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棚山・阿梨山 [甲府近郊]

2013/11/30(土・祝)

■第270回 : 棚山(1171m)・阿梨山(1102m)


紅葉もあらかた終わり、山はすっかり冬の装いに変わって、いよいよ低山の季節が到来です。
今シーズンの低山第1弾は、半分がた道のない区間を歩くという、初っ端から極めて地味な山行となりました。
それでも棚山の頂上に着くと、澄み渡った青空の下に、冠雪した南アルプスの雄姿が眺められて、展望のきくこの時期ならではの喜びも大きく味わうことができた1日となっています。

(往路)
古淵 05:58-06:21 八王子 06:35-07:55 山梨市
山梨市 08:12-08:39 矢坪

(登山行程)
矢坪バス停   08:40
永昌院     08:50
棚山      10:45-10:55
太良ヶ峠    11:40
石仏2体    12:10-12:15
阿梨山     12:55-13:05
幸澗院     13:50
千代田湖バス停 14:05

(復路)
千代田湖 14:10-14:28 甲府 14:48-16:30 高尾
高尾 16:31-16:38 八王子 16:49-17:00 橋本
橋本 17:04-17:15 古淵


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中央線沿線の山に登るのは久しぶりで、この日は山梨市駅で下車します。
紅葉の時期も終わったからか、八王子始発の普通列車も、席に余裕が見られるようになっていました。
山梨市営バスの矢坪バス停からスタート。一般的な登山口ではないので、ここから歩き始める人など稀でしょうが、今回はここを起点にしばらく林道を歩いて、途中から登山道に合流する計画です。
写真奥のY字路には、永昌院への道順を示す道標がすでに見えていて、永昌院まではそれに従って進みます。
先週もそうでしたが、この日も雲ひとつなくスッキリと晴れ渡りました。
落葉が進んで茶色を帯びた山肌も、青空の下ではきれいです。

永昌院には10分ほどで到着。武田氏ゆかりの寺院で、境内には信玄の曾祖父である信昌が眠っています。
落ち着いた境内では、もう少し早ければ、モミジが色鮮やかだったことでしょう。
境内から甲府盆地を挟んで富士山を望む景観は、国土交通省選の関東富士見百景に数えられています。
ただ、この日は総門が改修中のため、シートに覆われてしまっているのが残念でした。
ということで、少し場所を変えて富士山を眺めてみました。
朝靄に煙る甲府市街も、冬の朝らしくて趣のある情景です。

永昌院から先は、しばらく林道を歩いて、なるべく最短経路で登山道に合流することを目指します。
傾斜が増してくるとすぐに路面が荒れ始めて、石ゴロで歩きにくくなります。
通行制限の標識や進入禁止のゲートなどは見ませんでしたが、一般的な車両での通行はもはや困難でしょう。
はじめのうちは、地形図に描かれている通りに分岐点が現れます。
この地点で、直進する本線と分かれて、左に折れる支線に入りました。
ところがその後は、道がやたらと分岐しはじめるので、進路を見極めるのが厄介でした。
何もない林の中で、何の役に立つのか、道だけが網の目のように巡らされているという、不可解な状況です。
GPSを見ながら、地形図に描かれた道を外さないように進みますが、途中からは地形図通りの位置には道がなくなってしまいます。仕方なく、最も近い道を拾っていきますが、このあたりまで来ると、すでに林道としての体裁は失われていて、もう山道同然です。林の中を抜けたと思ったら、やや藪っぽいススキの中に入りました。

この、荒廃した別荘風ログハウスの前に出たところで、さらに上を目指す道は消滅していました。
現在位置を確認すると、すぐ東側には登山道にもなっている林道が接近しています。
その林道とログハウスを結んでいるらしい道が東へと延びていたので、その道で林道に出てきました。
林道に出た所では、富士山の方角が開けていて、なかなか良い眺めでした。このあとで登山道に入ると、もう富士山がきれいに見られる場所はなかったので、この日スッキリと見られた最後の富士山となっています。
すぐに舗装林道は終点となって、その先に続いていく登山道を、この日初めて見る道標が示していました。

登山道に入ると、棚山までの間は、頻繁にピンクテープが付けられていて、分かりにくいところはありません。
要所要所に思っていたよりも多くの道標が立つなど、マイナールートにしては、きちんと整備されていました。
しばらく進むと、「重ね石コース」と「山の神コース」の分岐点に出て、「重ね石コース」に入ります。
山の斜面には、大量の落ち葉が均一に広がっていたので、見ただけでは道の所在が分からない箇所も少なくなかったのですが、必要十分な間隔で出現するピンクテープがしっかりと道案内をしてくれました。
かなり傾斜がきつい箇所も現れて、このコースを下りに使うのは要注意だという印象です。下る時に落ち葉が滑って難儀しそうな箇所には、このように補助ロープが下げられていて、登りでも有り難く使わせて頂きました。

このコースの名前にもなっている重ね石。よくもまぁ、こんなにきれいに重なったものです。
重ね石を反対側から見るとこんな具合でした。
1104mピークには、「棚山前こぶ」という標識が付けられていました。棚山本峰は、縮小写真では不明瞭ですが、中央奥(標識の真右)に見え隠れしている三角形。その姿は遠くに、そしてまだ随分と高く見えていました。
棚山の頂上直下まで来ると、再び補助ロープの下がる急坂が現れますが、これを登り切れば頂上は間近です。

棚山の頂上です。最高点の場所自体は、ここに写っている範囲がほぼ全てという狭さですが、少し南側に南アルプスを眺められる展望地があって、そこには少々のスペースもありました。
ちょうどこの時、その展望地では埼玉県から来られた3人組のパーティーが休憩中で、少し会話させて頂きましたが、結果的にその方々が、この日出会った唯一の人たちになっています。
頂上の標識も控え目なものだけでしたが、この山にはそれが似つかわしかった気がしています。
展望地から眺める南アルプスは、最南部を除くほぼ全ての峰々がズラリと並んで見えていて壮観でした。
空気が澄んで、山岳展望の美しい時期になりましたが、3000m級のピークが雪化粧したことで、いっそう神々しい姿になっています。下は山名ガイド付きの縮小版ですが、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
南アルプス北部のアップ。左半分が白峰三山、その右隣に鳳凰三山が続き、右端が甲斐駒ヶ岳です。
富士山の方角は、木立に少し邪魔をされていました(もっと見やすい場所があったのかもしれませんが‥‥)。
そして反対側には、大菩薩嶺や小金沢連嶺などが見られました。大きな写真(文字入れなし)は こちら です。

棚山から太良ヶ峠への道は、いきなりの急降下で始まります。
とてもマトモな道には見えなかったので、コンパスによる方位確認で間違いないと確信してから下りました。
途中で通過していく1160m圏のピークの名前は、「山と高原地図」では「神峰」とされていますが、現地では道標が樹木に括り付けられていただけで、地名に関する表示は何もありませんでした。
尾根筋はそれなりに踏まれていて、あまり不安を感じることなく歩けるものの、道案内がほとんどないために、登山地図が一般登山道としている道にしては、大いに心許ない感じでした。
それでも、久しぶりにきちんとした道標を見たこの地点で、兜山方面からの道(登山地図ではグレー破線路)を左から合わせると、以降は明瞭な道に変わりました。

しばらく進むと、登山道脇にちょっとした広場が出現しました。ベンチもいくつか置かれていて、居心地の良さそうな場所なのですが、年に一体何人の人がここを訪れるのでしょうか。
その直後に林道に合流すると、「ドコモふれあいの森」の看板が立っていました。NTTドコモが自然環境保護活動の一環として森林整備活動を行っている場所らしく、先程の広場もその活動の中で整備されたのでしょう。
その後は太良ヶ峠まで林道を歩きます。
太良ヶ峠には、4方向から林道が集まってきていて、峠としての趣が感じられる場所ではありません。
林道開削によって、本来の地形も大きく改変されてしまっていることでしょう。

太良ヶ峠の先も少し林道を歩いて、地形図に破線路が現れるこの地点から、正面の斜面に取り付いてみました。
踏み跡は見られませんでしたが、我慢して進めば、間もなく積翠寺と帯那山を結ぶ登山道にぶつかるはずです。
その登山道との合流地点です。写真では分かりにくいですが、積翠寺から登ってきた道が左手前から合わさり、正面の帯那山へと向かっていて、それなりに踏まれた道です。
合流地点にはこんな道標もありました。
実は積翠寺から帯那山へは、5年前の2008年に歩いているので、この標識もその時に見ていたはずなのです。
しばらく登って、登山地図に「石仏2体」と書かれている地点でひと休み。
ここからは明瞭な道が南へと下っています。前回来た時、どこまで明瞭に続いて行くのだろうと気になった記憶があったのですが、それから5年が経過したこの日も、少なくともこの地点ではその道は明瞭なままでした。

さらに登って、阿梨山方向への尾根が分岐する地点まで来ました。標高は1280mで、ここがこの日の最高地点。
ここで、5年前に歩いた帯那山への道(右へカーブする道)と分かれて、左折方向の尾根に踏み込みます。
この尾根を歩いた記録は、ネットには何点か存在し、特段たどるのが難しいという記述は見られませんでした。
が、いざ踏み込んでみると、踏み跡らしい踏み跡はほとんど見られません。地形図では破線が描かれていますが、かつて付いていた道も、ほとんど消滅してしまった模様です(落ち葉の影響もあったのかもしれませんが)。
正しい尾根から外れかけて、GPSを見て誤りに気付いて修正する、ということが何度かあり、地図とコンパスが正しく使えるならばともかく、私の場合はGPSがなければ無事には歩き切れなかったと思います。
そういえば、ネット上の記録はどれも、この尾根を登りで歩いたものでした。なお、所々にはこんな赤い境界見出標がありますが、途中で分岐する別の尾根にも同様の見出標があったりして、目印には使えなかったです。
所々に尾根を外しやすい地点があっただけでなく、局所的にかなりの急降下となっている箇所もあって、何度か手を使って下っています。かつての道が失われた現在、下りで歩くには向いていない尾根だと感じました。
さらに、誤算はそれだけでは終わりませんでした。阿梨山の手前のピークまで来れば、そこで一般登山道に迎えられるはずなのに、それが全く分からず、道なき道を歩いている感覚が最後まで変わらなかったのです。

阿梨山に着いてみると、狭い頂上は樹木に囲まれていて、展望は全くありませんでした。
阿梨山を示す標識も、私製のささやかな物があっただけです。
あまり人が来ないのが幸いしてか、三角点に破損等は見られず、良好な状態が保たれているようでした。

阿梨山に着いてしまえば、そこから幸澗院までは、「山と高原地図」が一般登山道としている道を下るのみ、のはずでした。ところが、下るべき方向にも引き続き登山道など見当たらず、歩き始める方向が分かりません。
地図とコンパスで確認した方向には急降下が待ち構えていて、そこに色褪せた古いテープも見つかったので、その方向で間違いないと確信して下りましたが、途中で一部手を添えないと下れないような急斜面でした。
ようやく踏み跡が明瞭になるのは、その急降下を強引に下った先で、次第に尾根筋がハッキリしてきた頃。
以降はその踏み跡を追って進めるようになって、ほどなく送電線鉄塔の脇を通過していきます。
ところが、あとは踏み跡を追ってさえいれば幸澗院に下れるかというと、そうでもありませんでした。
標高860m圏まで下った所で、地形図にも描かれている分岐点を左折して尾根から外れる必要があるのですが、直進してしまう尾根上の踏み跡が優勢に見えるのにもかかわらず、左折を示す目印が一切見られなかったのです。
これでは、地図を見ながら歩くなどして、左への分岐に注意していない限り、見逃してしまう可能性が大です。
こんな状況の道を、登山地図に一般登山道として掲載するのは、私の感覚では誤りだと思います。もしも載せるのであれば、少なくともこの地点に、道を誤りやすいことを示す「迷」マークが必須ではないでしょうか。

分岐点を左折すると、こんな堀割状の道に変わりますが、今度はまた新たな問題が発生します。
似たような道が何本か並走しているらしく、微妙に分岐したり合流したりをし始めるのでした。
どれも道としての明瞭さには大きな差が見られず、本線と支線の見分けが付かないので、再びGPSを頼りながら、地形図の破線路から大きく外れない道を選んでいきます。
時折、前方の樹木の間には、ゴール地点の千代田湖が見られるようになりました。
写真では分かりにくいのですが、中央で光っているのが湖面で、もうゴールは間もなくです。
最後は幸澗院の奥ではなく真横に出てしまったので、途中のどこかで分岐道の選択を間違えていたようです。
GPSまで駆使して正しいと思われる道を選んでも、それでも間違えてしまうのが、登山地図が一般登山道だとしている道の現状なのでした。

幸澗院の先は車道歩き。細い道をしばらく進んでから2車線の道に入ると、間もなく下帯那バス停が現れます。
ここでも甲府駅行きを捕まえることが可能で、しかもここを通る路線は通年運行されているのですが、休日は2往復しかなく、午後の便の時刻が 13:24 なので、間に合わせるにはあと30分以上早く着く必要がありました。
乗れる可能性もそれなりにあると思っていましたが、道なき道で進路の選択に慎重を期したり、何度か間違えて引き返したりしているうちに、間に合うタイミングを逃してしまったようなので、さらに先へと進みます。
ゴールの千代田湖バス停に到着です。この日も、最後までスッキリとした青空が持続してくれました。
さて、ここを通る通年運行の便は、手前の下帯那バス停と同じ2往復だけで、それにはもう間に合いません。
しかし、例年10月下旬から11月末までの土休日に限り、昇仙峡への快速バスがここを経由して運行されていて、なんとこの日が今年の最終運行日。
甲府駅行きは、この時間以降に計3便が運行されているので、歩き終える時間が多少遅れる程度ならば、乗り損なうリスクもほとんどなく、今回のような不確定要素のある道でも、ここまで安心して歩いて来られたのです。
昇仙峡も11月末になると訪れる人も少ないのか、やって来たバスには5人しか乗っていません。しかも快速運行だけに、ここで私が乗った後は終点の甲府駅まで停まらないので、ゆったりとくつろいで乗っていられました。

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武田の杜遊歩道(要害山・湯村山) [甲府近郊]

2011/12/25(日)

■第219回 : 武田の杜遊歩道(要害山(780m)・湯村山(446m)


武田の杜遊歩道は、甲府市の北側に連なる山々の山腹を縫って、甲府市街地をぐるりと囲むようにして続いている22kmのトレイルです。
東側の起点からスタートして、北端エリアでは武田信玄の父信虎が築いた山城跡のある要害山を踏んでいき、西端の湯村山から西側の起点に下って、その全体を踏破してきました。

(往路)
古淵 06:21-06:44 八王子 06:55-08:38 甲府
甲府 09:00-09:20 県立科学館

(登山行程)
愛宕山こどもの国 09:20 (県立科学館バス停前)
丸山       09:55
樹木見本園    10:05-10:20
躑躅ヶ崎園地   10:25
要害山      11:50-12:00
天神山園地    12:35-12:40
古湯坊入口    12:45
一の森園地    13:20-13:25
小松山園地    14:20-14:25
鳥獣センター手前 14:40
湯村山      15:05-15:15
北中入口バス停  15:40

(復路)
北中入口 15:42-15:51 甲府 16:10-17:16 八王子
八王子 17:20-17:42 古淵


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スタートの県立科学館バス停。まだ早い時間だからでしょうか、バスの乗客は2人だけでした。
こちらが県立科学館。左上の天体観測ドームは遠くからも良く目立ち、コースのあちこちから「あそこから歩いてきたんだ」と確認できる格好のランドマークとなりました。

愛宕山こどもの国は県立科学館のすぐ隣にあって、振り返るとカラフルな遊具がたくさん目に入ります。
歩き始めは、こどもの国園内の歩道を進みます。このあたりは砂利道でした。
夢見山への登り口付近に見晴らしの良い地点がありました。朝靄に煙る甲府市街の先に富士山という、冬の朝らしい情景です。
歩道があったのはこどもの国の敷地内だけで、その後しばらくは車道の歩道帯を進むしかなくなります。
武田の杜遊歩道の起点は、資料によっては愛宕山こどもの国とされているのですが、実態としては愛宕山こどもの国と樹木見本園の間は全くの未整備でした。

車道を進んでいると、「見晴らし平」という地点があって、雪をまとった南アルプスがきれいに眺められました。
奥は左が鳳凰三山、右が甲斐駒ヶ岳で、手前で右から張り出してきている低山は、この日のゴール地点となる湯村山です。

さらに車道を進むと、こんな標識を発見。予定外につき、距離がありそうだったら行かなかったと思いますが、地形図を見るとすぐそこなので、寄ってみることに。
ほんの1分かそこらで、もう頂上でした。地元の人にしか知られてなさそうな山にしては、立派な東屋があります。
山名標はなかったですし、どんな地図でも無名のピークですが、「丸山遊歩道」を登ってきた以上、「丸山」なのでしょうね。

樹木見本園の入口に着きました。右手にある案内図によると、武田の杜遊歩道へは左の舗装された道に入るのが近いのですが、この通りゲートが閉じられていたので、右側の植栽の中を登って行きます。
せっかく登った分を半分がた下ると、この分岐点に出ます。向かって右の木段を下ってきて、武田の杜遊歩道は左に進む模様。
でも手前側が「愛宕山こどもの国」となっているので、どこに出るのか見届けようとそっちへ行ってみると、前の写真の閉じられたゲートの所に出ました。道標が案内する行先なのだから、ゲートは開けておいてもらいたいところです。

ようやく遊歩道に入ると、すぐに落ち葉を踏みしめて歩く気持ちの良い道になりました。新緑や紅葉の頃が良さそうな感じの道です。
何やら道の左手が騒がしいので見てみると、なんとそこにイノシシが! 野生のイノシシを見掛けるのは初めてです。
仕掛けられたワナにかかっているのですが、それから逃れようと、凄い勢いで暴れています。
万が一それが外れようものなら、こっちもタダでは済みそうもないので、カメラに収めたら後は足早に立ち去りました。

少し歩くと、すぐに躑躅ヶ崎園地(つつじが崎園地)に到着します。ここは展望の良い場所でした。
まだ少し朝靄の残る甲府市街の先には、櫛形山(右半分)などが見えています。
そして鳳凰三山と甲斐駒ヶ岳を望むと、先程「見晴らし平」から見た時よりも、少し雲が増えてきているようです。
躑躅ヶ崎園地にある案内図では、武田の杜遊歩道の起点が樹木見本園(または武田神社)となっていました。これなら現状に則した案内と言えそうです。

躑躅ヶ崎園地を過ぎると、しばらくは緩やかな登りが続きます。山腹を縫う道にありがちな無駄なアップダウンが全くないので、良く考えて付けられた道のようです。
でも楽に登れはするものの、深草園地までの間は植林のやや薄暗い道が大半を占めるようになって、あまり歩いていて楽しい区間ではありませんでした。
ふと見た足元で、シモバシラの氷華を見つけました。今年の冬は、これが初めて見るシモバシラです。
この、冬ならではの造形は、その後もところどころで楽しむことができました。

一旦下って車道に降りた所が深草園地で、この日唯一見掛けたトイレがここにありました(2つ並んで建っているのがトイレ)。

すぐにまた山に取り付きますが、要害山への道は急登で始まりました。
地面がコンクリートで舗装されていることと、手すりが付いていることの、どちらも納得の急坂です。
頂上が近付いてくると、山城の史跡らしく、登山道脇にはこんな解説板が数多く見られるようになります。
主曲輪となっていた要害山の頂上には、平坦地が広がっていました。
山梨百名山の標柱(右)と、「武田信玄公誕生之地」の石碑(左)。
ただし武田信玄の出生に関しては、この要害山城とする説と、山裾の積翠寺とする説とがあるようです。

再び車道まで下って、ここからまた山道へ。この先しばらくの区間は天神遊歩道という別名もあるようです。
天神山園地からの展望は、限られた方角のみが得られていました。
見えている稜線の上に顔を出すはずの南アルプスは、すっかり雲に隠れてしまったようです。

またまた車道に降りて、積翠寺温泉「古湯坊 坐忘庵」の前を通って行きます。
次に山道に入る地点に立っていた案内図では、武田の杜遊歩道の起点が愛宕山こどもの国となっています。
写真を縮小したので分かりにくくなっていますが、上部の文面中にも「愛宕山こどもの国」の文字が躍っています。

一の森園地は老朽化したベンチがいくつかあるのみ。眺めもパッとしませんでした。
お次の休憩適地はこの北山園地。ただし東屋はあるものの、ここも展望は今ひとつでした。

開放的な小松山園地にはたくさんのベンチがあって、歩いてきた遊歩道以外にも麓から登ってくる道が複数あるなど、ここは良く親しまれている場所のようです。
小松山園地からは広範囲の展望も楽しめました。どの方向を見ても、松の木が少し邪魔をするのが玉に瑕でしたが・・・

これで車道を横断するのは何度目でしょうか。ここは2車線の県道で交通量も多く、にもかかわらず歩道がありませんでした。
しばらく鳥獣センターを目指して進みますが、この分岐から湯村山への道に入ります。ここからが、この日最後の登りとなりました。

湯村山は頂上部には何もなく、南側に僅かに下るとこの東屋が建っています。
その東屋からは、甲府市街の先にドーンと富士山、となる予定でしたが、ちょっと残念な眺めとなってしまいました。

さきほど直進してきた烽火台の前まで戻って右折すると、あとは舗装された道路に変わります。
九十九折りの道路で、緑ヶ丘スポーツ公園まで下ってきました。ここが武田の杜遊歩道の西側の起点です。
少し歩いた所にある、この北中入口バス停で、甲府駅行きのバスを待ちました。

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