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鼻曲山・天丸山 [上信越]

2016/11/05(土)

■第337回 : 鼻曲山(1655m)・天丸山(1343m)


やってしまいました、道間違い。しかも今回は、後戻りする気が起こらないような地点まで下ったあたりで、ようやく気付くという体たらく。そんな日に限って、雲ひとつない快晴で絶好の展望日和だったのでした‥‥。

この日の当初の予定は、鼻曲山 → 氷妻山 → 浅間隠山という3山縦走ルートです。
しかし、鼻曲山から氷妻山に向けて歩き始めた直後に、あったはずの分岐を完全に見落としてしまいます。気付いた時には、全然違う方向に相当な距離を歩いていた上に、かなり高度も落としていました。元のルートに戻るには、鼻曲山の頂上まで登り返すしかありませんが、その後でさらに縦走を続けるのは体力的に厳しそうです。

とはいえ、この日は鼻曲山の登り下りだけで行動を終えては勿体ないほどの好天。たまたま下った先に遊歩道があったので、それからは気持ちをハイキングに切り替えて、最後に天丸山からのパノラマを楽しんできました。

(往路)
古淵 04:45-05:17 東神奈川 05:18-05:20 横浜
横浜 05:25-05:52 東京 06:28-07:34 軽井沢
軽井沢 08:00-08:18 長日向

(登山行程)
長日向バス停  08:20
鼻曲峠分岐   09:10-09:15
鼻曲山     09:35-09:50
スカイパーク  10:25-10:30 (展望台)
国境平     10:55
天丸山     11:50-12:05
浅間牧場バス停 12:35

(復路)
浅間牧場 12:52-13:26 軽井沢 13:55-14:46 大宮
大宮 15:27-16:29 横浜 16:35-17:18 古淵


大きなマップで見る

朝一番の新幹線で軽井沢へ。最低気温の予想が氷点下だったので、完全な冬装備で来ましたが、到着した時点でもう厳しい冷え込みはなく、力強い日差しには温もりすら感じられました。でもさすがに吐く息は白かったです。
バスのりばで、8時発のバスを待ちます。少し分かりにくい写真になりましたが、右のほうに写っているのは2013年に登った離山で、その右肩にちらっと顔を出していた浅間山は、頂上部にうっすらと冠雪が見られました。

長日向バス停から歩き始めます。
はじめは別荘地内の車道を進みます。
やがて沿道に建物を見なくなると、間もなく林道と交差します。直進方向を道標が案内していました。
その後も当分の間は林道が続きます。車の轍が見られるので、今でも林業の作業道として使われているのかも。
車道だけに緩やかな傾斜が続いて、楽に歩くことができます。それでも登りは登り、だんだん身体が暖まってきたので、このあたりでジャケットを脱いでフリース姿になりました。
カラマツの黄葉は落葉が進んでいたものの、その名残は楽しむことができました。退屈に感じることの多い林道歩きですが、ここでは道幅が広めの登山道と思えなくもないですし、景色はそこそこ綺麗ですし、緩やかな坂道を楽に登れていますし、カラマツの落ち葉でフカフカの地面が足にも優しくて、こういう林道なら悪くないです。
結局、別の林道と交差するこの地点まで、ほとんど道幅は変わりませんでした。

十字路を直進した先も、カラマツの植林が続いている間は道幅が広かったのですが‥‥。
景色が変わって雑木林の中を進むようになると、次第に山道っぽい細い道になって、傾斜も強まってきました。
気温がグングン上がっているようで、次第に小春日和どころかポカポカ陽気になってきます。風がほとんどないくらい穏やかに晴れていることもあって、登り続けているとフリースを着たままでは汗をかかされるほどでした。
歩き始めて小1時間ほどのこの地点で小休止。以前はここが鼻曲峠への道を分ける分岐点になっていましたが、その道はかなり前から通行止めになっています。かなり暑くなってきたので、ここでフリースを脱いだのですが、意外にもこの日はもう頂上でも寒く感じることがなくて、以降はほぼずっと山シャツ姿のままで過ごせました。

かつての分岐点を過ぎると、急に傾斜がきつくなりました。斜面がやや荒れているため、足場も良くありませんし、段差の大きな箇所も多くて、この区間はかなり苦しく感じています。
急登が収まると、道はササの中に入っていきます。このあたりまで来ると、視線の先に時々頂上部を捉えられるようになったのですが、うまく写真に撮れるような地点はありませんでした。

最後に、足を取られやすいザレ場の急登を、補助ロープに助けられて登っていくと、鼻曲山の頂上に出ました。
鼻曲山は、大天狗・小天狗の2つのピークからなりますが、こちらは小天狗で、この通りほとんど何もありません。一般的には大天狗が頂上とされていて、頂上標識もそちらに立っているようなのですが、国土地理院のデータでは小天狗のほうが標高が高く、実際に現地でもそう見えていたので、この記録ではここを頂上としています。
西側にドーンと浅間山、というのを期待していたら、一応見えている、という程度にとどまっていました。この時期だからどうにか見えていたものの、樹木が葉を茂らせていたら、満足には見られなくなってしまいそう。
そして北側に見えていたのは、次に向かう予定だった浅間隠山。こちらも落葉期でなければ、頂上だけの眺めになりそうです。さらに右奥のほうに目を向けると、稜線が雪化粧した谷川連峰を望むことができました。
鼻曲山からの展望は、なんといっても開けていた南側でした。雲が全くないばかりか、空気もかなり澄んでいたようで、富士山や木曽駒ヶ岳といった遠くの山々まで見渡すことができています。
  ※下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。

さて鼻曲山からは、氷妻山経由で浅間隠山を目指す予定にしていて、その方向はてっきり1本道だとばかり思っていました。下は当日も持参していた登山地図ですが、北側には登山道が1本しか描かれていなかったからです。
ところが、実際は頂上直下に分岐があったことを、のちに知ることになります。帰宅途中の書店で、最新版の登山地図を確認すると、確かに私が持っている版にはない登山道が記載されていたのです(上の地図にマウスを乗せると、最新版の状況を表示します)。持っている地図は2008年版だったので、いい加減買い換えなければ。
分岐があるとも知らず、恐らく散漫な注意力で歩いていた私は、道標すら立っていたはずの分岐点を完全に見過ごして、国境平へ下る予定外のルートに進んでしまったのでした(ネットの情報によると、その分岐点では氷妻山への道がササに覆われがちで、国境平への道のほうが明瞭に見えるとされていて、それも影響したようです)。

鼻曲山を後にすると、間もなく登山道はササに埋もれるようになります。今になって考えると、この時すでに予定ルートから外れていたようなのですが、上の地図でも見られる通り、予定ルートに「ササ・カヤト帯(迷)」の注記があるのを見ていたため、現地ではそれが現れたと思っただけで、何も不自然には感じませんでした。
続いて現れたのは長い長い急降下。傾斜がきつい上に足場が悪く、ロープを頼らないと難儀するほどの状況が、これまた予定ルートの「急坂」という注記に符合していたので、予定通りに歩けているとばかり思っていました。
急降下を過ぎると、次第に傾斜が緩んで、平坦に近い区間も現れるようになり、これも地形図から読み取れる予定ルートの状況と全く同じなのです。おかしな点が少しでも出てきていれば、方位なりGPSなりを確認したと思うのですが、ここまでのところ、予定通りのルートを進めていることを疑う理由が何もなかったのでした。
ここから道は登りに変わって、目の前の小さなコブを越えていきます。するとその先に、氷妻山への大きな登り返しが現れるはずなのに、それが見えてこなかったことから、次第に違和感を覚えて不安になり始めていました。
!!!
突如として、大きく開けた場所に出ました。氷妻山への道の途中に、地図でこんな場所あったっけ? しかも前方の稜線は下る一方で、この先に現在地より高い所がもう見当たりません。何かを間違えているのは明白でした。
目指していたはずの浅間隠山はどこ?、と思って周囲を見渡すと、右後方を振り返るようにした時に、木立の間にそれらしい姿の山が見えていました。全然違う方向に来てしまっていることが分かって、愕然とした瞬間です。
慌ててGPSを確認して、北に伸びる稜線伝いに歩く予定だったのに対して、実際には北西の稜線に沿って進んで来ており、鼻曲山の頂上を出た直後にはもうルートを外していたらしいことを知ります。
現在地は、軽井沢スカイパーク(冬季はスノーパーク)のリフト頂上駅付近にある展望台でした。2つ前の写真に写っている展望図にも「SKY PARK / SNOW PARK」と書かれていて、間違いありません(7枚上の地図画像にマウスを乗せた時に現れる「■展望台」の位置に当たります)。

幸いこの場所には休憩舎があったので、腰を下ろし落ち着いて今後の作戦を考えることができました。
できれば予定通りに浅間隠山へ向かいたいところですが、冒頭にも書いた通り、全然違う方向に相当な距離を進んだ上に、かなり高度も落としています。鼻曲山に登り返してさらに縦走を再開するのは厳しいと判断しました。
とはいえ、この晴天でこのまま行動を終えるなんてあまりに勿体なさすぎます。地図を見ていて、バス道路に向かう方向に、白糸ノ滝と浅間牧場を結ぶ遊歩道があることが分かったので、そこを歩いてみることにしました。
それにしても、バス路線がある西側への道間違いだったのは不幸中の幸いだったと思います。もし反対側の東側へ下ってしまっていたら、帰ってくるためには鼻曲山に登り返すしかなかったことでしょう。

腹が決まったら、せっかく来たのですから、このスカイパークからの展望も楽しんでおきましょう。鼻曲山では樹木に邪魔をされてスッキリとは見られなかった北側が大きく開けていて、なかなか爽快な眺めでした。
  ※下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
展望を楽しんだら、スノーパークのゲレンデに向かいます。澄み渡った青空の下、浅間山の堂々たる姿を正面に見ながら、見頃が過ぎたとはいえまだまだ見事な秋色の中を下るのは、決して悪くない気分だったのですが‥‥。
前の写真でも右端に写っていますが、浅間山の裾野の先に、北アルプスの峰々がクッキリと見えているのが壮観で、でもそれが逆に空しくも感じられました。よりによって、なぜこんな絶好の日に道迷いをしてしまったのだろう。浅間隠山に登れば、頂上では360度の大展望が待っていたはずなので、できればそれを楽しみたかったです。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。
実は左手の稜線にちゃんとした登山道が存在していたことを、あとで最新版の登山地図を見て知ることになるのですが、この時はそうとは知らず、ゲレンデが歩きやすそうなのをこれ幸いと下っていました。でも樹林の中の登山道を歩くよりは、こちらのほうが景色を楽しめたと思うので、これはこれで良かったのかもしれません。

スキーゲレンデを下りきったら、軽井沢スカイパークの前の車道に出て、しばらくはこの車道を歩きます。
何も標識はなかったけれど、地図によればこのあたりが国境平でした。昔は近くに草軽電鉄の駅があったとか。
周辺に点在するゴルフ場などのリゾート施設にだけ通じているような道路なので、車の往来が少なくてのんびり歩くことができますし、カラマツの黄葉もなかなか綺麗です。
そう、景色は確かにいいんですよ。でも、こんなにいい天気なのに、なんでこんな低いところを歩いているのだろうかという思いもあって、少々複雑な心境でした。
車道を歩いている間は、ずっとこんな景色でした。道の右側に沿って続いている緑色は、ゴルフ場の芝生です。

景色にほとんど変化がなくて、少し長く感じた車道歩きも、ようやく遊歩道と交差する地点に着きました。
ここから遊歩道を北上して、天丸山を経て浅間牧場まで、ほとんど平坦な4kmほどの道のりを歩きます。ちなみに反対に南下すると、2013年に小瀬から白糸ノ滝を経て峰ノ茶屋まで歩いた信濃路自然歩道に出られます。
はじめは右手のゴルフ場と左手の牧場に挟まれた窮屈な道で、風に乗ってウ○チ臭が漂ってきたりしました。
しばらくすると、牧場の端を歩くようになりました。
どんどん景色が開けてきます。
正面に浅間隠山が見えてきました。この青空ですから、もし登っていれば素晴らしい展望が楽しめたのにと悔やまれます。浅間隠山には再度チャレンジする予定ですが、これほどの好天にはそうそう当たらないだろうなぁ。
そして振り返れば、牧場越しに浅間山。左側の裾野の手前には、2013年に登った小浅間山を従えています。
右手側の樹木が途切れた場所からは、鼻曲山から浅間隠山にかけての稜線を見渡せました。実はこのあと登った天丸山からでは、この方向に少し木立があってスッキリとは眺められなかったので、ここでパノラマを撮っておいたのが正解だったのです。もし予定通りに歩けていれば、今頃は二度上峠から浅間隠山を目指していたでしょうか。
  ※下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。

天丸山が間近に迫りました。ま、山というよりも丘ですかね。以前から気にはなっていたのですが、単独で目的地にするほどの場所でもなく、なかなか来られなかったので、今回の道間違いが良い機会にはなりました。
ここから天丸山への登山を開始します。ってことはここを登山口と言えなくもないのかな。登山道は全長にわたり木段が整備されていて歩きにくい箇所はなく、頂上までの標準コースタイムは1分ってとこでしょうか(笑)。
あっという間に登頂を果たしてしまいます。後方に見えているのは浅間隠山。
実態が小さな丘に過ぎないので頂上も広くはありませんが、標柱・三角点と2つのベンチのほか、展望図まで設置されていて、山頂として一丁前の風情を醸し出しています。そしてここからの展望が、またそれに見合う見事なものでした。その展望の見事さが、ここを「山」と呼ばしめているような気がします。
その展望の主役は、なんといっても浅間山でした。
南東側を見ると、最初に登った鼻曲山が結構遠くに見えて、かなりの距離を歩いて来たことが実感できる眺めです。頂上から左に延びる稜線に向かうはずが、間違って手前に歩いてきてしまい、中腹にあったスカイパークの展望台からは、ここからも良く目立って見えているスキーゲレンデの中を下ってきたのでした。
このほか、北西側も大きく開けていて、群馬・長野県境の山々が良く見えていました。
  ※下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。

展望を楽しんだら、天丸山を後にして浅間牧場に向かいます。遊歩道の続きとはいえ、天丸山から先はずっと舗装道路に沿うようになり、遊歩道までもが舗装されていたので、なんとなく消化試合感が否めなくなりました。
ちょっと写りの悪い写真になってしまいましたが、途中には飼育舎があって、間近に牛の姿を見ることができました(それまでは、広々とした牧場で放牧されている牛を、遠くから見るだけだったのです)。
しばらく歩くと、ポルシェやフェラーリといった高級車を含むレーシングカーが何台も並んでいる一角に出ました。この日は浅間牧場などを会場とした「浅間モーターフェスティバル2016」が開催され、レースやパレードなどが行われていた模様で、ここが待機場所になっていたようです。
最後に牧場エリアを離れて坂道を下って行くと、前方に茶店や売店などの建物が見えてきて、もうゴールは間近です。時計を見るとまだ12時台、道間違いをしたおかげで、かなり早く帰れることにはなりました。
ここにも高級車がズラリと並び、その周囲も関係者やギャラリーで賑わっていました(だから、イベントのない時にはもう少し落ち着いた雰囲気の場所なのかもしれませんね)。
この茶店で食事ができるようなので、時間があれば寄りたいところですが、まずはバス停を探さなければ。
バス停も2008年版の登山地図が示す場所になくて、少し焦りましたが、少しウロウロしていたら、国道に出たところで見つかりました。こんな早い時間のダイヤは未確認でしたから、気になっていた時刻表を真っ先に見ると、なんと約10分後にすぐ来る便があって、何も分からずに歩いていたにしては上出来です。その便を逃すと、次を1時間以上待つことになるので、食事は後回しにして、まずは軽井沢駅に向かってしまうことにしました。

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日光白根山 [上信越]

2016/10/15(土)

■第335回 : 日光白根山(2577m)・前白根山(2373m)・五色山(2379m)


この日の行先は群馬・栃木県境にある奥日光の日光白根山。日本百名山にして、標高が2500mを超える関東以北最高峰も、ロープウェイを利用することで、600mほどの登りで難なく頂上に立つことができるのです。
しかし、そこまでお気軽だとかえって物足りないので、火口湖の周囲を取り囲むように聳える計3つのピークを巡る形で、周回コースを組んで歩いてきました。

ロープウェイの山頂駅から望む日光白根山は、かつて激しい水蒸気爆発を繰り返したことを彷彿とさせる、荒々しい山肌がむき出しの豪快な山容をしています。現在も、気象庁によって活火山に指定されてはいますが、ただし明治23年を最後に噴火活動は観測されていないので、まずは安心して登れる山と言って良いでしょう。

(往路)
古淵 04:45-05:17 東神奈川 05:18-05:20 横浜
横浜 05:25-05:52 東京 06:36-07:53 上毛高原
上毛高原 08:10-09:34 鎌田 09:40-10:05 丸沼高原スキー場
ロープウェイ山麓駅 10:25-10:35 ロープウェイ山頂駅

(登山行程)
ロープウェイ山頂駅 10:40
七色平(分岐点)   11:10
日光白根山     12:25-12:30
五色沼避難小屋   13:05-13:15
前白根山      13:40-13:45
五色山       14:05-14:15
弥陀ヶ池      14:40-14:45
七色平(分岐点)   15:15
ロープウェイ山頂駅 15:35

(復路)
ロープウェイ山頂駅 16:05-16:15 ロープウェイ山麓駅
丸沼高原 17:05-17:30 鎌田 17:40-18:37 沼田
沼田 18:52-19:37 高崎 19:46-21:24 赤羽
赤羽 21:26-21:40 新宿 21:51-22:29 相模大野
相模大野 23:00-23:15 大野小学校入口


大きなマップで見る

上越新幹線を上毛高原駅で降りて、駅前でバスを待ちます。尾瀬方面行きの乗り場はこの通り平和でしたが、奥にある谷川岳行きはバスが2台出ても乗り切れず、バス1台分くらいの人数が積み残されていました。このあと乗ったバスで無線を聞いていると、これから手配するような様子でしたが、ちゃんとバスは来たのでしょうか。
私は写真中央手前の緑色系のザックの位置に並んでいて、大清水行きのバスはほぼ座席定員ちょうどの乗客数。そのまま尾瀬方面に向かった人と、私と同様に鎌田で丸沼高原行きに乗り換えた人とが半々ずつくらいでした。

丸沼高原に着いたのは10時過ぎ。最寄駅の始発を捕まえて、朝1番の新幹線に乗ったのに、バスを2台乗り継いでいる間にこんな時間になってしまうのですから、やっぱり奥日光は神奈川からだと遠いですね。
センターハウスで往復のチケットを購入して、ロープウェイの乗り場へ向かうと、ほぼ快晴の青空の下をゴンドラが次々と発着しているのが見えてきました。これならすぐに乗れそうだと、この時は思ったのでしたが‥‥。
しかし駅前にはかなりの列ができていて、ここで15分くらい待たされました。たかが15分で、待ち時間としては許容範囲ではあるのですが、この15分が元となり、のちに良からぬ影響を2つも招いてしまうことになります。
そうとも知らず、この時点では予報通りの天気の良さに上機嫌でゴンドラに乗り込みます。乗車時間は10分ほどで、しばらくすると、前方に日光白根山の頂上部が見えてきました。
山頂駅が近付くとともに、どんどん日光白根山の姿が大きくなってきます。

ロープウェイを降りて、山頂駅(右奥の建物)から出てきました。ここを起点にして1~2時間で歩ける散策コースや、無料の足湯(左奥の高台の上)があったりするので、周囲を見渡すと観光客のほうが多いくらいです。
このところ急に気温が下がっていたので、この日は防寒対策を万全にしていたのに、意外なことに標高2000mまで上がっても寒さはなく、力強い日差しを浴びていると暖かさすら感じられる、まさにハイキング日和でした。
前方にはドドーンと日光白根山。その凛々しい姿に、いやが上にも気分が盛り上がります。そして振り返れば、谷川連峰や尾瀬方面の山々がズラリと連なっていることを、ロープウェイの車窓から見ていたのですが、頂上でもっと素晴らしいパノラマが待っているからと写真を撮らなかったことを、後で後悔する羽目になるのでした。

歩き始めのうちは、観光客向けの散策路と重なっていることもあって、いたって穏やかな道です。
次第に登り坂が増えてきますが、まだまだ散策路なので、歩きやすい道が続きます。
分岐点ごとに案内図とともに分かりやすい道標があるなど、散策路はとても良く整備されていました。
散策路エリアの最後の分岐を過ぎると、本格的な登山道に変わって、山腹を徐々に登っていくようになります。
ところどころに急坂が現れますが、急坂が長く続くことはなくて、割と登りやすい道です。でもその間は、似たような景色ばかりが繰り返されて(だから写真もこの1枚だけ)、変わり映えのしない道がしばらく続きました。

しかし長かった樹林帯を抜けたその途端、開放的な斜面が広がるようになって、一気に爽快感がアップします。
そしてその後は景色が次々と変化して、目を楽しませてくれました。ただ、ここなどは写真で見ると気持ち良さそうな道ですが、実際は砂礫のザレた地面にたびたび足を取られて、1歩1歩が少々苦しかった区間です。
頂上に近付くにつれて、次第に大きな岩が増えてきて、登山道もその中に入っていきます。
日光白根山の頂上は、下から見上げた写真でも良く分かる通り、3つのピークが隣接していて、最高点は中央のピークです。登山道がまず南側のピークに登り詰めると、小さなギャップを挟んだ先にその最高点ピークが見えてくるとともに、さすが百名山だけあって、頂上一帯がかなり賑わっている様子も目に入ってきました。
一旦小さく下ったら、あとは最高点ピークへの登りを残すのみ。最後は大岩の間を縫うように登っていきます。
すると、頂上を目前にして渋滞に巻き込まれました。頂上での撮影待ちの列らしく、しかも人を待たせていながら時間を掛けても平気な人が多いのか、なかなか列が前に進まないので、ほとんど停滞に近いような状況です。
しかし私は頂上での記念撮影などに一切興味がないので、律儀に順番を待つ意味がありません。登山道を外れても登れるルートが見つけられそうだったので(上の写真もそのルートから撮ったもの)、途中で列を離れて適当に頂上を目指すと、案の定、頂上では撮影会が延々と繰り返されていました(全くこれだから百名山は‥‥)。
せっかく来たので、一応三角点も撮っておきました。
行列にも閉口しましたが、重ねて残念だったのが、つい先程まで良く晴れていたのに、少し前から雲が出始めて、方角によっては完全に曇ってしまったこと。ロープウェイ待ちの15分が、こんな形で響いてしまったのでした。
西側はまだ、ロープウェイの車窓から眺めた時と比べると大いに霞みながらも、谷川連峰や尾瀬方面がなんとか見えていたのですが‥‥。 (下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します)
東側はすっかり雲に満たされていて、日光方面の展望はほほ皆無。眼下の五色沼と、それを囲む稜線(そこをこれから歩きに行きます)という、ごく近い範囲を見るのがやっとでした。
さて日光白根山の頂上は、3つのピークを合わせるとそれなりの広さがありますが、どこもかしこも登山者で賑わっています。落ち着いて寛げそうな場所が見つからず、展望も今ひとつですし、ロープウェイ待ちの分だけ、スケジュールもわずかに遅れ気味となっていたので、頂上では小休止にとどめて先へ向かうことにしました。

ということで、広い頂上部を前白根山に向けて歩き始めると、これから歩く稜線がさらに良く見えてきました。
はるか下に見下ろす五色沼を囲む稜線を、反時計回りに周回する計画で、これから目指す前白根山が写真右奥で地面が白っぽく見えているピーク、そこから稜線を左に伝って、雲にかかりそうにして尖って見えるピークがその次に向かう五色山です。そしてこの時点では、そのあとさらに五色沼の畔にも立つ予定でいました。
さらに右を向くと、奥白根山へ続く稜線の先に、中禅寺湖がうっすらと見えていましたが、写真を縮小したら分かりにくくなってしまいました(写真の中央少し左寄りで、稜線のすぐ上に写っています)。
3方向からの登山道が合流する日光白根山の頂上はもちろん、ロープウェイ駅からの登山道にも人は結構いたのですが、前白根山への道に入った途端に人が激減して静かになりました。百名山では良く見る光景ですが、きっと多くの人たちは日光白根山に登りさえすれば満足で、その周囲の山になんて興味を持っていないんでしょうね。
やがて奥白根山への道は急斜面に入って、五色沼とほぼ同じ高度まで一気に下ります。大小の岩がゴロゴロ転がる上、ザレて足を取られやすい地面での急降下が続くので、ここは得手不得手が大きく分かれるところでしょう。
この日は、先週ソールが剥離してしまったファイブテンのシューズ「キャンプフォー」を早速買い換えて臨んでいて、ステルスソールがしっかり岩を捉えてくれるので、足元に何の不安もなく軽快に下ることができました。
長かった急坂をようやく下り切って、ほぼ平坦な道に変わると、前方に五色沼避難小屋が見えてきました。
五色沼避難小屋の前で、この日初めて腰を下ろしての休憩を入れました。ここは分岐点になっているので、これまで歩いてきたペースを計画と比べて、このあとどのコースを歩くかの最終判断をしようと思っていたからです。
もし予定より大幅に遅れていれば、稜線歩きをやめて五色沼直行プランに変更するところでしたが、時間を確認すると、相変わらずロープウェイ待ちの15分だけ遅れているという状況。これなら、あとで微調整を入れる必要はあるかもしれませんが、大きな計画変更はしなくても良さそうなので、予定通り稜線に向かうことにしました。

ここから、前白根山と五色山をプチ縦走する形になりますが、高低差の大きな登り下りがない、気持ち良く歩ける稜線が待っているはずです。五色沼避難小屋からの登り返しも、わずか10分ほどでその稜線に上がりました。
とても見晴らしの良い稜線で、これから歩く前白根山までの道がすべて見渡せました。
稜線の反対側は、少し前までよりも雲が少なくなっていて、中禅寺湖の湖面がしっかり見えてきていました。
この日2つ目のピーク、前白根山の山頂に到着です。頂上直下がザレて歩きにくい斜面になっていたので、わずか60mほどの標高差が、そろそろ疲労がたまってきている足には少しこたえました。
前白根山は平坦で広い山頂部を持っていますが、周囲で休んでいた人をすべて合わせても10人ほどという静けさです。標識の先に見えている日光白根山が、今もまだかなり賑わっている様子なのとは好対照でした。

次に向かう五色山までの道も全部見えていて、穏やかで気持ち良さそうな稜線を歩くのが今から楽しみです。もしもスッキリと晴れていれば、見た目にももっと爽快な景色だっただろうと、その点が少し惜しまれますが‥‥。
五色山へ向かう途中で、右手側の景色が開けると、湯元温泉あたりが見えてきました。そちらに下るコースも2つありますが、どちらもかなり厳しい下りなので、そこを歩くには相応の覚悟をして臨む必要がある模様です。
穏やかに見えた五色山への道は、五色山の手前で思っていた以上に下っていて、しかも登り返しが少し急だったので最後は少しこたえました。とはいえその登りも50mほどのことで、さほど時間はかからず五色山に到着です。
五色山は無人で静まり返っていました。まぁ、中途半端な地点にいるには、そろそろ遅い時間になりつつあるので(なにしろ歩き始めが10時40分なんて時間でしたから‥‥)、誰もいないのも当然だったかもしれません。
五色山からは、すぐ下に五色沼を見下ろせます。ただこの時間は太陽と同じ方向になっていて、水面が日光を反射してしまうので、せっかくの綺麗な色があまり良く分かりません(右上は日光白根山です)。
それでも、雲が時折光の加減を変えてくれると、神秘的なエメラルドグリーンの水面が現れたりもしました。

五色山からの下りは、ササ原の中を進みます。斜面が緩やかなうちは、なかなか雰囲気が良かったものの、次第に傾斜がついてくると、道が深く掘られたりしていて、必ずしも歩きやすくはありません。
下るにつれて五色沼が近付いてきます。当初の計画では沼の畔まで行って、その美しい水面を間近から愛でる予定でしたが、このあたりで見納めとすることになりました。
その訳は、計画からの15分の遅れが、ここまで来ても挽回できていなかったからです。そこで、五色沼への寄り道を取りやめて、この分岐点からロープウェイ駅へ直行する近道に入り、少し時間を浮かすことにしました。
 (計画にはある程度の余裕を見てあるので、少々遅れても実際には全く問題にならないのですが、かといってロープウェイの運行時間内(~16:30)に駅まで戻れないと大変な事態になるので、ここは万全を期しています)
弥陀ヶ池に到着。ここも、午後3時に近いという時間だからか、ほとんど人がいなくてひっそりとしています。
ここまで来れば、いい加減ロープウェイ駅までの所要時間が計算できるので、ゆっくり休んで行けるものと思っていました。しかし、距離や高低差などを元にした計算では相当の余裕があるはずなのに、現地の案内図が、その倍近い時間が掛かるとしているのを見て少し不安になります。静かな池畔の雰囲気をもっと噛みしめたいところでしたが、地図には現れない難所でもあるのかもしれないと、とりあえず先に進んでおくことにしました。

弥陀ヶ池の時点で、あらかた下ってきた気になっていたのですが、その先にも大きな下りが延々と続いていて、なかなか終わりが見えません。一体いつまで下るのかと、このあたりで少々ウンザリしてしまっています。
それでも、七色平の小さな湿原が見えてくれば、長い下りもようやく収束します。
小さな湿原の先には七色平避難小屋が建っていて、その脇を通過していくと間もなく・・・
見覚えのある地点に出ました。ほんの4時間ほど前に、日光白根山へ向けて歩いていた道に戻ったのです。あとはロープウェイの駅まで、遊歩道に近い道を引き返すだけなので、もう何の心配もいらないのでした。
結局ロープウェイの駅には、ほぼ自分で計算していた通りの時間で戻ってこられました。案内図に表示されているコースタイムに惑わされましたが、きっとそれは観光客向けにゆっくり歩く設定で書かれているのでしょう。

日光白根山を振り返ると、再び良く晴れてきているような。雲が多かったのは昼過ぎだけだったのでしょうか。
足湯がある高台に登ると、山裾が良く見えるようになって、少し違う印象の見え方になりました。
そしてこちらが、最初に来た時に写真を取り損なった、駅前からの西側の展望です。朝はまだ、武尊山の左後方に谷川連峰が見えていたのですが、この時間になるとすっかり霞んでしまっていました。
  ※下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
時間はたっぷりあるので、最後はこの「天空の足湯」で少しゆっくりして行きます(たまたま人のいない一角を撮りましたが、実際には多くの登山者や観光客が展望を楽しみながら足湯に浸かっていました)。
ロープウェイで丸沼高原まで下りてきたら、最後はセンターハウス前でシャトルバス(無料)を待ちました。
 (写真左端に写っている、ベンチのある一角がシャトルバス乗り場です)
普通の路線バスは、14:20発などというあり得ない時間に最終が出てしまって、到底間に合わないので、ロープウェイ会社が運行してくれているらしいこのシャトルバスがなかったら、今回の計画は実現しませんでした。

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志賀山・奥志賀山・横手山 [上信越]

2016/09/10(土)

■第332回 : 志賀山(2035m)・奥志賀山(2037m)・横手山(2307m)


この日の行先は志賀高原。学生の頃は、サークルの合宿で毎年夏が来るたびに通っていましたが、登山で訪れるのは今回が初めてで、約30年近いブランクを経ての再訪です。

今回のコースは、はじめのうち、いくつもの池を巡りながら登山を絡めるような具合で、登る山も標高差が小さく、次々と現れる美しい景色を愛でながら楽しく歩けていました。
しかし、四十八池を過ぎて鉢山・横手山へのコースに入ると、その先に待っていたのは整備状態の良くない荒れた登山道でした。急登でしかも歩きにくいという、かなり辛い状況が続いて、一転して修行のような有様に変わってしまいます。
前半と後半とで、あまりにも印象の違いすぎるこの日の山歩きとなりました。

(往路)
古淵 04:45-04:49 町田 04:55-05:38 新宿
新宿 05:47-05:56 池袋 06:01-06:09 赤羽
赤羽 06:18-06:33 大宮 06:42-07:38 長野
長野 07:51-08:42 信州中野 08:50-09:05 湯田中
湯田中 09:10-09:48 木戸池

(登山行程)
木戸池バス停 09:55
ひょうたん池 10:20-10:25
渋池     10:35
志賀山    11:25-11:30
奥志賀山   11:50-11:55
四十八池   12:15-12:20
鉢山     12:45-12:50
横手山    14:40-15:00
渋峠バス停  15:15

(復路)
渋峠 15:58-16:28 蓮池 16:35-17:45 長野
長野 17:55-18:54 大宮 18:59-19:30 新宿
新宿 19:38-20:13 相模大野 20:25-20:40 南警察署前


大きなマップで見る

この日は最寄駅の始発を捕まえてから、合計8本もの電車を乗り継ぎます(その後でさらにバスに乗り換え)。
それでも志賀高原への玄関口である湯田中に9時に着いてしまうのは、北陸新幹線の「かがやき」サマサマと言ったところでしょう。大宮から乗ったら、次に停まるのがもう長野で、しかも乗車時間が1時間を切っているというのは、時刻表を見て分かってはいても、実際に体験してみるとなかなか衝撃的でした。

少々予想外だったのは、長野で長野電鉄に乗り換えたら、車内に私以外の観光客がほとんどいなかったこと。公共交通で志賀高原にアクセスする際のメイン路線だと思っていたので、大いに拍子抜けしてしまいます。途中の信州中野で8本目の湯田中行きに乗り継ぐと、その電車の乗客なんて全部合わせても10人くらいでした。
ところでその湯田中行き、どう見ても昔地下鉄日比谷線を走っていた車両ですね(ドアの窓が特徴的な形状なので分かりやすい)。隣に停まっている、長野から乗ってきた車両も、かつて東急で見たことがある感じでした。
湯田中駅でようやく鉄旅が終わり、駅前から志賀高原方面行きのバスに乗り継ぐと、もう乗客は4人しかいません。とても観光地へ向かう路線とは思えない状況に、少し寂しさすら感じながら、発車時刻を待ちました。

バスが志賀高原内に入ると、蓮池で前日からの宿泊客と思われる人たちを何人か乗せましたが、相変わらず空席が目立つ状況のまま、木戸池に到着しました。
バス停のすぐ前には木戸池があります。すでにバスの車窓からは、丸池や蓮池などいくつかの池を見てきましたが、自分の足で池畔に立つのはこれが最初の池になりました。
池畔にはさらに、木戸池温泉ホテルが建っていました。志賀高原は、大学オーケストラの合宿地としては定番中の定番です。この時も、館内から管弦楽の音色が聞こえてきたので、どこかの学生さんが来ているのでしょう。
私が学生だった頃、夏合宿といえば決まって7月か8月だったので、この時期に休めるのはどんな人たちなのかと、何気なく玄関を見に行ってびっくり! なんと、自分の後輩たちでした。でもなんで今頃来られるのだろう?

池めぐりコースの入口は、少し道路を歩いて、バス道路を渡った先にありました。ここからスタートです。
この日、上空には雲が多かったものの、晴れている時間のほうが長くて、まずまずの天気です。
池めぐりコースの入口付近の草原はキャンプ場になっていて、この時も大きなテントが1つ張られていました。
池めぐりコース、最初のうちは楽に歩けると思っていたら、割としっかりと登らされるのでした。
しかも、林間を進むので木陰の道を期待していたら、意外なほど開けているではないですか。それなりに登り坂が続くのと強い日差しとで、ここで思いのほか汗をかかされました。

ひょうたん池に到着しました。ここの風景が、この日のコースの中で一番美しかったと感じています。
澄んだ湖水も、鏡のような湖面に映る景色も、どちらも綺麗です。しかも、ここまで誰にも会わずに歩いてきて、ここも無人。静寂の中で、この景色を独占しているのがすごく贅沢な気分でした。
ひょうたん型をした池の、“くびれ”の部分を木道が横断しているので、木道の反対側も池でした。
どちらを向いても美しい景色で、この場所はとても気に入りました。今はまだ歩き始めたばかりなので、少し休憩したら先に進んでしまいましたが、今度いつか時間の余裕がある時に来て、ここでゆっくり過ごしてみたい。

木戸池からひょうたん池までは、決して歩きやすい道ではなかったのに、ひょうたん池を過ぎると急に道幅が広がって、傾斜も穏やかな歩きやすい道に変わりました。所々に段差が現れるので車こそ通れませんが、平坦な場所なんかはまるで林道のようです。
分岐点に出て別の道に合わさると、少し先に今度は渋池がありました。池の後方は、最後に登る横手山です。
なお、ここで合わさった硯川からの道は、道幅がさらに広く、砂利まできれいに敷かれていて、道路と見紛うような体裁でした。前山リフトを使ってこの道に入れば、ほとんど自分の足で登らずに四十八池まで行けるので、観光客に良く歩かれているのはこちらの道なのでしょう。
さて渋池も、湖面に揺らぎがほとんどなくて、対岸の景色を映し込むさまがとても綺麗でした。しかもここにも誰もいません。こういう凜とした雰囲気の場所では、風などが織りなす自然音も景色の一部として感じたいので、余計な雑音がない中で過ごすことができたのも、恵まれていたと思います。
解説板によれば、浮島には食虫植物のモウセンゴケが生育しているとのことで、まだ見たことがないので目を凝らしてみましたが、湖畔からは良く分かりませんでした。

渋池から先は、見るからに人工的な砂利道が続いて、自然の中を歩いているという気分に浸りきれないのが少し残念でした。そして、ここからぼちぼち人と会うようになってきます。
次の分岐点で、山に登らず四十八池に直行する砂利道とお別れして、志賀山への道に入ります。
志賀山への道は、最初こそ小湿原の中の木道で始まりましたが、ひとたび斜面に取り付くと、岩混じりの急登が連続しました。たびたび手も使って、身体を引き上げるようにして登っていきます。
岩混じりでない区間は、たいてい木の根の階段となっていて、しかも段差の大きな箇所が多く、なかなか登り応えがありました。標高差は200mほどと、さほど長く続く訳ではないので、疲れを感じる前に登り切れましたが、コースを逆回りにした場合は、ここの下りには結構神経を遣うのではないかと思います。

ひょっこり飛び出る感じで着いた志賀山の頂上は、この写真の範囲がほぼ全てという狭さでした。
雲が多かったせいで、この日はあまり展望を楽しめなかったのが残念でした。
志賀山からは、一旦急降下してから同じくらい登り返して、ほとんど標高が同じ奥志賀山に向かいます。まずは、先程まで登って来たような感じの道を下るので、短い区間ながらも、少々厳しい箇所もある下りでした。
ただ、その下っている間、遠くは相変わらず望めないものの、すぐ眼下に見下ろす景色はなかなか素敵でした。

奥志賀山は、どこが頂上なのか明確ではなかったのですが、ベンチが置かれその前に志賀山神社の祠があるこの地点を、奥志賀山の頂上として記録しています(最高点はこの少し手前だった模様)。
頂上付近からの展望はありませんが、さらに奥へと続いていた踏み跡を追って少し下ってみました。
すぐに前方が大きく開けると、眼下に現れた大沼池の、コバルトブルーに輝く湖面が鮮やかで、しばらく見入ってしまいます。そしてその右後方には、近くにある明石山までは見えていました。

奥志賀山からの下りも、傾斜はそこそこ急でしたが、厳しいと感じる箇所はほとんどなかったので、今回の周回方向が正解だったようです。下り切ったところで木道に迎えられると、そこはもう四十八池の一部でした。
その名の通り、湿原の中に、小さな池が無数に散りばめられていました。
この時は運悪く曇っていたので、晴れている時の景色も見てみたかったです。
四十八池を振り返ります。木道の延長線上は、つい先程まで頂上にいた奥志賀山。
四十八池の南端には休憩舎があって、ここで少し足を休めていきました。少し離れた所にはトイレもあります。

ここまでのコースは、なにより次々と現れる景色がどれも綺麗でしたし、登山道も急登の箇所はあっても歩きにくくはなかったので、いい気分で大いに楽しんで歩いてきました。

ところが、四十八池の先で、鉢山・横手山へのコースに入った途端、登山道の様相が激変しました。
急登になることは地図を見て予め分かっていたのですが、問題はそこではありません。ほとんど歩かれておらず、また整備もされていない感じで、道が相当に荒れていたのでした。
酷い所はこんな具合ですが、これが決して珍しくない光景なのです。ただでさえ急な斜面なのに、適切な足場がなくて本来以上に大きな段差を登らされる箇所が少なくありません。また、2日前まで雨の日が続いていたからか、水溜まりやぬかるみも多数あって、足の置き場が限られていたことも、歩きにくさに輪を掛けていました。
最近では登山頻度が月1回にまで落ちていたため、すっかり鈍っていた脚力には、志賀山・奥志賀山前後の急登降をこなすのが精一杯だったのでしょう。さらなる急登の追い打ちで、腿が両方とも攣りそうになってきました。
ペースを落として、どうにか鉢山までは登って来られたものの、この先どこまで歩けるか、全く見通しが立たなくなってしまったのです。展望のない鉢山のベンチで、今後について思案しましたが、結論は出ませんでした。

鉢山を越えると道は下りに変わって、次の分岐点までは順調に来ました。下るのは問題がないと分かったので、最もリスクの低い行動を選ぶならば、このままバス停がある硯川へ下るしかないと、頭では分かっていたのです。
四十八池を出て以来全く人を見ていないことから、このコースはこの先も誰も歩いていない確率が高いと思われ、何があっても全てを自力で解決する以外ないことからも、抑制した行動を取るべきだとも思いました。
しかし、登り残していたのが、志賀高原で二番目に高く、日本三百名山の一座でもある横手山で、その横手山をメインとして登るために計画してきたルートだったことから、簡単には諦められずに決断が鈍ります。
結局、本格的に足が攣った訳でもないしと、都合の良い理由を付けて、下っていく分岐道を見送りました。この先にはしばらくエスケープルートが存在しなくなるのですが、それを踏まえた上で、さらに事態が重くなったら引き返す余力が残っている間に早めの判断をして、ここまで戻ってくるというのが、この時点での結論でした。

すると分岐点以降は緩やかな登りが続いて、割と普通に歩いて行けます。道は引き続き荒れていますが、傾斜が緩ければ荒れた箇所の通過にも大した困難はありません。もっとも問題なく歩けるということは、引き返し難い距離まで進んでしまうことと同じなので、それが悪い方向に転ばなければと、祈りながら歩いている具合でした。
しかし、やはり緩やかな傾斜ばかりは続かず、ひとたび急登が現れたら、その先は再び急登が続くようになりました。道の荒れ具合も相変わらずで、何度か無理をしている間に、またしても両腿の具合が怪しくなってきます。
ほどなく、単調な登り一辺倒から、アップダウンを繰り返す区間に入ります。その1つ目の小ピークからは、目的地の横手山が、まだ遠くに高く見えていました(縮小写真では分かりにくくなりましたが、中央奥が横手山)。
このピークを過ぎて下り始めると、その後に引き返すことにしてもここまでが登り返しになってしまうので、多少躊躇する思いもありましたが、ここで引き返すことを決断するのは難しかったです。
さらに登り続けてくと、スキー場のゲレンデに出て、あとはこれを直登していくことになりました。
かなりの傾斜があり、まともに登ることは現在の脚の状況ではとてもできないので、牛歩の如く歩みを遅らせて、さらに斜め歩きで少しでも楽をしようとしましたが、それでもキツイものはキツかったのでしょう。この写真の範囲を登り切るまでの間に、いよいよ両脚ともに本格的に攣る一歩手前になってしまいます。
そして、登り切った少し先が、唯一のエスケープルートである“のぞき”への分岐点になっていて、そこからは眼下の比較的近くにバス道路が見えていました。すぐにでもそこに降りられそうだったので、脚が本格的に攣りかけていたこともあり、大いに悩みます(悩むので頭が一杯だったのか、その地点では写真を撮り忘れました)。

が、簡単に道路に降りられる地点の出現によって、むしろ状況は好転したと発想を転換しました。今後はここから引き返せば良いわけですから、もう本当にダメになるところまで登ってみようという気になったのです。
その先もゲレンデの急登が続きますが、荒れた登山道ではなくなったことで、無理な態勢や不自然な足運びをする必要がなくなり、腿に変な負担がかからなくなったことも、たぶんプラスに働きました。
疲労の蓄積から、その後は何度も完全に脚が攣る直前にまで至りますが、休み休みで脚を誤魔化しつつ、1歩ずつ登っていきます。このあたりは、普段の自分と比べると、2~3割程度のペースしか出ていなかったでしょう。
このゲレンデがどこまでも続いているとは思えず、どこかで登山道が再来するものと思っていましたが、なんと頂上までずっとゲレンデを登れば良かったのでした。これなら、ゆっくりと歩きさえすれば、どうにか登ることができるので、最後までこの状況が続いてくれたことにも助けられています。
この頃になると周囲はさらに曇ってきていましたが、間もなく頂上部というあたりで振り返ると、最初に登った志賀山と奥志賀山が、まだ雲の中に入らずに並んで見えていました。

一時はどうなることかと思いましたが、なんとか無事に頂上部へ。ゆっくり登ったことで体力的な疲労はほとんどなく、全く息を乱すこともないまま登頂できています。腿の状態は限界ギリギリな感じでしたが、完全には攣らないよう努めて、その直前で踏みとどまり続けたのが良かったのか、以降は帰宅するまで問題なく動けました。
横手山頂ヒュッテは、日本一高い場所にあるパン屋さんとしても知られていますが、パンはすでに売り切れ、レストランも喫茶もすでに営業を終えていました。あまりにゆっくりと登りすぎたようです。
この電波塔が建っているあたりが、一番標高が高かったように感じました。
ところで横手山の頂上には、敢えて自分の足で登らなくても、東西両側からリフトで楽に登ることができます。
特に西側の“のぞき”から登ってくるリフトの頂上駅は、2階に展望台があって、観光客はそこで眺めを楽しんでいた様子です。だから建物の外に出てくる人が少なくて、このように頂上部がガラ~ンとしていたのでしょう。
私が展望台の存在を知ったのは、このブログを書こうとして帰宅後に色々調べている時だったので、その展望台には行きそびれました。雲が多かったこの日、行ったとしても眺めなんてパッとしなかったとは思いますが‥‥。

横手山は、一般的には三角点と横手山神社のある地点が山頂とされているので、そこに繋がる道を探していると、渋峠側のリスト乗り場の近くにその入口を発見。横手山神社の鳥居をくぐって、その道に入ります。
ほとんど平坦な道を2分ほど歩いたところに、三角点と横手山神社の祠がありました。その傍らには山頂標柱も建っていたので、この記録でもここを山頂としています。
上空にだけは青空が残っていたりしましたが、周囲の山々はもう軒並み雲に隠れていて、展望らしい展望はありません。すぐ南側にある草津白根山も、頂上部は雲に覆われていました。
それでも雲が薄くなった瞬間には、斜面の噴気口から盛んに噴気が上がっている様子を窺うことができました。2009年に探勝歩道の最高点や湯釜などを巡った草津白根山も、火山活動が活発化する兆候が見られたことから、現在では噴火警戒レベル2(火口周辺規制)が発令されていて、当時と同じコースは歩けなくなっています。

山頂でしばらく足を休めたら、腿の状態も快復してきたので、リストを使わずに渋峠まで下ってしまいます。距離はたった1km、標高差だってほんの150mほどで、傾斜が穏やかなのも地図を見て分かっていましたから。
下り始めだけは山道でしたが、すぐリフト沿いにスキーゲレンデが現れて、あとはそこを下るようになります。
距離が近いだけに、山頂を後にして10分もしないうちに、もうゴールの渋峠が目前に迫ってきました。

渋峠まで下ったら、バス待ちの時間を、渋峠ホテルの喫茶で過ごしました(パンとコーヒーで軽くお食事)。
このホテルはちょうど県境に建っていて、一目でそれと分かる外観がなかなかユニークです。
渋峠のバス停です。発車時刻になっても、バスを待つ人はほかに現れず、しばらく乗客は私ひとりだけでした(途中の硯川で3人を乗せて、計4人にまではなりましたが‥‥)。
渋峠ホテルの中にいる間に、横手山の頂上部はすっかり雲に覆われてしまっていました。
バス停の周囲にも、時々ガスが立ちこめてきます。夕方が近付いて、気温も半袖シャツでは涼しいくらいに下がっていました。

渋峠から乗ったバスは蓮池行きです。終点で長野駅行きの急行バスに乗り継ぐ予定なのですが、蓮池での乗り継ぎ時間は7分と少々短めでした。でもバスの乗客なんて最初は私だけでしたし、道路もスイスイと流れていることから、遅れる心配はなさそうでしたが、乗り継ぐ予定でいることは運転手に伝えておく方が得策かなと思って、
  「このバス、蓮池で長野行きに乗り継げますよね」
という質問をすることで、その予定を伝えました。それに対する返事自体は「大丈夫です」だったのですが、さらに「通しの運賃で精算できます」というお得な情報まで付いてきたのは嬉しい誤算(?)でした。
なんでも話してみるものですね。バスに始発地点から1人で乗って発車を待っている間の会話だったので、少しでも状況が違ったらしなかった会話だったと思うのですが、何も知らなければ別々に料金を払うところでした。
下に写っている黄色い「精算済券」がその時に発券してもらったもので、470円分を余計に払わずにすみました。
蓮池から乗った長野駅行きの急行バスも、最初は乗客が私だけでした(途中のスノーモンキーパークで、意外にも外人客を4人乗せています。温泉に入るサルで有名な地獄谷野猿公苑は、国際的な観光地だったんですね)。

それにしても、四十八池から横手山へのコース(のぞきへの分岐の少し手前でスキーゲレンデに出るまでの区間)の荒れっぷりは、なかなかに手強かったです。
今回は登る方向にコースを取ったので、まだ歩きにくいだけで済んだのでしたが、ウエットで滑りやすい箇所も多かったので、もしも下る方向に歩くのであれば、かなり神経を遣わされたことでしょう。
この日は結局たった1人とすれ違っただけでしたし(なんと外人のハイカーさんでした)、泥濘んだ場所に残る足跡を見る限り、1日を通しても数える程の人しか通っていない様子でした。利用者が少ないゆえに、整備も後回しにされているのか、歩かれず手入れもされずで、さらに道が荒れていく悪い循環にはまっている気がします。
単に歩きにくいというだけでなく、道の両側を樹木に遮られて、見られる景色もほとんどない地味な山道が長く続くので、足にトラブルを抱えた不安な気持ちで歩いていたこともあって、本当に修行のようでした。

いろいろあった今回の山歩きでしたが、山以外で印象的だったのが、人がとても少なかったことです。
夏休みと秋の行楽期の狭間に当たって、そもそもどこもかしこも人出が鈍かったのかもしれませんが、志賀高原内の公共交通機関に限って言うと、上記のように電車もバスも同乗者が数えるほどという有様でした。
道路を見ても一般車の通行量もすごく少なく感じられて、観光客でそれなりに賑わっているのを想像していた私にとって、拍子抜けするほど閑散としていたというのが率直な印象です。
山歩きを静かに楽しめたのが喜ばしかった一方で、観光地としての将来が少々心配にも思える状況だったのが気になりました。たまたまこの日がそうだっただけ、ということであれば良いのですが‥‥。
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