけだったバスから、滝田郵便局前で降ろしてもらいました。これから登る大日山は、路線バスによるアプローチは一般的ではなく、登山口はここから4km以上歩いた先にあります。
ということで、最初は小1時間の車道歩きです。交通量が少なめでのんびり歩くことができ、奥のほうまで集落が点在する状況が続いて景色にも変化があったので、ほとんど退屈はしないで済みました。
登っているのを意識させられない程度の緩い坂道ですが、さすがに長く歩いていると身体が暖まってきました。
歩き始めて40分ほどで、駐車場とトイレがある、大日山の一般的な登山口に到着です。ここから始まる遊歩道は、坊滝を経由して大日山に向かいますが、今回は大日山へ直接登るコースを選んだので、ここはスルーしました。
さらに10分ほど車道を進んで、もうひとつの登山口へ。案内図のほか、左に少し入ると駐車場もありました。

登り始めはいきなり急坂が続いて、かなり苦しく感じました。
しばらくして傾斜が落ち着いてくると、そこからは快適に歩けるようになります。
登山道の整備には相当に力を入れたようで、擬木の木段や柵がほとんど途切れることなく続いていました。それらがなくても、特段問題になることはなさそうな箇所が大半なので、やや過剰整備に感じられましたが‥‥。
ここで、先程見送った坊滝経由の道が正面から合わさってきました。頂上への道は右に分かれています。
その頂上への道は、視界の限り急な木段が延々と続いていて、げっそりする眺めです。とはいえ標高300m少々の山ですし、すでに250m以上の地点に来ているので、登ってみたらさほど長く感じるものではありませんでした。

大日山の頂上に到着しました。サクラの木が多かったので、満開の頃にはお花見ができそう。
小さな石室には大日如来像が祀られていました。昔から信仰の対象として良く登られていた山なのでしょうね。
南側から西側にかけて展望が開けていて、展望図も設置されていました。
この日は朝から遠くがあまりクリアに望めなかったのですが(富士山の見え方はフェリーに乗っていた時点で既に朧気でした)、幸いにもそれ以上に霞むこともなく、それなりの展望を楽しめています。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
肉眼ではもう少しハッキリと見えていた富士山も、写真に撮るのは厳しかったです(右手前の双耳峰は富山)。

大日山からは御殿山へと続くコースに入りますが、そのコースへの下り口に道標による案内はなく、道もこのように細くなりました。時には足元の良くない場所もあって、きちんと整備された状況のコースではないようです。
大日山と御殿山の間は、何度もアップダウンを繰り返しながら進む具合になります。大日山から歩き始めてすぐ、最初に越えて行く小ピークには宝篋印塔が立っていて、そこが宝篋山だったようなのですが、その時は写真も撮らずに通過してしまいました。そこを宝篋山だと思わなかった理由は、参考にした南房総市のマップで宝篋山がまだずっと先に書かれていたからなのですが、これが実は間違いだったのです。このマップが宝篋山だとする337m峰は、登山道は巻いてしまっていて、登山道上から眺める限り、何かありそうなピークには見えませんでした。
  ※下の写真はマップの一部分の抜粋で、マップ全体(書き込みなし)は こちら です。

あまり整備されていない様子の道には、正しい進路が分かりにくい地点もありましたが、そういう場所には私製のこのような案内が出ていて、道間違いを防止してくれていました。
宝篋山から先、しばらくの間は比較的穏やかに歩けましたが、道の様子は鷹取山が近付いたあたりで豹変します。鷹取山の1つ手前のコブへの登りはかなりの急斜面で、段差の大きな木段の連続となりました。結構きつい。
急斜面を登り詰めたら、すぐに急降下が控えていて、しかもその先は普通に道がありそうな傾斜に見えません。
道がどうなっているのだろうと覗き込んでみると、えげつない程の急階段が続いていました。段差の大きさも半端なく、時々手すりに手を添えながらでないと危なっかしくて降りられません。低山だからと侮ることなかれ。

さらに進むと、ベンチが置かれて、ちょっとした広場になっている一角に出ました。ここでは、それまでの急登降も一段落していて、ちょっと落ち着ける雰囲気の場所です。
その場所で登山道は右に折れていますが、道標が何も示していない直進方向に何かありそうです。
行ってみたら、そこが鷹取山の頂上でした。といっても、この写真に写っているだけの広さしかなく、そこにいても手持ち無沙汰な場所だったので、手前の分岐に戻ってベンチで休憩しています。

鷹取山と御殿山の間は、地形図を見て等高線の密集具合からもう想像が付いていたけれど、案の定、急な木段での急降下と急登の組み合わせ。しかも、これまでで一番長いのが最後に待ち構えていた形でした。
こちらは登り返しのほうの木段です。この日は低山の縦走なので、体力にはまだ余裕があったのですが、それでもこれだけ急な登り下りを連発されるとかなり苦しくて、最後はペースを落として登り切りました。

木段を登り詰めると、前方に東屋が見えてきて、御殿山の頂上に着いたようです。西側の斜面は明るく開けていて、東屋の前に立つと大きな展望が楽しめました。
御殿山の頂上部は樹木が鬱蒼としていて、あまり居心地は良くありません。
三角点のある場所が最高点だったようですが、ここもなんだか殺風景でした。
ということで、東屋の前に戻って展望を楽しんでいきます。富士山がまだしぶとく見えていたほか、この1~2年に登ったばかりの内房線沿線の山々が、それぞれ独特な山容ですぐにそれと分かる見え方をしていました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
私が着いた時、頂上には計3組のハイカーが先着していました。でも、ほんの10分ほどの間に全組が出発してしまったので、それ以降は私が独占する状況に。耳を澄ませても聞こえて来るのは自然の音だけ。心地良い静けさの中で、見えている雄大な景色がすべて私ひとりのためだけに広がっているという、贅沢で至福のひとときです。
さらに15分ほど経った頃、現れた別のハイカーと入れ替わる形で私も出発しました。でも実は、下山後に乗る予定のバスの時間を考えると、あと1時間ほどこの頂上に滞在できるくらいの余裕があったのです。ただ、山の中ではいつどんなアクシデントが起きるか分からないので、心配性の私としては(単独行でかつ連絡手段を持っていないという事情もあり)、いつものようにまずは安全な場所まで下山することを優先するしかなかったのでした。

御殿山の頂上からは、道標による案内のない、北斜面の直登コースを下りましたが、かなりの急降下で、足元の良くない箇所も少なくなく、一般的には下りには使わないほうが良さそうな道でした。
でもすぐに一般コースに合流すると、以降は整備された歩きやすい道が続きます。
下る途中に1箇所だけ、展望の開けた場所を通ります。
そこは大黒様が祀られている場所でした。ベンチが設置されて休憩適地にもなっています。
大黒様からの展望です。かなり標高を落としているので、見渡せるのは近い範囲にとどまりますが、それでもなかなか気分の良い眺めでした。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。

さらに下ると、間もなく一軒家が現れて、それまでの山道から車道に変わりました。
御殿山の一般的な登山口は、駐車場とトイレが完備されている高照寺前の登山口になりますが、今回はバスを捕まえるために国保病院まで歩かなければならないので、西側にある別の登山口に出てきました。
上の写真のT字路に出たところです。道標が登山口であることを示していますし、御殿山の案内図にもここを登山口のひとつとする記載がありますが、特に名前が付いていないらしく、記録する上ではそれが少々不都合になりました。T字路に出る手前で渡った橋の名前が安田橋でしたので、この記録ではこの地点を安田橋としています。

あとは、伊予ヶ岳を前方に眺めながら、その麓付近まで比較的交通量の多いこの県道を歩きます。近くにはバス停があるものの、通常の路線バスの運行は2014年で終了となっていました。現在はデマンド運行の路線に替わっていて、事前予約が必要なので(市外在住者の利用可否も不明)、路線バスの運行エリアまでは自分の足で歩くことにしたのです。そんな訳で、今回は車道歩きに始まって車道歩きで終わることになりました。
20分ほどで、2年前に富山と伊予ヶ岳に登った後に下ってきた天神郷バス停まで来ました。ほかの何人かと一緒にバス停脇に立って待っていたら、反対車線を通ったバスが私たちの様子を窺うことなく速度を緩めずに通過して、全員が乗り損ねたのは今でも忘れられません。が、この時間はバスが来ませんので、もう少しだけ歩きます。
ゴール地点の国保病院前に着きました。バス停は事前にGoogleのストリートビューで確認した通り、病院の目の前に立っていて、乗るバスはここが始発なので、今回は乗り過ごす心配もなさそう。それよりも、時間に余裕があるのに構わずここまで来てしまい、時間を持て余すほうが問題なのですが、一応考えていたプランがありました。
ということで、ダメ元で病院内へ。すると目論見通り、入ってすぐのロビーが開放されていて、暖かく過ごせる上に椅子に腰掛けて寛げます。小1時間ほどバスを待つ間、ロビーにいたのはずっと私だけで、近くの玄関も入院患者への面会などの人の出入りはほとんどなく、持ってきていたパンを食べたりしながら、誰に気兼ねすることもなく居続けることができたので助かりました。

タグ:房総半島
nice!(0)  コメント(2) 
共通テーマ:スポーツ

元清澄山・清澄山 [房総半島]

2016/02/11(木・祝)

■第321回 : 元清澄山(344m)・清澄山(377m)


房総の山歩きも今回で5回目となりました。この日は「関東ふれあいの道」の千葉県のコースの中から、「モミ・ツガのみち」を歩いています。
名前の付いた山こそ、元清澄山と清澄山の2座にしか登りませんでしたが、特にコース前半はアップダウンがこれでもかと続いて小さなコブを次から次へと乗り越えていく、なかなかタフなコースでした。

(往路)
古淵 05:47-05:51 町田 06:02-06:04 相模大野
相模大野 06:08-06:47 新宿 07:18-09:37 安房鴨川
安房鴨川 10:31-10:47 金山ダム

(登山行程)
金山ダムバス停 10:50
黒塚番所跡   12:00-12:05
元清澄山    12:35-12:45
元清澄山入口  13:25
池ノ沢番所跡  13:50
展望ベンチ   14:00-14:10
清澄寺バス停  14:35
清澄寺     14:40-14:45
清澄山(妙見山) 14:55-15:20 (清澄寺妙見堂)
清澄寺バス停  15:30

(復路)
清澄寺 15:41-15:53 安房天津 16:21-18:29 新宿
新宿 18:41-19:21 相模大野 19:25-19:40 南警察署前


大きなマップで見る

ちょっとした遠出になりましたが、1日1本だけの直通特急に乗って、新宿から乗り換えなしで安房鴨川へ。自由席も割と空いていて快適でしたし、車窓から外房の海岸風景を楽しみつつ、道中はゆったりと過ごせました。
ただ、ここから本数の少ないバスに乗り継ぐために、駅の待合室で1時間近く待たされるのでした。朝のうちはこの通りスッキリと晴れていたので、できればすぐに移動して、青空の下で歩き始めたかったです。
バスに乗ってしまえば、終点の金山ダムまでは15分ほど。意外にも、バスの乗客はずっと私ひとりだけでした。

車道を歩き始めると、10分もしないうちに金山ダムに着いて、ダム湖に架かる赤い橋を渡ります。橋の袂には休憩舎と駐車スペースがあり、そこに車が2台停められていたので、車で訪れた先客は何人かいるのでしょう。
橋の上からの景色は、特に何が見えているというわけでもなかったようです。この時間になると、上空には雲が増えてきて、日差しが遮られることも多くなっていました。
しばらく湖岸の道路を歩いて、さらにもう1本の橋を渡ると、間もなく山道が始まるのでした。
といっても、はじめのうちは、車でも通れそうな感じの道が続きました。
5分ほど歩いていくと分岐点に出ました。いよいよ、れっきとした山道に入るようです。

山道が始まったら、いきなり木段の急な登りが待ち構えていました。しかも、これがかなり長く続きます。
急登がようやく一段落したかなと思える場所に出て、喜んだのも束の間。先へ進むとまた長い木段の続きが現れて落胆、という展開が、かれこれ4~5回は繰り返されます。体力面だけでなく精神的なダメージも大でした。
そんな木段の急登の次に現れたのは、同じ木段でも今度は急下降でした。落ち着いて歩ける場所がありません。
下り切った先に待っていたのは急な登り返しでした。そしてこの展開も、このあと何度となく繰り返されます。
要するに、急登だけが連続するパターンが、下っては同じだけ登り返すパターンに変わっただけなのでした。
まだ序盤で体力に余裕があるとはいえ、これだけの登り下りをさせられるのはかなり苦しいです。この日の行程は距離が長めで、むしろまだ序盤でしかないことから、この先どこまで持つのかが不安にもなる幕開けでした。
それでも右手の眼下にゴルフ場を見下ろすようになると、ようやく道の様子が少し落ち着いてきました。
少し前までなら、とことん尾根筋を登下降させられていたようなところで、斜面にほぼ平坦な道が付けられていることも多くなりました。とはいえ、まだまだアップダウンも断続的に現れるので、決して楽にはなりません。

分岐点のような場所に出て、元清澄山へはここを右折します。ここが黒塚番所跡という地点なのですが、小さな1本の杭がそのことを示していただけで、特別な遺構は残っていないようでした。
右折して振り返ったところです(写真左下から出てきて手前に曲がりました)。実はこの場所に来るのは今回が2度目で、2009年に鍋石から元清澄山を目指した時は、写真正面側から出てきたのでしたが‥‥。
2009年当時すでに「一般的なコースではない」とされていた鍋石からの道は、6年の時を経てすっかり廃れてしまったようで、現在はロープに封鎖されて進入禁止となっていました。歩けるうちに歩いておいて良かった‥‥。

ということで、黒塚番所跡から先は1度歩いている道です。しかし当時の記憶はあらかた薄れていて、こんなクサリ場があることも忘れていたなど、初めて歩くのと変わらない感覚でした。
この少し手前では、若い男女2人組とすれ違っていて、結果的にこの日唯一見掛けたハイカーとなっています。
挨拶を交わしただけなので、清澄寺から私と逆のコースを歩いてきたのか、金山ダムから元清澄山を往復したのかは不明ですが、金山ダムに駐車していた車の主と会わないのはおかしいので、たぶん後者なのでしょう。
この区間に入ってもアップダウンは相変わらずで、こんなヤセ尾根を乗り越えていったりします。
そして元清澄山が近付くと、再び長い木段が現れて、これだけでもゲッソリしたのでしたが‥‥。
またしても、せっかく登った分を急下降でフイにしてしまう、という“くだり”が2回ほど繰り返されて、なかなかすんなりと登らせてはもらえないのでした。
ようやく、元清澄山手前の最後の登りに差し掛かる頃には、もう休み休みでないと登れなくなっていました。

元清澄山に到着すると、そこは無人でひっそりとしていました。全く展望のない、地味な頂上です。
さすがに頂上だけは、前回来た時の記憶がちゃんと残っていて、当時とほとんど変わっていない様子でした。
ところで帰りのバスは、清澄寺発15:41と16:53の2便が選択可能で、15:41発ならば往路と同じ新宿直通の特急で帰れて快適、16:53発だと鈍行を乗り継いで夜遅くに帰宅という、それぞれ対照的な結果が待っていました。
当然、早く快適に帰れる15:41発を目標にしていたのですが、そのためには少し速めのペースで歩く必要があって、急なアップダウンの連続にもかかわらず、ここまでは普段よりペースを上げて進んできていたのです。
そうして頑張った甲斐あって、15:41発に間に合うのがほぼ確実となり(この先は次第に道が穏やかになるので、時間も計算しやすくなっていたのです)、気持ちには少々の余裕も生まれていました。
とはいえ日差しが弱くて気温の上がり方が鈍く、そこに冷たい風が終始吹いていて、休んでいると身体が冷えて仕方がありません。そんな訳で、ここでの休憩は10分で切り上げて、先に進んでしまうことにしました。

元清澄山を後にすると、まずは木段を急下降していきます。
アップダウンはまだまだ健在ですが、少しずつ穏やかな区間も見られるようになってきました。
ここで一旦林道に合流しますが、またすぐに山道に戻ります。
三石山の分岐点まで来ました(左上から出てきて振り返っています)。2009年の時は、ここで鋭角に折れるようにして、三石山に通じる写真中央の尾根に入ったので、ここから先は初めて歩く区間になります。

三石山分岐点の先では、稜線の登り下りがほとんどなくなって、斜面をトラバースする区間が大半になります。
ほぼ平坦に歩けるのが楽な一方で、ずっとこんな道ばかりが続いて、いくら進んでも全く景色が変わりません。
もう長い間、道標と道の所在を示す柵以外の人工物を見ていません。静寂に包まれた深い森の中をひたすら抜けていく道では、人の気配が全くないこともあって、すごく山深い場所にいる感覚が味わえました。

同じような景色の連続に退屈してきた頃、林道に出ました。案内図等で「元清澄山入口」とされている地点です。あとは清澄寺までこの林道を歩くだけだと分かっていたのですが、それが舗装されていたのは想定外でした。
清澄寺まではまだ5km以上あって、疲れた足でこの硬い路面を歩くのかと思うと少し気分が凹みました。
「元清澄山入口」より先に一般車が入れないことから、全く車が通らず、のんびりと歩けることだけが救いです。
幸いにも、舗装されていたのは1kmくらいの間だけで、その後は未舗装に変わってくれました。
それだけでも路面の硬さはかなり違うので、残している距離の長さを考えるとこれは大きかったです。
苦しいアップダウンが続いたコースの前半に対して、ほぼ平坦に近い山道や林道歩きが続く後半と、前後半で好対照をなすコースです。それにしてもこの林道では、特段の見所が何も現れないためになかなか退屈でした。
しばらく歩いていくと、右手に池ノ沢番所跡という地点が現れますが‥‥。
前に通過してきた黒塚番所跡と同様に、1本の杭がそれを示していただけです。単なる平地にしか見えないので、スルーしてしまいました。由来を記した解説板でも立っていれば、足を止めることもあったと思うのですが。
さらに進むと、少し開けた地点にベンチが置かれていました(特に地名がないらしく不便なので、この記録では便宜上「展望ベンチ」としています)。このベンチの存在は「千葉県の山(山と溪谷社刊)」に載っていたので、休憩場所に選んでここを当面の目標に歩いたきたのです。ただ、同書で地図上に示された地点が実際とあまりに違いすぎて、そこを大きく通り過ぎてしまったので、ベンチがなくなったものと一旦諦める一幕もありました。
遠くで外房の海が光っていた以外、特に何が見えていたという訳でもなかったのですが、長い林道歩きで唯一腰掛けて休憩できる貴重な場所なので、時間に余裕ができていたこともあり、しっかりと足を休めていきました。

長い林道歩きも、千葉県道81号(市原天津小湊線)を跨ぐと、ようやく終わりを告げます。
ここからは車道に合流して、清澄寺へ向かいます。
ほどなく、帰りにバスを待つ清澄寺バス停の前を通ります。計画段階では早いバスに間に合うかが微妙だと計算していたのに、順調に歩けたことで1時間もの余裕が生まれていて、ゆっくりと清澄寺を見て回れそうです。

ということで清澄寺へ。Wikipediaによれば、1200年の歴史を持つ日蓮宗の大本山で、日蓮が出家得度および立教開宗した寺とされ、総本山の久遠寺・池上本門寺・誕生寺とともに日蓮宗四霊場と呼ばれているとか。
まずは大本山に相応しい立派な仁王門をくぐります。
境内に入ると、ひときわ目を惹いたのがこの千年杉でした。樹齢およそ800年(ただし諸説あり)という古木で、幹の内部に空洞ができて祠になっていたりするものの、枝振りもまだまだ見事でした。
せっかくですから、大堂(本堂)で参拝していきましょう。
もう夕方近い時間のためか、境内には人の姿がまばらで、じっくりと参拝できて良かったです。
大堂(本堂)も荘厳とした佇まいで、天和2年(1682年)の完成とありますから、徳川五代将軍綱吉の時代に当たるようです。この時は中から読経の声がずっと聞こえていました。
大堂(本堂)のすぐ左隣にあった祖師堂も立派でしたが、こちらは昭和に入ってからの建築物のようです。
大堂(本堂)と祖師堂の間から裏手に進んだところに、妙見堂が建つ清澄山頂上への道がありました。
境内から頂上までの標高差は60m以上あって、木段の道を割としっかりと登らされます。
頂上にはこの妙見堂がポツンと建っているだけでした。建物の右後方が清澄山の最高点に当たるようですが、愛宕山・鹿野山に続いて千葉県内3番目の標高を誇るはずなのに、特に山名標のようなものは無かった模様です。
頂上には、妙見堂の建物以外に何もありませんでしたが、さすがにこの時間、こんな場所まで来る人は誰もいません。何もない分、静かに過ごすことはできたので、ここで少し時間調整していきました。

バスが来る10分前にバス停に戻ってみましたが、周囲の閑散ぶりから予想していた通り、バスを待つ人はほかに現れないようです。バス停前に居続ける必要もなさそうなので、展望台への案内に従ってすぐ裏手の小山に登ってみると、登り切ったところには東屋がありました。
こちらが展望台からの眺めです。写真を縮小したら少し分かりにくくなりましたが、小さな山並みの背後で、その上の空よりも少し濃い色に写っているのが、太平洋の大海原でした。
ほぼ定刻でやって来たのは、マイクロバスというよりは大きめのワゴン車でした。定員12人に対してすでに6~7人が乗っていて、もしも満員になっていたらどう扱われたのだろうと、少し気になってしまいました。
安房天津駅に到着。駅前に何もなくて、待合室で時間を潰すしかありませんでしたが、首尾良くここで、往路と同じく1本しかない新宿直通の特急を捕まえることができ、ゆったりと座って帰ることができした。

タグ:房総半島
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:スポーツ

富山・伊予ヶ岳 [房総半島]

2015/01/11(日)

■第299回 : 富山(349m)・伊予ヶ岳(336m)


今回は房総半島の2つの低山を巡ってきました。
このところ、茨城と房総を交互にローテーションする感じになっています(たまたまですけど)。

伊予ヶ岳は、山頂直下に長く続く急な崖をロープ伝いに登り下りする、スリル満点のコースが人気の山。
一方の富山も、一般的には穏やかな里山として認識されていますが、ほぼ未整備に近いワイルドな山道が続き、急なアップダウンを繰り返す西尾根コースを歩いたことで、両方の山でアスレチック気分を味わってきました。

(往路)
古淵 05:37-06:09 東神奈川 06:12-06:14 横浜
横浜 06:20-06:56 京急久里浜 07:05-07:14 東京湾フェリー
久里浜港 07:20-08:00 金谷港/浜金谷 08:22-08:36 岩井

(登山行程)
岩井駅    08:40
西尾根登山口 09:00-09:05
富山(北峰)  10:20-10:30
富山(南峰)  10:40
六地蔵登山口 11:25-11:30
伊予ヶ岳   12:00-12:05
天神郷バス停 12:40

(復路)
天神郷 13:35頃-(タクシー移動)→13:50頃 道の駅富楽里とみやま 13:50頃-(徒歩)→14:10頃 岩井駅
 ※当初の予定は、【天神郷 12:49-(南房総市営バス)→ 13:10 岩井駅】だったが、バスに素通りされる。
岩井 14:18-14:30 浜金谷/金谷港 15:20-15:55 久里浜港
東京湾フェリー 16:08-16:17 京急久里浜 16:29-17:00頃 金沢八景
金沢八景 17:35-18:00 新杉田 18:10-19:04 古淵
古淵 19:14-19:24 長久保


大きなマップで見る

前々回と同様に、フェリーで東京湾を渡ります。行く手に房総の山々が近付いてきました。
房総半島に到着して金谷港のフェリー乗り場から振り返ると、三浦半島にいた頃にクッキリと見えていた富士山は、ぼんやりとした見え方に変わっていました。この日は遠望はきかないようです。
 (あまりに分かりにくいので、この写真にマウスを乗せると、富士山の位置を表示するようにしました)。
少しだけJR内房線に乗って、岩井駅で下車します。登山でこの駅を訪れるのは初めてですが、オーケストラをやっていた頃には、何度も合宿などで来たことがある駅で、その当時が懐かしく思い出されました。

最初だけは富山を示す道標の通りに進みますが、私が向かう先はほとんど案内されていない西尾根コース。途中で岩井小学校の角を左に曲がって、細い道に入ります。正面に天満神社が現れたら、右の小径に入るのが近道。
右手には、富山がスッキリとした姿を現しました(駅からもずっと見えていましたが、はじめは建物や電線に邪魔をされていたのです)。写真左端から続く、いかにもアップダウンの多そうな尾根が、これから歩くコース。
真新しそうな県道を横断して、細い道をさらに進みます。
富津館山道路の下をくぐれば、登山口はもうすぐ先です。

西尾根コースの登山口に到着しました。ほとんど平坦に近い道を20分ほど歩いただけですが、すっかり身体が暖まっていたので、ここでジャケットを脱いでから登り始めることにしました。さすがは南房総、暖かいです。
登山口の案内図に書かれているコースは、尾根を途中まで登ったら、山頂へは向かわずに伏姫籠穴へと下ってしまいます。そこから先、山頂までは未整備のコースということなのでしょう。
真に受けたところで、そうでもないことが多いこの手の警告ですが、コイツは珍しく額面通りでした。

のっけから急登が続き、ひとしきり登ると開けた場所に出て、うっすらと富士山が見えていました。これだけ空気が温まっていると、いつまで遠くが見えているか分からないので、これが見納めかなと思いつつ撮った1枚。
急登の連続に、10分も経つとフリース姿でも暑くなってきて、さらにフリースまで脱いでしまうことに。
結局このあとは、山頂などでの休憩中も寒さを感じることがなく、最後まで山シャツ姿で過ごせています。
尾根は次第に小刻みなアップダウンを繰り返すようになります。下りになると概ね穏やかな道なのですが、登り返しはほぼ例外なく急登。段差の大きな木段が続く箇所も多くて、だんだんキツくなってきました。
登山口の案内図通り、道標が示す道はここで尾根を外れて、南総里見八犬伝ゆかりの名所に下っていきます。ここまでは、アップダウンが多いという印象だけで、登りで急坂が続いたものの、特別な険しさは感じませんでした。正面に続く尾根通しの道も良く踏まれている様子ですが、この先は未整備のコースになるのでしょう。

未整備区間に入っても、相変わらず急登が続きます。
未整備だけに、さすがに木段は見られなくなって、代わりに補助ロープを良く見るようになりました。
道を塞ぐ倒木なんかもそのままで、ここは突破するのに少し時間がかかりました。
はじめのうち、「あったほうが親切」な程度だった補助ロープですが、進むにつれて、ロープを頼らないとどうにもならないような傾斜の箇所が増えていきます。
265m標高点のピークは要注意。直進する踏み跡を追ったところ、下り始めてすぐに道が不明瞭になって、引き返す羽目になりました。ピークに戻って良く見ると、右折方向にテープの目印が続いて、そちらが正しいルートだと教えてくれています。ここは下りの斜面では唯一傾斜が急で、それで道の続きが見えにくかったのでした。

西尾根コースは、上下動の繰り返しに時間ばかりが過ぎて、時折見える富山への距離がなかなか縮まりません。
次のコブに立って、ようやく富山がそれなりの近さで見えてきたものの、この時すでに登頂を見込んだ時刻になっていました。この日の計画は、帰りのバスへの接続がタイトだったので、このあと少し焦ることになります。
ところどころで道が細くなるようになって、足場が不安定で歩きにくい箇所も目立つようになります。
ここは斜面をトラバースして進むのですが、フラットな足の置き場が少なくて、ロープを片手に通過しました。
藪っぽくなる区間もあって、放置された倒木と合わさったここなどは、「ここは本当に道なの?」状態でした。
最後まで急坂は緩まることがなく、尾根の上部ではロープを頼る箇所が続きました。
ここを過ぎれば山頂は間近ですが、最後まで誰にも会うことがなく、人の気配すら全く感じられませんでした。
それはともかく、登山口から60分で着く見込みのところ、実際には75分もかかってしまいました。所要時間の見込みは、カシミール3Dを使用して、余裕を持たせた係数で計算させたものです。それをオーバーすることは滅多にないのに、今回そうなったのは、きっと地図には現れない細かなアップダウンが多かったためでしょう。

富山の山頂に着くと、そこには歩いてきた道の険しさとは好対照の、のんびりとした空間が広がっていました。
なお、山頂には西尾根コースの案内はなく、下り口の場所も分かりにくくて、知らない人が探すのは難しそう。
展望台に登ると、ほぼ全方向に眺望が広がっていて、南側は房総半島の先端近くまで見えていました。
下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
西側には、先々週に登ったばかりの鋸山のほか、遠くにはまだ富士山がしぶとく見えていました。
下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
鋸山をアップにしました。ここまで離れても、ロープウェイの白い巨大駅舎は、やっぱり目立ちますね。
北東側には、山また山という景色がどこまでも続いていました。房総半島には高い山こそありませんが、目立った人工物がないこともあって、奥のほうまで足を踏み入れた時に感じる山深さは格別なものがあります。
三角点がある富山の最高点は、展望台がある広場とは別の場所にあって、ひっそりとした雰囲気でした。
富山の最高点からは、北東側の狭い範囲が眺められるだけでした。2つ前の写真とほぼ同じ方角です。

この日に登った2つの山は、富山も伊予ヶ岳も、北峰と南峰からなる双耳峰です(ともに北峰が最高点)。
南峰にも立ち寄ることにして、北峰と南峰の鞍部に軽く下ったところで、先程までいた北峰を振り返りました。
登り返した南峰に建っていた観音堂は、少々荒れている外観が、なんとも痛々しかったです。
観音堂の左手の高みが南峰の最高点で、休憩舎とベンチがありました。
せっかくの休憩舎も、建てた当時のことは分かりませんが、現在はこんな具合で眺めは何もありません。
樹木に囲まれたせいで薄暗い空間になってしまい、居心地も悪そうです。実際にこの時、誰もいませんでした。

富山を後にしたら、まだまだ遠くに見えている伊予ヶ岳に向かって、しばらく車道を進みます。
富山への登りに時間がかかり過ぎていて、この先も普段通りのペースで歩くと帰りのバスに間に合わない計算となっていましたが、ここからの長い下り坂が時間を取り戻すには絶好の区間なので、早足でサクサク下ります。
富山と伊予ヶ岳との中間点付近まで来たでしょうか。伊予ヶ岳が少し大きく見えるようになってきました。
道端では、スイセンが随所で花を咲かせていて、房総の早い春の訪れを感じさせていました。
伊予ヶ岳の六地蔵登山口に到着しました。
伊予ヶ岳は頭上に高く聳えていて、疲れた足でこれから登るのかと思うと気分が凹む眺めでしたが、ここまで飛ばして歩いてきた甲斐あって、残りを普段のペースで歩けばバスに間に合うタイミングに復旧できていました。
とはいえ、山頂直下の急斜面をロープで登り下りする伊予ヶ岳は、ロープ場がしばしば渋滞するため、自分のペースで歩けるかどうかは運次第。あまり待たされると苦しくなることに変わりはなく、まだ安心はできません。

最初だけ、民家へと続く車道を少し登ったら、すぐに山道が始まりました。
登り始めは穏やかな道でしたが、一旦木段が現れたら、そこからは木段が連続していて、グングンと登ります。
休憩舎の建つ地点を過ぎると、いよいよ伊予ヶ岳の代名詞的なロープ場が現れました。
山頂までこんな急斜面が続きますが、さほど斜度がキツくない上に、結構凹凸のある岩壁なので、ロープを使わなくても登れる箇所が少なくなかったです。ロープを使うと、むしろ思わぬ方向に振られるのが煩わしかったりするので、まだ傾斜が緩い下のほうでは特に、ロープをあまり使わなかったような。
また、幸いに団体さんとの鉢合わせがなく、すれ違い待ちも想定内の範囲だったので、割と順調に登れました。

ロープ場を最後まで登り切ると南峰に出ましたが、人が多かったのでスルーして、そのまま北峰に向かいます。
南峰と北峰の間のコブから、南峰を振り返りました。西面はほぼ垂直な絶壁で、その上に立っていたのですね。
伊予ヶ岳の最高点である北峰に着きましたが、この写真の範囲がすべてという極めて狭い場所で、ポツンと三角点が埋まっているほかには、見事に何もありません。360度の展望が楽しめますが、それは南峰でもほぼ同様ですし、山頂の標識も南峰に立っているので、多くの人は南峰を楽しんだらそこで引き返しているようです。
ちなみに南峰の山頂標識には「標高336.6m」と書かれていましたが、それはあくまで北峰の標高であって、南峰の標高は320m台です。良くあることなので、同じことを何度も書いていますが、別の場所の標高を拝借したウソ標識の多さにはもうウンザリ。私はその場所の標高を正しく書けばそれで良く、不明なら標高を無理に併記する必要はないと思っています。ウソの標高が何かの役に立つのならば理解できるのですが、私には思い付きません。
伊予ヶ岳からの南側の展望です。富山にいる時は見えなかった伊豆大島が、この時はハッキリ見えていました。
下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
一方西側では、ついに富士山がほとんど分からなくなっていました。
 (北側や東側は、富山から眺めた時のように地味な山並みが続いているだけなので、写真を省略しています)
下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
北峰から見ていて人が減ったようだったので、南峰に戻ってきました。
この先が、先ほど見ていた垂直な絶壁なのですが、先端まで行けるわけではないので、それを実感することはありませんでした。少し先に見えているのは、最初に登ってきた富山です。
最後に北峰を振り返ったら、伊予ヶ岳を後にします。わずか5分という短い滞在時間でした。
順調に登れたおかげで、時間には少々の余裕も生まれていましたが、山には「登り優先」という考え方があり、あくまで原則論であって実際には臨機応変に柔軟な対応を取るべきものだと思うのですが、中にはそれを大上段に構えて譲り合うことをしない分別のない人たちもいて、特に下る途中で登ってくる団体に出くわすと延々と待たされて目も当てられないことがあるので、時間に余裕を持ったまま、安心できる所まで下ることにしました。

下り始めると、幸いなことに登る人とのすれ違いは数えるほどで、ロープ場の途中で停滞している下山者もなく、思いのほかスイスイと下れてしまいました。登山口まで下りてくれば、もうバスに間に合うのは確実です。
集落に出る手前にあった平群天神社。室町時代に創建された由緒ある神社のようです。
天神郷バス停まで来ると、7人グループの方達が先着していて、私を加えた8人でバスを待つ形になりました。
が、待っていたバスに、私たちは乗ることができなかったのです。バスはやって来たものの、私たちを乗せようともせずに通過したのでした。
バス停が片側車線にしかなく、私たちはどの方向からバスが走って来るか知らなかったので、当然のようにバス停の近くに立って待っていると、それらしいバスが反対車線を通ったのですが、停まってはくれませんでした。
そのバスが市営のコミュニティバスで、行先表示などがないために、それが待っていたバスだという確信がなく、それで見送ったという側面もあります。また、バスの運転手がバス停のそばにいる私たちをチラッと見た際に、私とは目が合った気がしたのですが、それでも私たちに構うことなくそのままバスを走らせたので、私には乗客を乗せる意志を持って走っているとは感じられず、「回送だったのかな」という印象も持ちました。

こちらが天神郷バス停の様子です。この日は、建物の前いっぱいに登山者の車が停められていて、バス停をうまく写せなかったので、この写真はGoogleのストリートビューをキャプチャしたものです。
考えてみたら、バス停の前なのに構わず駐車する登山者も非常識極まりないわけで、そのせいで、反対車線を運転してきたバスの運転手からは、私たちが駐車車両の関係者のように見えていたのかもしれません。
それにしても、バス停前に人が立っていたら、乗るかどうかを確認するのが普通ではないだろうか。
特にここは登山者にも利用されるバス停なので、乗り慣れた地元の住民だけでなく、他地域からの利用者も多いことを運行会社も十分に認識できていたはず。そう考えると、やはり運転手の対応はあまりに残念であった。
有り難いことに、道の駅「富楽里とみやま」までは、7人グループの方達が手配したタクシーに同乗させて頂いたので、私は道の駅から少し歩くだけで岩井駅に出られて、予定していた電車にも間に合ってしまいました。
7人グループの方々にお気遣い頂いたことを、大変感謝しています。
岩井駅のホームから富山を振り返ると、最初に登ったギザギザの西尾根がちょうど見えていました。
 (写真の左半分は、手前の小山に隠れてしまいましたが、その後ろでギザギザがさらに続いているはず)
この日は、すでにバスにスルーされて一波乱あったのですが、なんと、それだけでは終わりませんでした。
京浜急行線の乗車中に、今度は人身事故による運転見合わせに巻き込まれて、迂回を余儀なくされたのです。
ツイていない時って、とことんツイていないものなんですね。
タグ:房総半島
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:スポーツ
前の3件 | - 房総半島 ブログトップ