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筑波山 [茨城]

2016/12/18(日)

■第340回 : 筑波山(女体山(877m)・男体山(871m)


この日は、単独行では10年ぶりとなる筑波山に行ってきました。一般的には、中腹にある筑波山神社やつつじヶ丘までバスやマイカーでアクセスして、そこから上の登山道を歩くことになる山なのですが、今回はその裾野とすら言えないような完全な平野部を起終点として、ほぼ筑波山の標高分をまるまる登り下りしています。

※なお登頂後は裏登山道で北麓に下りましたが、かつて筑波山の北側を走っていた路線バスは全て廃止されてしまい、つい先日までならば帰りの足が何も無くて途方に暮れたところです。しかし、この10月から桜川市が真壁と筑波山口を結ぶ路線バスの実証実験運行を開始していて、それを利用することでこの計画が可能となりました。

(往路)
古淵 05:15-05:19 町田 05:42-06:11 代々木上原
代々木上原 06:16-06:50 北千住 06:57-07:39 つくば
つくばセンター 07:50-08:35 北条仲町

(登山行程)
北条仲町バス停 08:40
普門寺     08:55-09:00
石鳥居     09:25-09:30
筑波山神社   09:45-09:50
弁慶茶屋跡   10:55-11:05
女体山     11:35-11:40
男体山     12:05-12:10
ユースホステル跡   12:40
筑波高原キャンプ場  13:00
登山口(裏登山道)  13:30
桜川市役所真壁庁舎  14:30

(復路)
桜川市役所真壁庁舎 15:10-15:38 筑波山口 15:50-16:36 つくばセンター
つくば 16:55-17:40 秋葉原 17:47-17:49 御茶ノ水
御茶ノ水 17:49-18:00 新宿 18:01-18:43 相模大野
相模大野 18:50-19:01 大沼


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つくばエクスプレスを終点まで乗り、地下駅のつくば駅で下車したら、地上に出てバスセンター(つくばセンター)でつくば市のコミュニティバス“つくバス”の「小田シャトル」に乗り継ぎます。
帰りも“つくバス”の別路線に乗るので、車内で1日乗車券を購入しました。

2年前に登った宝篋山を車窓に見ながら揺られること45分、北条仲町で下車します。こちらは進行方向の風景。
振り返ると、すぐ近くに見える交差点が「つくば道」の起点で、左折方向を大きな石の道標が示していました。
交差点から「つくば道」に入ります。左側に立つ石標には「これよりつくば道」と彫られていて、江戸時代からのものだとか(上の写真でも、左端に小さく写っています)。奥のほうで遠くに見えているのが筑波山です。
古くから筑波山神社の表参道として歩かれていた道は、現在は「日本の道百選」に選定され親しまれています。

はじめのうちは、なんてことのない舗装道路でした。「つくば道」起点付近の標高は約15mなので、これから筑波山の標高分をほぼ丸々自分の足で登ることになります。
田井郵便局の手前で北側の景色が開けると、雪化粧した日光方面の山々が見えていました。いい天気だったのに、このあと筑波山の頂上にいる間だけ曇ってしまったので、結果的にこれがこの日唯一の遠望となっています。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。
歩き始めて15分ほど、右手に現れた普門寺に、トイレの利用がてら寄ってみます。
普門寺は鎌倉時代の開山と伝えられる古刹で、火災により焼失した本堂が2年前に再建されたばかりでした。

神郡の集落に入ると、古い土蔵造りの家々があちこちに残っていました(いい写真が撮れなかったのですが)。
すでに3kmほど歩いているにもかかわらず、ここまで平坦な道に終始して全く高度を稼いでいないので、行く手には筑波山がどんどん大きく立ちはだかって見えるようになります。
また、縮小写真では分からなくなりましたが、中腹では筑波山神社の朱塗りの大鳥居が良く目立っていました。
神郡集落を抜けて建物がなくなると、のどかな田園風景の先に、大きく裾野を広げる筑波山の全容が見られるようになりました。離れた場所から長い距離を歩いているからこその眺めで、このあと筑波山が少しずつ近付いてくる様子を実感しながら歩けたのは、登山のプロローグとしてなかなか秀逸なコースだったのではと思っています。
ところで、現地ではあまり気にしていなかったのですが、写真になったものを改めて見てみると電線が大いに邪魔だったので、左右どちらかの脇道に入った所から撮るのが正解だったのでしょう。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
ようやく登り坂が始まると、間もなく「一の鳥居」の下をくぐります。でもその前に、右側にある小さな公園で、ベンチに腰掛けて小休止していきました。厳しかった朝の冷え込みから一転、この頃になると気温がグンと上がり、登り坂で汗ばんできたので、今シーズン初めて着用した冬用のジャケットは、ここで不要になっています。

「一の鳥居」を過ぎると、次第に傾斜がきつくなりました。それもそのはず、古い案内書では、このあたりから先に「石段が随所に現れる」などと書かれているのです。きっと、沿道の住民が車で通れるようにと舗装されたのでしょうが、道形は石段の頃と全く同じなので、そりゃ急になるわけです。そんな訳で、実際に車の往来が結構あって、必ずしものんびりと歩いてばかりはいられず、やや情緒に欠ける道となっていたのは少々残念でした。
それでも最後のほうには、少しだけ石段が残されていました。ここまで来れば、もう筑波山神社はすぐ先です。
石段の区間では、旧筑波山郵便局の前を通過していきます。昭和初期の洋風建造物で、中を覗いてみると、奥の部屋は畳が敷かれた和室になっていました。今でも、イベント時には内部が公開されたりするらしい。
2車線の道路を横断して、さらに石段を上がり、土産物店が並ぶ一角に出ると、前方に筑波山神社が見えてきます。ここまでは、自分以外のハイカーの姿を一切見ることなく歩いて来ましたが、ここでバスやマイカーなどでやって来た人達と合流して、一気に観光地っぽい雰囲気に変わりました。鳥居の上は女体山の山頂です。
筑波山を御神体とした筑波山神社は、ここから上の筑波山南面全体が境内です。男体山・女体山それぞれの頂上に本殿があって、ここにあるのは拝殿。年2回の大祓の時期にあたり、拝殿前には茅の輪が設けられていました。

筑波山神社からは、まだ歩いたことのなかった白雲橋コースで女体山を目指します。神社の東側から一旦一般道路に出て、少し進んだところにある登山道の入口にも、鳥居が立っていました。
白雲橋コースは、階段状になっている区間が多くの割合を占めていた印象です。
しばらくの間は常緑樹が主体の森を進みます。この時期の山歩きは、冬枯れの寒々とした景色に囲まれることが多いのですが、このコースはかなり上まで緑の中を歩くことができました。
筑波山神社から15分ほどで、つつじヶ丘へ向かう迎場コースを右に分けます。

すると、その後は次第に斜面の勾配がきつくなって、登山道にも急な登りが多くなりました。
標高が上がるとともに、岩の露出が目立ってきて、岩塊の間をすり抜けるような箇所も増えていきます。
弁慶茶屋跡の広場まで来れば、あとはもうひと頑張り。たくさんあったベンチに腰掛けて、少し息を整えていきます。ここで、つつじヶ丘からの登山道を合わせたことで、ここから先は登山者の数がさらに多くなりました。

弁慶茶屋跡から先は、奇岩怪石が次々と現れて目を楽しませてくれます。その先陣を切るのが“弁慶七戻り”。
何かの拍子で落ちてきそうな大岩の下をくぐり抜けるこの場所、かの弁慶も行きつ戻りつ7回も迷ったとか。
こちらは“母ノ胎内めぐり”。この後も“出船入船”や“北斗岩”など、曰くありげな巨岩の出現が続きます。
奇岩怪石エリアを抜けると一旦傾斜が緩みます。落葉した木々の間に、目指している頂上が間近に迫っているのが見えて励まされた一方で、せっかく天気が良かったはずなのに、ここにきて曇ってしまったのが残念でした。
頂上直下は急な岩場の通過が多くなって、行き違いによる渋滞もしばしば発生していました。

女体山の頂上に到着しました。ここには筑波山神社の女体山本殿が鎮座しています。
筑波山は女体山と男体山からなる双耳峰で、最高点の女体山頂に、日本百名山の標柱が立っていました。
三角点も女体山頂に設置されています。
すぐ下にロープウェイの駅があるため、ここには登山者だけでなく観光客も次々とやって来ます。
しかし露岩が折り重なる女体山の頂上部は、ただでさえ狭い上に、安定した体勢で立てる場所がそう多くはなく、限られたスペースに人が入れ替わり立ち替わりするので常にラッシュ状態でした。
このあたりが最高点だったでしょうか。
基本的には良く晴れた1日だったのですが、頂上にいる間だけは雲がかかって、あまりスッキリとした展望は楽しめませんでした。こちらは南東側の眺めで、一番奥の稜線の右端が2014年に登った宝篋山、その左上では霞ヶ浦の水面が光っています。左下隅は、駐車場とロープウェイの乗り場があるつつじヶ丘。
西側には、双耳峰のもう一方・男体山が間近に見えていました。もちろん、これからそちらにも向かいます。

女体山からは一旦下って、男体山との鞍部に当たる御幸ヶ原へ。ここにはケーブルカーの駅があり、いくつかの土産物店が軒を連ねていて、その上が次に向かっている男体山です。
御幸ヶ原から男体山への登りは、ほとんどが階段状の山道で、ちょっとした岩場が上のほうにだけ現れました。
間もなく男体山に登頂です。こちらも狭い頂上の大半を神社が占めていて、人が立てる場所は限られています。
鎮座していたのは、言うまでもなく筑波山神社の男体山本殿です。
男体山からの展望は、元々女体山ほどではないのですが、曇っていたことでさらに残念な感じでした。

双耳峰をともに極めたら、御幸ヶ原に戻ります。先程とは進行方向が逆なので、正面に見えているのは女体山。
御幸ヶ原からは、曇り空の下に、北側の近い範囲は割ときれいに眺められました。2011年にロングルートを縦走した、足尾山~加波山~雨引山と続く稜線や、昨年の初歩きで登った吾国山などを見渡せています。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。

今回が3回目となった筑波山、これまで南側の登山道しか歩いていなかったので、今回は初めて北に下ります。御幸ヶ原からユースホステル跡へ向かう登山道の入口は、土産物店が並ぶ一角の外れでひっそりとしていました。
登山道は、土産物店街の裏から始まります。ロープウェイやケーブルカー利用の観光客も多く訪れる南側が賑わっているのとは対照的に、北側に下るとアクセスが極めて不便になってしまうため、一気に静かになりました。
ユースホステル跡への道が山道だったのは、最初のほんの数分だけでした。その後はずっと車道を下るようになってしまい、しかも路面が荒れていたりして、あまり気持ち良くは歩けません。これなら、女体山から筑波高原キャンプ場に直接下る登山道を選ぶほうが正解だったのかもしれません。御幸ヶ原から女体山に登り返すのを嫌って、こちらのルートに決めたのでしたが、リサーチ不足で選択を誤ったようです。
ユースホステル跡に建物は全く見られず、ただ駐車場があるだけでした。

ユースホステル跡から先が舗装道路に変わることは、予め分かっていて折り込み済みでした。
舗装道路をそのまま進めば真壁または酒寄方面に早く下れるのですが、それでは味気ないので、さらに裏登山道を歩こうと、途中の三叉路から筑波高原キャンプ場へ向かう道に入ります。この先は緩い登り坂に変わりました。
筑波高原キャンプ場を通過します。
その後も緩い登り坂は続き、勾配がようやく下りに変わったら、その先に裏登山道への分岐が現れました。
裏登山道に入ると、「関東ふれあいの道」だけに、歩く人が少ないであろう割には、道はしっかりとしていました。ただ、荒れている箇所や、登山道上に水が出ている箇所などがあり、そこに凍結も絡んだりして、必ずしも歩きやすくはありません。「関東ふれあいの道」らしく木段が多かったのも、少々煩わしく感じました。
下のほうになると、小さな沢沿いに下るようになります。こんな時期だから、特別な印象は持ちませんでしたが、もう少し暖かくて緑も豊かな時期ならば、清々しい雰囲気の中を涼しげに歩けたりするのではないでしょうか。

裏登山道の登山口に下ったところで、車道に迎えられました。すでにかなりの距離を歩いていますが、バスに乗る予定の真壁庁舎はここから4km以上も離れていて、まだまだ先が長いです。
朝に歩いた「つくば道」と違って、ほとんど見所のない退屈な車道歩きが続きます。実は真壁庁舎まで向かわずに、真壁小学校か桃山中学校にあるバス停を目指せば歩く距離を少し抑えられると分かっていましたが、10月に運行開始してまだ間もない路線のこと、実証実験運行という位置づけもあって情報に乏しく、途中のバス停の正確な位置が不明だったので、バス停が探せずに迷うのを避けて、始点の真壁庁舎から乗ることにしていたのでした。
山の中を抜けると、沿道には次第に民家などが点在するようになってきます。
元々緩やかだった下り勾配がなくなり、道がほぼ平坦になると、景色が開けて真壁の街並みが見えてきました。
さらに右手側には、2011年に縦走した、きのこ山~足尾山~加波山と続く稜線もスッキリと見えています。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
そして振り返ると、先程まで登っていた筑波山が、もう遠くに霞む眺めになっていました。それにしても、頂上にいる間は曇っていたのに、今頃はまた晴れているらしいなんて。
さらに歩き続けて、真壁の市街地が目前に迫ったあたりで、車道を自転車・歩行者専用道路が横切ります。
それは1987年に廃止された筑波鉄道(土浦~筑波~真壁~岩瀬、全長40.1km)の線路跡で、ほぼ全線がサイクリングコース(愛称:つくばりんりんロード)として整備されたものでした。もしも真壁駅跡が進行方向にあれば寄って行きたいところでしたが、真壁庁舎とは正反対の方向になるので、残念ながら今回は割愛しています。

桜川市役所真壁庁舎に到着、18km近い距離を歩いたのは久しぶりでした。
バス停は、事前に得ていた情報通り、庁舎のすぐ前に立っていて、難なく見つかりました。
次のバスが40分後で時間には余裕があるので、途中でコンビニに寄って遅めのお昼を調達していたのですが、食べる場所については完全なノープランでここまで来てしまっていました。さて、どこで時間を過ごしましょうか。
ここで、ふと庁舎の中を見ると、意外なことに照明が灯されていたので、ダメ元で入口の前に立ってみたら、なんと自動ドアが開くではありませんか。
入ってすぐのロビーにはお誂え向きにテーブルと椅子が並べられていたので、落ち着いて食事ができましたし、トイレも自由に利用でき、ほかに人がいないため着替えなんかも思うままだったりして、これはラッキーでした。
少し離れた窓口に職員らしき方の姿が見られたので、この時は休日窓口の対応なのだろうと判断したのですが、しかし帰宅後に桜川市のウェブを確認しても、真壁庁舎が休日窓口を開設しているという情報が見当たりません。
だから普段の休日も同様に開いているのか、たまたまこの日に何らかの業務の都合で開いていただけなのか、また、開いていたのは事実としても私のような者が入って良かったのか、など、詳細は不明のままです。
確かなことは、私がいた40分間、私以外に人の出入りが全くなかったことと、私がロビーに滞在したりトイレとの間を行き来したりしても、特に誰何されることもなかったということでした。窓口にいた方は、物音から私の存在には気付いていた様子でしたので、私の行動は一応は許容されていたものと今も考えているのですが‥‥。

バスは発車時刻の5分ほど前に、庁舎前にやって来ました(正確には、少し前に折り返し前の便として一度ここに到着し、数人の乗客を降ろしてから走り去るのを見ていたので、その後は駐車場で待機していたようです)。
ここから乗ったのは私を合わせて2人だけでしたが、このあと途中のバス停でもさらに数人を拾っています。
桜川市のバスはこの筑波山口が終点で、ここからはつくば市のコミュニティバス“つくバス”の「北部シャトル」に乗り継いで、つくばセンター(つくば駅)に向かいます。そちらは、最後には立ち客が出るほどの盛況でした。
つくば駅の改札近くには筑波の名産品を取り揃えた「つくばの良い品」というショップがあり、前回訪れた時は産総研・地質調査総合センター監修の「化石チョコレート」を購入していたのですが、今回は筑波山名産の福来みかんを使った「つくば福来まんじゅう」を購入。とても美味しかったですし、配った先での評判も上々でした。

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花貫渓谷・土岳 [茨城]

2015/11/22(日)

■第314回 : 花貫渓谷・土岳(599m)


そういえば今年は、まだ紅葉らしい紅葉を見ていませんでした。
この日に紅葉狩りができそうな行先をと考えたとき、関東地方の大半が曇りと出ていた天気予報の中で、北関東だけは日差しが期待できそうだったので、茨城県の北部にある花貫渓谷まで遠出をしてきました。

もちろんそれだけが目的ではなく、その足で近くにある3つの山々を巡って、紅葉狩りと山歩きの両方をしっかり堪能する、という計画です。ところが2つめに登ろうとした山でハプニングが発生。登山道がとても歩ける状況ではないために、登るのを途中で断念せざるを得ず、その先の計画も破棄することになってしまいます。
結果的に、低山1つを軽く登り下りしただけで終わって、やや消化不良気味の山歩きとなってしまいました。

(往路)
古淵 05:15-05:49 東神奈川 05:50-06:15 品川
品川 06:44-08:44 高萩 09:00-09:20 花貫駐車場

(登山行程)
花貫駐車場  09:20
小滝沢登山口 09:55
土岳     10:40-10:50
中戸川登山口 11:20
花貫駐車場  12:10

(復路)
花貫駐車場 12:30-12:50 高萩 13:01-13:42 勝田
勝田 13:47-15:23 品川 15:27-15:50 東神奈川
東神奈川 15:51-16:24 古淵


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JR常磐線の朝1番の特急に乗って、高萩駅まで来ました。茨城県内の山行では、今回が最北地点となります。
花貫渓谷への路線バスはありません(平日運行の路線はあるものの、通勤通学ダイヤで観光利用には適さず)。
ただし先週・今週の土日祝(計5日間)に限って、シャトルバスの運行があるので、それを利用しました。
9時発の便は乗客が6名だけとガラガラで、なんだか寂れた観光地にでも行くような雰囲気。でも乗客が少なかったのは時間がまだ早かったからで、混み始める前に来ておいて良かったと、のちに実感することになります。
花貫駐車場までは渋滞もなくスムーズに走れて、ダイヤ通りに到着しました。
駐車場はすでに満車になっていますが、駐車場への脇道に入ってから空車待ちの列が少しできていた程度です。
ところが帰る頃になると、国道にはみ出した空車待ちの列が国道上を延々と塞いで大渋滞を引き起こし、シャトルバスも身動きが取れない状況になっていたので、早起きして朝1番の特急で来たのは大正解だったのでした。
駐車場には多数の露店も出ていて、早くも散策を終えたらしい人たちなどで結構賑わっていました。

花貫駐車場の奥で不動滝への案内を発見、見ると「この先30m」となっています。事前の調査不足で全くの予定外だったのですが、すぐに帰って来られそうな距離なので、寄ってみることにしました。
すぐに花貫川の川辺に下りると、道が分岐していました。どうやら不動滝と乙女滝の2つがあるようです。
まず先に乙女滝へ。落差はせいぜい数メートルと小さくて、割と平凡な印象でした。
不動滝は少し離れて見る形となり、落差が小さい上に斜めに滑り下りる感じで今ひとつ迫力不足。紅葉とセットで見られるという訳でもなく、物足りない印象にとどまったので、写真だけ撮ったらまた駐車場に戻りました。

寄り道を終えたら、案内図で「紅葉並木」と書かれているエリアに向けて、車道を歩き始めます。
吊り橋がある分岐点まで来ました。ここから先の遊歩道は周回できるようになっていて、観光客はぐるっと1周するのが普通なのでしょうが、私は途中から山に入るため歩くのは片道だけで、こちらの道には入りません。
ということで、吊り橋だけ途中まで渡ってみましたが、橋の左右からせり出す紅葉で錦の彩りに染まるのを期待していたところ、この通り落葉が進んでいて、なんともパッとしない見栄えでした。今年は紅葉の進行が早いと聞いていましたが、ここでもとっくに見頃は過ぎてしまっていたようです。
橋から上流側を見ると小さな滝がありました。橋の名前が「汐見滝吊り橋」なので、これが汐見滝なのでしょう。小振りで印象は今ひとつですが、紅葉がもっと鮮やかであれば、もう少しサマになったのかもしれません。

吊り橋と分かれて、車道をさらに進みます。左手に寄り添う花貫川は、吊り橋より上流でもやはり紅葉は見頃を過ぎていましたが、川辺の佇まいがとても綺麗で、紅葉の具合とは関係なく景色を楽しむことができました。
それでも奥のほうには、まだまだ紅葉が楽しめる場所が残っていました。
落葉が進んでいた右岸と、まだ彩りの残る左岸とが対照的です。日照の違いによるものでしょうか。
このあたりから先では、しばらくこんな景色が続きました。
道路上に積もった落ち葉の様子からしても、最盛期と比べれは紅葉の密度はかなり落ちていたのでしょうが、この時間は日差しがなかったので、このくらいの淡い色合いがちょうど程よい感じだったのかもしれません。
このモミジが一番鮮やかだったでしょうか。

渓谷遊歩道の一番奥に、土岳への登山口がありました。
頂上までの標高差は400m足らずですが、登り始めるとすぐに、階段状の道が続く区間が現れます。段差が大きな箇所もたびたびで、早々に息が上がってしまい、低い山だからと油断はできないのでした。それにしても、渓谷から離れた途端、時折晴れ間が現れるようになるとは。渓谷にいる間に、紅葉を日差しの下で見たかった‥‥。
階段状の道が終わっても、その先には岩が露出した斜面が続いていました。急斜面というほどではないけれど、こうなると直線状に登るしかなくて、引き続きグングンと高度を上げていく苦しい道のりです。
時々手を添えれば登れる程度の岩場で、下りでも問題はなさそうですが、頂上の手前までずっとこんな道でした。

途中に現れた「大黒岩」。名前の由来とかは分かりませんでしたが‥‥。
苦しい登りが続きますが、中には紅葉が楽しめる箇所もありました。
岩の斜面をようやく登り切ると、降り積もった落ち葉を踏みしめながら歩ける、気持ちの良い道になりました。
そして、穏やかな尾根道を歩くようになると、頂上はもう間近。
さすがに標高を上げると木立の落葉が進んで、木漏れ日が注ぐ明るい冬枯れの道に変わりました。

土岳の頂上に到着しました。頂上部は、ほぼ平坦な地形がかなりの面積で広がっていて、周囲の樹木も東側を除けば疎らで見通しが良く、とても開放的な雰囲気です。
ゆったりとした雰囲気の頂上で、このとき居合わせたのはほんの数人だけ。たくさんあった休憩用のベンチも多くは人待ち顔で、のんびりとした気分で落ち着いて過ごせました。また、時折吹く風は少し冷たかったですが、頂上にいる間は薄日が差していて、何も羽織らなくても寒くなかったです。
三角点は、きっちり最高点と思われる場所に埋まっていました。
立派な展望図も設置されていました。この展望図の広角ぶりから察するに、晴れ渡った日に展望台の上に立てば、きっと大パノラマが楽しめるのでしょう(展望図には日光連山や富士山の名前も)。
とはいえ薄曇りが続いたこの日、展望台に登ったところで、見渡せるのは近い範囲にとどまっていましたし、滅多に来ないエリアなので、どの方向を見てもほとんど馴染みのない景色となります。でもそんな中で、南側に1年前に縦走したばかりの羽黒山・神峰山・高鈴山が見えていたのが、懐かしく感じられました。
  ※下の写真にマウスを乗せると、山名を示します。
こちらは、西側を中心とした180度近い展望の様子です。茨城県の北部は低い山々が高原状に連なっているのですが、さらに遠くにある山々が見えていなかったことで、そのことが良く分かる眺めになっていました。
  ※下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。

土岳の頂上を後にして、なだらかに広がる頂上部を振り返りました。
下りは、カミナリ用の避難棟の前から、道標に従って中戸川登山口に向かいます。
花貫渓谷からの登りでは、多くの人たちとすれ違っていたのに、こちらの道に入った途端に誰とも会わなくなって、このあとはもう花貫駐車場に戻るまで、ほかの登山者を見ることはありませんでした。
すぐ下にあるキャンプ場までは、良く整備された道です。木段の連続で、下るのは煩わしかったのですが。

けやき平キャンプ場に出ました。ここには車で来ることもできて、その場合は10分少々で頂上に立てることになりますが、そんな短い時間では(しかもあの木段を登るだけでは)、登山の楽しみを感じる間もないでしょうね。
かなり広いテントサイトがあり、この日は分かりませんでしたが、太平洋を望むことができるようです。
中戸川登山口への下り口は、キャンプ場の端にありました。

登山道は細くて心許ない様子で始まり、誰にも会わなくなっていることもあって若干不安も覚える歩き出しです。
その後、道は明瞭になり、間違いやすそうな箇所では道標による案内もあって、問題なく足を進めることができました。ただ、かなり深い森の中を、ほかに誰もいないだろうと確信しつつ歩くのは、少々心細かったです。
急な登りが連続した花貫渓谷からの道と対照的に、こちらは緩やかな傾斜ばかりが続きます。
平坦に近くて、そこが坂道であることを意識せずに歩けるような区間も多く、ウネウネと曲がりながら進むうちに方向感覚を失ってしまったこともあり、森の中を「逍遙する」という表現がピッタリくる感じでした。
 (もっとも杉の植林が大半で、森自体が持つ雰囲気はそこまで気持ちの良いものではありませんでしたが)
快適に歩けるので飛ばしていたら、20分ほどで中戸川登山口に着いてしまいました。
車道に下りた地点から、歩いてきた道を振り返っています。

中戸川集落ののどかな景色を見ながら、しばらく車道を進みます。
縮小写真では分かりにくいのですが、民家の庭先で何本もの柿の木がたわわに実を付けているさまが見事でした。
とはいえ小さな集落のこと、すぐにそこを抜けてしまうと、沿道に何もない道が続くのが、少々退屈でした。
花貫駐車場のほど近くまで戻ってきて、国道に出た時に飛び込んできた景色には、少し驚かされました。
駐車場への脇道から延びてきた空車待ちの車列が国道上へと続いて、かなり先まで片側車線を完全に占拠している状況。花貫渓谷がお目当ての車はともかく、別の目的地へ行くのに巻き込まれただけの車には大迷惑でしょう。
  ※分かりにくいので、下の写真にマウスを乗せると、渋滞部分を明示します。
でもこの時点では、冒頭に書いた通り、このあとさらに2つの山々巡る計画でした。そしてその後は、全然違う方向の登山口に下る予定だったので、この渋滞は全くの他人事だと思っていたのです。

そう、実は1つ前の写真を撮った地点で右を向けば、目の前にこの登山口があるのでした。
ここから、まず都室山に登り、さらに稜線伝いに横根山を踏んだ後で、沢尻湿原を経て福平へと下る計画です。
ところがこの登山道、何故だかろくすっぽ歩かれていない様子なのでした。道には草が生え放題で、木の枝や石などの散乱も多くて歩きにくく、荒廃しかかっている、と言える状況です。
すぐに藪っぽくなり、トゲのある植物が多いために、草を掻き分けて進むのもひと苦労。しかも、少なくともこの日はまだ誰も歩いていないらしく、クモの巣にも引っかかりまくるので、非常に不快です。
倒木もそのままで、ここなどはザックを背負ったままでは通り抜けられませんでした。
進むうちに急速に藪が深まって、道の所在が分からないほどになるのに、そう時間はかかりませんでした。
まだ登り始めて数分しか経っていませんが、あまりの煩わしさでとっくに辟易していたこともあり、無理して道を探してまで進む気になど到底ならず、ほとんど躊躇うこともなく撤退を決めています。
実は最後に登る横根山は、イワウチワの群落が楽しめる花貫さくら公園からの登山道で滑落事故が多発したため、そのコースが通行禁止となっていて、それ故に、横根山からは反対側の福平に下る計画を立てて来たのです。
ただ、元々イワウチワの群落をお目当てに、その花期にそのコースを登る人しかいないような山だったから、そこが通れなくなった今、ほとんど登る人がいなくなったのかもしれません。横根山とセットで登られることが大半だった都室山にも、同様に人が入らなくなって、それで登山道が荒れてしまったものと想像しています。

それはさておき、登山口まで逃げるように戻りながら、この先どうするかを考えました。
この日最初に歩いた花貫川沿いの遊歩道は、ここから下流方向にも続いていて、花貫ダムの近くにある花貫さくら公園まで行くことができます。まだ歩き足りない気分をそれで満たそうかとも思いましたが、難点はその場合に帰りの足がなくて、路線バスが通る所まで延々と国道を歩かなければならなくなることでした。
結局、ダダ下がりのテンションでは頑張る気もあまり起こらず、あとは大人しく帰ろうと決めてしまいます。

そう、花貫駐車場ならばもう目と鼻の先にあって、国道を少し歩いたらここを左に曲がるだけ。あとはバスに乗りさえすれば駅まで連れて行ってもらえるので、予定変更であれこれと調整し直す手間もかかりません。
それにしても、この渋滞、一体どこまで続いているんでしょうか?
スタート地点の花貫駐車場まで戻ってきました。時間は12:10です。
次のバスは12:35発で、まだ25分も余裕があります。だから露店で何か買って食べる時間くらいあるだろうと思っていたら、乗り場に予想外の結構長い列ができていたので、買い物をやめてそこに加わりました。
聞けば渋滞でバスが全然進まず、2本も前の11:30発がまだ来ていないとのこと。それで2台分のバスを待つ人が溜まり、しかもそれがいつ来るか分からないと言われ、なんと渋滞の影響が自分にも及ぶことになったのです。
結局11:30発のバスは、約1時間遅れてやっと到着。でも元々12:35発に乗るつもりだったのを思えば、むしろ5分早く発車するのに乗れて、その点は結果オーライでした。(この状況に気付かず、先に露店に行ってしまって、発車時刻寸前に乗り場に戻る気でいたら危なかったけれど)

バスが国道に出ると、駅へ向かう側の車線はスイスイと進むので、あとは涼しい顔で乗っていられたのですが、反対車線には渋滞が延々と続きます。どこまで延びているのかと車窓から見ていたら、花貫ダムを過ぎてもまだまだ続き、市街地に出るまでの半分ほどのあたりに最後尾があって、その長さは2km以上になっていた模様。
渋滞区間に入ってしまったらほぼ1本道で、ほかに逃げようがないのも致命的です。私はほとんど不利益を被らずにすみましたが、花貫渓谷には何の用もなくて、ただ巻き込まれただけの車はたまらなかったことでしょう。

wiki情報等によれば、もう何年も同じことが繰り返されている模様。それに対して、今回私が利用したシャトルバスは、2012年頃に運行が始まったらしく、地元としてできるところから手を打ち始めている様子は窺えます。
年に数日のことでしかないので、あまり思い切ったことはできないのかもしれませんが、観光客をもっと積極的にシャトルバスに誘導するなど、渋滞緩和に向けたさらなる対策が講じられることを望みたいと思います。

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吾国山・難台山・愛宕山 [茨城]

2015/01/03(土)

■第298回 : 吾国山(518m)・難台山(552m)・愛宕山(293m)


今年の初歩きは、茨城県の南部まで出掛けて、筑波山のすぐ北東にある低山3座を巡ってきました。
JR線の駅と駅とを結んでいて、距離が15kmを超えている、なかなか歩き甲斐のあるルートです。
長丁場になったので、今回は普段よりも長めの記事になり、写真の点数も多くなりましたがご容赦下さい。

最後に登った愛宕山の山頂には、日本三大火防神社のひとつといわれ、創建が大同元年(806年)と伝えられる歴史ある愛宕神社があるので、ついでに初詣も済ませてきました(今回このルートを選んだ最大の理由がこれ)。

(往路)
古淵 05:47-05:50 町田 06:00-06:29 新宿
新宿 06:42-07:17 大宮 07:26-08:15 小山
小山 08:22-09:07 福原

(登山行程)
福原駅   09:15
吾国山   10:35-10:45
道祖神峠  11:05
難台山   11:55-12:05
団子石峠  12:35
南山展望台 12:55-13:05
乗越峠   13:20
愛宕山   13:40-13:50
岩間駅   14:25

(復路)
岩間 14:51-16:29 日暮里 16:34-16:55 新宿
新宿 17:11-17:49 相模大野 18:00-18:15 大沼


大きなマップで見る

この日のスタートは、JR水戸線の福原駅。同じ電車から降りた人数は僅かでしたが、その中にもうひとり単独行の男性ハイカーがいて、難台山までは姿を見掛けたので、私とほぼ同一行程だった様子でした。
はじめは車道歩きが続きます。都心では早朝かなり冷え込んでいた上に、はるばる北関東までやって来たこともあって、相当の寒さを覚悟していたのですが、幸いにも現地はあまり厳しい寒さになっていませんでした。
すぐに右手の方向には、2年前に登った加波山がスッキリと見えてきました。
左端には足尾山も見えていて、奥に見えている稜線すべてが、そのままその時の縦走ルートになっています。
もちろん進行方向には、最初に目指す吾国山も見えているのですが、はじめのうちは建物や高速道路や電線などが一緒に入って、なかなか綺麗な写真になりません。
田畑が広がるエリアに入ると、ようやく何にも邪魔をされずに吾国山が見られるようになります。
でも、ずっと逆光方向に当たるため、写真を撮るには厳しい条件でした。

道順は複雑ですが、曲がり角には必ず道標が立っていて、道案内は万全です。しかも、この界隈の道は大半がGoogleのストリートビューで見られるので、どこにどんな道標が立っているのか、全て事前に分かっていました。
途中には、畑の中を突っ切っていくような区間もあります。引き続き正面は吾国山です。
道端には、しばしば丁目石が現れます。吾国山は山頂に神社があるので、かつては信仰の道だったのでしょう。
それにしてもこの丁目石、短い間隔で次々と現れて、またたく間に数字が増えていきます。一体どこまで数えるのかと思って見ていたら、山頂直下が32丁目でした(山頂付近には33丁目があったらしい)。
ここが最後の分岐点。なぜかここに立つ標識だけ体裁が違うばかりか、文字が色落ちして今ひとつ主張が弱いので、ここに分岐があることを分かった上で気を付けて歩いていないと、見逃す可能性もありそうです。

最後の分岐点を過ぎたすぐ先で、いよいよ山道が始まりました。
良く踏まれている感じの、歩きやすい道が続きます。
途中で林道を横断して、さらに登っていきます。
はじめは鬱蒼とした箇所も少なくなかったのですが、標高を上げて空が近くなってくると、木々が葉を落としたこの時期ということもあって、明るい登山道を気持ち良く歩けるようになりました。
カタクリの群生地に入って、道の両脇が柵で区切られるようになると、山頂は間近です。

この日最初のピーク、吾国山に到着しました。山頂には田上神社が祀られています。
山頂は狭くて、どこに立っても神社全体を収めた写真が撮れないほど。
でも神社の周囲をぐるっと1周できるようになっていて、そこからの展望はなかなか見事でした。
吾国山からは南西方向が開けていて、筑波連山をほぼ全て見渡すことができます。
見えているのは、いずれも過去に登っている山々で、それぞれを登った時のことが懐かしく思い出されました。
下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
南西側以外の眺めは樹木に遮られたりしていて、次に向かう難台山も、樹木越しの眺めでした。
難台山の右側では、霞ヶ浦の水面が光っていたようです。
そんな中、北東方向に、ひときわ白くて大きな山がぼんやりと見えていました。
現地ではそれが何なのか分からなかったのですが、帰宅後に確かめてみると、浅間山だったようです。

吾国山から難台山へ歩き始めて、すぐに伐採地に出ると、これから向かう方向が一気に開けました。
右端が次に向かう難台山で、中央やや左寄りが最後の目的地となる愛宕山です。
下の写真は縮小版で、大きな写真は こちら です。
その後は比較的急な坂道が続いて、一旦大きく下ってしまいます。
ごく普通の山道なのですが、この時期は霜融けで滑りやすく、足の置き場を選ばなければなりません。北から南への今回の縦走では、この先も下るのが全て南斜面に当たるので、下り坂のたびに足元には注意が必要でした。
平坦地に出ると、そこには5年前に閉館した洗心館がありました。
洗心館の前から吾国山を振り返ります。閉館して久しい洗心館ですが、今でも手入れがされているのか、ベンチが置かれた広場はきれいに整えられていて、ホッとできる居心地の良さそうな空間になっていました。

さらに下ると道祖神峠に出て、ここが吾国山と難台山の間の最低鞍部に当たります。
車道を横断してから振り返った道祖神峠。ここから登り返しが始まります。
道祖神峠の先で、少しの間は未舗装の林道のような道を緩やかに登ります。
山道に入ると、一転して厳しい傾斜の登りに変わります。
最初の急坂を登り切ると、登山道から少し外れた場所に、428.5mの四等三角点がひっそりと埋まっていました。
ここでひと息ついていきましたが、難台山への登りはまだ序の口です。この先も急坂が連続し、アップダウンも2度繰り返されるなど、消耗させられました。

難台山に到着しました。このピークがこの日の最高点です。
この時ちょうどお昼どきに当たったためか、北と南の両方から登ってきた人たちがそこそこ集まっていましたが、それなりに広さのある山頂で、ゆったりと過ごせました。
前2枚の写真の通り、樹木に囲まれた山頂で、すっかり落葉したこの時期でも展望はほとんどありません。こんなに立派な展望図が設置されていたのが謎だったのですが、かつては展望が良かったこともあるのでしょうか。
唯一樹木が途切れていた場所から、辛うじて筑波山から加波山にかけての稜線を望むことができました。
とはいえ、木々が葉を茂らせている季節だと、スッキリと見えるのが筑波山だけということになりそう。
 (この写真にマウスを乗せると、山名ガイドを表示します)。

難台山から団子石峠へは、ダラダラした感じの長い下りが続くことになります。
その代わり、途中にはいくつかの見所があり、最初に見られるのが、難台山を出てすぐの所にある屏風岩です。
ところどころで右手側の樹木が途切れると、そこにはいつも筑波山や足尾山の姿がありました。
その後は何度か小さな登り返しがあって、431.8mの四等三角点ピークを越えていきます。
無名峰だと思っていた431.8m三角点峰では、「団子山」と書かれた私製プレートが樹木に掛かっていました。
団子山を過ぎると急降下が続くようになり、その途中で見掛けた、ひときわ目立つ大岩が団子石です。
大岩の下に回り込むと標識が立っていましたが、名前が書かれていただけで、由来などは不明です。

急坂を下り切ったところには、車道が通っていました。
地形図では、さきほどの団子石があった場所の近くに「団子石峠」と書かれているのですが、現地では、車道に降りた所に「団子石峠」の標識が立っていました。
団子石峠からすぐに、南山展望台へ向けての登り返しが始まります。さほど大きく登るわけではない割には、しばしば急登が出現して、いずれも短いものでしたが、疲れが溜まってきている足には結構堪えました。

南山展望台が建つピークに着いたのは、ちょうど誰もいない時にあたっていて、展望を独占できています。
南山展望台からは北東側に展望が広がっていて、最終目的地の愛宕山が大きく見えていました(写真中央)。
その愛宕山の右下あたりがゴールの岩間駅付近で、その真上あたりに水戸市街があります。また、遙か遠くにうっすら見える稜線が愛宕山の左上で尖っている所が、先月登ってきたばかりの高鈴山(日立市)のようです。
下の写真は縮小版で、大きな写真は こちら です。
愛宕山をアップで写してみましたが、ここからでは山頂にある愛宕神社の存在は分からないようです。
先ほどまでいた難台山は、樹木の上に少し顔を出すだけ、といった見え方でした。

次に目指すのは最後のピークとなる愛宕山です。
南山展望台の直下だけは急坂でしたが、そこを下ってしまうと、あとは穏やかな道がずっと続いていました。
しばらく進むと、「見晴らしの丘」へ分岐する道が出ていたので、寄り道していきます。
ほんの1分で「見晴らしの丘」に着くと、見える方向は南山展望台と一緒で、割とこぢんまりした眺めです。
下から登ってきたのならばともかく、展望台からの大きな眺望を楽しんでから下ってきた者にとっては、特に惹かれるような眺めでもないので、すぐに引き返してしまいました。
さらに軽く下るとすぐに車道に降りて、山道はここで一旦終了となります。
車道に降りた所が乗越峠で、ここから愛宕山の手前までは、車道をそのまま歩いて向かいます。

いよいよ愛宕山が目前に迫りました。駐車場に停められている車は、大半が初詣客のものだったでしょうか。
高台にある駐車場からの眺めも良かったです。南東側なので、そんなに目立ったものは見えませんが、左端のほうには涸沼が、また右半分には霞ヶ浦が見えてきていて、その先にある海まで見渡せていました。
下の写真は縮小版で、大きな写真は こちら です。
鳥居をくぐって最後の登りに取り掛かります。鳥居の下は車道なので、車でも頂上に行けるらしいのですが‥‥
鳥居のすぐ先で、右側に石段道が分かれていて、歩きの人はここを登ります。車で訪れた人たちも、多くは先程の駐車場に車を停めて、最後だけは石段を歩いて登っていたようですが、私が登っている間も、隣の車道をそのまま登ってしまう車がちらほら。労せずにした参拝で御利益があると思うなんて、都合が良すぎませんかねぇ。

愛宕神社で、今年1年の無事を祈願しました。
まだ三が日なので、初詣客もそこそこ見られて、社務所も正月らしい装いでした。
愛宕神社の奥にはさらに石段があって、この上が愛宕山の山頂に当たるようです。
石段の上には飯綱神社がありますが、一般の参拝客でここまで来る人はなく、ひっそりとしていました。
周囲の様子から、神社が建っているのが愛宕山の最高点であることは、まず間違いなさそうでしたが、神社の回りをぐるっと1周してみても、特に山頂を示すような物は見当たりませんでした。

愛宕神社を後にしたら、表参道の石段を下っていきます。
下り終えた石段を振り返りました。駐車場側の石段よりも傾斜が急で長いので、こちらから登るのは大変そう。
鳥居をくぐって車道に出たところで、石段は終わります。そして、道が分かりやすかったのもここまで。
ここから先は、歩いて岩間駅方面に下る際の道案内が全くありませんでした。
要所には道標が立っているものの、そのすべてが例外なく登る人に向けられたものばかりで、登る際にポイントとなる地点に、登る人の目線で立っているだけだったのです。
普通に歩いて往復する分には、往路さえ的確に案内されていれば、復路は来た道を引き返すだけで良く、これでも問題にならないのでしょう。でも今回の私のように、下りでしか歩かない場合には困ったことになるのでした。

事前にネット上の山行記録やストリートビューなどから得た情報を総合的に検討して、どこに道があるのかの見当があらかた付いていたので、割とスムーズに歩けましたが、縦走路の末端にある山だけに、片道しか歩かない登山者の存在は決して少なくないはずです。歩行者用の参道まではGoogleマップでも描かれていませんから、山道を見つけられずに車道を歩いてしまったり、途中で迷ったりした人が、結構いるのではないでしょうか。

車道を横断して左を向くと、道路の一段下に鳥居があるのが見えるので、まずはそこに向かうのが正解です。
下る人の目線で考えるならば、まず最初の道標がここに欲しいところ。
ほどなく道が二手に分かれたら、左を選ぶとこの休憩舎の前に出て、それ以降も車道を全く歩かずにすみます。
その分岐点にも、ぜひ道標を。
休憩舎の前を通ると、ここで道路に突き当たりますが、いくらネット上の情報を集めても、ここだけは道の続きがある場所の確信を持てていませんでした。ストリートビューを見ていて、向かい側のガードレールがここだけ不自然に途切れているのを怪しいと睨んできたら、果たして、その通りそこに道が見つかって助かっています。
ここには下る人向けの道標が不可欠でしょう。ここから道路を下ってしまうケースが、実は結構ありそうです。
公園のような中を適当に下って、二の鳥居までは来ましたが、ここで道の続きを少し探すことになりました。
少しウロウロしていたら、トイレの裏に山道があるのを発見。ただ、奥まった所にあって見つけにくかった上に、この時点では、これが探していた道かどうか分からず、ほかに道がないから下ってみたに過ぎませんでした。
結果的にこの道で正解だったのですが、この道の所在と行先を示す道標の設置が望まれます。
はじめは道の片側に擁壁が続いていたりして、雰囲気が今ひとつでしたが、歩く距離は車道の半分ですみます。
車道に出たところを振り返りました。登る人への案内は、こんなに親切なのにね。

最後は少し車道を歩いて、市街地を抜けていきます。
ゴールの岩間駅です。少し小腹が減っていましたが、登山口から駅までの間も、駅前も(もちろん反対側も確認)、駅の中にも、商店というものが全くないという想定外の状況に、空腹のまま電車を待つことになりました。

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