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千代田アルプス [茨城]

2018/01/20(土)

■第373回 : 千代田アルプス(剣ヶ峰(370m)・浅間山(344m))


今回の行先は茨城県の千代田アルプス、と書いたところで、通じる人なんてほとんどいないでしょう。
筑波山から南東に続く山並みが、その末端で最後に関東平野へ向けて落ち込むあたりにある、標高300m前後の山々が連なるエリアです。割と最近になって整備された様子で、少しずつ増えてきた記事を見て行って来ました。
そんな無名のコースながらも、稜線上に雑木林が主体の心地良い景色が続いていたのが好印象でしたし、傾斜がずっと緩やかで大きな登り下りのない登山道も実に歩きやすく、とても気持ちの良い山歩きを楽しめています。

(往路)
古淵 05:15-05:19 町田 05:42-06:17 新宿
新宿 06:23-06:43 日暮里 06:54-07:57 土浦
土浦 08:15-08:38 上佐谷

(登山行程)
上佐谷バス停     08:45
雪入ふれあいの里公園 09:20-09:25
剣ヶ峰        10:05-10:15
雪入山        10:20
あきば峠       10:35
浅間山        11:00-11:10
御野立所(権現山)   11:55-12:00
上志筑バス停     12:15

(復路)
上志筑 12:52-13:30 土浦 14:00-14:54 日暮里
日暮里 14:56-15:17 新宿 15:20-15:55 相模大野
相模大野 16:08-16:23 市営斎場入口


大きなマップで見る

土浦駅で路線バスに乗り換えて、上佐谷バス停で下車します。バスを降りる少し前から、弱い霧雨のようなものが舞っていましたが、元々降水確率は20%と低く、空もさほど暗くはないので、予定通りに登山を開始します。
歩き始めると、早速千代田アルプスが姿を現しました。見えてきた稜線を、このあと左から右へと縦走します。
なお、かすみがうら市が作成したハイキングコースの案内マップでは、この稜線を巡るコースの名前は「雪入しぜんの道」となっていて、「千代田アルプス」というのは地元のボランティアの命名による通称のようです。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。

雪入の集落内からは道順が少し難しくなりますが、「峯コース」の道案内に従って、細い路地を進みます。
人家の間を抜けると、畑の中を進むようになります。霧雨は、このあたりまでにすっかり止んだようでした。
道はやがて山道に変わり、ここから本格的な登り坂が始まります。
でも最初に山道を歩く区間は短くて、ほどなく車道に上がりました。
車道を少し歩くと、すぐに雪入ふれあいの里公園の建物が現れます。
雪入ふれあいの里公園にはハイカー向けの野外トイレがあり、休憩がてら利用させて頂きます。真冬の寒さに加えてスッキリしない空模様で人出が鈍いのか、少なくとも建物の外には全く人気(ひとけ)がありませんでした。

雪入ふれあいの里公園の建物の奥から、いよいよ登山道に入るかと思ったら‥‥。
その先も車が通れそうな道が続き、こんなヘアピンカーブを何度も繰り返しながら、緩やかに登っていきます。
車道を終点まで登って、かつて採石場だったらしい平坦地に着きました。最初に展望広場の前に出ますが、周囲の樹木が整備された当時よりも伸びてしまったのか、あまりスッキリとした眺めはありませんでした。

平坦地には、そのほかに3つの池があって、まず目の前に現れるのが「風の池」でした。
3つの池の中ではこの「風の池」がたぶん一番広くて、水面には多くの水鳥が見られました。
左に進むと、次に現れるのは「花の池」。小さな池は全面的に赤い水草に覆われて、水面が赤一色ですし、鳥が全くいないようで静かです。池の畔に遊歩道があるのが見えたので、そちらに向かってみましたが‥‥。
水面が上がったのか、遊歩道は一部が水没している上、そこへの階段も壊れかけています。強引に下りると足が水に浸かり、バランスを崩せば池に転落するので、ここはロープなどで立入を制限するほうがよろしいのでは?
さらに奥へ進むと、今度は「鳥の池」が現れましたが、こちらは壁と草藪に阻まれて、水面が良く見えません。
上の写真で壁のような物がない右側は、背の高い草が一帯に繁茂して、どこからも水面は見られないようです。
ここは「鳥の池」なので、鳥のことを第一に考えて、壁の窓から静かに観察しよう、ということなのでしょう。

「鳥の池」の先にあった「芝生広場」は、草がボーボーに伸び放題で「芝生広場」の標識も埋もれかけているなど、そこが芝生広場であることが放棄されて久しい様子でした。そんな芝生広場を見送った先で、さらに奥へと続く細い道とともに「剣ヶ峰」への道標を発見します。この先のコースは「雪入しぜんの道」の案内マップに全く記載がないので、一般的なコースではなさそうなのですが、幸いにきちんと整備されているようでした。
その道は少しの間「鳥の池」の畔を進みます。なんだ、ここまで来れば普通に「鳥の池」が見られるんじゃん。
ほどなく道は平坦地の端に達して、いよいよ、いかにも登山道らしい登り坂が始まりました。

登山道はのっけから、補助ロープが下がる急斜面に取り付きます。
少し登ると、すぐに「風の池展望台」への道が分岐したので、そこに入ってみます。
すると、ほんの数秒で開けた地点に出て、そこから見てきたばかりの3つの池を見下ろせました。
  ※下の写真にマウスを乗せると池や山の名前をガイド表示します。
登山道に戻ると、その後も補助ロープが下がる厳しい急登が続きます。
ロープ場の長いことといったら。それもそのはず、地形図を見ると、この斜面には普通の等高線が描かれず、崖記号になっているのでした。どうりで急な訳です。
長かったロープ場が終わった先も、それなりに急な斜面が続いて、登りはまだしも、もし下るのであれば足下にかなり気を遣ったことでしょう。ネイチャーセンターがあり駐車場も完備の「雪入ふれあいの里公園」という、この山域の中心的施設を拠点にできて、かつ稜線に最短距離で上がれるコースなのに、「雪入しぜんの道」の案内マップに載っていないのは、急坂続きの道が山歩きに慣れていない人には厳しいからなのではと感じました。
ようやく急坂が緩んで広い道に合流し、そこから木段の道に変わると、もう稜線はすぐ上にありました。

稜線に上がった地点がちょうど剣ヶ峰で、「剣ヶ峰広場」の標識がありました。ただ、ここは山頂と言えるほどの顕著なピークではなく、この稜線の最高点も南西側に400mほど歩いた所です。でもそこには電波施設があるだけで、特に山名も付いていないようなので、そこには向かわず、ここをこの日の最高点とすることにしました。
この剣ヶ峰は標高が明確ではありません。「雪入しぜんの道」の案内マップでは360mとなっていますが、帰宅後にGPSの軌跡を確認したところ370m圏に入っていたので、この記録では370mとして扱うことにします。
剣ヶ峰では南東側が開けていて、地元の方の作成による展望イラストが掲示されていました。
曇り空の下で、剣ヶ峰からは霞ヶ浦を眺められた程度でしたが、その先には太平洋が広がっていたのでしょう。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。

剣ヶ峰から尾根を北東へ進むと、雑木林に覆われた稜線になだらかな道が続いて、とても良い雰囲気です。
5分ほどで着いた、すぐお隣のピークが雪入山でした。
ほとんど展望のないピークですし、剣ヶ峰で休んでいたばかりなので、雪入山は通り過ぎるだけになりました。

それにしても気持ちの良い尾根道です。一貫して緩やかな傾斜の道が続くので、歩きやすくて快適でした。
唐突に右手が開けた地点が現れて、一体なんだろうと思ったら‥‥。
この標識に「パラグライダー離陸場跡」と書かれていました。

ほとんど前触れもなく、急に目の前に車道が現れました。あきば峠です。
車道に下りて北側を向くと、加波山や足尾山などが眺められました。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。
車道を横切って、正面にある登山道の続きに入ったらすぐの所にあったのが‥‥。
「振り返れば筑波山」というこの標識です。
言われた通りにそこで振り返ってみたら、確かに筑波山が見えていました。

あきば峠から緩やかに登り返すとすぐ、筑波山を眺められる「黒文字平」という地点に出ました。ここではMTBの3人が休憩中。バス停以来全く人の姿を見ていなかったので、彼らがこの日初めて会う人となっています。
黒文字平から眺めた筑波山です。比較的見慣れているのとは反対側から見る姿が新鮮でした。
登山道は相変わらず穏やかですし、雑木が主体の好ましい林相もずっと続いています。
稜線上では、左右に下る道などがたびたび分岐しますが、どの分岐点でも道案内はしっかりとしていました。

浅間山への分岐点まで来ました。広い道は浅間山を巻いて緩やかなまま進みますが、浅間山はこの山域で唯一と言える、しっかりと尖った頂を持つ堂々としたピークなので、ここはきっちり登って行こうと思います。
浅間山への登りです。そこそこ急な斜面を、全くジグザグを描かずに直登するので、かなりの急坂です。
先程の分岐点から頂上までの間ずっと、登山道の両脇には杉の木が整然と並んでいて、登山道というよりも参道の雰囲気です。きっと古くから信仰の対象として登られていた山なのでしょう。
浅間山の頂上には浅間神社の祠が祀られていました。奥にある建物はテレビ放送の中継所です。
無粋な建物が入らないよう、TVの中継所の側から写してみました。そこそこの広さがある山頂で(中継所がなければもっと広かったはず)、東西両側の展望を楽しめる場所にはベンチも置かれています。
浅間山からの西側の展望です。筑波山や、筑波山から南に延びる尾根上の山々が見えていたほか、左のほうには、歩いてきた千代田アルプスの稜線も見えていました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。

浅間山からは、登ってきたのとは別の道を下って、先程までのコースに復帰します。こちらの道は、登ったほうの杉並木の道ほど急ではなく、距離も短かったように思います。
先程までのコースに下った地点は変則的な十字路になっていて、三ツ石森林公園へ下る道が分かれています。「雪入しぜんの道」のマップも案内しているその道は、道幅が広くていかにも良く歩かれていそうでした。
一方、そのまま尾根を進むコースも良く踏まれていて、雰囲気の良い木立と緩やかで歩きやすい道が続きます。
標高の低さから、快適さを重視して真冬に出掛けてきたのでしたが、この林相ならば新緑や紅葉も素敵な感じになりそうなので、このエリアの適期は春や秋なのかもしれません。季節を変えてまた来てみたいと思いました。
谷津への下山路も明瞭で、ちょうどそこを登ってきた単独行の男性が、この日出会った唯一のハイカーでした。

ほどなく、閑居山大師に下る道が分岐します。百体摩崖仏など見所が多そうで、ここから下るかどうか計画時にかなり迷ったのですが、もう少し山道を長く歩きたいという思いが勝ったので、引き続き尾根伝いに進みます。
閑居山大師への道を見送った先に、弘法石への道が分かれたので入ってみます。分岐点からほんの数秒ですぐに現れた弘法石は、これといった特徴もなく、名前を記した標識があるだけで由緒とかも分かりませんでした。
弘法石から元の道に戻ると、その先に道が深く抉られた区間があって、足元に少し注意が必要でした。でも、剣ヶ峰から先の長いコース中、歩きにくかった箇所はここだけで、心地良い尾根歩きを満喫できたと思います。
浅間山から先は、ほぼ下る一方の道になっていて標高を落としていくばかり。しまいには100mそこそこの標高になりますが、それでも一丁前に尾根道らしい雰囲気がちゃんと感じられたりしました。

その後、小さなアップダウンが続くようになると、ほどなく99.3mの三角点を通過します。これまでに見たほぼ全ての参考資料が、権現山の標高としてこの三角点の標高と同じ値を採用しているので、てっきりここが権現山の頂上になっているものと思っていたら、ただ三角点がポツンと埋まっているだけで、山の頂上を示すような物が何もないばかりか、ほとんど誰からも顧みられていない地点のように感じました。しかも、山の頂上だと言えるほど盛り上がった地点でもなかったので、この記録ではこの三角点と権現山とを区別して扱うことにします。
三角点を過ぎて下って行くと、間もなく前方に御野立所が見えてきました。昭和4年の陸軍特別大演習の折に昭和天皇が統監された場所とあり、さほど歴史の古いものではないので、あまり興味は湧きませんでしたけれど。
御野立所の石碑が立っているのが権現山だと、どの資料も口を揃えて言っている上に、山名の由来だとされる権現社の祠も、この石碑の傍らに祀られていたので、この記録ではここを権現山とします。先程の三角点からそう離れておらず、大きな目で見ればほぼ同じ場所ですが、標高には明らかな差があって85mほどになるようです。
石碑が立つ場所は見晴らしが良好でしたが、なにしろ標高が低くて、目を見張るほどの展望ではなかったです。

御野立所(権現山)から軽く下るとすぐに車道に出て、あとはバス停までのんびり歩いても10分ほどでした。
上志筑バス停には、土浦駅行のほか石岡駅行のバスも来ます。土浦駅行に乗るには少し時間があったので‥‥。
すぐ近くにあったセイコーマートへ。神奈川県民にはほとんど馴染みがありませんが、店頭で弁当や総菜類などを調理するホットシェフというのが好評らしいコンビニで、まさに上志筑店がその対応店舗だったのです。楽しみに購入してみたカツカレーは、決して特別なクオリティーではなかったけれど、レンジでチンする作り置きの弁当類と比べると明らかに別格で、それなりに満足できる食べ心地でした。ただひとつアテが外れたのが、イートインがなくて外で食べるしかなかったことです。一応はその事態も想定して、携帯チェアをザックに入れていたので、駐車場の一角に適当なスペースを見つけて食べられましたが、風が強かったりしたら厳しかったかも。
最後に少し時間が余ったので、セイコーマートの裏手に回って、先程まで歩いていた山並みを振り返りました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。

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高鈴山・真弓山・風神山 [茨城]

2017/12/23(土・祝)

■第369回 : 高鈴山(623m)・真弓山(290m)・風神山(241m)


この日の行先は、茨城県日立市の高鈴山です。近場にあって行きやすい山でも、メジャーで魅力的な山でもない割には、今回が珍しく2度目の登頂となっています。この山を巡っては、前回の時も比較的長めの周回コースを歩いたのですが、今回は20kmを超えるさらなるロングコースを歩いてきました。

しかも、長距離とはいえ、アクセスが不便な山へのアプローチに延々と車道を歩いただけという、このところ多かったパターンとは違って、今回は最後の下りを除けばほぼ全体が山道だったので、5時間以上かけて歩き終えた充実感はなかなかのもの。ただ、見所の多くが高鈴山までの最初の約4kmに集中していたため、以降の大半を占める17kmは距離が長い割に見所にも変化にも乏しく、やや単調な道のりに感じられたのが否めませんでした。

(往路)
古淵 05:15-05:19 町田 05:22-05:56 新宿
新宿 06:05-06:24 品川 06:45-08:34 日立
日立 08:40-09:12 御岩神社前

(登山行程)
御岩神社前バス停 09:15
御岩神社     09:20-09:25
賀毘礼神宮(※)  09:40
賀毘礼の高峰(※) 10:00  (御岩山)
高鈴山      10:25-10:35
日立高鈴GC   11:35
真弓神社     12:50-13:10
真弓山      13:15
風神山      14:10-14:20
風の広場     14:25-14:30
大甕駅      15:10

※賀毘礼神宮、賀毘礼の高峰・・・2文字目の毘は、正しくは田へんに比と書きます(田比)。
 御岩神社のウェブサイトでは、ひらがな表記の「かびれ神宮」「かびれの高峰」が採用されています。

(復路)
大甕 15:28-15:57 水戸 16:53-18:13 東京
東京 18:16-18:32 新宿 18:38-19:14 相模大野
相模大野 19:25-19:40 南警察署前


大きなマップで見る

日立駅からバスに乗って、御岩神社前で下車します。私を含めて3人いた乗客は、全員同じ区間の乗車でした。
太平洋沿岸の日立駅前ではさほど寒さを感じなかったのに、これから登る高鈴山を越えて、その裏側に当たるここまで入ると、山間に漂う空気はキンキンに冷えていて、路面が白く見えるのも凍結しているからなのでした。
御岩神社へ通じる左の道も、一部凍結していました。不用意に足を運ぶと滑るので、そろりそろりと歩きます。

御岩神社には2~3分で到着。まだ朝早くて静かだろうと思っていたら、意外にもそこそこ人出がありました。
境内に入ると、推定樹齢500年、約3mの高さの所から幹が3本に分かれた「三本杉」がお出迎えです。境内には幹周りの立派な杉が数多く並んで荘厳な雰囲気を醸し出していましたが、その中でもひときわ立派でした。
三本杉のすぐ先で楼門(大仁王門)をくぐります。境内はすっかり新年を迎える準備が整っていました。
この拝殿に26の神様が祀られているほか、全山合わせると188もの神様が祀られていることから、「日本の神様ほぼ全てにお参りできる」との評判が広まり、それでこんな寒い時期の早朝から参拝者が訪れているのでしょう。

境内からは、奥宮の賀毘礼神宮まで表参道と裏参道の2本の道で周回できるようになっていて、表参道に入ると、しばらくは傾斜の緩い散策路のような道が続きました。これなら観光客でも問題なく歩けそうです。
最後のほうで少し傾斜が急になって山道同然になりますが、そうなると間もなく、前方に建物が見えてきます。
下の御岩神社境内からは20分ほどで、奥宮の賀毘礼神宮に着きました。
賀毘礼神宮にも、私でも名前を知っている天照大神をはじめ、3柱の神様が祀られているようです。

賀毘礼神宮の先には、さらに御岩山(賀毘礼の高峰)への登山道が続いています。御岩山自体もご神体とされていることから、御岩神社と合わせて巡る人が多いのか、このあとも頻繁に人とすれ違いながら稜線直下まで登ると、直登コースの岩場は、東日本大震災の影響による落石が原因で立入禁止になっていました。
岩場を迂回するトラバース道からも、頭上の稜線にいくつもの大岩がそそり立っているのが見られました。
稜線に上がると、神峰山と高鈴山を結ぶ登山道が通っていて、高鈴山までは2014年にも歩いた道になります。
軽く登ると、間もなく御岩山への分岐点に出ます。前回はスルーしてしまったので、今回は寄って行くことに。

分岐点からは大した登りもなく、すぐに「賀毘礼の高峰」の標識が立つ地点に出ました。周囲には多くの巨岩が点在し、ここが信仰上の聖地であることは大いに頷けます。しかし地形的には尾根上の小さなコブに過ぎず、一般的に山頂と見なされる地点ではないので、この記録では御岩山を登頂した山には含めないことにしました。
御岩山からの展望がこちら。北側が大きく開けていて、この日のコースで最も広い範囲を眺められた場所でした。ただ、少し距離のある日光連山や高原山などが、ほとんど存在感がないくらい霞んでいたのが残念です。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
日光連山や奥久慈男体山などの方角を少し大きな写真で。このサイズでも日光連山はハッキリしないのですが。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。

御岩山から高鈴山への登山道に戻ると、御岩山の南斜面を巻いて進む間は平坦に近いトラバース道が続きます。
少し進むと、御岩山からの道が右の尾根から降りてきて合流しました。実は先刻、御岩山の山頂からそのまま稜線を進めないか、先の様子を少し探り、道がないのを見て引き返したのでしたが、どこに道があったのだろう。
その後、登山道は尾根歩きに変わり、何度かのアップダウンを経て高鈴山に向かいます。
休憩舎の前を通過する頃には、高鈴山の頂上にある電波塔が間近に見えるようになっていました。
休憩舎の前を通ぎると、最後は少しだけ車道を歩くようになります。

高鈴山に到着です。御岩山まで人が多かったので、ここも誰かいるものと思っていたら、意外にも無人でした。
高鈴山でも北側を中心とした展望が開けていて、そちら側を向いた展望テラスがあります。
高鈴山からの展望です。方角的には御岩山とほぼ同じで、御岩山よりは少し狭い範囲の眺めでした。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
一方、山頂の南側には電波塔などが林立し、歩ける範囲が限られていて、展望もほとんどありませんでした。

高鈴山から真弓山方面への道は、山頂に立つ道標がアバウトな方向を指して道の所在を示していたものの、南端の電波塔脇から山道に入る箇所には何の案内もなく、やや草深い道だったこともあって少々不安を感じながらの歩き出しです。でもその後は、要所には道標が立っていたので、道迷いの心配をする必要はなさそうでした。
最初に登り返したコブの先には、補助ロープの下がる急降下が待っていました。急斜面が降り積もった落ち葉で滑り台と化していて、ロープがなければ転倒は必至でしたし、この日の長いコースで唯一の要注意箇所でした。
道自体はしっかりしていますが、盛んに歩かれているという感じでもなく、中には笹が道を覆うような箇所も。
その後は小刻みなアップダウンを何度も繰り返しつつ、徐々に高度を落としながら、日立高鈴GCへ向かいます。ゴルフ場に着くまでの間、途中で近くに林道が現れる以外は景色がほとんど変わらず、単調でかなり長く感じます(実際に長いのですが)。大きな登り返しがなくて、1度にドッと疲れたりしないことだけが救いでした。
日立高鈴GCまでの山道がようやく終わり、車道に出た地点を振り返ったところです。

進行方向のすぐ先には日立高鈴GCの入口があり、右側はもうグリーンが広がっています。写っているハイキングコースの案内図には、事前に得ていた情報通り、コースがゴルフ場内の道を通ることが明記されていました。
ということで、躊躇なく日立高鈴GC内に入れますし、入った後も堂々と歩くことができます。
歩くのはゴルフ場の外周の道なので、プレーの邪魔になってしまうようなことはありません。
ほどなくクラブハウスの建物が見えてきたら、その手前をスルーする形で先へ進みます。
これはハイカーにとって有難い配慮ですね。ただ、高鈴山 → 真弓山という方向に歩く人にとっては、この看板が現れるのはクラブハウスの前を通り過ぎた後でした。
その後、左に分岐する道があって少し気になりましたが、そこには何の案内もなかったので見送り、そのまま道なりに進んでいくと、次第にグリーンが近くなって、しまいにはコースを横切って進む事態に。その頃にはもうゴルフ場内に完全に入っていて、いくら何でも変だろうと思い始めた頃、ついに道は行き止まりになりました。
きっとさっきの左の道が正解だったんでしょ、でもそこまで戻るなんて面倒臭いなぁ、と思いながら引き返そうとしたら、すぐにこの景色になって、右奥にそれらしい道と道標を発見。行ってみると、やはりそこに登山道があって、逆方向に歩く人には道標がきちんと進路を示していました。クラブハウスの利用に関する看板といい、不十分な道案内といい、高鈴山→真弓山の方向に歩くハイカーの存在はあまり想定されていないのでしょうか?

ゴルフ場を離れると、間もなく登山道は広い道に合流して、当分はその広い道を進むようになります。車の轍が残るその道は、かつては車道だったらしく、ほとんど平坦に近いほど勾配が緩やかで、ここは楽に歩けました。
しばらく進むと地図にない新しい林道との交差があり、そこを過ぎると次第に道が細くなっていきます。そしてこの道標の地点で右に直角に折れると、その先は久々の山道に変わりました。
山道に変わっても、起伏が比較的穏やかなのは良かったのですが、随分先にある真弓山にいい加減近付くまでの長い間、ずっと変わり映えのしない景色が続いて、いつまでもダラダラと歩かされた印象です。
高鈴山と真弓山の間は、ただでさえ距離が長い上に途中に見所らしい見所がなくて、正直なところ退屈でした。それゆえか、そこを2時間以上かけて歩いている間にすれ違ったのも、たった2人だけにとどまっています。私自身も、ここにもう1度来ようという気には、ちょっとならないかなぁ。

採石場への車道に出れば、面白味に欠けた長い山道もようやく終わって、真弓神社が間近に迫っています。
車道を少し歩くと、すぐに右に分岐する道に対して、「真弓神社の参道のため車両進入禁止」という趣旨の掲示が出ていたのを見て、そこを入ってみました。結果的にこの判断で正しかったのですが、ここにもハイカー向けの道案内はなく、何故かやはり高鈴山→真弓山の方向に歩くハイカーは冷遇されているようです。
その道は、すぐに風神山からの道と合流したあと、この山門をくぐった先からは下りに変わります。
最後に少しばかり登り返しましたが、車道から通算すると結構下った場所に真弓神社がありました。ここまでずっと、道標に書かれた「真弓山」の案内に従って歩いてきた訳ですが、これだけ下った場所を山頂とするのは無理がありそうですし、実際に境内には山頂を示す標識等は見当たらず、今のところ「真弓山」は行方不明です。
拝殿の正面に回りました(上の写真は横から写したもの)。山の上にあるにしては、なかなか立派な神社です。
真弓神社からは南西側が少し眺められるようになっていて、筑波山方面がうっすらと見えていました。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。
起伏が穏やかな道だったとはいえ、ここまで14kmを歩いた足には疲労が溜まっていましたし、この先もまだ7km以上歩かなければならないので、神社に軽くお参りした後は、少し長めの休憩を取って足を休めていきました。

来た道を少し引き返すと、高鈴山と風神山との分岐点。先程は左から来たこの地点を、今からは右に進みます。
その道を少し登ると、途中で左側の高みへ通じる薄い踏み跡が分かれたので、そこを入ってみました(写真は分岐点を振り返ったものなので、手前中央から分かれた踏み跡が右端の高みへ向かっている様子になります)。
その踏み跡で、上の写真の右上端付近の小ピークまで僅かに登ると、そこに真弓山の標識がありました。
標識があったので、この記録では一応この場所の位置と標高を真弓山としましたが、私製標識だけにどれだけの信憑性があるのかは定かではありません。実際のところ、標高値ひとつ取っても、地形図を見る限りこの地点が290m圏にあるのに対して、標識では280mとなっていて、結構肝心な値のはずなのに食い違っていますし‥‥。
ちなみに、真弓神社の境内にある「真弓山ハイキングコース総合案内板」の地図では、一番高い場所に「陣ヶ峰(標高約300m)」と書かれていました。地形図と照合すると、そこは現在地のすぐ南隣にある別のピークで、確かにそこがこの一帯の最高点になります。ただそこを「真弓山」としていないことから察すると、「真弓山」は真弓神社がある山を漠然と示す名称に過ぎず、特定のピークを指す用途には使われていないのかもしれません。
なお最後に、「陣ヶ峰(標高約300m)」付近の様子も窺ってみたところ、そこも登山道から僅かな距離で達することができそうなのに、そこへ通じる踏み跡は見当たらず、ピークもほぼヤブに覆われた状態っぽかったです。

ともあれ、あたりで一番高い一帯を通過すると、山道は間もなく車道に一旦吸収されます。
車道を少しだけ歩いて、この地点から今度は風神山を目指して再び山道に入ります。これ以降は、どちらの方向の道案内もしっかりしていたので、真弓山と風神山の間は良く歩かれているのでしょう。
この区間では、山道がアップダウンを頻発するようになります。大きな登り返しこそないものの、すでに長い距離を歩いてきた足には、ちょっとした登りでも堪えるようになってきました。
登山道がたびたび2本に分かれるようになると、どちらも行先が同じだと道標がきっちり示してくれました。
その中には、分かれたままでかなり長い距離を進む区間もあり、分岐する時点では先々で合流することを予め見通すのが難しいことも多かったので、こういう道標はありがたかったです。
風神山が近付いてくると、アップダウンが収まってきて、穏やかに歩ける所が増えてきました。

風神山の山頂付近は公園として整備されていて、山名の3文字を冠した「風の広場」「神の広場」「山の広場」があり(反対側の日立市街から登った時に、この順で現れます)、いよいよその一角に入ったようです。
山頂があるのは「神の広場」で、三角点と休憩舎が設置されていました。周囲の樹木のため展望はありません。
標高が低く、すぐ下にある市街地から楽に登れるので、もう少し人がいるかなと思っていたら、思いのほか閑散としていました。お散歩にはちょっと遅い時間になっていたからでしょうか。
このほか山頂には、山名の由来となった風神・雷神の碑がありました。
山頂で少し休んだあとは芝生広場へ。展望台があったので登ってみましたが、何も見えなかったです。
最後に、太平洋が一望できるという「風の広場」へ移動すると、そこでは期待通りの景色が待っていました。
風の広場からの展望です。左端が日立港や日立市街で、右端は下山先の大甕あたりになる模様(そこも広義の日立市街になりますけれど)。水平線に丸みが感じられる眺めでした。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真は こちら です。
さらに右のほうには、東海村の原子力関連施設や、常陸那珂港の火力発電所などが見えていました。

風神山からの下りは、最初から車道歩きになります。でも風神山までの18kmは、ほぼずっと山道を歩いて来られたので、最後の3kmくらい車道を歩くのは良しとしましょう。
山を下り終えると、日立研究所の白亜の建物群が見えてきて、その横を抜けてさらに車道を進みます。
大甕駅付近の町並みがかなり近付いてきました。
大甕駅に着くと、その周辺は大規模整備事業による工事中。駅自体も全面改築中で仮駅舎による営業でした。

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竪破山 [茨城]

2017/11/19(日)

■第365回 : 竪破山(657m)


この日の行先は茨城県北部の竪破山です。次々と現れる巨岩・奇岩の数々や、山頂に忽然と現れる立派な神社など、見所の多い山でしたし、緩やかで歩きやすい登山道が整備されていて、安心して歩ける山でもありました。
ただ、マイカー登山なら2時間程度で軽く歩ける竪破山も、公共交通利用でかつ休日山行となると、満足に利用できるバス路線がないため、一般的には計画を立てるのが困難です。しかし、紅葉の時期限定で運行される花貫渓谷行きのシャトルバスを片道に利用することで、路線バス利用の竪破山登山を可能にして出掛けてきました。

とはいえ、行き帰りに利用したバス路線は、ともに登山口からバス停まで1時間半ほど歩かされる使い勝手の悪いもの。このため、行程の大半を車道歩きに費やすことになっていますが、すでに書いた通り、それを補って余りある楽しい山だったので、アクセスの不便さを受け入れてでも出掛けてきた甲斐はあったと思っています。
コメントする地点の多さゆえ、今回は写真が約100枚と大量なのですが、懲りずにお付き合い頂ければ幸いです。
(中腹から山頂にかけて見られた数々の巨石群のひとつ、太刀割石)

(往路)
古淵 05:15-05:19 町田 05:42-06:17 新宿
新宿 06:20-06:40 東京 06:53-08:44 高萩
高萩 09:00-09:25 花貫駐車場

(登山行程)
花貫駐車場バス停  09:30
中戸川登山口(土岳) 10:05
米平登山口     10:45-10:50
竪破山       11:35-11:50
太刀割石      12:00-12:05
竪破山登山口(鳥居) 12:35
せせらぎひろば   12:45-12:50
黒坂(鬼越)バス停  13:00
田平橋       13:45
菅谷不動尊の滝   14:00-14:10
境橋バス停     14:20

(復路)
境橋 14:32-15:10 常陸太田 16:06-16:40 水戸
水戸 17:06-19:12 上野 19:18-20:01 東神奈川
東神奈川 20:05-20:38 古淵


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常磐線の高萩駅から、今月の4日間だけ運行される花貫渓谷シャトルバスを利用して、花貫渓谷の駐車場へ。
大きな駐車場は、朝9時半の時点で早くも満車になっていました。
竪破山に直行するため、渓谷とは反対方向に歩き始めると、駐車場の空きを待つ車列がずっと続いていました。
車列がほとんど動かないので、国道からの入口付近は、国道の流れまで滞っていました。これは少々迷惑かも。
少しだけ国道を歩いたら、この変則的な交差点から中戸川への道に入ります。奥にそびえているのは、2年前に花貫渓谷と絡めて登った土岳(頂上は見えていません)で、そちらでも紅葉が見頃を迎えている模様です。

ここからこの道を延々と1時間以上(約5.5km)歩いて、竪破山の米平登山口を目指します。途中に集落がいくつか現れる以外は景色の変化に乏しい道ですが、この時期は時折紅葉が楽しめるのがせめてもの救いでした。
歩き始めて30分ほどで、最初の集落、中戸川に入りました。
集落内にはバス停がありましたが、運行は平日のみで早朝の上りと夕方の下りしかなく、観光では使えません。
中戸川集落の外れまで来ると、土岳の中戸川登山口があって、花貫駐車場からここまでは、2年前の下山コースを逆行してきた形なのでした。ここで登山道を見送ると、この先は初めて歩く道になります。
さらに10分ほど歩き、土岳の坂ノ上登山口への入口を見送ると、この先は歩く人など滅多にない道になるはず。
そのすぐ先では、「大和の森 高萩スカウトフィールド」の前を通過しました。この8月にオープンしたばかりの、ボーイスカウト日本連盟の教育キャンプ施設のようです。

その後は沿道にほとんど何もない状況が20分ほど続いて、ようやく米平の集落に入りました。
集落内には待合所付きのバス停がありました。平日のみ運行のバスは、ここまで入ってくるようです。
幹線道路からはだいぶ離れてポツンと存在する集落ですが、立派な構えをした家屋が多いのが印象的で、しかもどの家屋からもきちんと生活感が感じられて、寂れた雰囲気は一切ありませんでした。
米平の集落を抜けると、いよいよ進行方向に竪破山が近付いてきました(ただし頂上は見えていません)。

自分以外の歩行者を一切見掛けない道を1時間15分歩いて、ようやく竪破山の米平登山口に到着です。
ほとんど人が入っている様子はなくて、地面に置かれた標識がなかったら、見過ごしてしまいそうでした。
参考にした2004年発行のガイドブックで、すでに「この登山道は歩かれていない」と注記されている道ですが、地面に落ちた形とはいえ標識が出ているくらいだから、一応は歩けるものと信じてここから入ってみます。

すると、入口付近こそ少し怪しげな雰囲気でしたが、しばらく歩くと明瞭な道になりました。
ほどなく道が二手に分かれて、ちょっと考えさせられましたが‥‥。
道の脇に落ちていた標識がすぐに見つかって、左の道が登山道の続きだと示されていました。

問題なく歩ける状況に安心していると、その先で様子が一変、左から現れた林道に乗っ取られてしまいました。
林道に上がった所で振り返ったら、もう登山道の存在が分かりませんでした。別のところから竪破山に登って、このコースを下ってきた場合は、ここが分岐点だとは気付かずに、そのまま最後まで林道を歩かされてしまうことでしょう(登山口からそう遠くない所には出られそうなので、大きなトラブルにはならないと思われますが)。
奥で余程大々的に工事でも行われているのか、あちこちに重機が置かれているのを見掛けます。
だから林道も、ずっと重機のキャラピラ跡を歩かされる具合で、なんか興醒めでした。
やがて重機の稼働音が前方から聞こえるようになり、こんな日曜日でも何かしらの作業が行われていて、その近くを通ることになりそうだと覚悟させられます。いよいよその作業音が間近に迫ってきた時、目の前に現れたのは、なんと大規模な伐採現場。何箇所かで次々と樹木が刈り倒されていて、あたりは騒然とした雰囲気でした。

伐採が広範囲に及んでいたため、その一帯から抜けるまでにしばらく時間がかかりましたが、伐採現場よりも先では、道も登山口付近と同じような様子に戻ってホッとしました。
登山道を示す標識は、前の写真のものも含めて計3箇所にあり、いずれも登山道脇の地面に置かれていました。
伐採現場から遠ざって重機の音が届かなくなると、登山道にも平穏な雰囲気が戻りました。伐採工事が始まる前ならば、ずっとこんな好ましい雰囲気の道を歩けたはずなので、もっと早く来ていればと少し後悔しています。

最後まで明瞭な道を歩くのかと思ったら、頂上にかなり近付いたこの地点で、この道とはお別れでした。
分岐点で登山道を示していた標識(上の写真にも小さく写っています)は、今年設置された新しいものでした。
調べてみると、先程前を通ってきた「大和の森 高萩スカウトフィールド」を主会場とする「日本ジャンボレット高萩2017」という、ボーイスカウトの大会が今年の夏に開催されており、そのプログラムに「堅破山トレッキング」があったので、そのために設置されたものなのでしょう。

標識が示す方向に進むと、途端に道が微かな踏み跡レベルに変わりました。つまり、ここから先は、何故かほとんど歩かれていないことになります。ということは、先程までの明瞭な道が、むしろ登山道以外の用途で良く歩かれていることを意味することになりそうですが、それがいかなる用途なのか、私にはちょっと答えが出せません。さっきまでの道をそのまま直進したとしても、その先に何かあるようには見えないんだけどなぁ‥‥。
少し登ると麓側の視界が開けた場所があって、先程通過してきた伐採地を見下ろします。伐採地は、そこから見えていたこの写真の範囲だけではなく、そのずっと下まで続いていて、相当広い範囲に及んでいたと思います。
道は一定して "か細い" 状況で続きます。目を凝らさないと見失いそうな頼りなさですが、決して不明瞭になることはなく、テープによる最小限のマーキングもあるので、このような道に慣れていれば迷う心配はなさそう。
山頂が近くなると、先程と同じ標識による下山者向けの道案内も2回ほど見られました。

最後に大岩の間をすり抜けて登ると、展望台が建つ竪破山に到着しました。割と手狭な感じの頂上です。
頂上を上の写真とは反対側から写しています。
頂上標識と二等三角点がありました。
いずれの写真でも頂上が無人に見えるのは、この時居合わせたご夫婦と見られる2人組がちょうど展望台に上がっていたから。地面に立っているだけでは全く展望がないので、私も螺旋階段を登って、さらに上へ。

展望台に上がると、方角ごとに展望図や展望写真が設置されています。2004年発行のガイドブックにも「山また山のパノラマ風景が楽しめる」と書かれているので、かつてはどの方向も良く見えたのでしょう。
しかし現在では、スッキリと眺められるのは南側だけ。その南側には、2014年に縦走した羽黒山・神峰山・高鈴山を結ぶ稜線と、その彼方に広がる太平洋の海原が見られました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
それ以外の方角は、例えば北西側に日光連山や那須連山の展望写真が掲げられていたり‥‥。
南西側には筑波山や富士山の展望写真が掲げられていたりしますが‥‥。
樹木が随分と成長してしまったようで、南側以外はどちらを向いてもほぼこんな眺めにとどまりました。

頂上で少し休憩したのち、軽く下って行くと、すぐに黒前神社の拝殿前に出ます。低山とはいえ、山道でしかたどり着けない山頂に、これだけ立派な神社が祀られているのは驚きです。
黒前神社の拝殿前からは石段を下ります。
下った後で石段を振り返ります。段が不揃いな上に、足を真っ直ぐに置ける幅もなく、歩きにくい石段でした。
石段を下ったところは、ちょっとした広場になっていて、黒前神社の釈迦堂が建っています。
釈迦堂の建つ広場には、中腹から頂上にかけて点在する巨岩奇石「竪破山七石」のうち、舟石・甲石のふたつがありました。

広場から先は、良く整備された登山道になります。
「竪破山七石」の中でも最大の見所と思われる、太刀割石の前に来ました。比較対象がなくて大きさが分かりにくいですが、直径約7mもの巨岩が節理面で真っ二つに割れたもので、竪破山の山名の由来にもなっています。
太刀割石はその巨大さから、いかにも山岳霊場のシンボルといった雰囲気が漂っていました。これを見るためだけでも竪破山を訪れる価値は十分にありそうです。
太刀割石付近の稜線では、紅葉の名残を少し楽しむこともできました。
さらに下って行くと、鳥居と仁王門(随身門)があります。
仁王門のすぐ下には弁天池があり、その脇には東屋がありました。

仁王門と弁天池の前を過ぎると、登山道はぐんぐんと下り始めます。急な箇所のない、歩きやすい道ですね。
途中にはこんな休憩所もありました。家族連れでハイキングに訪れても、これなら安心して登れそう。
植林帯が大半を占めていた印象ですが、ところどころでは紅葉も見られました。
「竪破山七石」のいくつかは登山道脇で見られます。こちらは烏帽子石。
不動石も「竪破山七石」のひとつ。岩の表面が濡れていますね。
濡れているのは、岩の上に不動明王の石像が立っていて、ちょうどその足元から清水が流れ落ちているからなのでした。下から見ていると、ちょっと不思議な印象を受けたのでしたが‥‥。
岩の裏側に回ってみたら、なんのことはない、裏側では岩の上面が地面と同じ高さになっていて、そこから湧き水が出ているだけだったのでした。石像は古くからあるものではなく、明治以降に祀られたものらしいです。
登山道は最後まで穏やかな傾斜が保たれていました。整備も行き届いていて、とても歩きやすかったです。

駐車場に出ました。登山口と呼べる場所はこの先にもう1箇所あるので、ここを「登山口(駐車場)」とします。
駐車場は広くて余裕があり、トイレ(写真左端)も備えているので、登山口として十分だと思いますが、2004年のガイドブックにはまだこの駐車場の存在が書かれていないので、新しい書籍でないと出ていないのかも。
駐車場から先は未舗装の林道に変わります。路面状況については、情報源の新旧により様々な書かれ方がされていますが、現在は一般車でも問題なく通れるでしょう(実際、先程の駐車場にも一般車が入っていましたし)。
しばらく林道を歩いていると、この地点で左手に踏み跡が分岐して、車道より低い位置に下って行きます。
試しに入ってみると、下った先を流れる沢に橋が架かっていたので、その先もちゃんと進めそうな感じです。
林道の近くを併走する形で続いていた山道は、それなりに踏まれている様子で、歩きやすさもまずまずでした。

その山道は、黒前神社の一ノ鳥居へと続いていたので、旧来の参道が林道に転用されず残された区間なのでしょう。山道を歩けたのは短い距離でしたが、林道をずっと歩くよりは良かったと思います。
一ノ鳥居をくぐって車道に出たところから、黒前神社の石碑と、鳥居とその奥に見える参道を振り返りました。
林道も、一ノ鳥居のすぐ隣に出てきていて、三叉路には駐車スペースもあり、何台かの車が停められていました(ここを登山口(鳥居)とします)。今通ってきた旧参道は、これらの車の方々によっても歩かれたのでしょう。

さて、ここからの帰路をどうするかについて、計画は事前にバッチリ固まっていましたが、悩ましい問題がなかった訳ではないので、備忘録としてここに記しておきます。長文になりますので、竪破山についての情報さえ見られれば十分という方は(恐らく大半の方がそうでしょう)、すみませんが次の写真まで読み飛ばして下さい。

実は最も確実な方法は、私が今回選択したルートではなく、歩き始めた花貫渓谷まで引き返すことでした。その場合は、しっかりした車道だけを歩けば良くて、道順が分かりにくい等の心配は全くなく、バスの便も夕方の16:15発まで何本もあるので、時間を気にする必要もありません。
でもこれには難点があって、約8kmにも及ぶただの舗装道路を、ほぼそっくり往復することになってしまうのでした。短い距離の往復なら許せるとしても、これだけの長距離をただ往復するとなると、いかにも味気なく退屈そうで、ちょっと受け入れる気にはなりません。とはいえ、もし竪破山の登り下りに予定よりも時間がかかった場合は、これが唯一の選択肢となってしまう可能性はありました。

一方、実際に選択したのは、朝歩いてきた道とは反対方向、つまり西側へ向かって、常陸太田駅へのバス路線が走っている国道349号線まで歩くことでした。国道349号線にあるいくつかのバス停のうち、最も早く着けそうなのは境橋または河原野で、いずれも距離は約6kmと、花貫渓谷に戻るよりも車道歩きを短く抑えられますし、ずっと新しい景色を見ながら歩けるという点でもこちらが断然好ましいのです。
しかし、これらのバス停に最短経路で向かおうとした場合は、途中に道が繋がっているかどうか不明な区間があるのが最大の懸念点でした。その区間は、国土地理院の地形図では車道の線が繋がっているものの、GoogleやYahoo!の地図では線が不連続となっていて、どちらが正しいのか分からないのです。でも航空写真を確認したところ、地形図通りに林道が繋がっているように写っていたので、それに賭けてこのルートを選択したのでした。
ただし問題はそれだけではありません。常陸太田駅へ向かうバスの最終便が、午後2時半発と信じられないほど早いのです。このため、はじめから割とタイトな計画になっていて、途中で道に迷うなどして時間を取られてしまうと、バスに間に合わない可能性が出てきてしまうのでした。かといって、問題なく通れるのが確実な道路で国道349線に向かおうとすると、上深荻交差点にあるバス停を目指すことになり、距離が約9kmにまで伸びてしまうため、とても歩く気にはなれませんし、またそもそも時間的に2時半のバスに間に合わなくなるでしょう。
だから、もし現地で実際には道が繋がっていなかったという場合に、そこから引き返して確実にたどり着ける上深荻交差点のバス停に向かおうとしても、その時点ではもう時間の猶予がなくてそれが許されないため、道のない場所を強引に突破してでも、計画通りの行先に向かう必要があるのでした。

ということで、朝のアプローチと同様に、帰りも長い長い車道歩きの始まりです。歩き出して10分もすると、左手になんだか落ち着いた雰囲気の広場が現れました。
そこは「せせらぎひろば」といい、お手製感が満載なので、近隣住民の方々がご厚意で提供して下さっている場所っぽいですね。竪破山の登山口では休まずに、しばらく歩き続けていたので、ここで少し休ませて頂きます。
ひろばには、コース案内をはじめとする竪破山についての様々な資料が置かれ、無人販売されていました。下山後でしたが、代金(¥20というほぼ実費だけの良心的価格!)を箱に入れて、コース案内を参考用に頂きます。
竪破山は車で訪れる人が大半だと思われるので、この場所を利用する人は少なそうですが、歩行者である私にはとても有難い場所でした。車の人も、こちらのほうが登山口よりも明るく開放的で気持ち良く過ごせますよ。

午前中は少し空気が冷たく感じたこの日も、午後になると穏やかな小春日和で、気分はすこぶる快適です。
「せせらぎひろば」から15分ほどで、鬼越の集落に差し掛かりました。
突き当たりのT字路にポツンと立っていたのはバス停です。
平日ならば、十王駅からここまで椎名観光バスの路線バスが運行されているのです。本数は朝昼夕の3便と少ないものの、登山口(鳥居)まで徒歩30分と十分に実用的で、時間が合えば竪破山の登山に利用価値が大でしょう。

続いて黒坂の集落に入ったら、そこから先が問題なのでした。
そのまま普通に車道を歩いてしまうと、大変な迂回をさせられて、なかなかバス道路にたどり着かないのです。そこで、ここを右折して細い道に入り、不通区間があるかもしれない問題の経路に向かいます。
するとその先に分かりにくい箇所があり、途中で一度行き止まりの道に入ったりして少々モタつきましたが、目指していた山道同然の林道に入りました。これだけ道が立派なら、この先ちゃんとどこかに通じていそうです。
果して、その道はやがて舗装路に変わり、航空写真で見た印象とそっくりな道になってひと安心、最後は無事に田平集落に抜けられました。民家の番犬?に猛烈に吠えられて、写真は集落を過ぎるまで撮れなかったけれど。

あとはもう不安要素もなく、道なりに歩いていれば国道に行き着きます。バスの時間が迫っていればバス停に直行する予定でしたが、ここまでほぼ順調に歩けていることで、寄り道をしていく余裕が生まれていました。そこで、この田平橋の手前から、計画時点より最後の時間調整にはピッタリだと見込んでいた場所に向かいます。
それは沢沿いに続く、菅谷不動尊の滝への遊歩道で、そのほかのものも含めて計3つの滝が見られるのです。
田平橋の手前には簡単な案内図も設置されていました。

あまり知られてなさそうな遊歩道だけに、ほとんど歩かれていない様子で路面はやや荒れ気味です。
それでも問題なく歩くことができて、ほどなく最初の「雄滝」の真横を下ります(写真は振り返ったもの)。
「雄滝」の先には対岸に東屋があって、小さな橋でそこへ渡れるようになっていました。
東屋からは「雄滝」をほぼ正面から眺められました。
「雄滝」を過ぎるとすぐにまた別の東屋があって、その柱には「雌滝」という標識が付けられていました。
ただ、肝心の「雌滝」がどれなのか説明不足で分かりません。東屋の周囲には小さな滝がいくつか存在していて、そのうち上流側を振り返って見られる一番大きそうな滝を写しておきましたが、正解はどれだったのだろう?
さらに菅谷不動尊の滝への道標に従って進むと、今度は別の沢沿いを登り始めて、菅谷不動尊の前を通ります。
道は菅谷不動尊の奥へと続いていて、やがて東屋が見えてくるとともに、滝の水音も近付いてきました。
「菅谷不動尊の滝」は、水量は多くないものの、落差はそれなりにあって、近くに立つと清涼感がありました。
ここまで来れば、バス停はもう間近で数分もあれば歩けそう。バスの時間から逆算すると、ここを10分後くらいに出れば十分そうだったので、滝の前の東屋で帰り支度などを始めつつ、少しゆっくりと過ごしました。

境橋バス停への道も、滝の下流に当たる小川沿いの道で、引き続き清々しい雰囲気の中を歩けました。
最後は境橋バス停で、常陸太田駅行きのバスを待ちます。ほぼ定刻にやってきたバスは、私が2人目の乗客となり、その後はさらに3人ほどの利用があったものの、常陸太田駅まで乗り続けたのは私ひとりだけでした。
途中の道路渋滞の影響で、バスは常陸太田駅に定刻より少し遅れて到着しました。実は定刻の4分後に乗り継げる電車があったのだけど、最初から定刻ピッタリに着くなどとは思っておらず、乗り継げなかったのは想定内。その次の電車は約1時間後だったので、予めリサーチしておいたお店で食事をしながら時間をつぶしています。

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