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八高山 [静岡]

2018/01/13(土)

■第372回 : 八高山(832m)


この日は、先週に続いて静岡県西部の山へ出掛けてきました。前回はかなりマイナーな山でしたが、今回登った八高山はそれなりに人気があって、このエリアのガイドブックには結構載っている、割とポピュラーな山です。
とはいえ、この時期としても厳しい寒さに見舞われたこの日、さすがに登山者は少なかったですが、空気の澄んだ真冬ならではの、富士山や南アルプスの展望を楽しんできました。

(往路)
古淵 05:37-05:41 町田 05:51-06:10 本厚木
本厚木 06:12-06:54 小田原 07:08-08:10 掛川
掛川 08:25-09:10 泉

(登山行程)
泉バス停  09:15
川近神社  09:25
小天狗の峰 10:35
バランダ  10:50-10:55  (原の平)
八高山   11:05-11:35
馬王平   12:00
五輪段   12:25     (なだらかコース・急斜面コースの分岐点)
福用駅   13:05

(復路)
福用 13:35-13:57 金谷 14:09-14:41 静岡
静岡 15:23-16:41 熱海 16:46-17:08 小田原
小田原 17:23-18:13 相模大野 18:30-18:45 南警察署前


大きなマップで見る

掛川駅を訪れるのは、粟ヶ岳に登った昨年5月以来2度目になりました。駅前で掛川市のバスに乗り換えます。
今回乗った掛川市の自主運行バスは、なんと乗車時間が45分に及びました。しかも、道のりの前半で早くもひと山越えたあとは、時折ポツリポツリと点在する小さな集落を見送りながら、山あいの細い道を走り続け、途中からは対向車もほとんど見掛けなくなった中を、八高山の麓にある最奥の集落まで運んでくれます。
終点の泉バス停で降りた時は、よくぞこんな山奥まで定時運行の路線バスが走っていてくれたと感動すら覚えましたし(全区間を通して乗客が私だけだったのは、朝早い下りの便だからでしょうか)、そのおかげで、いつも長くなりがちな登山口までの車道歩きも、今回はほとんどしなくて済みました。
バス停のポストは、バス転回所の向かいに立っていました。休日も1日6往復(ほぼ2時間に1本、平日なら8往復)あるダイヤに、45分乗って300円という料金設定、掛川市は市民サービスが充実しているという印象です。

歩き始めてすぐに小さな橋を渡ると、その先のT字路にコースの案内図があって、ここからのコースが3本載っていました。今回登るのは、そのうち川近神社の手前から登るコースで、ここは左折になります。
すると、すぐに山道が分かれます。これも先程の案内図にしっかり載っていたコースの1本なのですが‥‥。
「コース荒れ危険」という標識が立ち、八高山への矢印もこの道を見送る向きに書かれていました。一旦は整備したものの、何か問題が生じたのでしょうか。でも、元々ここを歩く予定ではないので、構わずスルーします。

もう少し車道を進んで、登る予定のコースの入口まで来ました。しかし、ここも敢えてスルーしてしまいます。
というのも、ほんのわずか先に川近神社への石段があるのを、予めGoogleのストリートビューで見て知っていたからです。石段の入口を見ると、両脇に門松が供えられて、お正月らしい装いになっていました。
川近神社の石段はさほど長いものではなく、すぐに境内まで登れてしまいます。
登山の無事を祈願していきます。先程の登山道だと、少し離れた所を進んでしまい、境内を通らないのでした。
本殿・拝殿のほかには、小さな社務所があるだけで、境内もさほど広くない、質素な佇まいの神社でした。

社務所の脇から微かな踏み跡をたどると、すぐに登山道に出ました。良く踏まれた感じの明瞭な道です。
紛らわしい箇所にはきちんと道標が設置されていて、道案内もしっかりしていました。
が、勾配はきつめで、地面がザレ気味の箇所も多く、登りは大丈夫でしたが、下りでは足元に要注意でしょう。
先程の案内図によると、登山道は日当山を通るはずなのに、実際は巻いていたようで、頂上に立たないうちに下りに変わります。下り切ったあたりでは、下で見送ってきたもう1つのコースが合わさるらしい地点がありましたが、そちら側のコースは入口を塞ぐように木の枝が並べて置かれ、分岐を示す標識等もありませんでした。

この日は冷え込みが厳しく、登り始めて小1時間ほど経っても、寒さが勝って全然身体が暖まりません。でも中腹あたりまでは、登山道が東側の斜面に付いていることが多くて、風の影響をあまり受けずに済んでいました。
ところが登るにつれて、道は尾根上に出ることが多くなります。すると西からの季節風に晒されるようになって、それがもう冷たいのなんの。このまま標高を上げ続けたらどんな寒さになるのかと、少し不安になりました。
林道に出る手前の596mピーク付近には、小さな祠がありました。つい最近のものと見られる真新しいお札が供えてあったので、今でもきちんと面倒を見ている人がいるようです。
そのすぐ先で、右側が大きく開けました。下で見た案内図で「東側展望良し」と書かれていた地点のようです。逆光の写真になってしまいましたが、中央で光っているのは太平洋、左側の一番高いピークが経塚山です。

そのまたすぐ先で、林道がU字にカーブしている地点に突き当たりました。
そこから少しの間は、その林道を進みます。
林道を歩く距離は短くて、林道が次にカーブする地点に、山道の入口がありました。

その先はさらに急勾配になって、中には地面に手を添えたくなるような箇所もあったほど。道もこのように、引き続きガレたりザレたりしている区間が多いので、下る時は大いに足元に気を遣わされそうです。
それでも、ササの中に入ると、ようやく傾斜が緩んできました。
小天狗の峰に到着。標高770m圏のピークですから、八高山との標高差はあと60mほどで、先が見えてきました。
展望は全くなく、上の写真の範囲がほぼ全てという、狭くて地味なピークですが、私製の山名標がありました。

先が見えてきたとはいえ、八高山までの間に越えていくピークはまだこの先にもあり、そのたびに下ってから登り返すので、もう少し登りを頑張らなくてはなりません。次のピークに近付くと、照葉樹が目立ってきました。
バランダ(原の平)に到着しました。ここからは北西側の稜線にも道が付いていて、分岐点になっています。
ここも展望のない地味な地点ですが、色々な標識が賑やかで、「天狗の座敷」という標識も。別名でしょうか。

バランダからは、ひと登りで八高山に到着です。登ってきたコースは比較的最近に整備されたもので、まだ知名度は低いらしく、ここまで全く人に会いませんでしたが、それは登山口あたりの閑散とした様子を見た時点で確定していたようなものでした。この山は反対側にある福用駅からのコースが断然メジャーなので、そこから登ってきた人が誰かしらいるものと思っていたら、まさかの無人。展望の良い頂上を、しばらく独り占めです。
山名を記した標識だけで4種類も。もう少し過ごしやすい季節ならば、きっと多くの人で賑わうのでしょうね。
お団子型の山名標を久々に見ました。この山域では、それなりの高さの山に長らく登っていなかったようです。
そして地面には、ひときわサイズの大きい一等三角点が。展望に恵まれた地点だという証でもあります。
八高山では、北東側と南側が開けていて、北東側には富士山のほか南アルプス南部の峰々を広く見渡せました。残念ながら、南アルプスの核心部(聖岳あたり)には雲がかかっていて、スッキリと眺められませんでしたが。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
南アルプス南部をアップにしてみました。さすがに3000m近いあたりは真っ白ですね。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。
富士山とその周辺も少し大きく。  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。
富士山もアップで。小笠山から見た先週と比べると結構雪が増えて、ようやくこの時期らしい姿になりました。
一方の南側は相変わらず逆光でしたが、太平洋の大海原と、昨年5月に登った粟ヶ岳などが見えていました。
  ※下の写真にマウスを乗せると粟ヶ岳の位置を表示します。
見事な眺めで気分の良い頂上ですし、下山後に乗る予定の電車の時間にも相当の余裕があります。そして、ずっと風が冷たくて寒い思いをしながら登ってきたのに、この頂上では風が穏やかで、タップリの日差しを浴びるとポカポカと暖かさすら感じられて、居心地も上々。そこで、私には珍しく少し長居をしていくことに。すると、独占していた頂上にもやがて単独行の男性が現れて、これまた私には珍しく、しばらくお話しさせて頂きました。

八高山から福用駅方面に下り始めると、すぐに白光神社の前に出ます。福用駅の近くには里宮があって、ここはその奥宮。ちなみに読みは、山名と同じ「はっこう」ですが、どちらが先かなど詳しい由来は不明のようです。
トタンで修繕されていた壁が、なんとも安っぽく見えてしまいます。でもこれだけ高い場所にあると、維持するだけでも大変でしょうし、仕方のないことかもしれませんね。
鳥居も元々のものではなさそうです。里宮がある福用駅付近も大きな集落ではないので、何をするにも人手も財政も苦しい所ではないかと思われますが、もうちょっとどうにかならなかったのかなと思ってしまいました。

さらに下ると、樹木が一部伐採されて見通しが良くなっている地点があり、東側のかなり広い範囲を見渡せました。高草山や高山の上に、天城山をはじめとする伊豆半島の山々が連なって見えていたほか、その右の洋上ではるか遠くに霞んでいたのは、天上山がある神津島だったようです。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
下に視線を移すと、馬王平がもう近くに見えていました。少し開けた場所になっているのが良く分かります。
ただ、馬王平までの下りは、段差の大きな箇所も多い道で、あまり歩きやすくはありませんでした。

馬王平まで下ってきました。ここは林道が四方から集まり、少し広めの平坦地になっています。林道はいずれも一般車が入れない筈ですが、この時は工事車両が2台も入ってきて、本来の平穏な景色ではなかったのが残念。
ベンチに腰掛けると、ちょうど正面に富士山が見えるという、なかなかのロケーションです。
富士山には、頂上にいた頃と違って雲が出ていたので、やはり展望を楽しむには早い時間に登るに限りますね。
ところで、馬王平に立つ道標が福用駅を指している方向には、林道が2本並んで出ていて、そのどちらが正しいコースなのかが明確には示されていませんでした(補助的な道標類も見られなかったと思います)。
2本の林道は、左は登り、右が下りとなって分かれていきます。下山途中なので当然右に下るのだろうと確信しつつ、念のため一応確認してからと地図を見てみたら、なんと左に登るのが正解で、少し危ないところでした。
八高山はほとんどが福用駅から往復する形で登られていて、ここは大半の人たちにとって登ってきた道を引き返すだけなので問題ないのでしょうが、私のように下りだけこのコースを使う人には少々不親切に感じています。

そんな訳で、左の林道を登っていくと、登り坂は最初に見えていた範囲くらいで、すぐに平坦な道となり、やがて緩やかに下り始めます。この一帯では新しい林道が建設中で、今後は登山コースの様子も変わりそうでした。
林道を進むことしばし、この地点で右に登山道が分かれました。
林道を左に見送り、道標に従って再び山道に入ります。
少し進むと、予期しない分岐が現れました。右に「福用川コース」が分かれていたのですが、私が参考にしていたガイドブックが古いために載っていなかったようです。少しそそられましたが、ここは予定通り直進します。

その後、登山道は広く伐採された斜面に入って、すこぶる見通しが良くなります。
伐採地内を通っている間は、再び南アルプスを含む広範な展望が楽しめました。
ただ、南アルプスも富士山と同様に、頂上から見ていた時と比べて雲が増えてしまっていました。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。
背後には、八高山が端正な形で見えていました。登った道は結構急だったのに、こちら側は穏やかな表情です。

その後は穏やかな道が少し続きます。
さらに進んで、「なだらかコース」と「急斜面コース」との分岐点まで来ました。
分岐点には「五輪段」という地名が付けられていました。これも私が持っているガイドブックにはないので、割と新しい名前なのでしょう。さて、登りはどんなに急でも別に構わないけれど、下りはできる限り緩やかなほうが足腰への負担が軽く、それゆえにトラブルも少ないので、迷うことなく「なだらかコース」に入ります。

「なだらかコース」に入るとほどなく、「木立トンネル」と名付けられた区間が現れます。
なるほど、その名前からイメージできる通りの景色の中に入りました。そんなに長い区間ではなかったけれど。
さらに進むと、今度は「茶の木トンネル」なる区間の登場です。
ここもそのまんまの景色ですが、先程の「木立トンネル」の景色が山の中では割とありふれているのに対して、こちらは珍しいと思います(同じような景色は、満観峰に登った時に日本坂付近で見たことがあるだけかと)。
その後の登山道の様子です。「なだらかコース」の名前通り、確かに道の傾斜は緩やかだったものの、道が抉れていたり石がゴロゴロしていたりで足下に気を遣うことも多く、下りで歩きやすいとは言えなかったような。
さらに下って、登山道脇に石垣が現れたのが、集落に近付いてきたサインになりました。

間もなく車道に迎えられて、登山道はおしまいです。寒さが厳しかったこの日は、この冬初めてジャケットを着たままで山を登り下りしましたが、東側の山麓に下りてくると、西からの季節風が山に遮られていて穏やかです。日中になって少しは気温も上がり、標高も落としたので、ようやく暑さのほうが勝って、ここでジャケットを脱ぎました(でも駅まで行くと風が冷たくて、電車を待つ間にまたすぐジャケットを羽織ったのでしたが)。
車道はすぐに集落の中へと入っていき‥‥
このあとで初めて乗るのを楽しみにしている大井川鐵道の線路に突き当たったら、線路沿いを進みます。

本日のゴール、大井川鐵道の福用駅に到着です。
福用駅は無人駅ですが、駅前にある金谷福用簡易郵便局で、乗車券の委託販売が行われています。
郵便局なので、てっきり休日はお休みだろうと思って諦めていたところ、屋内には煌々と照明が点っています。「大鉄売札所」の文字も見られる入口の前に立ってみたら、なんと自動ドアが開いてくれました。
外観は単なる郵便局でしかなさそうだったのに、局内に入ると、食料品や日用品のほか土産物なども並んだショーウインドウが多くのスペースを占めていて、ほとんど商店のような雰囲気というギャップに驚かされます。
さらに、建物自体は住宅とも兼ねているようで、奥の部屋から出てきた、ここにお住まいとみられる年配のご婦人に対応して頂いて、欲しかったものを手に入れることができました。
それがこの乗車券です。記念切符など購入自体を目的としたものを除いて、実際に使用する目的で手にした硬券なんて、いつ以来だったでしょうか。このあと、終点の金谷駅で駅員さんの許可を頂いて持ち帰りました。
福用駅のホームで電車を待つ間、長閑な雰囲気の中で、ゆったりとした時間が流れていました。
やって来たのは、かつて南海電鉄を走っていた21000系でした。

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小笠山・三ツ峰 [静岡]

2018/01/06(土)

■第371回 : 小笠山(264m)・三ツ峰(216m)


今年の初歩きは静岡県西部の小笠山へ。山としてはかなりマイナーで、標高は低く見所も少なくて相当に地味な存在ですが、最後に法多山尊永寺へ下るコースを組んで、初詣を兼ねたお出掛けとしました。法多山尊永寺は、寺号の「尊永寺」よりも山号の「法多山」で広く知られた、静岡県内でも指折りの数の参拝者を迎える寺です。

今回歩いたコースを振り返ると、最初から最後まで細かな登り下りが延々と繰り返されて、穏やかな箇所がほとんどありませんでした。比較的長いコースを選んだこともありますが、標高が低いからと軽く見ていたら、意外にも登りの累積標高が1000mに迫るほどの運動量があって、十分以上の歩き応えを感じた山行となっています。

(往路)
古淵 04:45-04:49 町田 05:11-06:11 小田原
小田原 06:22-06:45 熱海 06:49-09:00 袋井
袋井 09:23-09:37 笠原駐在所前

(登山行程)
笠原駐在所前バス停 09:45
長坂峠       10:25
無線中継所     11:35-11:40
小笠山       11:55-12:00
東経138゚展望台   12:30-12:40
腹摺峠       12:55
三ツ峰       13:20-13:30
法多山尊永寺    14:00-14:10
法多山バス停前   14:25
愛野駅       15:00

(復路)
愛野 15:12-16:01 静岡 16:04-17:27 熱海
熱海 17:37-17:58 小田原 18:01-18:53 相模大野
相模大野 19:05-19:20 南警察署前


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東海道線の袋井駅で、電車からバスに乗り換えます。新幹線を使わず鈍行だけに乗ってきた東海道線の駅では、これまでの最西端になりました。北口が栄えていますが、バスが南口からの発着だったので、写真も南口です。
バスには15分ほど乗って、笠原駐在所前で降ります。これから向かう長坂峠には、法多山行きのバスに乗るほうがずっと近くで降りられるのですが、法多山は帰りに寄るので、敢えて違う方向からのアプローチとしました。

はじめは住宅地の中を進みます。家と家の間のちょっとした土地(この写真の右側にあるような)がことごとく茶畑になっているのを見ると、いかにもお茶どころにやって来たなという印象でした。
少し歩いて家並みを外れると、一面に茶畑が広がる風景の中に入りました。このエリアに入る手前には「笠原茶産地」という看板が立っていて、このあたりが袋井茶の主要産地のひとつになっているようです。
平地だけでなく、山の斜面までくまなく茶畑が広がっているさまは壮観でした。
2車線の道路に出ても、まだ茶畑は続いています。この道路はやがて長坂峠へ向けて登り始めるので、前方に立ちはだかる山が次第に迫ってくるのですが、道の両脇に平坦な土地が見られる間は、そこはずっと茶畑でした。
長坂峠まで登ると、車道は峠をトンネルで越えています。これから歩く山道はこの上の尾根にあって、トンネルの反対側から登り始めますが、こんなに土被りの小さいトンネルならば、すぐに尾根まで上がれてしまいそう。
長坂トンネルをくぐって、出てきた北側の坑口を振り返りました。山道への入口は、このすぐ近くにあります。

その山道への入口がこちらです。そもそも、ここはコース自体が相当にマイナーですし、入口も2012年撮影のGoogleマップのストリートビューで不明瞭に見えていて少々不安でしたが、いざ来てみると木段ができているなど、人の手が入っているらしい様子が感じられてホッとしました。さすがに道標までは見当たらなかったけれど。
トンネルの真上まで登ると、そこを送電線の巡視路が通っていて、その巡視路をハイカーも歩かせてもらっている感じのようです。立っていたのも巡視路の標識だけで道標はなく、登ってきた道を示す案内は一切ありません。木段は巡視路仕様のものではないので、それだけは地元のハイカーが整備したのではないかと思われますが。
とはいえ、尾根上は単なる送電線巡視路の感じではなく、実に良く踏まれた遊歩道並みの歩きやすい道でした。
小刻みに登り下りが繰り返されて、楽に歩ける平坦な箇所こそほとんどないものの、登り下りはいずれも小さなもので勾配もきつくはなく、道はずっと歩きやすいままです。地元の人くらいしか歩きそうもない超マイナーなコースで、この日も小笠山に着くまでは誰とも会わなかったのに、ここまでしっかりした道なのが意外でした。
しばしば現れる分岐点で見掛けるのは、相変わらず送電線巡視路の標識だけで、道案内の類は一切ありません。
25分ほど歩くと林道に合流しますが、なんとここにも道標はなく、赤テープが目印になっているだけでした。

そこからは、少しの間だけ林道を歩きます。
するとすぐ、右に山道が分かれます。そしてその足元には、ここまで来てようやく初めて見られた物が‥‥。
それがこの道標で(上の写真でも右端に小さく写っている)、進行方向を「小笠山」、来た方向を「本谷・長坂峠」としていました。本谷は林道をただ戻れば着けそうですが、長坂峠へはこれを最後に道案内はありません。

再び送電線巡視路でもある山道に入ると、ほどなく送電線鉄塔の脇を通ります。
送電線の下は樹木が刈られているため、鉄塔の脇に立つと見通しが開けます。左手側を眺めると、最後に立ち寄る予定にしている法多山尊永寺の屋根が小さく見えていました(写真中央やや左寄り)。
一方、右手側には太平洋が見えていました。この日のコースで海が見られたのは、ここだけだったでしょうか。
送電線鉄塔の少し先のコブには、205m三角点がありました。(三角点の点名「百善歩道」の由来は不明。先程少し歩いた林道が「百善林道」なのと関連がありそうなのに、林道名の由来もネットでは判明しませんでした)
その後も頻繁に登り下りを続けながら、道は次第に登りが優勢になり、少しずつ高度を上げていきます。といっても標高は200m台のままなのですが、あまりに何度も登ったり下ったりするので、足にも相応の疲労感が生じて、もう少し高い所まで来ているような気分になります。ほぼ1本道のため、道標は再び全く見なくなりました。

しばらく歩くと、尾根が林道に分断されていて、一旦その林道に降りました(下ってきた階段道を振り返ったところ)。ここにもその道への案内はなく、ここまでは進路を自ら判断できる人向けの道だったことになります。
林道はほぼ横断するだけの形で、少し右に歩くとすぐに山道の続きがあり、そこには、この日初めて見る私製ではない公的な道標が立っていました。恐らく行政が登山道と認識しているのはここから先の区間なのでしょう。
林道から上がってすぐの所には、無線中継所がありました。地形図ではこの無線中継所のピークに265mの標高点が記入されていて、単純に見ると小笠山の三角点264.8mよりもわずかに高い値となりますが、標高点は小数点以下が四捨五入されているので、本当にここがこの日のコースの最高点に当たるのかは何とも言えません。

その後は、分岐点には行政が設置した道標が立って、しっかりと道案内をしてくれるようになりました。
小笠山の山頂直下まで来ると、山道が十字状に交差する分岐点がありました。
右に分かれるのは小笠神社への道です。神社は少し下った所にあるので寄りませんが、すぐ先に何かある模様。
少しだけ右に進んでみると、すぐの所に多聞天神社がありました。小笠神社と関係が深い神社のようです。
多聞天神社の手前には複数のベンチが置かれていました。多聞天神社は写真奥にあり、その前の斜面に刺された多数の破魔矢は、11月の矢矧祭(小笠神社に1300年以上前から続く伝統的な神事)で奉納されたものらしい。

分岐点に戻って山頂への道に入ると、わずかな登りで小笠山の山頂に着きました。
小笠山の山頂にあったものと言えば、この三角点と‥‥
私製の小さな標識だけ。さほど広いスペースはなく、樹林に囲まれて展望もない、とても地味な地点でした。
ところで、ここまで全く人に会わずに歩いて来たのに、山頂で過ごしたたった5分の間に、3組計4人の登山者が相次いで現れてビックリしていたら、このあと山頂を去ったが最後、またパタリと人と会わなくなりました。
袋井市と掛川市にまたがる小笠山ですが、ハイキングコースの整備は専ら掛川市が行っています。コースはどれも、小笠山の山頂付近で稜線上を歩く距離が短く(一番長くても腹摺峠の手前までしか行かない)、恐らくこの日会った方々も掛川市側からの登山者だったので、私とのコースの接点が山頂付近に限られたのだと思います。
一方の私は、袋井市側から登って袋井市側に下りるまで、稜線上のかなり長い距離を歩いたのですが、掛川市が整備したコースと重なる小笠山付近を除くと大半の区間は未整備だったので、歩く人も当然少ないのでしょう。

小笠山の山頂を後にすると、その後は斜面を横切るように付けられた道を進みます。山襞に沿って蛇行しながら進む道は、距離こそ長いものの、アップダウンが比較的穏やかなので、しばらくは珍しく楽に歩けました。
途中に、深く切れ落ちた鞍部を橋で渡る箇所があって‥‥
見通しが開けた橋の上から、富士山を眺められました。手前には、先月登ったばかりの千葉山も見えています。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。
あちこちに分岐点がありますが、このあたりは整備された区間だけに道案内もしっかりしていました。
ただ、道は次第にアップダウンを繰り返すようになります。
下っては登り、また下ってはまた登る、というのが矢継ぎ早に連なって、平坦な区間がほとんどありません。
1度に大きく登り返すことのないのが救いではあるものの、勾配はそれなりにあって、木段が続くような少々苦しい登りも随所に現れます。すでに10km近く歩いてきた足には、結構きつくなってきました。

そんな中、「東経138゚展望台」への分岐が現れました。そこで展望を楽しみつつ、少し足を休めていきましょう。
分岐点からわずかな距離で「東経138゚展望台」に到着すると、北側の景色が大きく開けていました。
まずは、見えていた左半分の北西側の展望です。八高山と大尾山の間には、南アルプス・聖岳の雪をまとった山肌もちらっと見えていたのですが、頂上はあいにく雲の中でした。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
続いて、部分的には前の写真とも重複しますが、右半分の北東側です。このさらに右側に少し離れたあたりには、天城山をはじめとする伊豆半島の山々が、ぼんやりと霞んで見えていました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
富士山をアップで。今年はまだ雪が少なくて、青空とのコントラストが今ひとつでした。手前左は千葉山です。

その後、小笠山トンネルの真上あたりで、下の車道へ下る道を左に見送ります。
整備されたハイキングコースはこの分岐点までだったようですが、その後も道標に関しては要所に私製のものが現れて、法多山尊永寺まで道案内をしてくれました(恐らくその先もエコパまで案内が続いたことでしょう)。
しかしその先も、道が少し細くなっただけで、アップダウンの多さは相変わらずでした。
1度大きく下って、鞍部の腹摺峠を通過します。

腹摺峠の先には、補助ロープが下がるほどの急斜面の直登が待っていました。しかもこれが結構長い! 疲れが増してきたコースの終盤になるほど、登り返しがきつくなるって、一体どうなのよ。
さらに進むと、稜線の右側が大きく切れ落ちたエリアに突入します。
しばらくの間、道の右側には垂直な崖が続きます。決して崖っぷちを歩く訳ではないので、特段の危険はないけれど、整備された区間ではないだけに転落防止などの安全策は何も講じられておらず、油断は禁物でした。
三ツ峰の手前になると、再び補助ロープの下がる急坂が現れて、喘ぎながら登ります。

急坂を登り詰めると、三ツ峰への分岐点があって、そこから三ツ峰まではほんの僅かな距離でした。
三ツ峰も樹木に囲まれて展望のない地味なピークで、あったのは三角点と私製の山名標だけです。決して広くはないものの、少し開けた明るい場所なので、居心地は悪くありませんでした。
小笠山を出て以降、全く人を見なくなっていて、どうせ誰も来ないだろうと、三角点に座って足を休めました。

三ツ峰の先も、崖っぷちの道は続きます(結構危険に見えますが、実際に歩いた道は写真の左端あたりです)。
時折右側が開けると、エコパスタジアムがもう間近でした。一般の人が、今回登った「小笠山」という名前に少しでも馴染みがあるとしたら、スタジアムのある場所の名前が「小笠山総合運動公園」だからでしょうね。
ここまで下って来ても道のアップダウンはなお健在で、楽に歩ける箇所がなく、これには最後まで苦しめられました。また、この終盤は道が一部でかなり細くなり、通る際の足さばきに多少の注意を払う必要もありました。
そして、もう誰とも会うことはないと確信していたら、久々にすれ違う人が現れて、しかもそれが私より年配とおぼしきご婦人の単独行だったのが意外すぎました。何も荷物を持たず軽装だったので、地元の方でしょうか。

ようやく、法多山尊永寺への分岐点まで来たようです。何故かここには法多山への道案内はなく、私製の道標も直進方向をエコパと案内しているだけですが、それを無視して、送電線鉄塔が見えてきた左側に進みます。
するとすぐに、少し開けた場所に出て、そこには尊永寺の奥の院がありました。
尊永寺の奥の院です。
眼下にはもう尊永寺の本堂などの屋根が見えています。しかも境内が相当に賑わっているらしく、喧噪がここまで響いてきて結構騒々しい様子。三が日を過ぎて、人出も少しは落ち着いているものと期待していたのですが。

奥の院と尊永寺境内の間は、どんな道があるのか情報不足で分からず不安だった区間です。距離が短いので、最悪道がなくてもどうにでもできそうでしたが、行ってみると、木段が組まれたしっかりした道がありました。
境内が見えてくると、やはり多数の参拝者で騒然とした雰囲気です。あとで分かりますが、下の広場で大道芸のパフォーマンスが実演中で、拡声器を使ったトークが行われていたことも、喧噪に拍車をかけていたようです。
途中までしっかりしていた道は、なぜか境内の目前でプツンと途切れ、そこから踏み跡レベルの道に変わって、最後はこんな石垣の脇を下る形に。振り返っても、今通ってきたばかりの道の所在は不明瞭でした。恐らく、一般の参拝者が次々と奥の院を目指すような状況は好ましくないと判断されているに違いなく、敢えて道の入口を分かりにくくしたものと思われます。そこを登山者が歩くことも、仕方なく容認されているだけなのでしょう。
下ったきたのは、境内がこのように見える地点でした。
騒々しい割に、本堂の前の列はごく短いものだったので、意外にも参拝はスムーズにできています。
その後は、人混みの中で境内を巡る気にもならず、参拝順路に従って出口へ直行して、仁王門をくぐってしまいます(写真は仁王門を振り返ったところ)。これほどの人出になることを、後になって知ったのが失敗でした。
山門の先には、たくさんの屋台が並んでいました。これだけ充実した数の屋台を見るのも久しぶりです。
さて、近くには法多山バス停があって、袋井駅へのバス路線が運行されています。ただ、午後は2時間に1本しかなく、それでも時間が合えば利用するつもりでいたところ、困ったことに1時間以上も待つようなタイミングです。20~30分なら、適当な店に入って軽く食事でもしていれば過ごせそうですが、さすがに1時間以上となると大いに持て余すので、そのまま愛野駅まで歩いてしまうことにしました。

ということで、法多山バス停前のT字路をバス停とは反対側に曲がって、北へ向かう道路に入ります。
しばらくすると、右手にエコパスタジアムの駐車場が現れます。このまま道路を進むより、スタジアムがある運動公園内を通るほうが近道だということは、事前に調べてありました。
駐車場の奥から運動公園内の遊歩道に入れば、もうスタジアムは目前です。
スタジアムが見えてきました。さすが5万人収容だけあってデカイ!
スタジアムの周囲を3分の1周ほどして、正面ゲート側へ向かいます。
エコパスタジアムを正面側から振り返ります。私はサッカー観戦も好きなので、清水エスパルスやジュビロ磐田がホームゲームを開催しているこのスタジアムは前々から知っていて、何度か代表戦も行われたお馴染みの会場に来たという感慨めいたものすら伴っていますが、一般の人にとっての認知度ってどんなものなんでしょうね?

エコパスタジアムまで来れば、愛野駅まで歩いて10分ほど。途中には動く歩道になっている区間もありました。
愛野駅への最後の直線道路です。大規模スタジアムへのアクセスルートとあって、歩道の広いことといったら。
愛野駅に到着しました。が、南口には手頃な飲食店が見つからず、少し手前に1軒だけあったコンビニにもイートインがなくて仕方なく買い物だけしたら、駅は駅で駅舎内には座って過ごせるスペースはなくホームに出ても当然のように待合室なんてなくて、吹きっさらしのベンチでパクつく羽目に。昼食を取らずに空腹のままここまで来てしまったことを少し後悔させられました。腹ごしらえだけは法多山の門前で済ませておくべきだったか。

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千葉山 [静岡]

2017/12/09(土)

■第367回 : 千葉山(496m)


今回の行先は、静岡県西部にある千葉山。急流で知られる大井川が山間部を抜けて平野部に差し掛かり、広い河原を持つようになったあたりで、左岸(東側)に現れる低山です。

標高が低いうえ、山頂が地味な地点で展望も全くなく、山そのものの魅力にはやや乏しいのですが、平安時代から山岳寺院として栄えた智満寺や、参詣者に古くから歩かれてきた尾川丁仏参道、数千本ものドウダンツツジが群生する“どうだん原”など、ハイキングコースの途中には多くの見所が存在して、楽しく歩いてきました。

(往路)
古淵 05:15-05:19 町田 05:33-05:55 本厚木
本厚木 05:59-06:36 小田原 06:45-07:22 三島
三島 07:29-08:30 静岡 08:32-08:58 島田
島田 09:20-09:35 尾川

(登山行程)
尾川バス停   09:40
亀石      10:35
智満寺     10:50-11:00
千葉山     11:20-11:30
どうだん原   11:55-12:00
柏原      12:45
赤松地蔵尊   13:00-13:20
北中学校バス停 13:30

(復路)
北中学校 13:40-13:55 島田 14:04-15:51 熱海
熱海 16:06-16:28 小田原 17:00-17:53 相模大野
相模大野 18:08-18:23 南警察署前


大きなマップで見る

JR東海道線の普通列車を3本乗り継ぎ、島田駅で降りたら、島田市のコミュニティバスに乗り換えます。
駅前には栄西禅師の銅像が立っていました。お隣にある掛川市の粟ヶ岳に像が立っていたことで初めて知ったこの人は、平安時代にお茶の普及に大きな役割を果たした人で、日本の茶祖として崇められているようですね。
コミュニティバスに乗ること約15分、尾川で降りると、バス停の背後にハイキングコースが見えていました。
バス停(写真右端)からほんの数秒のハイキングコース入口は、標識や案内図もあって分かりやすかったです。
ちなみにこのコースは、最初に目指す智満寺への参道として古くから歩かれていたもので、江戸時代に1町ごとに立てられた丁石と石仏(観音像)が今も残っていることから「尾川丁仏参道」と呼ばれています。

ハイキングコースに入ると、すぐに山道に変わり、道端には丁石と石仏が対で現れるようになりました。西国三十三番の札所を模したこれらの石仏に、昔の人は現れるたび参拝をして通ったという、祈りの道の始まりです。
途中には深々と抉られた場所も。この道が、昔からどれほど盛んに歩かれてきたかを物語っているようです。
丁石と石仏は、実際の1町(約109m)よりは間隔が長いものの、それでも計33箇所で現れるので、かなり頻繁に目にすることになります。今も信仰の篤い人がお世話をしているのか、すべての石仏には赤い前掛けや帽子などが備えられていました。こちらは3番目に現れた、「三町目」と彫られた丁石と石仏です。
分岐点には道標が設置されていて、道案内は万全でした。
道は大半の箇所で尾根上のアップダウンを避けるようにして、東西どちらかの斜面に付けられています。このため傾斜が緩やかに抑えられ、登り返しも少なくて楽に歩けますし、整備も行き届いていて歩きやすい道でした。

二十丁目の石仏は、ちょっとしたお堂の中に安置されていて、その前にはベンチが置かれていました。
二十丁目は、丁石もひときわ大きくて立派なものでした。
これ以降はしばしば、茶畑が広がる、お茶どころらしい風景の中を進むようになります。
二十丁目のところで、茶畑の間を通る農道に出ていて、その後しばらくは農道を歩かされました。

農道は、一旦大きく下ったのち登り返していき、道標に従ってこの地点から再び山道に入ります。
今度の山道はあまり長くは続かず、ほどなく道路との合流点が見えてくると、その手前に亀石がありました。
こちらがその亀石で、解説板も設置されていましたが、名前の由来については今ひとつ分かりませんでした。
亀石のすぐ先で車道に出たら、智満寺までは車道歩きになりました。

智満寺に着いたら、まずは長い石段を登ります。かなり傾斜がキツくて、ひと息には登り切れません。
途中で左に折れた石段をさらに登ると、上のほうに仁王門が見えてきました。
仁王門は、慶長年間に徳川家康によって造営されたとあって、堂々とした構えをしています。
門の左右では、金剛力士像が睨みを利かせていました。
境内に上がると、正面に茅葺き屋根の本堂が現れました。安土桃山時代の建築で、国指定重要文化財です。
立派な杉の木に囲まれた境内には、威厳に満ちた本堂をはじめいくつかの堂宇が配置されていて、とても厳かな雰囲気が漂います。
石段を上がって最後にくぐった中門も、振り返ると屋根は茅葺きでした。
智満寺境内の紅葉は、すっかり見頃を過ぎてしまっていたようです。

境内をひと通り見て回ったら、さらに上の千葉山を目指しますが、困ったことに山頂への道案内がどこにも見当たりません。上の写真の鳥居をくぐって石段を少し登ると薬師堂があり、その脇から登るのが一般的だったようですが、下からはその道が見えなかったのです。良く分からないまま本堂の裏手に回ると、権現堂の脇を登っていく道があったので、そこを進んでみることにしました。
するとすぐに薬師堂からの道と合わさったので、上を目指しさえすれば、どちらを辿っても良かったようです。
間もなく日吉神社の前を過ぎると、次第に傾斜がキツくなっていきます。
鳥居をくぐります。このあたりは智満寺までの歩きやすい参道とは趣が全く違って、もう完全な登山道でした。
階段状の道が続き、登るにつれて段差は大きくなる一方。この日のコースで唯一、登るのが苦しい区間でした。

千葉山の頂上に到着しました。
通り過ぎた頂上を反対側が見たところです。この通り鬱蒼とした樹木に囲まれて、展望は全くありません。
頂上の標識は、最初に設置された時点のもので十分だったはず。後から付け足された何枚かの私製標識が、見苦しいばかりに感じるのは私だけではないでしょう。自分本位で身勝手そうな設置者の感性が大いに疑われます。
頂上から一段下がった場所に、智満寺の奥之院がありました。狭くて腰掛ける物もなく、落ち着かない雰囲気の頂上よりも、ここのほうが居心地が良かったので、建物横の縁側状の場所に腰を下ろして少し休んでいきます。
千葉山の頂上一帯には樹齢800~1200年の杉の巨木が点在していて、そのうち10本が「智満寺の十本スギ」として国の天然記念物に指定されています。何本かは現在までに枯死・倒木となり、現存は7本になってしまったようですが、その中では、この大杉が最大の幹囲を持つものらしい。
こちらは雷杉です。樹形が雷神の怒りの形相に似ているのが名前の由来とか。

千葉山の頂上を後にしたら、まずは「ペンションどうだん」へ下ります。この区間、道標による案内があるので一応は整備されているようですが、道が細くなったり、少し足場の悪い箇所があったりして、ここ以外の区間と同じように気楽に通れるほど歩きやすくはなかったので、ハイキング気分の人だと注意が必要かもしれません。
「展望地」の案内があったので、少し遠回りして寄ってみると、南側が開けた場所に東屋が建っていました。
開けていたのが南側なので、展望の主役は海でした。
西側には少しだけ山並みが見えています。あまり来たことがなく馴染みのないエリアなので、どうせ知らない山だろうと思ったら、なんと左端の山頂には見覚えのある「茶文字」が。今年5月に登った粟ヶ岳ではないですか!
粟ヶ岳山頂の「茶文字」をアップにしてみました。この時期だと遠くからでもハッキリ見えますね。

展望地から軽く下ったところに、「スカイペンション どうだん」が建っていました。
ペンションの前では南側が大きく開けていて、遠州灘を一望する爽快な眺めを楽しめました。手前にあった展望地なんかよりも、ここのほうがよっぽど眺めが良かった気がします(山はほとんど見られなかったけれど)。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真は こちら です。
「スカイペンションどうだん」の前で、智満寺から山頂を経ずに下ってきたハイキングコースと合わさったので、その後は再び歩きやすい道に変わります。
この道は「千葉山ハイキングコース」であると同時に、先程まで登っていた「尾川丁仏参道」と同様に智満寺への参道として古くから歩かれていた「伊太丁仏参道」でもあり、ここでもしばしばお地蔵様を見掛けました。

ペンションから10分ほどで、「どうだん原」の標識がお出迎え。広い「どうだん原」の一角に入ったようです。
8千本ものドウダンツツジが群生する「どうだん原」は、春の花期のほか、秋には紅葉が見事なことで知られています。12月も半ばに差し掛かり、すでに見頃は過ぎていましたが、幸いにもその名残を少し楽しめました。
広場ではグループがランチタイムを満喫中でした。近くにはトイレもあり、休憩場所として申し分ないですね。
一方、小さなピークにあるベンチは空いていたので、腰を下ろして少し足を休めていきます。
こんな時期でもそれなりに楽しめたので、見頃になるとそれは素晴らしい景色が広がっているのでしょう。この場所には、最盛期に合わせてまた訪れてみたいと思いました。
陽当たりの良い、暖かそうな場所を探すと、まだまだ美しい色彩のものも楽しめて、ちょっと嬉しい気持ちに。
でも全部がこの色に染まったら、さぞかし見事だろうと思うと、もっと早く来ていればと少し悔やまれました。
「どうだん原」からも粟ヶ岳を眺めることができました。「茶文字」が少し大きく見えるようになっています。

「どうだん原」を過ぎるとすぐ分岐点に出て、ここまで同じ道を共有していた「千葉山ハイキングコース」と「伊太丁仏参道」が分かれます。北中学校バス停へ向かうのは前者なので、私はここを右に進むことに。でも、やはり古くからの道であり、今では伊太和里の湯(田代温泉)への道ともなった「伊太丁仏参道」のほうが良く歩かれているようで、「千葉山ハイキングコース」に入ると少し道が細くなり、お地蔵様も見掛けなくなりました。
少々道が細くなったとはいえ、整備状況に問題はなく、歩きやすさは変わりません。「どうだん原」ですでに標高が300mほどしかなかったので、少しずつ高度を落としていくような、穏やかな道が当面は続きます。
そして終盤になると、そんな下りよりも柏原への登り返しが主体になります。普段なら疲労が蓄積してからの登り返しは少々苦しく感じるところですが、この日は登ってきた山が低かったので、まだまだ余力は十分でした。
しばらく見通しのきかない道が続き、かなり柏原が近付いた頃に右手側が開けると、いつしか大井川がすぐそばまで迫っていました(粟ヶ岳にも随分近付きました)。柏原からは、この大井川へ向けて下ることになります。
その後、珍しく左手側が開けると、富士山が遠くに眺められました。この日のコースで富士山を見られるのは、ここだけだったかもしれません(振り返るようにして見る方向なので、見落としもあったかもしれませんが)。

終盤は、登り下りをダラダラと繰り返す道が少々長ったらしく感じたりもしたものの、ようやく最後のピークとなる柏原に到着しました。さほど広くはありませんが、開放的で気持ちの良い場所です。
柏原は、この日のコースで唯一の三角点ピークでした。
柏原では、大井川の対岸に牧ノ原台地を一望できました。
再三登場している粟ヶ岳もいよいよ間近に迫って、角度的にも「茶文字」が見やすくなってきました。

柏原からは、すぐ下に見えている大井川へ下るだけ。送電線巡視路のようなプラスチック杭の階段を降ります。
途中で第2東名のすぐ近くを通るので、騒音のうるさいことといったらありません。
山道を下り終えて、この階段から道路に降りると‥‥
道路の向かいに赤松地蔵尊がありました。こぢんまりとしているものの、静かで落ち着いた雰囲気の場所です。
このあとは、ほぼバス道路を歩くだけですから、もう不測のトラブル等を心配する必要もありません。バスは40分後で時間には余裕があり、朝に駅前で調達したおにぎりを食べながら、地蔵尊の前で時間調整していきます。
赤松地蔵尊前の広場から、大井川越しに粟ヶ岳を眺めました。もう歩いて行かれそうな近さで見えています。
粟ヶ岳の「茶文字」を再びアップで。千葉山頂直下の展望地から見た最初の姿より、格段に大きくなりました。

短い階段を下り始めると、すぐに下を通るバス道路が見えてきました。
最後はこの階段からバス道路に降りてきました。こちらから登るには、「赤松地蔵尊」の標柱と、その奥にある「千葉山ハイキングコース」と書かれた赤い矢印が目印になります。
北中学校バス停で、島田駅行きのコミュニティバスを待ちます。バスはダイヤ通りにやって来て、駅まで遅れずに走ってくれたので、タイトな乗り継ぎの始発電車に間に合い、ゆったり座れて最速で帰ることができました。

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