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大山 [丹沢]

2018/02/10(土)

■第375回 : 大山(1252m)


1/22に大雪が降ってから、厳しい寒さが続いていましたが、さすがに3週間が経過して、山の上に残る雪も少なくなってきた模様。しかもこの日は気温が大幅に上がり、夜には雨まで降るらしいので、日中以降になると雪解けが急速に進んでしまいそうです。そこで、雪質が変わらないうちにと、短時間で着ける近場の大山を行先に選んだ上で、この日の登山者の中で最先陣を切る気構えで、始発電車と始発バスを捕まえて出掛けてきました。

(往路)
古淵 04:45-04:49 町田 05:11-05:46 秦野
秦野 06:05-06:27 蓑毛

(登山行程)
蓑毛バス停        06:25
ヤビツ峠         07:35-07:45
大山           08:55-09:20
見晴台          10:00-10:05
日向ふれあい学習センター 10:50
日向薬師バス停      11:15

(復路)
日向薬師 11:25-11:45 伊勢原 11:54-12:12 相模大野
相模大野 13:05-13:20 市営斎場入口


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存分に雪の感触を楽しむには、先週までに出掛けたかったところなので、出遅れは否めません。そこで、せめて
   ・気温が低い早朝のうちに
   ・そして、多くの人が繰り出してくる前に
歩いてしまおうと、真っ暗な秦野駅で始発のバスに乗ったら、蓑毛バス停に着く頃には夜が明けてきました。
写真はカメラが明るめに撮っていますが、あたりにはまだ薄暗さが残り、街灯も点いている中のスタートです。

同じバスからは、もうひとり単独行の男性が降りていて、その方のすぐ後を付いて歩く形になりそうだったので、上の写真の車道に入る前に、これまで見たことのなかった大日堂に寄り道していきます。
バス停のすぐ先で、立派な仁王門をくぐって境内に入ると、昨年10月に国の登録有形文化財に指定されたばかりの大日堂の前に出ました。近くには大日堂のほかに不動堂や地蔵堂(これらも仁王門とともに文化財の指定を受けた)があり、いずれも、かつてここが山岳信仰の霊場だったことを今に伝える、歴史ある建造物らしいです。今回は早く山を歩きたいので、軽く立ち寄る程度となりましたが、いつかゆっくり見て回りたいと思いました。

大日堂の脇からは、そのまま山道を歩けるようになっていて、地蔵堂の前を通り、金目川に沿って進みます。
ほどなく小さな木橋で、車道がある対岸に渡ります。
車道に出たのは、そのままヤビツ峠へ向かう車道と、蓑毛越への山道(裏参道)との分岐点の少し手前でした。
右に裏参道を見送って、そのまま車道を進みます。車道が続いている間は、しっかり除雪されていました。
車道を終点まで歩いたら、木橋で対岸に渡って、いよいよその先の山道に入ります。木橋の手前ではバスで一緒だった男性が休憩中で、ここから私が先行する形になり、このあと当分は人の姿を見なくなりました。

車道を登っている間に身体が暖まっていたので、ジャケットを脱いで山道に入ると、早速雪が現れました。
しかし、はじめは雪の量が少なくて、陽当たりの良い場所では、完全に雪が消えていることもしばしばです。
その後もしばらくは、雪があったりなかったりを繰り返す道が続きました。
標高を上げるごとに、いくらか雪が増えてきますが、それでも期待していた量には遠く及ばず、普通に靴のままで何の問題もなく歩けてしまいます。この状況なら、下りでも滑り止めは不要なのではないでしょうか。
そんな中で唯一の要注意箇所が、ヤビツ峠の手前にあった急斜面のトラバースです。道は細いながらも良く踏まれていて、そこを歩いている限り危険はありませんが、万が一踏み外すとかなり下まで滑落しそうでした。

まだ早朝だけに、ヤビツ峠もひっそりとしていました。誰もいないヤビツ峠を見るのは初めてです。
なお、路線バスはこの日も全便が蓑毛で折り返していて、ここまで上がってきませんが、マイカーやタクシーは走れるらしく、何台か通過して行くのを見掛けたので、この場所もいずれ人が増えたものと思われます。
ここまで普通に歩けたので、到着した時点では、もう少し靴のままで行こうか迷っていました。でも峠からの木段が半分雪に埋もれ、一部がただの斜面状になっているのを見て、ここでチェーンスパイクを装着しています。
木段を上がった所にある広場には、いつ誰が作ったのか、すっかり痩せ細った雪だるまが残っていました。

ヤビツ峠より上は雪の量がワンランク増えたので、やはり峠でチェーンスパイクを装着しておいて正解でした。
陽当たりの良い緩斜面に出ると、あらかた雪が消えていることもありますが‥‥。
登るにつれて雪は深さを増していき、次第にほぼ一貫して雪道を歩けるようになりました。
とはいえこの程度の量ですから、トレースを追う限り足が雪に埋まることはなく、いつものローカットのシューズでも雪が入らないので、スパッツの出番はありませんでした。天気も良いですし、快適に歩けて楽しいです。
振り返れば富士山が。頂上に着けばもっと展望が良くなることを知っていましたが、はじめ少し離れていた笠雲がどんどん近付いて、いずれ富士山にかかってしまいそうだったので、途中で写真を撮っておきました。なお富士山の手前を横切るのは、先程のヤビツ峠に端を発する丹沢表尾根で、写真右端がその頂点である塔ノ岳です。
頂上の手前で下社からの表参道を合わせると、この先は少しだけ人が増えました(ヤビツ峠からここまでは、1人を抜かして2人とすれ違っただけでした)。ところで、一旦は脱いでいたジャケットですが、稜線の上部になるほど冷たい風が強く吹いていて、登りでも寒さが勝るようになったので、この少し前に再び羽織っています。
鳥居が見えてくれば、頂上はもう間近です。

大山の頂上に到着したのは、まだ朝の9時前。25分ほどの滞在中に見掛けた人は7~8人程度で、静かでした。
この頂上も、全く人が入らない写真が撮れるのは珍しいと思います。
一番高いあたりに、阿夫利神社の奥の院があります。

展望が開けた裏手に回ると、普段は人が絶えないこの場所が無人だったのには、ちょっと吃驚。でもその理由はすぐ分かりました。こちら側は冷たい風が唸りを上げて吹き荒び、寒くてとても長居などできなかったのです。
楽しみにしていた展望がこちらです。この時期ならではの、雪化粧した山並みが、神々しいほどに輝いて見えて素敵です。早く登ってきた甲斐あって、この時間はまだ良く晴れていたばかりか、空気も澄んでいたようで、遠く南アルプスまで見渡せましたし、富士山も、笠雲に覆われてしまう寸前に間に合いました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
富士山と南アルプスをアップにしてみました(手前の稜線は丹沢表尾根です)。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。
ほかの人たちは皆さん最高点あたりで休んでいたようで、東側に一段下がった場所にも誰もいません。西風を頂上部が遮ってくれるこの場所は、意外なほど穏やかに過ごせたので、私はここでしばらくマッタリしています。
その東側からの展望がこちらです。都心のビル群や三浦半島など、遠くは霞んでしまっていたので、ここからは東丹沢の低い山々を眺められた程度でした。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
最後に頂上に戻って、売店のあるあたりから南西側を窺うと、箱根の山々がうっすらと見えていました。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。

大山の頂上を後にしたら、見晴台方面に下ります。
こちら側の登山道も、上部では比較的しっかり雪が残っていました。
普段なら煩わしく感じる木段がすっかり雪に埋まり、ただの坂道になっているので、すこぶる快適に下れます。中には、急坂になりすぎて少し緊張する箇所もありましたが、チェーンスパイク装着なら全く問題なしでした。
ほどなく、小さなコブに登り返すあたりの緩斜面に差し掛かると、ひときわ雪の量が増えました。
なかなかの雪景色の中を、気分良く下っていきます。
かなり下ってくると、さすがに雪が減って、地面の露出も増えてきます。この頃はまだ気温が低く、雪融け後の地面が凍結していて普通に歩けましたが、もう少し時間が経つと、泥濘で歩きにくくなってしまいそうでした。
さらに下ると、いよいよ雪が少なくなって、いつまでチェーンスパイクを着けたままでいるか悩ましくなります。が、登りの人の多くがスパイク類を着けていたので、まだ下りで外すタイミングではないと判断しました。

見晴台に到着しました。普段なら賑わうこの場所も、こんな寒い時期のしかも朝10時とあって、休んでいる人はわずか。でも下る途中からすれ違う人が増え始めたので、この日もそれなりの人が登ったのだろうと思います。
見晴台から大山を振り返ると、頂上にいた頃より雲が増えています。早い時間に展望を楽しめて良かった‥‥。

見晴台からどちらへ下るかは、事前には決めていませんでしたが、天気もまだ持ちそうですし、尾根道の様子を窺うと、この先も雪の感触が楽しめそうだったので、もう少し歩き続けて日向薬師を目指すことにしました。
日向薬師への道は、下社への道ほど歩かれていないので、良好な雪質が保たれていて、引き続き楽しめました。
通称「勝五郎地蔵」まで下って来ました。ほぼ等身大のこのお地蔵様、迂闊にも今回、遠くから最初に背中が見えた時、「人がいる」と思ってしまいました(後方からだと、普通に服を着た人にしか見えなかったり)‥‥。
「勝五郎地蔵」を過ぎると、細かな折り返しを何度も延々と続けて急斜面を下る「九十九曲」に入ります。いくぶん北向きの斜面には日が入りにくいからなのか、しばらくは雪がまともに残っているようになりました。
雪と足跡のお陰で、地面が露出している時よりも、急なカーブが連続する様子が良く分かる写真が撮れました。
「九十九曲」も終盤になると、急に雪が少なくなりました。しかも路面が石畳状になって、スパイクの刃にも悪そうになったので、ここでチェーンスパイクを外しています。
林道の横断点まで来れば、登山道の残りもあとわずかです。
ほどなく、日向ふれあい学習センターのすぐ脇にある登山口に降り立ちました。

あとは車道を20~30分、のんびり歩くだけです。
日向薬師バス停に着いたのは、まだ昼前の午前11時過ぎです。ただ、早い時間に歩き終えた割に、一応は1000mを登り下りしているので、歩き足りない印象は全くなくて、それなりに充実感のある山歩きになりました。
この時間のバスは20分間隔なので、すぐに乗ることができました。ここからの乗客は、私のほか、私と同じように朝一番でサクッと歩いたらしい単独行の男性を合わせて2人だけです。夜には雨が降り出す予報が出ていて、山では早ければ午後から下り坂になるのではと思っていましたが、天気はまだ当分の間は持ちそうでした。

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茨菰山・三角山・仙洞寺山 [丹沢]

2017/03/18(土)

■第349回 : 茨菰山(511m)・三角山(515m)・仙洞寺山(583m)


今回の行先は超近場で、すべての行動が現住所と同じ相模原市内で完結しています。
繋いで歩いた3つの山々は、いずれも一般的な登山道がなく、訪れる人も稀なヤブ山ばかり。苦労して登った割に、どの山頂も殺風景で展望がないなど、いくら物好きな私でも地味すぎたかなと感じる山行となっています。
当然ながら山の中に入ると、ハイカーはもちろん、人の姿というものを一切見ることがありませんでした。

(往路)
古淵 06:33-06:44 橋本 06:55-07:36 鳥屋郵便局前

(登山行程)
鳥屋郵便局前バス停 07:40
茨菰山       08:30-08:35
茨菰橋       09:05
三角山       09:35-09:45
金太郎権現     09:55
仙洞寺山      10:40-10:50
三ヶ木バス停    11:55

(復路)
三ヶ木 12:00-12:38 橋本 12:44-12:55 古淵


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今回は、自宅最寄駅から10分だけ電車に乗ったら、すぐにバスに乗り換えて、鳥屋郵便局前という所に来ました。移動距離が短いだけに、特に早起きをして出掛けて来た訳でもないのに、時刻はまだ7時半過ぎです。
上の写真にも写っていますが、バスが走り去った方向には、丹沢の最高峰・蛭ヶ岳が見えていました。これくらいの標高になると、まださすがに雪化粧がしっかりと残っていますね。

県道を歩き始めると、間もなく左手に、最初に登る茨菰山が見えてきました。すぐにでも登れてしまいそうな見え方ですが、実際のところ現在地の標高がもう270mあるので、自分の足ではあと240mほど登るだけなのです。
5分ほど歩いたら、道の右側に「ここは谷戸 標高二九六米」という標柱が立つT字路を左折します。
細い道に入って、何軒かの家屋を見送ると、道はやがて登りに変わります。
T字路に突き当たって右折した後も、舗装された道がしばらく続きますが‥‥。
その先はもう何もありませんでしたし、倒木が道を塞いでいたりして、長いこと車は入っていない様子でした。
舗装道路の終点手前では、路面が大きく崩落していました。
良く見ると、僅かな幅で残った舗装面も、その下の地面は崩れて失われています。何の支えもない舗装面に乗ってもしも落ちたら、タダでは済まないくらい落差があったので、右端を恐る恐る歩いて通過しました。

舗装道路が終わっても、その先には明瞭な踏み跡が続いていて、難なく進むことができました。
ほどなく送電線の直下に出ます。道が明瞭だったのは、そこが送電線の巡視路でもあったからなのでしょう。
さらに登って茨菰山林道に上がった所では、送電線巡視路を示す標識が登ってきた道を示していました。
林道に立って左を向けば、すぐ先で送電線巡視路の続きが右に分かれていて、あと少しだけ巡視路を進みます。
僅かに登ると、2本の送電線が直交する地点に出ます。右手に伸びる送電線の先には、茨菰山のあとで向かう予定の2つの山が見えていました。次に登る三角山も、アプローチには送電線巡視路を歩かせてもらいます。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。
送電線巡視路をたどることで、快適に歩いて来られたのはここまで。ただ、その先にも踏み跡は続いていて、それを追って頂上まで行くことはできたのですが‥‥。

余程酔狂な人しか来そうもない場所にしては、何故か踏み跡は明瞭でしたが、かなりヤブっぽいのが難点です。
しかも単なる草藪にあらず、棘のある植物が多くて、不用意に触れると痛みを伴うのが煩わしいです。茨菰山の読みは「ほおづきやま」で、音にすると穏やかな響きですが、実際は字面の通りイバラに覆われた山なのでした。
イバラが繁茂する中を、時として掻き分けるようにして進む踏み跡が、頂上までずっと続きました。この寒い時期ですらこんな状況ですから、暖かくなってから登ろうとしたら、きっと地獄を見るでしょう。
茨菰山の頂上は、どの方角を向いてもこんな景色ばかりで、殺風景極まりない場所でした。およそ一般的な山頂ならありそうなものが、ここには何ひとつありません。一体何が楽しくてこんな場所を目指して来たんだか。
このあたりが最高点で間違いないと思ったのに、先人たちの記録に良く出てくる私製の山名標を探しても発見できませんでした。割と最近の記録でも写真に撮られているものがあったので、探し方が悪かったのかなぁ。
腰掛ける物もなく、陰気臭くて居心地の悪い頂上には、5分もいればお腹いっぱい。標高差が小さかったので疲労感がほとんどなく、休憩する必要もなかったので、写真だけ撮ったらそそくさと立ち去ることにしました。

茨菰山林道までは、登って来た道をそのまま引き返します。登る時には気付きませんでしたが、途中には宮ヶ瀬湖をチラッと眺められる場所がありました。
茨菰山林道に出たら、下りはこの林道を使って、はじめに歩いていた県道まで下りてしまうことにします。
かなり下ったあたりでは、林道脇に相当な旧式とみられる車が乗り捨てられているのを見掛けました。

茨菰山林道から県道への出口は厳重に封鎖されていたものの、徒歩であればその脇を容易に抜けられました。写真右端で県道には小さな橋が掛けられていて、その橋の名前からこの地点を「茨菰橋」として記録しています。
県道に出て林道を振り返りました。2つ上の写真のような不法投棄があるから、こんな風になったのでしょう。
一方、反対側には送電線巡視路の開放的な入口があって、これが三角山への登りに打って付けなのでした。

こちらの送電線巡視路は、思っていた以上に良く踏まれていて、道としての体裁をなしていました。
実は歩く人が結構いたりするのか、広めの道幅が保たれて、刈り払いもしっかりされているなど、意外なほど快適に歩けます。ここにあと道標さえ立てれば、一般登山道と呼んでも遜色ないような立派な道でした。
上部で傾斜が急になっても、巡視路仕様のプラスチック階段がきちんと設置されていて、歩きやすかったです。

送電線鉄塔が立つ尾根まで上がれば、三角山への登りは3/4を終えていて、残るはひと登りといったところ。
そこから先は送電線巡視路ではなくなりますが、水源林を示す赤杭に沿って、明瞭な尾根道が続いていました。
尾根の左側を気にしながら登っていると、ところどころから丹沢の核心部が眺められました。木々が葉を茂らせると見通せなくなりそうなので、この時期限定の展望だと言えそうです。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。
登山道ではないので、中には足元が悪くて下る時に緊張する箇所もありましたが、大きな問題はなかったです。

三角山の頂上には、防災無線のアンテナ塔が建っていました(少し先にはTVKの電波塔もあります)。
今回登った3つの山では、唯一の三角点峰です。写真左上のフェンスには、私製の山名標も括られていました。
山名標のアップです。展望はありませんが、上空が開けているため明るい場所で、マイナーな山にしては居心地はまずまずです。三角点に腰掛けて少し休憩していきました。

三角山からの下りは、少し急になる箇所もあるので慎重に歩いて、先程の送電線鉄塔まで戻ってきました。
送電線鉄塔の建つ地点で左を向くと、次に向かう仙洞寺山が近くに見えていました。
先ほど登って来た巡視路を見送って、尾根筋を進みます。小さなピークに登り返すと、そこには金太郎権現を祀った社がありました(由来も信憑性も不明ですが、このピークには「ババ山」という名前があるようです)。
金太郎権現の先は転がるような急降下。元々は参道の石段だったものが、今やほとんど歩かれていないのか、段が土に埋まって最早ただの斜面も同然、しかも枯れ葉が乗って滑り台と化していて、実に手強かったです。
あまりの滑りやすさに、鉄パイプ製の手摺りにしがみ付くようにしながらでなければ、とても下れません。
しかもそんな急降下が、かなり長く続きました。途中で振り返って撮ったこの写真で、その長さと勾配の激しさが少しはお分かり頂けるでしょうか。もしも手摺りがなかったら、滑落は避けられなかったように思います。

なんとか無事に急降下を終えて、鞍部に降り立ちました(ここが火海峠らしい)。金太郎権現の参道だったはずの踏み跡は、ここから右に下っていきますが、仙洞寺山に向かうために、それを無視して尾根筋を直進します。
するとその先には、薄い踏み跡が見られるだけになりました。踏み跡はしばしば頼りなくなり、今回のコースで最も不明瞭な区間となりますが、テープによる道案内が適度にあって、進路を見失う心配はなかったです。
415m標高点ピークに登り返すと、樹木に巻かれたテープに「山の神沢ノ頭」とマジック書きされていました。
415m峰で進路を左に変えたのち、小さく下って再び鞍部に降ります。

その鞍部からの登りが、容赦ない厳しい急登でした。立ち木を頼りに身体を支えて持ち上げるようにしなければ、登るのが困難なほどの勾配があり、しかもそれが標高差約80mもの間、変わらない調子で続きます。一般登山道以外のバリエーションルートを何度も歩いてきた中で、局所的な短い急登ならば、これに匹敵する勾配の箇所もあったと思いますが、ここまで長く続くのを経験したことはなく、バリルートでも屈指の激坂だと思います。
あまりの運動量に、仙洞寺山の中腹を周回する林道に出る頃には、山シャツ姿でも大汗をかかされていました。
(強い冷え込みがなく、朝から日差しが力強かったこの日、最初の茨菰山を登り下りする間に、それまで羽織っていた防寒着は全て脱いでいました。3月中旬なのに、それ以降はずっと山シャツ姿で行動できていたのです)
林道を横断しても、急登はもう少し続きます。西側から仙洞寺山を目指す踏み跡は、林道から上で幾分明瞭さを増したものの、少々ヤブっぽい箇所の通過があったりして、いくら暑くてもシャツの袖はまくれませんでした。
頂上に近付くと傾斜が緩んだ一方で、倒木や草被りなどが煩わしい箇所もありました。

仙洞寺山の頂上は、割と唐突に現れた印象でした。顕著なピークでなかったこともあり、もう少し先かなと思いながら歩いていたので、テープにマジック書きされた山名表示がなければ通り過ぎてしまったかもしれません。
その山名表示がこちら。これ以外には、ここが頂上であることを示すものは何もありませんでした。
最高点を少し過ぎた地点では、「宮」の字を図案化したマークが彫られた宮標石を見ました(少し離れた地点でもあと1つ見ています)。宮標石は、明治時代にここが御料林(皇室所有地)だったことを示すもの。4つの面には青山村・鳥屋村・青野原村の名が刻まれていて、3村の境界に置かれて各村の方向も示していたようです。

仙洞寺山を後にして、北側に下り始めると、それまでと打って変わって明瞭な道を歩けるようになりました。仙洞寺山は、北側からの往復でなら、そこそこ歩かれている様子です。
541mピークを越えた先からは、樹種を書いたプレートが掛かる樹木を多く見るようになりました。
このあたりは、自然観察会のようなイベントで歩かれるエリアなのかもしれません。樹種プレートには、「フォレスト21さがみの森」と書かれているので、その名前で何らかの整備が行われているのでしょう。
さらに進んで、いくつかの建物が現れると‥‥。
間もなく林道に降り立ちました。周囲の建物は「フォレスト21さがみの森」の拠点施設のようです。
「フォレスト21さがみの森」の看板が立っていました。それによると、この一帯は森林作業や自然との触れ合いを体験できる場所として整備されていて、定期的に植林や管理活動などが行われているとのことです。
この先にも地形図によると破線路が続いていますが、そこへ進んでしまうと、ネット上の記録からトラブルが多いことが分かっていたので、あとは大人しく林道を下ることにします。
一般登山道のない山ばかりを歩いた今回ですが、林道や送電線巡視路を歩ける区間が結構ありましたし、そうでない所も、ほぼ踏み跡を追って歩くだけで済んだので、道なき道を進んだり、コンパスで方位を確認したりする必要には迫られませんでした。地形図を片手に、行く先々の地形と進行方向をイメージしながら歩けていれば、その通りに道があって迷うような場所もなく、バリエーションルートとしては難易度は低めだったと思います。

ということで、あとはひたすら林道を歩きます。ずっと未舗装なのを期待していたら、すぐに舗装道路に変わってしまったので、なるべく路肩などの土や枯れ葉が積もった上を歩いて、足の負担を和らげるようにしました。
まだ下界は結構低くに見えていて、その標高差は全部この林道で下ることになります。東側が開けた所から見えていたのは、2012年に歩いた雨乞山のあたりでした。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。
しばらく進むと、北側が大きく開けた場所に出ました。
林道からの展望が、この日唯一の展望らしい展望だったというのは寂しい限りですが、高尾・陣馬エリアから、笹尾根が登り詰める三頭山まで、歩き慣れた馴染み深い山々を一望できて、なかなか楽しめる眺めでした。そしてその手前には、今まさに目指している三ヶ木バス停あたりの街並みも見えています。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。

林道を下り終えると、国道に出る手前が、またしても厳重なゲートで塞がれていました。
ゲートを乗り越えて振り返ると、なんと通行止めの標識があったので、実は歩行者さえも通行できない道だったことになります。ただ、二輪車の進入禁止なんかは、標識以外にも複数の注意看板が併用されて、くどいほど警告されていたのに、歩行者を規制するものはこの標識1つだけで、文章での注意は一切ありません(かといって通行可って訳ではなかったと思いますが‥‥)。それに、出口まで来てから言われてもなぁ。(※末尾に補足あり)
あとは国道をずっと歩いても三ヶ木バス停に出られますが、この青山交差点から右の細い道に入ってみました。
安養寺の境内を抜けていきます。距離的には国道を進むより若干短くなるものの、余計なアップダウンをすることになったので、どちらが楽なのかは微妙なところ。でも空気はこちらのほうがきれいだったと思います。
ゴールの三ヶ木バス停は、鉄道がないこの地域における公共交通の拠点です。多くのバス路線がここを起終点としていて、営業所が入った大きな建物と、路線別に分かれたホームがあり、待合所やトイレのほか売店まであって、バスターミナルと呼ぶのが相応しい施設になっています。バスの乗り継ぎで何度も利用していたこのバス停を、単純な乗車/降車目的で訪れるのは今回が初めてで、細い路地から出てきて裏側から入った関係上、ここに写っているのもターミナル裏側の様子です。次の橋本駅行きの発車時刻が迫っていたため、乗車を優先して正面側には回らなかったのですが、12分という短い間隔で運行されている路線なので、次を待っても良かったのかも。

(※補足) 最後に仙洞寺山林道を下る間、地形図には4地点から分岐する破線路が描かれています。このうち一番上の410m圏から東へ分岐する破線路だけは所在不明でしたが、それ以外の3本は実存を確認しており、いずれも分岐点付近で見る限りはそこそこ明瞭で、現在も歩かれている様子が窺えました。330m圏から北へ分岐する破線路が踏破できれば、通行止めとされている仙洞寺山林道を歩く距離を極力短く抑えることができそうです。
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大野山 [丹沢]

2017/03/04(土)

■第347回 : 大野山(722m)


この日は比較的近くの西丹沢で、行動時間が正味3時間足らずの、軽めの山歩きをしてきました。しかも人がまだ少ないうちに、静かな雰囲気を楽しもうと計画して、午前中のうちに歩き終えてしまっています。
行先に選んだ大野山は、登山を始めて間もない2006年3月に1度登っていて、単独行で訪れるのは今回が2度目。その後、グループ山行では2009年にも登っていたので、その時以来8年ぶりの再訪でした。

登りで歩いた山北駅からのコースは、最後の木段を除けば急な登りがほとんどなくて、歩きやすい快適な道がずっと続いていました。そして頂上から谷峨駅へ下るコースに入ると、林の中に終始してほとんど見通しのきかなかった登りのコースから一転、景色の開けた箇所が多くなります。富士山や近くの山々や太平洋の海原などが代わる代わる正面に現れて、それらを眺めながら、最後まで気分良く歩くことができています。

また、頂上部一帯が牧場となっているこの山は、牧草地が広がるおおらかな雰囲気の頂上も居心地が抜群でした。周囲が開けているためほぼ全方位の展望も楽しめて、改めて魅力的な山だと再認識した山行となっています。
(草原が広がる大野山の頂上。枯れ色に染まったこの時期は、少し寂しげな景色に見えてしまいますけれど)


(往路)
市営斎場入口 06:35-06:45 相模大野 06:58-07:37 新松田 → 松田
松田 08:04-08:13 山北

(登山行程)
山北駅    08:20
大野山入口  08:35
旧共和小学校 09:10
大野山    10:05-10:25
嵐      11:05
谷峨駅    11:25

(復路)
谷峨 11:42-11:56 松田 → 新松田 12:01-12:46 相模大野
相模大野 13:25-13:40 市営斎場入口


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この日はJR御殿場線の山北駅からスタートです。駅前で支度を調えている間に、同じ電車から降りたハイカー姿の人たちのうち、数人が大野山のほうに向かっていて、少し遅れてからその後を追って歩き始めました。
はじめは御殿場線の線路沿いを少し歩きます。桜並木が続いていたので、今月末頃に来れば綺麗だったのかな。
15分程で大野山入口バス停前を通過します。2006年の時は、新松田駅からここまでバスに乗って来たのでした。

その後もしばらく車道を歩いて、緩やかな登り坂を進みます。時折大型車も行き交うような二車線の道路ですが、段差付きの歩道が途切れることなく続いていて、危険を感じることはありませんでした。
車道のところどころからは、早くも大野山の頂上付近を視界に捉えることができました。目的地までの距離感を確かめながら登れる山は、ペース配分がしやすいですし、なにより近付いていく様子が励みになって良いですね。
東名高速道路の下をくぐると間もなく分岐点に出て、右に分かれる細い坂道に入ります。
その坂道は、人家が途絶えた先で一気に傾斜が増しました。かなりの急坂で、ゆっくり歩かないと登れません。

高台にある次の集落に出た所からは、富士山を眺めることができました。でもスッキリとは晴れなかったこの日、特に山間に入ると空気が霞んで、背景が白っぽい空になってしまい、あまり綺麗には見られなかったのですが。
さらに右を向くと、大野山の頂上が、すでにかなり近付いた景色として見えていました。
旧共和小学校の建物を横に見ながら進みます。鉄筋コンクリートのこんな立派な校舎を持つ学校なのに、廃校になってしまったのですね。ちなみに2011年3月の廃校で、私が以前に2回ここを通った時には、まだ現役でした。
旧共和小学校のすぐ先には、綺麗な公衆トイレがあります。2006年の時と同様、有り難く使わせて頂きました。

さらに10分ほど歩いた頃、待望の登山口に到着して、ようやく車道歩きから開放されました。
緩やかな傾斜が保たれている登山道はとても歩きやすくて、快調に足を運ぶことができます。
穏やかな道が続きます。傾斜が急になる箇所がなく、一定のペースで登れるので、ほとんど疲れを感じません。
はじめのうち道は林の中に終始して、景色らしい景色は見られませんでしたが、登っていくうちに少しずつ見通しがきくようになります。いつしか頂上部も、あともうひと頑張りで着けそうな見え方に変わっていました。
道はいつまでもなだらかで、頂上も間近に見えてきているだけに、このまま着いてしまいそうな気さえします。しかし過去2回登っている山のこと、こんな調子ですんなりと登らせてもらえないことは重々承知していました。

そう、この山は最後に試練が待ち構えているのです。いよいよ頂上部に差し掛かり、牧草地が広がる斜面が目の前に迫ったとき、それは忽然と現れました。(この写真でも、すでに牧草地と林との境に見えています)
その正体は、延々と続くこの木段です(実際には「延々と」と言うほど長くはないのですが、かなりの急登で段差も大きく、登るのが結構大変なので、長く感じてしまうのです)。ここは休み休み登るしかありません。
途中には「スカイツリーと同じ高さ 634mです」という標識が。ただ、振り返ってスカイツリーが見られるような場所ならばまだ分かりますが、そういう訳でもないので、いまいち意図していることが分かりません。
634mよりも高ければ、どんな山でも登る途中のどこかに必ず634m地点があるわけで、そんなありきたりの事を殊更に言うためにわざわざ標識まで立てた理由は一体どこにあったのでしょう。
まぁ、この写真を撮るために立ち止まったことが、つらい急登の途中でひと休みするいい口実にはなりましたけどね。もしかして、それが狙いだったのか?!

木段を登り切れば、そこはもう草原が広がる大野山の頂上部。登りはまだ少しだけ続きますが、この先は大きく開けた気持ちの良い景色の中を歩けます。
頂上の牧場は、昨年3月に県営牧場としては廃止となり民間貸与に移行されていて、夏に放牧される牛の数も僅かな数に減ってしまったようですが、牛のいないこの時期の景色は、以前とあまり変わらないのかもしれません。
開放的な頂上では、雄大な展望が楽しめるはずだったのに、これは少々残念な眺めです。平野部が割と良く晴れていたので期待していたら、山間に入ると雲が多くて、近くにあるはずの丹沢の山々ですら、その雲の中でした。
振り返って海を見ようとしても、ぼんやり霞んだ遠くは白っぽい空と同化して、良く分からない眺めでした。
最後は牧場の管理道を登って頂上へ。かつて県営牧場に維持管理されていた牧道は、現在も県によって整備されている模様です。さほど急な傾斜でもないのに、急な木段を登った直後なので、ここは足取りが重たかった‥‥。
牧道を登っている途中で、海側の景色が大きく開けました。頂上に着いてしまうと、海側の視界は少し狭まってしまうので、その前に海側の展望を楽しんでおきます。といっても肝心の海は空と同化して不明瞭ですし、その右側の箱根の山々も、一番手前の稜線が見えていただけで、その奥にある核心部の神山や駒ヶ岳は雲の中でした。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。

大野山の頂上に到着です。この頃はまだ、富士山の白い頂が、どうにか雲の上に出ていました(写真中央)。
頂上標柱の後方は、すぐお隣にそびえる不老山の稜線です(山頂は左端付近)。
この展望図付近が最高点だったでしょうか。ちなみに大野山は、三角点の標高値が国土地理院の2014年改定によって723.1mから722.8mに下げられていたので、この記録でも(一応)大野山の標高を722mと記載しています。
しかしその三角点は、最高点から少し離れて数mほど下った地点にあるため、大野山の場合、三角点の標高をそのまま山の標高とするのが実はあまり適当ではありません。国土地理院の最新の数値データによると、展望図付近には726mを超える地点があったので、実際の大野山の標高は、726mかそれ以上ということになりそうです。
草原が広がる、なんとも開放的な雰囲気の頂上です(冒頭と同じ写真)。今の時期はくすんだ色合いに見えますし、実際にも風が少し冷たくて寒々としていたのですが、緑一色になる夏に来て、寝転んだら気持ち良さそう。
20分程の休憩中、居合わせたハイカーは10人いたかどうか。早く来た甲斐あって、静かな時間を過ごせました。

あまりパッとしませんでしたが、頂上からの展望写真です。不老山や権現山の後方に、山梨県境のもっと高い山々が連なって見えていれば、それなりに壮観だったとは思うのですが‥‥(富士山も頂上部だけでしたし)。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
頂上だけが見えていた富士山は、上の大きな写真でも存在感が薄かったので、少しだけアップにしてみました。
丹沢湖のアップも、なんだか分かりにくい写り方がせいぜいでした。もう少しクリアに見えていればなぁ‥‥。
こちらは、上の展望写真よりもさらに右側を眺めた様子です。大室山や檜洞丸といった、西丹沢を代表する山々は、残念ながら雲の中でした。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。

頂上に着いて20分ほど経つと、富士山はほとんど雲に覆われて、写真にすると全然分からない位になってしまいました。登りで一度は暖まっていた身体も、寒風に吹かれて冷えてきたので、谷峨駅へ向けて下山を開始します。
谷峨駅へ下るコースは、はじめは背丈よりも高いササの中を抜けていきます。
しかしその後はすぐに景色が開けます。こちらの道は、登ってきた山北駅からの道がほぼ林の中に終始して、木々ばかりを見ながら歩いていたのとは対照的に、いろいろな眺めを楽しみながら下れる気分爽快な道でした。
眼下には、ゴールの谷峨駅も、すでに小さく見えていました(写真にマウスを乗せるとその位置を示します)。谷峨駅はこの先の登山道からもしばしば見通せて、少しずつ大きく見えてくる様子を確認しながら歩けています。
すっかり曇ってしまった富士山の方向です。でも天気が良ければ、この方向には富士山のほか、箱根や富士五湖周辺の山々を眺められるはずで、そんな景色を見ながら歩ければもっと楽しかったことでしょう。
登山道が向きを変えると、今度は前方いっぱいに海が広がりました。この日の実際の眺めは、こんなふうに海と空の区別が付かないくらい霞んでいましたが、明るい日差しの下、青く光る大海原を脳内で再生しつつ下ります。
途中には動物除けのフェンスが2回現れて、それぞれ扉部分を開け閉めして通過します。
景色のほかに特筆すべきことは、登ってくるハイカーを次々と見るようになったことです。グループの人たちも多く、かなりの人数とすれ違ったので、昼頃には頂上も結構な賑わいになっていたのではないかと。早出をして、人の少ない朝のうちに登っておいたのは正解だったようです。人の気配が濃厚になってしまってからでは、自然を強く感じることが難しくなりますし、なにより山は静かに楽しむに限りますから。

その後は、林道を横断して、さらに下ります。
林道を過ぎると樹林帯に入ってしまったので、景色の良い道は林道の上まででした。
その先で、一旦は舗装された歩道に迎えられます。
歩道から車道に出るところには、綺麗なトイレがありました。大野山は頂上のほか、登山道の途中にもこうしたトイレが設置されているのが有り難いですね。
車道に出るとすぐに山道が分岐して‥‥。
またしばらくの間は山道を歩くことができました。

嵐という集落に下り着いたところで山道は終わっていて、ここが谷峨駅側の登山口ということになります。
あとは車道歩きを残すのみ。車道からの眺めも、すっかり下界の風景に変わりました。ちなみに、雲がなければ写真左側に送電線と重なって富士山が見えるはずなのですが、この日はもう富士山は復活しなかったっぽいです。
谷峨駅も近くなって、駅舎のほか、線路とかもハッキリと見えてきました(縮小写真では分かりにくいですが)。
小さな橋で酒匂川を渡れば、ゴールはもう間もなくです。
谷峨駅は無人駅で、券売機すらありませんでした。ここで1時間に1本の電車を待ちます。
ホームの上には、先程までいた大野山が見えていました(頂上は奥に隠れて、厳密には見えていませんが)。

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