So-net無料ブログ作成

御在所岳 [関西]

2017/06/03(土)

■第354回 : 御在所岳(1212m)


この日の行先は、三重と滋賀の県境をなす鈴鹿山脈の盟主、御在所岳。花崗岩が露出する荒々しい山肌が、標高が低いながらもアルペン的雰囲気を存分に醸し出して、登山者を魅了している山です。
頂上ではほぼ360度の展望が得られ、観光地でもある湯の山温泉からロープウェイを利用することで、労せずしてその大展望を楽しめることから、多くの観光客も訪れています。
今回は、険しい岩場でちょっとしたスリルを味わいながら、様々な巨岩が現れて目を楽しませてくれる中道コースを登り、沢沿いの裏道コースを下る形で、周回コースを組んで歩いてきました。

(往路)
古淵 05:15-05:41 新横浜 06:00-07:24 名古屋
名鉄バスセンター 07:55-09:02 三交湯の山温泉

(登山行程)
三交湯の山温泉バス停 09:05
中登山道口      09:45
山上公園       11:50
御在所岳       12:05-12:25
山上公園       12:35
国見峠        12:50
藤内小屋       13:30-13:40
湯の山温泉駅     14:20-14:30 (御在所ロープウエイ)
三交湯の山温泉バス停 14:35

(復路)
三交湯の山温泉 14:45-14:52 湯の山温泉 14:59-15:25 近鉄四日市
近鉄四日市 15:28-16:03 近鉄名古屋 → 名古屋 16:26-17:51 新横浜
新横浜 17:58-18:23 古淵


大きなマップで見る

今回は、新幹線を名古屋で下車したのち、珍しく高速バスを利用するため、名鉄バスセンターに移動しました。
名古屋と湯の山温泉を結ぶこの路線、高速道を経由することから一応は高速バスに分類されているものの、高速道を走っている時間なんて30分あるかどうか、目的地までも約1時間で到着してしまう短距離路線です。
それゆえか、事前の予約制度がなく、運賃も現金のほか交通系ICカードで支払えたりと、使い勝手は路線バスと全く同じ。鉄道と路線バスを乗り継ぐより200円ほど割高なのですが、観光バス仕様の車両で乗り心地が良さそうなので、快適性を重視して往路では敢えてこちらを選びました。(なお乗車時に、御在所ロープウェイや日帰り入浴などの割引券をもらえるため、それらを上手く利用すると、その割高分をあらかたチャラにできるようです)
バスセンターからの乗客数は20~30人といったところで、席にはまだまだ余裕がありました。その中で、乗り場に2番目に並んで待っていたので、最前列に座って前方の景色を楽しみながら移動できています。
バスは定刻で三交湯の山温泉バス停に到着しました。ここから時計回りの周回コースで御在所岳を巡ります。

はじめは、旅館や土産物屋などが点在する温泉街の中を進みます。
温泉街の外れまで来たところで、大石公園の公衆トイレを利用しました。
その後は沿道の建物も減って、やや単調な車道歩きに。しかも結構な坂道で、ここでひと汗かかされました。
ここでようやく舗装道路から離れて、山道を歩けるようになります。
鈴鹿スカイラインの下をくぐって、その先に見えてきた鉄階段を登ったところが‥‥
御在所岳・中道の登山口でした。近くに駐車場があるので、ここから人が増えた感じです。

登山道は、序盤から花崗岩が露出した荒々しい斜面をグイグイと登っていきます。手を添えて登るような箇所も結構あって、雰囲気は多分にフィールド・アスレチック的です。
時にはアクロバット的な動作を要求されたりしますが、楽しく登れるのであまり苦にはなりません。ただ、度々の大きな腿上げで筋力が酷使される感じがあって、疲れを溜めないよう意識的にペースを抑えて登りました。
御在所岳の頂上はまだ遙か上に見えます。頂上の真下に写っている白い鉄塔状のものは、ロープウェイの支柱。
たまに、土の上を歩ける穏やかな雰囲気の区間が現れるとホッとします。
ほどなく、ロープウェイの索道の直下を通る地点に出ると、下界の方向が開けました。写真では分かりにくいですが、市街地の先には伊勢湾が見えてきています。
登るにつれて、登山道の周囲には巨岩が増えていきます。珍しい形をしたいくつかのものには名前が付いていたりして、アトラクション的な感覚を味わうことができ、視覚的にも楽しめる登山道でした。

名前が付いている最初の巨岩は、4合目への到着とともに現れました。
それがこの「おばれ岩」。「負ばれ岩」とも書き、巨岩同士で「おんぶ」している様子から名付けられたとか。
登山道ももちろん、岩道を歩く区間がほとんどになっています。
5合目まで来ても、御在所岳の頂上はまだまだずっと高い所に見えていました。
5合目でも下界の展望が開けていました。この写真なら、伊勢湾が見えている様子が伝わるでしょうか。
続いて現れたのがこの「地蔵岩」。近くから見ているうちは、あまり大きな驚きはなかったのですが‥‥
少し登った所から見下ろしてビックリ、まさか、こんな具合になっていたとは。自然の成り行きでこうなっていることがまず不思議ですし、よくもまぁ、こんな状態でバランスが保たれているものです。
この、いかにも岩山という風貌の頂上に、少しずつ近付いていることで、ますます気分が盛り上がります。

さて、難所とされる「キレット」までやって来ました。この先に、少し険しい岩場の下りが控えているのです。
下り口まで来てみたら、なんだか渋滞していて、一向に先に進まなくなりました。
てっきり狭い岩場ですれ違いに時間がかかっているのかと思ったら、単になかなか下れないグループがいるだけではないですか。風が強かったので、開けた場所で立ち止まっていると身体が冷えてしまい、みんなで「寒い寒い」と言いながら、そのグループが下り終えるのを待っている状況でした(立ち往生は10分くらい続いたかと)。
そのグループさえ下れてしまえば、後続の人たちは割とスムーズに通過して、すぐに自分の番になります。実際に下ってみたら、クサリを使う必要も、斜面側に向き直る必要もなくて、特に難しくは感じなかったのですが、足場がいくらか離れている箇所があったので、身長が低い女性の方などには少し不利だったのかもしれません。

大岩の間を縫うような道を、ひたすら登り続けます。
7合目は「カモシカ広場」でした。1日を通して、カモシカには会えなかったけれど。
登山道はずっとこんな感じ。楽しんで登れてはいますが、これだけ続くと足が重くなってきました。

8合目は「岩峰」です。
いくつもの大岩が折り重なるようにして、岩峰を形成していました。
岩峰は右に巻いて進みますが、その際に下がスッパリと切れ落ちた、高度感のある岩のテラスを通過します。ここはクサリを伝うことで、危険を感じない程度にスリルだけを味わいながら歩けるようになっていました。
  ※少し先にも同様のテラスが見えていて、下の写真にマウスを乗せるとその場所を黄色い円で示します。
上の写真で少し先に見えているテラスです。そこは広さがそこそこあって、上に立ってもあまり怖くなさそう。
先のほうのテラスに着いて、通過してきた手前のテラスを振り返りました。
  ※手前のテラスは、2つの狭いテラスが連続していて、下の写真にマウスを乗せると通過経路を示します。

その先も、少しきつい登りがしばらく続いたのち、割と唐突に遊歩道に出ました。
このあたりはもう山上公園の一角で、ロープウェイで登ってきたらしい観光客も加わって、一気に人が多くなります。遊歩道を進んでいくと、ほどなく前方に頂上付近が見えてきました。
山上公園内では一旦少し下ることになって、鞍部にあるレストラン「アゼリア」などの前を通っていきます。
レストランの前を過ぎると再び登りに変わって、最後はスキー場のゲレンデを登っていきます。
ゲレンデを登る途中で振り返った景色です。見えているピークには登っていませんが、そこにロープウェイの山上公園駅があって、そこからさらに観光客向けのリフトが、今まさに目指している頂上まで運行されています。

御在所岳の三角点ピークに到着しました。ひときわ目立つ三角点の標識前は、写真の順番を待つ人でいっぱい。
時間的には前後しますが、ほかの人が入らない三角点標識の写真を撮れたのは、最高点を往復した後でした。
ところでこの標識、記載内容には問題があります。三角点の標高は1209.41mなのに、標識には最高点の標高らしい1211.95mが書かれているのです。これが単に御在所岳の頂上を示す標識ならば、すぐ近くにある最高点の標高を書きたくなる気持ちもまだ理解できますが(個人的にはそれも間違いだと思いますが)、「三角点の標識」である以上、三角点自体の標高を書くべきではないでしょうか(別の地点の標高を三角点の標高にすり替える理由が分かりません)。しかも北緯・東経の値も国土地理院の観測値と全然違っていて、もういろいろと意味不明。
先に書いてしまいましたが、御在所岳の最高点はこの三角点ピークではなく、少し奥に見えているもうひとつのピークで、三角点ピークからはほんの1~2分で歩ける距離にあります。

というわけで、きっちり最高点ピークにも訪れておきました。
これこそ、1212mを正当に名乗る権利があるのに、三角点標識に遠慮してか標高には触れず謙虚な標識でした。
最高点ピークから、三角点ピークと、ロープウェイの駅があるピークなど、山上公園一帯を振り返りました。
最高点では、ほぼ360度の大展望を楽しめて、「望湖台」という名の通り琵琶湖を望むこともできました。なお、ここは一般に「望湖台」と紹介されているだけで、最高点であることは積極的には案内されていないようです。

まず最初の展望写真は、伊勢湾を見下ろす東南側。先程までいた三角点ピークなども見えています。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
次いで、琵琶湖や雨乞岳などを見渡せた西側の展望です。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
そして北側には、鈴鹿山脈北部の代表格である御池岳や藤原岳が見えていました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。

最高点から山上公園内を引き返して、下山はここから裏道コースに入ります。
裏道コースを下り始めて10分ほど、十字路になっている国見峠を右折すると、そこから下りが本格化します。
裏道コースも、岩が露出した道をグイグイと下る具合です。中道のような険しさはなく、アクロバット的な動きを要求される箇所もありませんが、決して穏やかな下りではないので、楽には歩けません。
下ってきた岩道を振り返りました。足の置き場を慎重に選んで歩くような場所が随所にあって、得手不得手が分かれそうな道です。今回、中道の登りではペースを抑えたこともあって、後続の人に先を譲ることも多かったのですが、こういう下りには慣れているので、先行者を次々と抜かして快調に下って行きます。
ここで沢を横断すると、対岸にも同じような岩道がずっと続いていました。
グングン下ってしまったことと、道の様子にさほど大きな変化がなかったこともあって、あまり写真を撮らないうちに藤内小屋の前まで下ってきました。
藤内小屋は建物が何棟もあって、結構立派な小屋でした。神経を遣う岩道の下りをすっ飛ばしてきたことで、下りなのに大汗をかいていたので、小屋の前のベンチで少し休ませて頂きます。

藤内小屋を過ぎると、しばらくは林間の穏やかな道を歩くことができます。
このような木橋も何度か渡りました。
ほどなく、行く手に大きな砂防堰が現れて、道の続きが途絶えたようになります。ここは砂防堰の中を突破するのが正解なのですが、事前にヤマレコなどの記事から情報を得ていなかったら、果たして自力で解決策を見い出せたかどうか定かではありません。分かりにくいのに何の道案内もなかったので、ここは不親切だと思います。
砂防堰を通過すると、間もなく車道が現れて、少しの間その車道を進みます。
車道歩きは鈴鹿スカイラインまでで、そこから再び山道に入りますが、この直後にまた分かりにくい箇所がありました。先行者ともども分岐を見逃して、違う方向に進みかけてしまい、少々時間をロスしています。
その後は遊歩道風の穏やかな道に変わって、温泉街が近くに見下ろせる場所まで下ってきました。

バス停に向かう前に、ロープウェイの駅に寄り道しました。併設の土産物店(写真左側)が、この界隈で一番品揃えが充実していそうだったからです。でも結局、購入したのはド定番の「湯の山僧兵餅」だったのですが。
三交湯の山温泉バス停まで戻ってきました。帰路は、路線バスと鉄道を乗り継いで名古屋に向かいます。
湯の山温泉駅で近鉄線に乗り継ぎます。ローカル線らしいちょっと鄙びた雰囲気が、山歩きの余韻を残したままにしてくれて、旅の締めくくりには相応しく感じました(四日市で幹線に乗り換えるまでの間でしたけれど)。

タグ:関西
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:スポーツ

大台ヶ原 [関西]

2016/11/12(土)

■第338回 : 大台ヶ原(日出ヶ岳・1695m)


今回は関西に遠征して、吉野熊野国立公園の大台ヶ原に行って来ました。さすがに日帰りできる距離ではないので、この時期にしてようやく今年最初の、そして今年唯一になりそうな前日発の行程を組んで出掛けています。

先週に続き、この日も雲ひとつない快晴で、しかもそれが行動時間中ずっと続く絶好のハイキング日和。最高点・日出ヶ岳からの360度の大展望をはじめ、断崖絶壁の大蛇嵓からのスリリングな絶景や、立ち枯れた樹木が醸し出す荒涼とした風景といった大台ヶ原らしい風景の数々を、抜けるような青空の下で堪能できています。

(往路)
[前日] 長久保 15:15-15:21 古淵 15:36-16:02 新横浜
    新横浜 16:19-18:17 京都 18:46-19:24 大和西大寺
    大和西大寺 19:25-19:31 近鉄奈良(泊)
[当日] 近鉄奈良 06:34-06:40 大和西大寺 06:48-07:15 橿原神宮前
    橿原神宮前 07:27-08:18 大和上市 09:00-10:51 大台ヶ原

(登山行程)
大台ヶ原バス停 10:55-11:15
シオカラ谷吊橋 11:15
大蛇嵓     11:50-11:55
牛石ヶ原    12:05
尾鷲辻     12:15
正木ヶ原    12:25
正木嶺     12:45
日出ヶ岳    12:55-13:15
大台ヶ原バス停 13:45

(復路)
大台ヶ原 14:30-16:21(早着16:07) 大和上市 16:11-17:42 大阪阿部野橋
天王寺 17:50-18:12 大阪 18:15-18:19 新大阪
新大阪 18:30-20:44 新横浜 20:53-21:17 古淵


大きなマップで見る

今年はなにかとトラブルに見舞われ続きなのですが、今度はこれでした。京都駅で新幹線を降りたあと、奈良線のホームに移動して、乗る予定の電車を並んで待っていたら、なんと人身事故発生のアナウンスが‥‥。
初訪問の地で全く土地勘がなく、お手上げに近い状況だったのですが、駅の窓口に行くと分かりやすい案内が用意されていました。そしてそれを見ると幸いにも、京都-奈良間はJR線と近鉄線がほぼ並走しているではありませんか。だから迂回経路が分かりやすかったですし、時間のロスもほとんどなく済んで、事なきを得ています。
(左下は近鉄線で配られた振替乗車票。関東ではあまり見なくなっていて珍しかったので、一緒に写しました)

近鉄線に振り替えたので、近鉄奈良駅に到着して、ホテルも駅の目の前にありました。それなのに、翌日のJRのキップを奈良に到着してから手配する予定だったため、わざわざ少し離れたJR奈良駅まで歩いて来るハメに。せめて京都駅で機転を利かせて購入しておけば良かったのに、急なトラブルでそこまで気が回りませんでした。
金曜日はバタバタしましたが、時間のロスがなかったのが幸いして、当初の予定とあまり変わらない時間にホテルにチェックインでき、夜もゆっくりと眠れました。明けた土曜日は、目の前の近鉄奈良駅からスタートです。
近鉄線は色々な車両の寄せ集めでしたが、最初に乗った車両のシートはなかなか画期的でした。ロングシートが個別の椅子を繋げた形状をしていて、2脚ごとに肘掛けまで備えています。これなら、全員が1人分の幅を守って気持ち良く座れそう。ただ、その肘掛けに割いたスペースの影響ゆえか、7人掛けにはできていなかったけれど。

前置きが長くなりましたが、近鉄線の電車を3本乗り継ぎ、大台ヶ原への玄関口となる大和上市駅に到着です。
大台ヶ原行きのバスは1日2往復で、第1便は2台出されました。乗車時間は2時間近くに及びます。
大台ヶ原に到着しました(着いた時に写真を撮り忘れて、これは帰りの便を待つ間に撮ったものです)。
200台以上を収容できる大駐車場には、多くの車がほぼビッシリと停められていました。

高原状の大台ヶ原は、東西2つのエリアに分けられていて、今回歩くのは東大台をぐるっと1周するコース(西大台は利用調整地区に指定されているため、利用には事前申請が必要で、1日の利用者数も制限されています)。
反時計回りの場合、この入口から歩き始めます。標準コースタイムは約4時間で、その通りに歩くと帰りのバスは第2便になりますが、もしもそれに遅れると一大事なので、3時間半後の第1便に間に合わせるのが目標です。
最初は平坦に近い歩きやすい道です。ただ、穏やかに晴れているように見えますが、この時は冷たい北風がかなり強く吹いていて、山シャツの上にフリースとジャケットを重ねた真冬の格好で対応することになりました。
反時計回りにすると、まず最初に一番低い地点まで下ってしまうので、やがて下り坂が始まります。
次第に傾斜が増して、グングンと下るようになり、あっという間に150m以上を下ってしまいます。

シオカラ谷の流れまで下ったところで、この吊り橋で谷を渡ります。
割とガッシリとした造りの吊り橋で、あまり揺れませんでした。
吊り橋の上から見るシオカラ谷は、すっかり落葉していて寒々しい景色でした。

吊り橋を渡ると、すぐに登り返しが始まりました。傾斜は急で、段差の大きなところもあり、このコースで一番苦しいところです。多くの観光客はこの区間を避けるようにして易しいコースを選んでいるらしく、シオカラ谷の前後を歩いていたのは登山者くらいで、静かな雰囲気を味わえました。
途中で一旦は傾斜が緩んで、歩きやすい道になりますが‥‥。
ほどなく急な登りの再現となりました。確かにこんな道を観光客が歩くのは厳しいでしょうね。なお、風が強いエリアから抜けられたことと、道が登りに変わって身体が暖まってきたことで、ジャケットは不要になりました。
急登が収まるとほぼ平坦な道に変わって、ササに地面が覆われた美しい森を気持ち良く歩けるようになります。

すぐに大蛇嵓への分岐点に出ました。大蛇嵓を往復した後で歩く正面方向の道は、シオカラ谷を経由しないアップダウンの少ないコースで駐車場と結ばれているので、このあたりから観光客の姿が増えてきています。
分岐した道を緩やかに下っていくと、次第に露岩の上を進むようになり、道幅も狭くなって険しさが増していきます。そして最後にこの岩頭を越えたら、その先に大蛇嵓のスリリングな絶景が待っていたのでした。
細長くせり出した岩場は、両脇と前方が大きく切れ落ちていて、谷底までの標高差は1000mに達するとも。さらに、そんな深い渓谷を隔てて雄大な景色が視界いっぱいに広がっているさまが、もう圧巻でした。
高度感に加えて、風が強かったこともあり、少し足がすくみましたが、一応岩場の先端まで下りてみました。
こちらが大蛇嵓からの大パノラマ。西大台の山並みの先に、大峰山脈を一望です。その山容の険しさはこの距離からでも十分に窺うことができ、大峯奥駈道が修験の道であることを納得できる眺めでした。
  ※下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
そして右手の蒸籠嵓という絶壁にはクライマーの姿があり、かなり上まで登ってきているところでした(丸印)。

元の道に戻ると、間もなくササ原が広がる牛石ヶ原に出ました。
開放的でとても気持ちの良い場所です。しかも雲ひとつない青空の下でしたから、爽快感もひとしおでした。
牛石ヶ原の東端には休憩できるスペースがあって、多くの人たちが足を休めています。でも私は、帰りのバス(第1便)に余裕を持って間に合わせたかったので、日出ヶ岳までは休まずに歩いてしまうことにしました。
前の写真でも左端に写っていますが、牛石ヶ原には東征神話にちなんだ神武天皇像が立っていました。

牛石ヶ原を過ぎても、しばらくは同じような景色が続きます。
その後、林間の道に変わると、休憩舎の前を通過していきます(写真は振り返って撮ったもの)。
休憩舎が建っていたのは尾鷲辻。すぐ先に分岐点があって、駐車場からの歩きやすそうな道を合わせました。

尾鷲辻からは緩やかな登りが続いて、こんもりとした丘のようなピークに上がったところが正木ヶ原です。
正木ヶ原にはちょっとした木道があって、その先にさらに高い場所が見えていました。
見えていたのは、最高点の日出ヶ岳かと思ったらそうではなく、次に登る正木嶺だったようです。

正木ヶ原から鞍部に下ると、木段の登りが始まりました。この先は正木嶺を越えて日出ヶ岳まで、ほぼ全ての区間が木段か木道になっていて、木段の下を覗くと、深く抉れたかつての登山道が隠れているのが分かります。
大台ヶ原は駐車場から山頂を目指すだけなら、標高差がほんの100m少々しかなく、最も簡単に登れる百名山のひとつ。その手軽さゆえに登山道がオーバーユースになっていて、こうして保護するしかなかったのでしょうね。
木段を登っている途中、右手側には何箇所か展望デッキがありました。
そう、ここまで上がってくると、遠くに熊野灘が見渡せるのでした(少し霞んでいて分かりにくいですが)。
鞍部から続いている、トウヒという樹木が立ち枯れた白骨林も、大台ヶ原を象徴する景色です。1959年に伊勢湾台風が甚大な倒木被害をもたらした上に、近年は鹿の急増といった要因も加わって、現在の姿に至っているとか。

正木嶺はこの通り開けたピークで、ほぼ全方向に展望がありました。
が、展望は最高点の日出ヶ岳からのほうが一枚上だったので、写真は熊野灘を望んだ1枚だけにしておきます。
そして前方には、これまで正木嶺に隠されていた最高点の日出ヶ岳が、ようやく見えてきました。
日出ヶ岳はもう指呼の距離。頂上の展望台が良く見えますし、そこまでのアップダウンも大したことなさそう。

正木嶺から木段と木道を下って、日出ヶ岳との鞍部にある分岐点まで来れば、この日の行程ももう残りわずか。まずはここを直進して日出ヶ岳を往復したあとで、最後に左の道に入ってバス停がある駐車場へと戻ります。
日出ヶ岳への最後の登りが始まりました。ここからの高低差なんて大したことないと思っていたら、この区間の木段は大きな段差ばかりが続くので、途中で何度か足を止めて息を整えつつでないと登れません。急登の苦しさも手伝って、かなり暑くなってきたので、ここでフリースを脱いで山シャツ姿になりました。
とはいえ、そう長い登りではありませんので、頑張って登っているうちに山頂が近くなってきました。

大台ヶ原の最高点・日出ヶ岳に到着しました。さほど広くはない山頂ですが、人の数は思っていたよりずっと少なくて、何も不自由なことがなかったのが意外です。駐車場に停まっていたたくさんの車で繰り出してきた人たちは、今頃一体どこにどう散らばっているのだろう?
日陰になっていたため写りの悪い写真になってしまいましたが、山頂部のほぼ真ん中、展望台の階段のすぐ前に三角点があって、展望台の上を除けばそこが一番高かったようです。
展望台に登らなくても、素晴らしい眺めが広がっていましたが、かといって登らないわけにもいきませんよね。
ということで、360度の眺望が楽しめた展望台の上からのパノラマ写真を載せていきます。まずは西側の眺めで、大蛇嵓から見た時と同様に、大峰山脈の峰々がほぼ全部見渡せていたのではないかと思います。
  ※下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
次いで北側には台高山脈の峰々。こちらは私には馴染みが薄くて、あまりピンと来ない山名が多いのですけれど。
  ※下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
そして東側には、熊野灘が大きく広がっていました。条件が良ければ水平線の先に見えることがあるらしい富士山は、さすがに分かりませんでしたが、でも御嶽山らしい形の山が浮かんでいるのはしっかり見えていました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
このように、どの方角にもほとんど雲らしい雲がなく、遠くまでクリアに見渡せたのが嬉しかったですし、またこの時間になるとかなり暖かくもなってきて、いくらか風があった山頂での休憩中も含めて、このあと駐車場に帰るまでずっと山シャツ姿のままで快適に過ごせたのも良かったと思います。

展望を堪能して、日出ヶ岳を後にしたら、鞍部の分岐点に戻ります。正面のピークは先ほど登ってきた正木嶺。
分岐点から駐車場への道は、はじめのうちはそれなりの下り坂が続きましたが‥‥。
やがてほぼ平坦な道に変わると、以降は鼻歌を歌いながらでも歩けそうな道が駐車場までずっと続きました。

スタート地点まで戻ってきました。大駐車場では、相変わらず多くの車がひしめき合っています。
目論見通り、バスの出発時刻にかなりの余裕を持って戻ってこられたので、左側に写っている上北山村の物産店で、お土産などの買い物をする時間が取れました。
バス停に列ができはじめたので、ザックを置いて順番を確保します。復路の第1便も2台で運行され、このうちほとんどの人が乗れた1台目が、直通便として途中バス停での乗降をせずに走ってくれたため、大和上市駅には予定よりもかなり早く到着。当初の計画の1本前の電車に乗り継げて、30分ほど早く帰宅することができました。

タグ:関西
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:スポーツ

霊仙山 [関西]

2015/09/20(日)

■第309回 : 霊仙山(1094m)


約1年ぶりとなる久々の遠征は、東海道新幹線を利用した関西方面への日帰りで、鈴鹿山脈の最北端にある、滋賀県の霊仙山に登ってきました。
すぐ北側には日本百名山の伊吹山が東海道線の線路を挟んで対峙していて、2年前にその伊吹山に登った時から気になっていた山だったのです。

気になっていた最大の理由は、その独特の山容にあります。石灰岩からなる霊仙山は、頂上部にゆったりとしたカルスト台地が広がっていて、カレンフェルトやドリーネといったカルスト地形の中に登山道が伸びています。カルスト地形で有名なのは秋吉台などですが、それと同じこんな景観を、山の上で楽しんできました。

(往路)
古淵 05:15-05:41 新横浜 06:00-07:24 名古屋
名古屋 07:32-08:30 柏原

(登山行程)
柏原駅     08:35
二合目     09:40-09:45 (二本杉・旧一合目)
(標高940m付近) 11:00-11:15
八合目     11:20-11:30 (四丁横崖)
霊仙山(最高点) 12:10-12:25
汗フキ峠    13:30-13:35
登山口     13:50
養鱒場バス停  14:30

(復路)
養鱒場 15:03-15:16 醒ヶ井 15:38-16:04 大垣
大垣 16:11-16:43 名古屋 17:12-18:34 新横浜
新横浜 18:40-19:04 古淵 19:12-19:17 長久保


大きなマップで見る

JR東海道線が関ヶ原を越えたら、滋賀県内に入って最初の柏原駅で下車します。JR東海道線の中で最も乗降客数が少ないらしい駅で、同じ電車から降りたのは5人だけ。観光客も登山客も私だけのようです。
駅舎の上にそびえているのは、2年前に登った日本百名山の伊吹山です。
駅前の通りに出ると、中山道60番目の宿場町を案内する道標が立っていました。
柏原駅前の街並み。2階建の軒の低い家々が並んで、かつての宿場町らしい面影を今に伝えていました。
霊仙山へは、中山道を横切って一路南へ進みます。行く手に見えているのは霊仙山の手前の山並みで、霊仙山自体はそれらに遮られて、里から見ることは全くできないようです。

すぐに国道21号線を横断すると、その先に登山道を示す道標が立っていました。
やがて沿道から家並みが消えて、名神高速道路をくぐった先には、登山ポストが設置されていました。
はじめ舗装されていた林道は、養鶏場の先からダートに変わり、その後は建物を全く見なくなります。車が1台も通らないばかりか、前後をいくら見渡しても自分以外に人の姿もなく、静かすぎて心細いくらいでした。
林道は橋を渡ってさらに延びていきますが、その先はかなり荒れていて、車で入れそうなのは橋の手前まで。
ここまでで駐車車両を一切見なかったので、少なくともマイカー登山の人が私より前にいないのは確定です。
その後も林道の体裁をした道が少し続いたのち、ここで終点となりました。この先からは山道に変わります。

山道が始まるとすぐに一合目の道標が現れましたが、2013年版の登山地図によれば、一合目はまだずっと先のはず。どうやら比較的最近になって、合目の付け方が変えられている様子です。
引き続き沢沿いに付けられた山道は、間もなく沢の中を進むようになります。所々で道筋が不明瞭になって、本当にそのまま進んで良いのか迷うような箇所があったものの、結果的に沢から外れることはありませんでした。
しばらくの間、沢沿いに変わり映えのしない道が続きます。この日は風が涼しく吹いてくれて、概ね快適に過ごせたのですが、さすがに深い沢の奥まではその風も及ばず、ここを登っている間だけは汗びっしょりに。
それでも、沢の源頭部が近付いて伏流に変わり、いつしか水音が消えてあたりが静かになると、それまで鬱蒼としていた森の中もいくらか明るくなってきて、少し気分を変えてくれました。

尾根に乗り上げると、そこでは二本並んだ立派な杉が存在感を示していて、それがそのまま二本杉という地名になったようです。2013年版の登山地図ではここが一合目なのですが、この標識には二合目と書かれていました。
その一方で、二本杉のそばに立つ標識には一合目と書かれていました。きっと手前にあるのは新しい標識で、こちらが従来の標識なのでしょう。でも混在したままだと、もしもの遭難救助とかの時に混乱しないか心配です。
二本杉の先で尾根道に変わると、尾根上には涼しい風が吹いていて、快適に歩けるようになりました。ちょうどここが岐阜県と滋賀県の県境となっていて、標高900m付近まではこの県境尾根に沿って進むことになります。
尾根上は雑木林に変わり、それまで暗かった景色も一転して明るくなりました。緑のトンネルが心地良いです。

三合目を通過します。基本的に一本道なので迷うような分岐はなく、道標も適度な間隔で立っていたようです。
当面はずっと木立に囲まれた道が続いて、景色を楽しめる場所はほとんどなかったのですが、この先では珍しく左手側が開けていました。登山地図に「展望が良い」と書かれている地点に出たようです。
見えていたのは養老山地です(全く馴染みのないエリアなので、帰宅後に調べてやっと分かったのでしたが)。
※下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
展望地を過ぎたところに、三合目を示す旧標識が立っていました。「三」の字だけが薄くなっていたのは、新しい合目との混乱を防ぐために、意図的に消されたのかもしれませんね。
避難小屋がある四合目まで来ました。小屋といっても、これは建物ではなく、ただのコンテナですね。
避難小屋は登山地図に「使用不可」と書かれています。なるほど、入口の扉が外れているのが何よりも致命的ですし、内部もこんな感じで傷みが激しく、この中でさらにテントでも広げない限り、快適には過ごせなさそう。
四合目まではほぼ登りばかりでしたが、四合目が小ピークになっていたので、この先は一旦少し下ってからの登り返しとなります。そして、その後もしばしば小刻みなアップダウンが現れるようになって、柏原駅からの道は、単純な標高差分だけを登れば良いというわけではありませんでした。

やや草深くなった中を登っていくと、五合目の標識がありました。ずっと一本道には変わりませんが少し不明瞭になるため、登山道を示してくれる標識でもなければ、このあたりで若干の不安を覚えていたと思います。
六合目では、新旧の標識が示す合目が一致していました。
六合目のすぐ先で、ついに頂上部が姿を現しました。最高点ピークが見えていて、独特のカルスト地形が良く分かる眺めです。でも、この先では稜線から外れることが多くなり、またしばらく頂上を拝めなくなるのですが。
そして、登山道の周囲からも次第に高木が減って、所々で草地が現れたりするようになりました。
ここで、登山地図に赤破線で書かれた河内からのコースを合わせます。旧標識では、ここが七合目でした。
その後は、苔むした岩が織りなす、ちょっと雰囲気のある一帯を通過します。が、ここまで何の問題もなく気持ち良く登ってきていたのに、このあたりから急に体調がおかしくなり始めました。
新標識の七合目は、ママコ穴(継子穴)の近くにありました。ママコ穴らしきものは、登山道の少し上にある様子で、普段ならそこまで見に行ったはずですが、気分が悪くなりかけていたことで、スルーしてしまいました。
三角点峰の谷山(992m)へ続く尾根を乗り越す地点に立つと、再び頂上付近が見えてきました。今度は結構近くに感じられて、避難小屋が建っていることから、頂上手前の1017mピークが見えているようです。
そしてここまで、人の気配を一切感じないまま来ていましたが、ここで登山道の先のほうから熊鈴の音が聞こえてきて、やっと自分以外の登山者の存在を感じることができました。後で分かることですが、どうやら谷山谷コースを登ってきたパーティーが、すぐ先の八合目分岐点付近を歩いていたようなのです。
が、、、そんなことより、体調は悪くなる一方でした。ここにきて、ついに歩き続ける気分ではいられなくなり、間近に見えてきた頂上を前にして座り込んでしまうことになります。
腹部を強い不快感が支配していますが、時折ありがちな腹を下しているような兆候はなく、ひたすら気分が悪いだけ。これまでにあまり経験のない症状だけに、自分自身の体調でありながら、今後の展開が全く読めません。
それでも15分ほど休憩していると、少し楽になった気がしたので、行動を再開してみました。

しかし、それからわずか5分歩いたかどうか、谷山谷コースを合わせる八合目(四丁横崖)に着いたら、再び気分の悪さから座り込んでしまう始末。どうやら、下りはどうにかなっても、登りになると苦しくなるようです。
もし復調が望めなければ、下山を考えるべきなのですが、スムーズに下りるには、山奥に入りすぎていました。
来た道を引き返すのは長丁場になりますし、いくつものアップダウンを逆行するので登り返しも少なくなく、決して楽には下れません。しかも、もう誰も通らないかもしれないと考えると、万が一の際に不安がよぎります。
ここから谷山谷コースを下る手もありますが、何も下調べをしていないコースで道の様子が全く分からない上、持ってきた地図の範囲から外れるため、どこに出られるのかも歩くべき距離も一切不明で、かなりの冒険です。
迷った末、このまま先に進んで、頂上へは向かわずに手前の経塚山から予定していた下山ルートに直行するのが、最も体力的な負担が軽いと判断しました。最終のバスでも良ければ、ゆっくり5時間かけて下ればOKです。
そう決めたら、少しずつでも歩ける時に先に進むほうが得策かもしれません。ここで10分ほど休んでいる間、さほど調子は変わらなかったものの、もう少し人がいる場所に行きたいという思いもあり、行動を再開しました。

八合目の先に最も傾斜のキツイ登りがありましたが、ゆっくり登って避難小屋の前に到着です。ここで初めて人に会ったほか、前方にも何人かの登山者の姿を確認できました。左前方に写っているのは当面の目標に変わった経塚山で、とりあえずそこまで登らないことには下山コースに入れないので、もう少し頑張ります。
普段なら、小屋の中の様子を確かめたところですが、余計なことをする余裕はなかったようで、スルーしています。避難小屋の小ピークで標高は1000mを超え、広く開けたカルスト台地に入って展望も素晴らしかったです。
進行方向の景色も爽快でした。右手が今から向かう経塚山で、左端は行かないつもりだった霊仙山の最高点。
カレンフェルトの中を、経塚山へと登ります(冒頭と同じ写真です)。期待通りの景色で、せっかく来たのだからと写真だけはきっちり撮っていますが、残念なことに景色を楽しんで歩いている余裕はありませんでした。
経塚山に到着しました。ここが九合目となっていて、もう霊仙山の頂上がすぐお隣という様子で見えています。
振り返った先では、2年前に登った伊吹山が、百名山らしい貫禄のある姿を見せていました。
大人しくここから下山するつもりでしたが、いざ来てしまうと迷いが生じました。8合目付近で相次いで2回休んだあと、さらに150mほど登ったのに、気分は同じくらいの悪さのままで、さらに酷くはならなかったのです。
霊仙山最高点までの距離はほんの500mで、標高差も高々50mほど、これなら行ってしまえるのではないか、と。

さすかにここまで間近に迫ったものを、諦め難かったということもあり、最高点ピークと三角点ピークの両方を踏む予定だった当初の計画から、三角点ピークを割愛するだけにして、最高点ピークに向かうことにしました。
幸い、頂上部の地形はなだらかで、調子が出ない身体でもあまり辛い思いをせずに登ることができました。
頂上まであとわずか。ここを登り詰めれば最高点に到着です。

どうにか、霊仙山の最高点に着いてみると、360度の素晴らしい展望が広がっていました。それで相変わらずの気分の悪さが吹き飛んだりはしませんでしたが、写真を普段通りに撮るくらいの余裕は残っていたようです。
頂上部に出るまで、ほとんど人を見ずに登ってきたわけですが、この最高点ピークでは10人近い登山者が休んでいたほか、三角点ピークにも何人かの姿が確認できました。
霊仙山最高点からの、南側から西側にかけての展望です。南側には、最高峰の御池岳をはじめ鈴鹿山脈の核心部が眺められたほか、西側で広く湖水をたたえた琵琶湖の先には、その対岸の山々もうっすらと見えていました。
※下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
続いて北側の展望ですが、さすがにこの時期の日中ともなれば、遠くの白山や北アルプスなどを望むには難しく、近くで伊吹山が存在感を示しているにとどまりました。
※下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。

霊仙山からは、予定通り榑ヶ畑方面に下って、養鱒場バス停を目指します。これは経塚山を乗り越えて少し下ってから、経塚山を振り返ったところ。この先しばらくはカルスト台地の中を進みます。
お虎ヶ池の前を通ります。このあたりまで続いていたカルスト台地内では、緩やかな下りが主体で楽に歩くことができたからか、体調も少し持ち直してきた感じがありました。
写真ではちょっと分かりにくいのですが、進行方向には琵琶湖の大きな湖面が広がっていて、それを目指すようにして下っていくのがなかなか爽快な気分でした。
しかし、カルスト地形を抜けて樹林帯に入ってしまうと、一転して急な下りが続くようになります。赤土の地面にはウェットで滑りやすい箇所が時々現れるなど、足元には常に注意が必要で気が抜けませんした。
急な下りはいつまでも続いて、汗フキ峠までの区間がかなり長く感じました。約400mの標高差も構わずにグングンと下ったせいか、汗フキ峠に着いた時には再び汗をかかされていて、気分の悪さまで再発してしまいます。

汗フキ峠からは、わずかな下りで山小屋「かなや」の建物が見えてきました。
山小屋自体は営業していなかったものの、無人の「かなや手動飲料販売所」は絶賛営業中。手には取らなかったのですが、沢水を引いているので、スタンバイしている飲み物もキンキンに冷えていそうです。
山小屋「かなや」を過ぎると、沢沿いに細い道が続いたのち、間もなく林道に迎えられました。
林道に出たら、駐車スペースがある登山口までは僅かな距離でした。山の上で見てきた登山者の数と、ここに停められていた車の数からして、ほとんどの人がここから登ったとみて間違いなさそうです。
ただし私の場合は、さらにバスが来るところまで歩かなければなりません。朝歩いた柏原駅からの林道と同じく、こちらの林道も沿道に全く何もなく、小1時間ほど歩いている間は退屈そのものでした。
ようやく養鱒場の一部が見えてくれば、長かった林道歩きも終わりが近付きました。
養鱒場バス停に到着。一時はどうなることかと思いましたが、どうにか無事に下山することができました。
体調もかなり持ち直していたので、このあとの長距離の帰京も大丈夫そうです。
養鱒場は結構な人出で賑わっていて、場内と駐車場を行き来する人がバス停の前を頻繁に通りますが、バスを待つ人は私以外に一向に現れません。これが首都圏ならば、どんなにマイカーの利用者が多くても、公共交通を利用する人も一定数いたりするものですが、さすがこのあたりは完全な車社会になっているようです。
ということで、やってきたバスの乗客は、終点の醒ヶ井駅までずっと、私が唯一の乗客でした。
醒ヶ井駅。西隣の米原駅はJR西日本の管轄なので、東海道本線におけるJR東海の最西端の駅にあたります。
醒ヶ井駅のホームに立つと、いつしか伊吹山の頂上には雲がかかっていました。
このあと名古屋からの新幹線は、大型連休中なので始発のこだま号を待たない限り座るのは無理そうで、時間をかけて帰るしかないと思っていたのですが、ダメ元で最初に来るのぞみ号の自由席車両に並んでみたら、幸運にも座れてしまいました。実は、若干の調子の悪さは帰宅する頃まで続いたので、早く帰って休めて良かったです。

タグ:関西
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:スポーツ