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秋葉山 [静岡]

2018/03/03(土)

■第377回 : 秋葉山(885m)


今回は静岡県西部の秋葉山に行って来ました。全国にある秋葉神社・秋葉権現・秋葉寺の大半の起源とされる秋葉神社があり、東京・秋葉原の地名の由来にもなった山です。頂上の上社では、秋葉神社の総本宮に相応しい立派な社殿が見られて、登山口の下社や中腹の秋葉寺ともども、1度は訪れる価値があると感じられるものでした。

その一方、登山道はといえば、殺風景な植林の中を進むばかりで、変わり映えしない景色には退屈すら覚えてしまったほど。数少ない見所も、古い常夜灯や丁石といった、かつて神社の参道として栄えた頃の名残でした。だから、どうしても山自体の印象は薄くて、「秋葉神社の山に登ってきた」というのが率直な感想となっています。

(往路)
古淵 05:37-05:41 町田 06:01-06:21 新横浜
新横浜 06:52-08:10 掛川 08:19-09:13 西鹿島
西鹿島 09:47-10:28 西川

(登山行程)
西川バス停      10:30
戸倉(登山口)     11:05
秋葉山(秋葉神社上社) 12:55-13:10
秋葉寺        13:25
秋葉神社下社     14:15-14:20
秋葉神社バス停    14:25

(復路)
秋葉神社 15:41-16:29 西鹿島 16:36-17:08 新浜松
浜松 17:21-18:39 小田原 18:42-19:32 相模大野
相模大野 19:45-20:00 南警察署前


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この日は、小田急線の遅延で朝からバタバタしましたが(後注※1)、なんとか予定通りの新幹線に乗れました。
秋葉山への登山に利用できるバスは、遠州鉄道と天竜浜名湖鉄道が接続する西鹿島駅から出ています。折角なので行き帰りでその両方の路線に乗ろうと、まずは掛川で新幹線を降りて、天竜浜名湖鉄道に乗り換えました。
天竜浜名湖鉄道は、1両編成で乗客も少なく、車内はローカル線らしい長閑な雰囲気。でも沿線は思っていた以上に開けていて、車窓から人家などの建物が途切れることがなく、田園風景はほとんど見られませんでした。
西鹿島駅に着いたら、路線バスに乗り換えます。
西鹿島駅のバス乗り場です。この日は良く晴れた上に気温がグングンと上がって(4月下旬並みだったようです)、日向ではもうポカポカ陽気。暑くて着ていられなくなったジャケットを脱いで、バスを待ちました。
西鹿島駅で購入した「遠鉄ぶらりきっぷ」です。遠州鉄道の電車・バス全線が1日乗り放題でお得なのは良いのですが、B5サイズというその大きさには驚きました。こうして二つ折りにしても、服のポケットとかには全然入らず、扱いが少々面倒なのです。ここまで大きなきっぷを見たのは、これが初めてではなかったでしょうか。
大きさの理由は、購入後3ヶ月という有効期間にありました。従って、使用する月と日はスクラッチカードの要領で削って明示する仕組みで、提示時の視認性を考慮してか、スクラッチ面がB5サイズになっていたのです。

水窪町行きのバスは、西鹿島駅からの乗客は私を含めて2人だけ、途中からの利用者を加えても4人止まりでした。まぁ休日の朝の下りですから、こんなものでしょうか。西川バス停で降りたのも、もちろん私だけでした。
バス道路からは、この細い階段道で1段下の集落へ下りますが、バス停付近には秋葉山への案内が全くなく、事前にGoogleのストリートビューを見て階段の存在を知らなかったら、少し戸惑ったのではないかと思います。
集落に下り小さな橋を渡った先で、東海自然歩道のコースになっている道路に入りますが、そこにも道標はなかったように思うので、秋葉山から西川バス停を目指す逆コースの人にとっても、ここは分かりにくいのではないかと。その後、集落内を緩やかな傾斜の道で上がっていくと、行く手に秋葉ダムが見えてきました。

東海自然歩道は、秋葉ダムのすぐ手前に架かる歩行者専用の竜山橋で天竜川を渡ります。
竜山橋は細い吊り橋ですが、鉄骨で頑丈に造られているようで、これだけ長いのにほとんど揺れませんでした。
竜山橋の上から見た秋葉ダムです。

竜山橋を渡った先に、東海自然歩道の案内図が立っていました。この日歩くコースは、これから秋葉山を越えて秋葉神社バス停に下るまでの全体が、まるまる東海自然歩道と重なっています。
何軒かだけ建っていた人家の間を細い道で抜けた先で、東海自然歩道の道標に従って階段を上がります。
車道に出たら、しばらくの間は車道歩きです。はじめのうち緩やかに上っていた道は、進むにつれてほぼ平坦に近くなって、歩くのに苦はありません。道沿いには人家が時折見られる程度で、景色はやや単調でしたけれど。
東海自然歩道だけに、ところどころにある道の分岐でも道案内は万全で、進路に全く不安はありません。
30分ほどの車道歩きも、正観世音菩薩を納めたお堂がある東福寺の前を通れば、もう終盤です。
「ここは戸倉です」と現在地が併記された東海自然歩道の案内図が現れたら、そのすぐ先で‥‥
車道から山道が分岐していました。案内図や道標等で公式にそう表現されているのは見ていませんが、ここが秋葉山(裏参道)の実質的な登山口になるのでしょう。

車道から外れて、いよいよ登山道に入ります。車道を緩やかに上っている間に、フリース姿でも汗をかいてきたので、ここでフリースも脱いで山シャツ姿に。まだ3月初旬なのに、こんな薄着で山に入ることになろうとは。
上の写真の階段を上がり、畑地などの間を抜けていくと、すぐに山道が始まりました。
登山道は、植林帯の斜面を比較的緩やかな傾斜で登っていきます。
秋葉山はかなり上までずっと植林帯が続いていて、いくら進んでも景色がほとんど変わりません。
道の様子に変化があるのは、時折こうして未舗装の林道と絡むところくらいでした。
道端には時折、丁石を兼ねた古い常夜灯が立っていました。かつては多くの人が歩いた信仰の道なのでしょう。
ほぼ一定の傾斜が保たれて、急坂や大きな段差が全くなく、とても歩きやすいのは良いのですが、とにかく似たような景色ばかりが連続するので少々退屈気味になります。

道の味気なさに耐えて黙々と登っていると、近くに舗装道路が現れました。変化に乏しかった道の中で、かなり登ってきたことが明確に分かる地点なので、ここで少し気持ちを新たにして、さらに上を目指します。
そしてこのあたりから、少し傾斜がきつくなった気がしました(疲労の蓄積の影響もあったと思いますが)。
その後も道は相変わらず植林の中ですが、頻繁に車道と交差したりするようになって、少しは気が紛れました。
そしてついに、車道と交差した先が山道ではなく、石段に変わりました。これを上がると‥‥

秋葉神社の広い第一駐車場に出ました。ここまで来れば、あとはわずかな登りを残すのみです。
第一駐車場にはバス停もあって、毎年11月~1月の特定日にはバスが運行されている模様。もちろん、こんな所までバスで上がってしまっては全く登山にならないので、この路線の運行日は全く気にせずに来ています。
巨大な大鳥居をくぐった先には、きれいに整えられた石段の参道が続いていました。

参道に入ると、常夜灯が短い間隔で並んでいました。今でも大晦日などには明かりが灯されるのでしょうか。
参道の途中で荘厳な神門をくぐります。秋葉神社は戦時中の火災でほとんどの建物を失ったのち、長い年月がかかって近年ようやく再建に至ったため、建物や参道などの多くが比較的新しいのものなのですが、その中でもこの神門は2005年の完成で、境内で最も新しい建造物のようです。
食事処と土産物店を兼ねた秋葉茶屋の前を通れば、登り続けてきた石段も残すところあと少しです。
社務所前の石段を登っていくと、前から気になっていて、実際に見るのが楽しみだったあるモノが現れました。
それがこの、金色に輝いてひときわ異彩を放つ「幸福の鳥居」です。これを立派で神々しいと見るか、悪趣味と見るかは意見が分かれそうですね~(ちなみに私は後者寄りです。もうちょっとネーミングセンスが感じられるような名前だったら、少しは印象が違ったかもしれないけれど)。
幸福の鳥居をくぐると、いよいよ最後の石段と、その上にある本殿が見えてきました。
秋葉神社の本殿です。この時は訪れる人もまばらで、ゆっくりと落ち着いて参拝することができました。

本殿の左手側には「展望台」という標識が立っていて、その奥にはこの写真で分かる段差の分だけわずかに高くなった場所がありました。ここが境内で一番高い所に当たるようです。
南側が開けた展望台には、望遠鏡が設置されていたほか、こうした展望写真も掲げられていました。
が、この日はいかんせん気温が高すぎたらしく、空気が淀んでいて実際の展望はこの通り。浜松アクトタワーや浜名湖は、一応肉眼では確認できたものの、縮小写真にしたらほとんど識別できない写り方になってしまったので、いつものようなパノラマ写真への文字入れは諦めました
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真は こちら です。
ところで、この展望台が秋葉神社の境内で一番高いと書きましたが、秋葉山の頂上はさらに20mほど登った地点にあります。普段なら最高点には拘ることが多いのですが、ここでは本殿のさらに奥を歩き回ることが好ましそうには思われなかったので、頂上探索は自粛しました。このため、秋葉山自体の標高は885mとされていますが、今回私が登ったのは、それよりも20mほど低い865mあたりまでとなっています。

社務所の前にあった、ベンチが設置された場所で少し足を休めたら、引き続き東海自然歩道の標識に従って、秋葉神社バス停へ向かいます。登ってきた道は秋葉神社の裏参道でしたが、こちらは表参道になります。
下り始めるとすぐに神門が現れます(くぐった後で振り返りました)。火事の類焼を免れたこの門は、唯一の江戸時代の建造物で、傍らに立つ石柱碑には「文政十三庚寅年 再建嘉永三庚戌五月」と彫られていました。
表参道も穏やかで歩きやすい道です。登ってきた裏参道よりも道幅が広く、いかにもメインルートという感じ。
15分ほど下ったところに秋葉寺があるので寄っていきました。
頂上の秋葉神社が、とても立派ではあったものの建造物がどれも真新しくて垢抜けた印象を受けてしまったのに対して、この秋葉寺はこぢんまりとした境内ながらも、古びた堂宇には長い歳月を経た重みが感じられて、過去の歴史に思いを馳せるには相応しい雰囲気でした。
表参道を下っているだけに、秋葉寺には奥のほうから先に境内に入ってしまい、あとで山門の裏側から出てくることになりました。なので山門の写真も、先程の秋葉神社の神門と同様、くぐってから振り返って撮ることに。
ちなみに秋葉山は江戸時代までは、秋葉権現社(現在の秋葉神社)と秋葉寺とが同じ境内にある神仏混淆の山だったようです。それが明治時代に入ると政府の方針で神仏分離が行われ、それが引き金となって(直接の原因ではないらしい)秋葉寺は一旦廃寺となってしまい、現在の場所に改めて創建されたという歴史を持っています。

歩きやすい道ではあるけれど、こちらも裏参道と同じく、ほぼずっと植林の中を進む感じで、景色は単調です。
表参道だけに、時折すごく立派な丁石が見られました。
常夜灯も、裏参道で見たものよりもひと回り大きなサイズでした。
富士見茶屋跡を通過します。このあと、1箇所だけ東側の景色が開けた場所を通りましたが、この日はそこからの展望も今ひとつで、条件が良ければ見られるらしい富士山は影も形もありませんでした。
常夜灯についての解説版がありました。それによると、表参道に残る常夜灯の多くは、嘉永5年(1850年)に奉納されたものだとか。もう150年以上、こうして立っているものなんですね。

その後は下るにつれてやや傾斜が増したので、逆コースで表参道を登る場合は、序盤のほうがきつく感じられるのではないかと思います。終盤で九十九折りになった山道は、石畳に迎えられたところで終了となりました。
あとは楽に歩けるかと思いきや、この石畳区間がかなりの急坂で、最後まで気が抜けませんでした。
赤い橋が見えてきたあたりで、ようやく傾斜が収まって、そこからは普通の車道歩きになりました。
2車線の道路に出て10分ほど歩けば、ゴール地点に到着です。すでにバスを待つバス停も見えていますが‥‥

そこは秋葉神社の下社の門前です。折角ですから、頂上の上社だけでなく、下社もセットで参拝することに。
下社の境内へは、石段を20mほど登ります。大した長さではないのに、この石段ときたら、やたら段差が大きくて、すでにひと山登り下りしてきた足にはちょっと堪えました。
下社の境内に上がりました。火災に遭った上社が再建されるまでの間、この下社が本社として機能していたことを事前に知った上で訪れたのですが、その情報から想像していたよりは、ずっとささやかな感じの境内でした。
それでも、今もこちらにも社務所があって、お札や祈祷などを受けられるようになっていました。

下社から戻ったら、秋葉神社バス停で西鹿島駅行きのバスを待ちます。
この日はすでに朝イチで1度バタバタさせられていたのに、最後にももうひとつ思い通りにいかないことがあって、このあたりで小1時間ボーっとして過ごす羽目になってしまいました。(後注※2)
冒頭に書いた通り、往路は天竜浜名湖鉄道を利用したので、復路は浜松経由にして遠州鉄道を利用しました。
遠州鉄道は、車両こそ2両編成と短いものですが、ほぼ全線を通して住宅街や商業地域など人の多いエリアを走っているためか、12分間隔で次々と電車が来るにもかかわらず、途中からは立ち客が出るほどの盛況です。走りもとてもテキパキとしていて小気味良く、利用感はいつも乗り慣れている首都圏の鉄道と変わりませんでした。

【後注】
※1:町田で小田急線に乗り換えて小田原に向かおうとしたら、乗る予定の電車は10分程度遅れて来るとのこと。10分までの遅れならギリギリセーフですが、もう1~2分でも遅れが大きくなると、小田原で新幹線に乗り継げなくなり、その時点でこの日の計画が全部パーになります。それを回避するべく、今からでも余裕で間に合う新横浜乗り換えに変更したので、乗車券などをコマ切れで買うことになり、少しばかり余計に高く付いてしまいました。
※2:実は最後に食事でもと考えていて、バス停から歩いて5分程の秋葉橋の近くにお蕎麦やさんを見つけてあったのです。ところが店の前まで行ってみると、なんと営業していません。事前にウェブで営業時間を調べた際に、昼は~15:00という情報が見つかったのでそれを信じていたのですが、帰宅後に改めて調べたら~14:00という情報も見つかって、どうやら後者のほうが正しかったようなのです。近くにはほかにお店がなさそうなので、仕方なく持参していた行動食で繋ぐことにしたところ、幸いバス停の目の前にある気田川の河原に落ち着ける場所が見つかったので、残りの時間をそこで潰しています。

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八高山 [静岡]

2018/01/13(土)

■第372回 : 八高山(832m)


この日は、先週に続いて静岡県西部の山へ出掛けてきました。前回はかなりマイナーな山でしたが、今回登った八高山はそれなりに人気があって、このエリアのガイドブックには結構載っている、割とポピュラーな山です。
とはいえ、この時期としても厳しい寒さに見舞われたこの日、さすがに登山者は少なかったですが、空気の澄んだ真冬ならではの、富士山や南アルプスの展望を楽しんできました。

(往路)
古淵 05:37-05:41 町田 05:51-06:10 本厚木
本厚木 06:12-06:54 小田原 07:08-08:10 掛川
掛川 08:25-09:10 泉

(登山行程)
泉バス停  09:15
川近神社  09:25
小天狗の峰 10:35
バランダ  10:50-10:55  (原の平)
八高山   11:05-11:35
馬王平   12:00
五輪段   12:25     (なだらかコース・急斜面コースの分岐点)
福用駅   13:05

(復路)
福用 13:35-13:57 金谷 14:09-14:41 静岡
静岡 15:23-16:41 熱海 16:46-17:08 小田原
小田原 17:23-18:13 相模大野 18:30-18:45 南警察署前


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掛川駅を訪れるのは、粟ヶ岳に登った昨年5月以来2度目になりました。駅前で掛川市のバスに乗り換えます。
今回乗った掛川市の自主運行バスは、なんと乗車時間が45分に及びました。しかも、道のりの前半で早くもひと山越えたあとは、時折ポツリポツリと点在する小さな集落を見送りながら、山あいの細い道を走り続け、途中からは対向車もほとんど見掛けなくなった中を、八高山の麓にある最奥の集落まで運んでくれます。
終点の泉バス停で降りた時は、よくぞこんな山奥まで定時運行の路線バスが走っていてくれたと感動すら覚えましたし(全区間を通して乗客が私だけだったのは、朝早い下りの便だからでしょうか)、そのおかげで、いつも長くなりがちな登山口までの車道歩きも、今回はほとんどしなくて済みました。
バス停のポストは、バス転回所の向かいに立っていました。休日も1日6往復(ほぼ2時間に1本、平日なら8往復)あるダイヤに、45分乗って300円という料金設定、掛川市は市民サービスが充実しているという印象です。

歩き始めてすぐに小さな橋を渡ると、その先のT字路にコースの案内図があって、ここからのコースが3本載っていました。今回登るのは、そのうち川近神社の手前から登るコースで、ここは左折になります。
すると、すぐに山道が分かれます。これも先程の案内図にしっかり載っていたコースの1本なのですが‥‥。
「コース荒れ危険」という標識が立ち、八高山への矢印もこの道を見送る向きに書かれていました。一旦は整備したものの、何か問題が生じたのでしょうか。でも、元々ここを歩く予定ではないので、構わずスルーします。

もう少し車道を進んで、登る予定のコースの入口まで来ました。しかし、ここも敢えてスルーしてしまいます。
というのも、ほんのわずか先に川近神社への石段があるのを、予めGoogleのストリートビューで見て知っていたからです。石段の入口を見ると、両脇に門松が供えられて、お正月らしい装いになっていました。
川近神社の石段はさほど長いものではなく、すぐに境内まで登れてしまいます。
登山の無事を祈願していきます。先程の登山道だと、少し離れた所を進んでしまい、境内を通らないのでした。
本殿・拝殿のほかには、小さな社務所があるだけで、境内もさほど広くない、質素な佇まいの神社でした。

社務所の脇から微かな踏み跡をたどると、すぐに登山道に出ました。良く踏まれた感じの明瞭な道です。
紛らわしい箇所にはきちんと道標が設置されていて、道案内もしっかりしていました。
が、勾配はきつめで、地面がザレ気味の箇所も多く、登りは大丈夫でしたが、下りでは足元に要注意でしょう。
先程の案内図によると、登山道は日当山を通るはずなのに、実際は巻いていたようで、頂上に立たないうちに下りに変わります。下り切ったあたりでは、下で見送ってきたもう1つのコースが合わさるらしい地点がありましたが、そちら側のコースは入口を塞ぐように木の枝が並べて置かれ、分岐を示す標識等もありませんでした。

この日は冷え込みが厳しく、登り始めて小1時間ほど経っても、寒さが勝って全然身体が暖まりません。でも中腹あたりまでは、登山道が東側の斜面に付いていることが多くて、風の影響をあまり受けずに済んでいました。
ところが登るにつれて、道は尾根上に出ることが多くなります。すると西からの季節風に晒されるようになって、それがもう冷たいのなんの。このまま標高を上げ続けたらどんな寒さになるのかと、少し不安になりました。
林道に出る手前の596mピーク付近には、小さな祠がありました。つい最近のものと見られる真新しいお札が供えてあったので、今でもきちんと面倒を見ている人がいるようです。
そのすぐ先で、右側が大きく開けました。下で見た案内図で「東側展望良し」と書かれていた地点のようです。逆光の写真になってしまいましたが、中央で光っているのは太平洋、左側の一番高いピークが経塚山です。

そのまたすぐ先で、林道がU字にカーブしている地点に突き当たりました。
そこから少しの間は、その林道を進みます。
林道を歩く距離は短くて、林道が次にカーブする地点に、山道の入口がありました。

その先はさらに急勾配になって、中には地面に手を添えたくなるような箇所もあったほど。道もこのように、引き続きガレたりザレたりしている区間が多いので、下る時は大いに足元に気を遣わされそうです。
それでも、ササの中に入ると、ようやく傾斜が緩んできました。
小天狗の峰に到着。標高770m圏のピークですから、八高山との標高差はあと60mほどで、先が見えてきました。
展望は全くなく、上の写真の範囲がほぼ全てという、狭くて地味なピークですが、私製の山名標がありました。

先が見えてきたとはいえ、八高山までの間に越えていくピークはまだこの先にもあり、そのたびに下ってから登り返すので、もう少し登りを頑張らなくてはなりません。次のピークに近付くと、照葉樹が目立ってきました。
バランダ(原の平)に到着しました。ここからは北西側の稜線にも道が付いていて、分岐点になっています。
ここも展望のない地味な地点ですが、色々な標識が賑やかで、「天狗の座敷」という標識も。別名でしょうか。

バランダからは、ひと登りで八高山に到着です。登ってきたコースは比較的最近に整備されたもので、まだ知名度は低いらしく、ここまで全く人に会いませんでしたが、それは登山口あたりの閑散とした様子を見た時点で確定していたようなものでした。この山は反対側にある福用駅からのコースが断然メジャーなので、そこから登ってきた人が誰かしらいるものと思っていたら、まさかの無人。展望の良い頂上を、しばらく独り占めです。
山名を記した標識だけで4種類も。もう少し過ごしやすい季節ならば、きっと多くの人で賑わうのでしょうね。
お団子型の山名標を久々に見ました。この山域では、それなりの高さの山に長らく登っていなかったようです。
そして地面には、ひときわサイズの大きい一等三角点が。展望に恵まれた地点だという証でもあります。
八高山では、北東側と南側が開けていて、北東側には富士山のほか南アルプス南部の峰々を広く見渡せました。残念ながら、南アルプスの核心部(聖岳あたり)には雲がかかっていて、スッキリと眺められませんでしたが。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
南アルプス南部をアップにしてみました。さすがに3000m近いあたりは真っ白ですね。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。
富士山とその周辺も少し大きく。  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。
富士山もアップで。小笠山から見た先週と比べると結構雪が増えて、ようやくこの時期らしい姿になりました。
一方の南側は相変わらず逆光でしたが、太平洋の大海原と、昨年5月に登った粟ヶ岳などが見えていました。
  ※下の写真にマウスを乗せると粟ヶ岳の位置を表示します。
見事な眺めで気分の良い頂上ですし、下山後に乗る予定の電車の時間にも相当の余裕があります。そして、ずっと風が冷たくて寒い思いをしながら登ってきたのに、この頂上では風が穏やかで、タップリの日差しを浴びるとポカポカと暖かさすら感じられて、居心地も上々。そこで、私には珍しく少し長居をしていくことに。すると、独占していた頂上にもやがて単独行の男性が現れて、これまた私には珍しく、しばらくお話しさせて頂きました。

八高山から福用駅方面に下り始めると、すぐに白光神社の前に出ます。福用駅の近くには里宮があって、ここはその奥宮。ちなみに読みは、山名と同じ「はっこう」ですが、どちらが先かなど詳しい由来は不明のようです。
トタンで修繕されていた壁が、なんとも安っぽく見えてしまいます。でもこれだけ高い場所にあると、維持するだけでも大変でしょうし、仕方のないことかもしれませんね。
鳥居も元々のものではなさそうです。里宮がある福用駅付近も大きな集落ではないので、何をするにも人手も財政も苦しい所ではないかと思われますが、もうちょっとどうにかならなかったのかなと思ってしまいました。

さらに下ると、樹木が一部伐採されて見通しが良くなっている地点があり、東側のかなり広い範囲を見渡せました。高草山や高山の上に、天城山をはじめとする伊豆半島の山々が連なって見えていたほか、その右の洋上ではるか遠くに霞んでいたのは、天上山がある神津島だったようです。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
下に視線を移すと、馬王平がもう近くに見えていました。少し開けた場所になっているのが良く分かります。
ただ、馬王平までの下りは、段差の大きな箇所も多い道で、あまり歩きやすくはありませんでした。

馬王平まで下ってきました。ここは林道が四方から集まり、少し広めの平坦地になっています。林道はいずれも一般車が入れない筈ですが、この時は工事車両が2台も入ってきて、本来の平穏な景色ではなかったのが残念。
ベンチに腰掛けると、ちょうど正面に富士山が見えるという、なかなかのロケーションです。
富士山には、頂上にいた頃と違って雲が出ていたので、やはり展望を楽しむには早い時間に登るに限りますね。
ところで、馬王平に立つ道標が福用駅を指している方向には、林道が2本並んで出ていて、そのどちらが正しいコースなのかが明確には示されていませんでした(補助的な道標類も見られなかったと思います)。
2本の林道は、左は登り、右が下りとなって分かれていきます。下山途中なので当然右に下るのだろうと確信しつつ、念のため一応確認してからと地図を見てみたら、なんと左に登るのが正解で、少し危ないところでした。
八高山はほとんどが福用駅から往復する形で登られていて、ここは大半の人たちにとって登ってきた道を引き返すだけなので問題ないのでしょうが、私のように下りだけこのコースを使う人には少々不親切に感じています。

そんな訳で、左の林道を登っていくと、登り坂は最初に見えていた範囲くらいで、すぐに平坦な道となり、やがて緩やかに下り始めます。この一帯では新しい林道が建設中で、今後は登山コースの様子も変わりそうでした。
林道を進むことしばし、この地点で右に登山道が分かれました。
林道を左に見送り、道標に従って再び山道に入ります。
少し進むと、予期しない分岐が現れました。右に「福用川コース」が分かれていたのですが、私が参考にしていたガイドブックが古いために載っていなかったようです。少しそそられましたが、ここは予定通り直進します。

その後、登山道は広く伐採された斜面に入って、すこぶる見通しが良くなります。
伐採地内を通っている間は、再び南アルプスを含む広範な展望が楽しめました。
ただ、南アルプスも富士山と同様に、頂上から見ていた時と比べて雲が増えてしまっていました。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。
背後には、八高山が端正な形で見えていました。登った道は結構急だったのに、こちら側は穏やかな表情です。

その後は穏やかな道が少し続きます。
さらに進んで、「なだらかコース」と「急斜面コース」との分岐点まで来ました。
分岐点には「五輪段」という地名が付けられていました。これも私が持っているガイドブックにはないので、割と新しい名前なのでしょう。さて、登りはどんなに急でも別に構わないけれど、下りはできる限り緩やかなほうが足腰への負担が軽く、それゆえにトラブルも少ないので、迷うことなく「なだらかコース」に入ります。

「なだらかコース」に入るとほどなく、「木立トンネル」と名付けられた区間が現れます。
なるほど、その名前からイメージできる通りの景色の中に入りました。そんなに長い区間ではなかったけれど。
さらに進むと、今度は「茶の木トンネル」なる区間の登場です。
ここもそのまんまの景色ですが、先程の「木立トンネル」の景色が山の中では割とありふれているのに対して、こちらは珍しいと思います(同じような景色は、満観峰に登った時に日本坂付近で見たことがあるだけかと)。
その後の登山道の様子です。「なだらかコース」の名前通り、確かに道の傾斜は緩やかだったものの、道が抉れていたり石がゴロゴロしていたりで足下に気を遣うことも多く、下りで歩きやすいとは言えなかったような。
さらに下って、登山道脇に石垣が現れたのが、集落に近付いてきたサインになりました。

間もなく車道に迎えられて、登山道はおしまいです。寒さが厳しかったこの日は、この冬初めてジャケットを着たままで山を登り下りしましたが、東側の山麓に下りてくると、西からの季節風が山に遮られていて穏やかです。日中になって少しは気温も上がり、標高も落としたので、ようやく暑さのほうが勝って、ここでジャケットを脱ぎました(でも駅まで行くと風が冷たくて、電車を待つ間にまたすぐジャケットを羽織ったのでしたが)。
車道はすぐに集落の中へと入っていき‥‥
このあとで初めて乗るのを楽しみにしている大井川鐵道の線路に突き当たったら、線路沿いを進みます。

本日のゴール、大井川鐵道の福用駅に到着です。
福用駅は無人駅ですが、駅前にある金谷福用簡易郵便局で、乗車券の委託販売が行われています。
郵便局なので、てっきり休日はお休みだろうと思って諦めていたところ、屋内には煌々と照明が点っています。「大鉄売札所」の文字も見られる入口の前に立ってみたら、なんと自動ドアが開いてくれました。
外観は単なる郵便局でしかなさそうだったのに、局内に入ると、食料品や日用品のほか土産物なども並んだショーウインドウが多くのスペースを占めていて、ほとんど商店のような雰囲気というギャップに驚かされます。
さらに、建物自体は住宅とも兼ねているようで、奥の部屋から出てきた、ここにお住まいとみられる年配のご婦人に対応して頂いて、欲しかったものを手に入れることができました。
それがこの乗車券です。記念切符など購入自体を目的としたものを除いて、実際に使用する目的で手にした硬券なんて、いつ以来だったでしょうか。このあと、終点の金谷駅で駅員さんの許可を頂いて持ち帰りました。
福用駅のホームで電車を待つ間、長閑な雰囲気の中で、ゆったりとした時間が流れていました。
やって来たのは、かつて南海電鉄を走っていた21000系でした。

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小笠山・三ツ峰 [静岡]

2018/01/06(土)

■第371回 : 小笠山(264m)・三ツ峰(216m)


今年の初歩きは静岡県西部の小笠山へ。山としてはかなりマイナーで、標高は低く見所も少なくて相当に地味な存在ですが、最後に法多山尊永寺へ下るコースを組んで、初詣を兼ねたお出掛けとしました。法多山尊永寺は、寺号の「尊永寺」よりも山号の「法多山」で広く知られた、静岡県内でも指折りの数の参拝者を迎える寺です。

今回歩いたコースを振り返ると、最初から最後まで細かな登り下りが延々と繰り返されて、穏やかな箇所がほとんどありませんでした。比較的長いコースを選んだこともありますが、標高が低いからと軽く見ていたら、意外にも登りの累積標高が1000mに迫るほどの運動量があって、十分以上の歩き応えを感じた山行となっています。

(往路)
古淵 04:45-04:49 町田 05:11-06:11 小田原
小田原 06:22-06:45 熱海 06:49-09:00 袋井
袋井 09:23-09:37 笠原駐在所前

(登山行程)
笠原駐在所前バス停 09:45
長坂峠       10:25
無線中継所     11:35-11:40
小笠山       11:55-12:00
東経138゚展望台   12:30-12:40
腹摺峠       12:55
三ツ峰       13:20-13:30
法多山尊永寺    14:00-14:10
法多山バス停前   14:25
愛野駅       15:00

(復路)
愛野 15:12-16:01 静岡 16:04-17:27 熱海
熱海 17:37-17:58 小田原 18:01-18:53 相模大野
相模大野 19:05-19:20 南警察署前


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東海道線の袋井駅で、電車からバスに乗り換えます。新幹線を使わず鈍行だけに乗ってきた東海道線の駅では、これまでの最西端になりました。北口が栄えていますが、バスが南口からの発着だったので、写真も南口です。
バスには15分ほど乗って、笠原駐在所前で降ります。これから向かう長坂峠には、法多山行きのバスに乗るほうがずっと近くで降りられるのですが、法多山は帰りに寄るので、敢えて違う方向からのアプローチとしました。

はじめは住宅地の中を進みます。家と家の間のちょっとした土地(この写真の右側にあるような)がことごとく茶畑になっているのを見ると、いかにもお茶どころにやって来たなという印象でした。
少し歩いて家並みを外れると、一面に茶畑が広がる風景の中に入りました。このエリアに入る手前には「笠原茶産地」という看板が立っていて、このあたりが袋井茶の主要産地のひとつになっているようです。
平地だけでなく、山の斜面までくまなく茶畑が広がっているさまは壮観でした。
2車線の道路に出ても、まだ茶畑は続いています。この道路はやがて長坂峠へ向けて登り始めるので、前方に立ちはだかる山が次第に迫ってくるのですが、道の両脇に平坦な土地が見られる間は、そこはずっと茶畑でした。
長坂峠まで登ると、車道は峠をトンネルで越えています。これから歩く山道はこの上の尾根にあって、トンネルの反対側から登り始めますが、こんなに土被りの小さいトンネルならば、すぐに尾根まで上がれてしまいそう。
長坂トンネルをくぐって、出てきた北側の坑口を振り返りました。山道への入口は、このすぐ近くにあります。

その山道への入口がこちらです。そもそも、ここはコース自体が相当にマイナーですし、入口も2012年撮影のGoogleマップのストリートビューで不明瞭に見えていて少々不安でしたが、いざ来てみると木段ができているなど、人の手が入っているらしい様子が感じられてホッとしました。さすがに道標までは見当たらなかったけれど。
トンネルの真上まで登ると、そこを送電線の巡視路が通っていて、その巡視路をハイカーも歩かせてもらっている感じのようです。立っていたのも巡視路の標識だけで道標はなく、登ってきた道を示す案内は一切ありません。木段は巡視路仕様のものではないので、それだけは地元のハイカーが整備したのではないかと思われますが。
とはいえ、尾根上は単なる送電線巡視路の感じではなく、実に良く踏まれた遊歩道並みの歩きやすい道でした。
小刻みに登り下りが繰り返されて、楽に歩ける平坦な箇所こそほとんどないものの、登り下りはいずれも小さなもので勾配もきつくはなく、道はずっと歩きやすいままです。地元の人くらいしか歩きそうもない超マイナーなコースで、この日も小笠山に着くまでは誰とも会わなかったのに、ここまでしっかりした道なのが意外でした。
しばしば現れる分岐点で見掛けるのは、相変わらず送電線巡視路の標識だけで、道案内の類は一切ありません。
25分ほど歩くと林道に合流しますが、なんとここにも道標はなく、赤テープが目印になっているだけでした。

そこからは、少しの間だけ林道を歩きます。
するとすぐ、右に山道が分かれます。そしてその足元には、ここまで来てようやく初めて見られた物が‥‥。
それがこの道標で(上の写真でも右端に小さく写っている)、進行方向を「小笠山」、来た方向を「本谷・長坂峠」としていました。本谷は林道をただ戻れば着けそうですが、長坂峠へはこれを最後に道案内はありません。

再び送電線巡視路でもある山道に入ると、ほどなく送電線鉄塔の脇を通ります。
送電線の下は樹木が刈られているため、鉄塔の脇に立つと見通しが開けます。左手側を眺めると、最後に立ち寄る予定にしている法多山尊永寺の屋根が小さく見えていました(写真中央やや左寄り)。
一方、右手側には太平洋が見えていました。この日のコースで海が見られたのは、ここだけだったでしょうか。
送電線鉄塔の少し先のコブには、205m三角点がありました。(三角点の点名「百善歩道」の由来は不明。先程少し歩いた林道が「百善林道」なのと関連がありそうなのに、林道名の由来もネットでは判明しませんでした)
その後も頻繁に登り下りを続けながら、道は次第に登りが優勢になり、少しずつ高度を上げていきます。といっても標高は200m台のままなのですが、あまりに何度も登ったり下ったりするので、足にも相応の疲労感が生じて、もう少し高い所まで来ているような気分になります。ほぼ1本道のため、道標は再び全く見なくなりました。

しばらく歩くと、尾根が林道に分断されていて、一旦その林道に降りました(下ってきた階段道を振り返ったところ)。ここにもその道への案内はなく、ここまでは進路を自ら判断できる人向けの道だったことになります。
林道はほぼ横断するだけの形で、少し右に歩くとすぐに山道の続きがあり、そこには、この日初めて見る私製ではない公的な道標が立っていました。恐らく行政が登山道と認識しているのはここから先の区間なのでしょう。
林道から上がってすぐの所には、無線中継所がありました。地形図ではこの無線中継所のピークに265mの標高点が記入されていて、単純に見ると小笠山の三角点264.8mよりもわずかに高い値となりますが、標高点は小数点以下が四捨五入されているので、本当にここがこの日のコースの最高点に当たるのかは何とも言えません。

その後は、分岐点には行政が設置した道標が立って、しっかりと道案内をしてくれるようになりました。
小笠山の山頂直下まで来ると、山道が十字状に交差する分岐点がありました。
右に分かれるのは小笠神社への道です。神社は少し下った所にあるので寄りませんが、すぐ先に何かある模様。
少しだけ右に進んでみると、すぐの所に多聞天神社がありました。小笠神社と関係が深い神社のようです。
多聞天神社の手前には複数のベンチが置かれていました。多聞天神社は写真奥にあり、その前の斜面に刺された多数の破魔矢は、11月の矢矧祭(小笠神社に1300年以上前から続く伝統的な神事)で奉納されたものらしい。

分岐点に戻って山頂への道に入ると、わずかな登りで小笠山の山頂に着きました。
小笠山の山頂にあったものと言えば、この三角点と‥‥
私製の小さな標識だけ。さほど広いスペースはなく、樹林に囲まれて展望もない、とても地味な地点でした。
ところで、ここまで全く人に会わずに歩いて来たのに、山頂で過ごしたたった5分の間に、3組計4人の登山者が相次いで現れてビックリしていたら、このあと山頂を去ったが最後、またパタリと人と会わなくなりました。
袋井市と掛川市にまたがる小笠山ですが、ハイキングコースの整備は専ら掛川市が行っています。コースはどれも、小笠山の山頂付近で稜線上を歩く距離が短く(一番長くても腹摺峠の手前までしか行かない)、恐らくこの日会った方々も掛川市側からの登山者だったので、私とのコースの接点が山頂付近に限られたのだと思います。
一方の私は、袋井市側から登って袋井市側に下りるまで、稜線上のかなり長い距離を歩いたのですが、掛川市が整備したコースと重なる小笠山付近を除くと大半の区間は未整備だったので、歩く人も当然少ないのでしょう。

小笠山の山頂を後にすると、その後は斜面を横切るように付けられた道を進みます。山襞に沿って蛇行しながら進む道は、距離こそ長いものの、アップダウンが比較的穏やかなので、しばらくは珍しく楽に歩けました。
途中に、深く切れ落ちた鞍部を橋で渡る箇所があって‥‥
見通しが開けた橋の上から、富士山を眺められました。手前には、先月登ったばかりの千葉山も見えています。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。
あちこちに分岐点がありますが、このあたりは整備された区間だけに道案内もしっかりしていました。
ただ、道は次第にアップダウンを繰り返すようになります。
下っては登り、また下ってはまた登る、というのが矢継ぎ早に連なって、平坦な区間がほとんどありません。
1度に大きく登り返すことのないのが救いではあるものの、勾配はそれなりにあって、木段が続くような少々苦しい登りも随所に現れます。すでに10km近く歩いてきた足には、結構きつくなってきました。

そんな中、「東経138゚展望台」への分岐が現れました。そこで展望を楽しみつつ、少し足を休めていきましょう。
分岐点からわずかな距離で「東経138゚展望台」に到着すると、北側の景色が大きく開けていました。
まずは、見えていた左半分の北西側の展望です。八高山と大尾山の間には、南アルプス・聖岳の雪をまとった山肌もちらっと見えていたのですが、頂上はあいにく雲の中でした。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
続いて、部分的には前の写真とも重複しますが、右半分の北東側です。このさらに右側に少し離れたあたりには、天城山をはじめとする伊豆半島の山々が、ぼんやりと霞んで見えていました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
富士山をアップで。今年はまだ雪が少なくて、青空とのコントラストが今ひとつでした。手前左は千葉山です。

その後、小笠山トンネルの真上あたりで、下の車道へ下る道を左に見送ります。
整備されたハイキングコースはこの分岐点までだったようですが、その後も道標に関しては要所に私製のものが現れて、法多山尊永寺まで道案内をしてくれました(恐らくその先もエコパまで案内が続いたことでしょう)。
しかしその先も、道が少し細くなっただけで、アップダウンの多さは相変わらずでした。
1度大きく下って、鞍部の腹摺峠を通過します。

腹摺峠の先には、補助ロープが下がるほどの急斜面の直登が待っていました。しかもこれが結構長い! 疲れが増してきたコースの終盤になるほど、登り返しがきつくなるって、一体どうなのよ。
さらに進むと、稜線の右側が大きく切れ落ちたエリアに突入します。
しばらくの間、道の右側には垂直な崖が続きます。決して崖っぷちを歩く訳ではないので、特段の危険はないけれど、整備された区間ではないだけに転落防止などの安全策は何も講じられておらず、油断は禁物でした。
三ツ峰の手前になると、再び補助ロープの下がる急坂が現れて、喘ぎながら登ります。

急坂を登り詰めると、三ツ峰への分岐点があって、そこから三ツ峰まではほんの僅かな距離でした。
三ツ峰も樹木に囲まれて展望のない地味なピークで、あったのは三角点と私製の山名標だけです。決して広くはないものの、少し開けた明るい場所なので、居心地は悪くありませんでした。
小笠山を出て以降、全く人を見なくなっていて、どうせ誰も来ないだろうと、三角点に座って足を休めました。

三ツ峰の先も、崖っぷちの道は続きます(結構危険に見えますが、実際に歩いた道は写真の左端あたりです)。
時折右側が開けると、エコパスタジアムがもう間近でした。一般の人が、今回登った「小笠山」という名前に少しでも馴染みがあるとしたら、スタジアムのある場所の名前が「小笠山総合運動公園」だからでしょうね。
ここまで下って来ても道のアップダウンはなお健在で、楽に歩ける箇所がなく、これには最後まで苦しめられました。また、この終盤は道が一部でかなり細くなり、通る際の足さばきに多少の注意を払う必要もありました。
そして、もう誰とも会うことはないと確信していたら、久々にすれ違う人が現れて、しかもそれが私より年配とおぼしきご婦人の単独行だったのが意外すぎました。何も荷物を持たず軽装だったので、地元の方でしょうか。

ようやく、法多山尊永寺への分岐点まで来たようです。何故かここには法多山への道案内はなく、私製の道標も直進方向をエコパと案内しているだけですが、それを無視して、送電線鉄塔が見えてきた左側に進みます。
するとすぐに、少し開けた場所に出て、そこには尊永寺の奥の院がありました。
尊永寺の奥の院です。
眼下にはもう尊永寺の本堂などの屋根が見えています。しかも境内が相当に賑わっているらしく、喧噪がここまで響いてきて結構騒々しい様子。三が日を過ぎて、人出も少しは落ち着いているものと期待していたのですが。

奥の院と尊永寺境内の間は、どんな道があるのか情報不足で分からず不安だった区間です。距離が短いので、最悪道がなくてもどうにでもできそうでしたが、行ってみると、木段が組まれたしっかりした道がありました。
境内が見えてくると、やはり多数の参拝者で騒然とした雰囲気です。あとで分かりますが、下の広場で大道芸のパフォーマンスが実演中で、拡声器を使ったトークが行われていたことも、喧噪に拍車をかけていたようです。
途中までしっかりしていた道は、なぜか境内の目前でプツンと途切れ、そこから踏み跡レベルの道に変わって、最後はこんな石垣の脇を下る形に。振り返っても、今通ってきたばかりの道の所在は不明瞭でした。恐らく、一般の参拝者が次々と奥の院を目指すような状況は好ましくないと判断されているに違いなく、敢えて道の入口を分かりにくくしたものと思われます。そこを登山者が歩くことも、仕方なく容認されているだけなのでしょう。
下ったきたのは、境内がこのように見える地点でした。
騒々しい割に、本堂の前の列はごく短いものだったので、意外にも参拝はスムーズにできています。
その後は、人混みの中で境内を巡る気にもならず、参拝順路に従って出口へ直行して、仁王門をくぐってしまいます(写真は仁王門を振り返ったところ)。これほどの人出になることを、後になって知ったのが失敗でした。
山門の先には、たくさんの屋台が並んでいました。これだけ充実した数の屋台を見るのも久しぶりです。
さて、近くには法多山バス停があって、袋井駅へのバス路線が運行されています。ただ、午後は2時間に1本しかなく、それでも時間が合えば利用するつもりでいたところ、困ったことに1時間以上も待つようなタイミングです。20~30分なら、適当な店に入って軽く食事でもしていれば過ごせそうですが、さすがに1時間以上となると大いに持て余すので、そのまま愛野駅まで歩いてしまうことにしました。

ということで、法多山バス停前のT字路をバス停とは反対側に曲がって、北へ向かう道路に入ります。
しばらくすると、右手にエコパスタジアムの駐車場が現れます。このまま道路を進むより、スタジアムがある運動公園内を通るほうが近道だということは、事前に調べてありました。
駐車場の奥から運動公園内の遊歩道に入れば、もうスタジアムは目前です。
スタジアムが見えてきました。さすが5万人収容だけあってデカイ!
スタジアムの周囲を3分の1周ほどして、正面ゲート側へ向かいます。
エコパスタジアムを正面側から振り返ります。私はサッカー観戦も好きなので、清水エスパルスやジュビロ磐田がホームゲームを開催しているこのスタジアムは前々から知っていて、何度か代表戦も行われたお馴染みの会場に来たという感慨めいたものすら伴っていますが、一般の人にとっての認知度ってどんなものなんでしょうね?

エコパスタジアムまで来れば、愛野駅まで歩いて10分ほど。途中には動く歩道になっている区間もありました。
愛野駅への最後の直線道路です。大規模スタジアムへのアクセスルートとあって、歩道の広いことといったら。
愛野駅に到着しました。が、南口には手頃な飲食店が見つからず、少し手前に1軒だけあったコンビニにもイートインがなくて仕方なく買い物だけしたら、駅は駅で駅舎内には座って過ごせるスペースはなくホームに出ても当然のように待合室なんてなくて、吹きっさらしのベンチでパクつく羽目に。昼食を取らずに空腹のままここまで来てしまったことを少し後悔させられました。腹ごしらえだけは法多山の門前で済ませておくべきだったか。

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