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太田部楢尾 ~ “ムツばあさん” を偲んで '2017 ~ / 城峯山 [奥武蔵・秩父]

2017/11/25(土)

■第366回 : 太田部楢尾 / 城峯山(1037m)


この日は山登りではなく、埼玉県吉田太田部の楢尾集落にある“ムツばあさん”の家を3年半ぶりに訪ねることを、主な目的として出掛けてきました。
というのも、前回その場所を訪れた時に歩いた集落までの山道を、ほかの方も歩いてみないかと当時の記事で薦めていたところ、今年になって読者様より、その道が不明瞭になっていたとのご指摘を頂いてしまったのです。
もしもその通りならば、そんな記事をそのままにしておくのは大問題です。かねてより“ムツばあさん”の家には、折を見て再訪をと思っていたところで、この目で道の現況を確認するべく、急遽出掛けてきたのでした。

現地を確認したところ、読者様からのご指摘通り、その道は前回訪れてからの3年半の間に、かなり荒廃が進んでしまっていました。残念ながら、すでに一般の方にはとても利用をお勧めできない状況にあって、バリエーションルートなどの悪路を歩き慣れた方でなければ、もはや安全に通行することは難しそうです。
集落の方々による道の維持作業が行われなくなって久しい模様で、道の両端の出入口付近は藪化が進んで通過が困難になりつつあるほか、道形が比較的明瞭に残っている中間部も路面が相当に傷んでいて、今以上に崩れると通れなくなりそうな箇所がいくつか見受けられるという、そんな有様だったのでした。
道の現況について以下に記載するとともに、前回訪問時の記事にも追ってこの点を加筆訂正したいと思います。

(往路)
古淵 05:57-06:01 町田 06:09-06:41 新宿
新宿 06:58-08:40 新町 08:50-10:06 太田部入口

(登山行程)
太田部入口バス停  10:10
楢尾集落      11:00-11:10
城峯山       13:00-13:15
城峯神社      13:20
男衾登山口     13:50
中郷登山口     14:15
万年橋バス停    14:55-15:10
上吉田駐在所バス停 15:25

(復路)
上吉田駐在所 15:38-15:55 小鹿野役場 15:59-16:40 西武秩父
西武秩父 17:34-18:19 東飯能 18:29-19:09 八王子
八王子 19:16-19:39 古淵 19:49-19:54 長久保


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まず始めに、“ムツばあさん”こと故・小林ムツさんのこと、ならびに、ムツさんを取り上げたNHKのドキュメンタリー番組「秩父山中 花のあとさき」については、前回訪問時(2014/05/04)のブログ で触れていますので、今回は説明を割愛させて頂いて、ご存じでない方はリンク先の記事で詳細をご覧頂ければと思います。今回問題にしている、集落までの山道についても、その記事内で説明しています。

JR高崎線の新町駅からバスに約1時間揺られて、再び太田部入口のバス停に降り立ちました。ここまで、3年半前とほぼ同じ行程で来ましたが、富岡製糸場の世界遺産登録を受けて、バスは遺産群を構成する史跡のひとつである高山社跡にも新たに立ち寄るようになっていました。
すぐに、上の写真にも写っている太田部橋で神流川を渡ります。今いるこちら側は群馬県、対岸は埼玉県です。
太田部橋の上から、神流川の上流方向を眺めてみました。一番奥まって見えているのが御荷鉾山のようですね。
一方こちらは下流側。目指している楢尾集落も方角的にはこの範囲内ですが、山襞に遮られて見えていません。
橋に続く道路をしばらく歩いて、最初の三叉路まで来ました。太田部集落への車道は直進とされていますが、そこをショートカットする山道を前回歩いていて、その道の確認が今回最大の目的なので、前回同様左折します。

左折するとすぐに、目にはこんな景色が飛び込んできました。前回の訪問時にはなかったフェンスが立てられていて、なるほど、読者様から報告されていた通りの景色に変わっていたのです。ただ、ガードレールの終点とフェンスの始点の間には隙間があって(写真右端)、人が通れるようになっていました。
その隙間を通って行き来できるのがこの湧き水で、ここは前回来た時とほぼ同じ光景だったと思います。
フェンス沿いに少し進むと、斜面に立つ小屋が見えてきます。湧き水のあたりからその小屋へと通じている道が、フェンスの向こう側にないかと探してみましたが、この時は見つけられませんでした。
  ※下の写真にマウスを乗せると、小屋の位置を明示します。
ということで、前回と同様、もう少し道路を進んだこの地点から、鋭角に折り返すようにして道形を追います。
  ※下の写真にマウスを乗せると、進んだコースを明示します。
ところが、3年前に既に藪っぽかったこの区間は、今や完全な藪と化していました。しかも草藪だけでなく、細い樹木まで育ってきていて、それらを掻き分けて進むのに少し難儀させられました。
それでも3年前と同様、小屋の前まで来ると、なぜか道は明瞭になります。3年前の時に、それを気にせずに前進してしまったことを後悔していたので、今回はその明瞭な道がどこから来ているのか、ちゃんと探ることに。
すると、やはり先程の湧き水の地点から細い踏み跡が続いてきていて、そこが実際に歩けることも確認しました。ただ、あくまで細い踏み跡でしかないので、小屋の所から急に道が明瞭になる理由は、今も不明なままです。

しかし、小屋の先で明瞭になった後、3年前はそのままの明瞭さで続いていた道が、現在はほんの僅かな距離で途絶えていました。少し先にある沢に当たる手前で、すぐに不明瞭になってしまったのです。
下の写真にマウスを乗せると状況を補足しますが、明瞭な道(黄実線)は枯れ沢の手前で終わり、その先は不明瞭な道が二手に分かれている状況でした。前回の記事にコメントを頂いた読者様は、書かれていた内容から、ここで左の斜面を上がる踏み跡を選んだのではないでしょうか。一方、私が前回歩いた楢尾への道は、道なりに枯れ沢を越えて進みますが、その方向には倒木が多く見られて、しばしば道迷い防止のために置かれる進入禁止のサインと似た状況を醸し出していたので、それで読者様がこの道を選べなかったのではと推測しています。
沢の通過後、道は再び明瞭さを取り戻しました。地面は荒れているものの、歩く上で大きな支障はありません。
結果的にこの道、両端の出入口がもう歩けない状況なのに、中間部だけが今も明瞭という、妙な状況でした。周りが植林地なので、山仕事でどこか別の所から入った人が、このあたりだけ歩いたりしているのでしょうか。
でも案の定、そのままずっと平穏な道という訳にはいきませんでした。ここは路肩を補強していた石垣が一部失われてしまったようで、道幅が狭くなっています。
  ※下の写真にマウスを乗せると、路盤の欠損状況を補足します。
似たような路肩の崩壊は、ほかの何箇所かでも見受けられました。雨水による洗掘がさらに進んで、その中のどれかがついに通れなくなってしまった時が、この道の寿命ということになるのでしょうか。
かと思えば、ほとんど侵食作用を受けていない様子の区間では、現役の登山道と比べても遜色ないくらい、良好な路面が保たれていたりもしました。
人工物は、やはり人が手入れしなくなると脆いですね。この橋は、木材と土砂で造られた端のほうは橋の下が透けて見えるほど薄くなっていて、塩ビ管で補強されている中央部分を渡るしかなくなっていました。
と、数々の綻びは見られたものの、まだなんとか歩ける状況にあって、最初の入口を除けば割と順調に進んで来ましたが、集落が近付いて前方にいくつかの建物が見られるようになると、再び様子が怪しくなりました。
道が急に藪っぽくなって、木の枝を掻き分けて進むことになったほか、桟道が壊れる寸前にまでなっていて、不用意に足を乗せると落下する恐れがあったりして、このような状況に慣れていないと危険な状況だったのです。
道の左手に現れたこの小屋も、3年前はこんなに荒れていたでしょうか。
まとめると、この日の時点では、一般向けには通行不能とせざるを得ないものの、悪路に慣れた人が、歩行に最大限の注意を払い、かつ藪を払うのも厭わなければ、たやすく突破できる状況でもありました。だから所要時間を比べても、前回とほとんど変わっていません(5分だけ延びたのは、写真を丁寧に撮っていた分かと)。

その後、下の三叉路で見送ってきた太田部集落への車道の続きに、ここで戻ります。
車道に出て左を向けば、3年前と同様に、番組で見慣れた、集落に上がる手前の最終カーブが見えてきました。
カーブを曲がれば、そこはもうムツさんの家の真下に当たります。
小林さんご夫妻が残していったテーブルと椅子。不思議と心が安まるこの場所の雰囲気は、3年前と全く変わっていませんでした。
当初の予定よりも訪れるのが遅れて、11月ももう終盤。てっきり紅葉は逃したものとばかり思っていたら、まだまだ綺麗な彩りを添えてくれていて、とても嬉しかったです。

それでは、3年半前と同じようにこの入口から、小道に続く階段を上がってムツさんの家に向かいます。
草木が少し覆い被さる箇所もありますが、荒れたりはしていないので、今でも時折歩かれているようですね。
ムツさんの家は、1階の部屋はカーテンが閉じられて、部屋に飾られた物が外から見えていた以前と比べると、少し物寂しい外観に変わっていました。カーテンの隙間から中を覗くと、部屋の中も結構整理されたようですね。2階は外側の戸がかなり傷んでいて、部屋に雨風が入ってしまうようにも見えるのが少し気になりました。
でも、ここでただ過ごしているだけで、不思議と心が穏やかになる雰囲気は、今も変わっていないようです。
供えられていたお花や果物は割と新しく見えたので、比較的最近の訪問者が置いて行ったものなのでしょう。
下の通りと同じように、庭でも紅葉がこの時期らしい彩りを添えていました。ご夫妻が丹精込めて育てた分、見頃が長持ちして、多くの人の目を楽しませてくれているのではないでしょうか。

3年半前の時は、このあと太田部川を挟んで対岸にある塚山に向かったので、ムツさんの家の訪問後は引き返すようにして車道を下ったのでしたが、今回は背後にある城峯山を目指すので、このまま登り続けることになります。そこで、前回は寄らなかった楢尾集落の上部をぐるっと回って行くことにして、細い道をさらに登ります。
楢尾集落の最上部からの眺め。手前がムツさんの家の屋根、奥で一番高い地点は、前回登った塚山の頂上です。
集落最上部の道を南下していくと、そこでも見事に色付いた木々が見られました。家々が建つエリアから少し離れましたが、このあたりまで、ムツさんはじめ集落の方々が手入れをされている(いた?)のかもしれません。
良く晴れて風が穏やかな小春日和で、日差しの下ではフリースを羽織ったままだと少し暑いくらいでした。

集落内の道から林道太田部線に出ました。右に下ると、ムツさんの家の下にあるテーブルと椅子の前に出ます。
そこからは、林道太田部線を延々と登ります。どうにか付近の山道を拾って進めないものかと事前に調べてみたものの、歩かれていそうな山道がほとんど見当たらず、林道を進むのが最善と判断するしかなかったのでした。
山襞に沿って蛇行を繰り返しながら進む道は、歩く距離の割に城峯山までの距離がなかなか縮まりません。車道なので一定して緩やかな傾斜が続いて、ずっと上り坂とはいえ楽に登れるのが唯一の救いでした。
似たようなカーブを、一体何度曲がったことだろう。こんな風に景色に変化が乏しく、正直なところ退屈な道のりで、普段およそ歩く人なんてなさそうなのに、途中で1人だけですがハイカーを見掛けたのは驚きでした。

林道太田部線を終点まで登って上武秩父線に出ると、なんか進みたい方向の様子が変です。
ここまで登ってきて通行止めとは。でもバリケードの脇が甘く、歩行者の通行まで制限している様子はないですし、車しか想定していないらしい20km近い迂回路の案内も到底従えるものではないので、構わず進んでみます。
しばらくは何事もなく、本当に通行止めなの?、と思いながら進んでいたら、工事区間は確かにあるようです。
行われていたのは法面の補強工事で、概ね終わっているように見られるものの、上部の樹木はもう少し除く必要があるのでしょう。でも休日のこの日、作業はお休みのようで、誰からも咎められずに通過できる状況でした。

林道を歩くこと1時間以上、ようやく山に取り付く予定のカーブ地点に差し掛かりました。実はこのまま林道を歩いていれば城峯山直下の石間峠に出るので、そこからちょろっと登山道を登るだけでも山頂に立てるのですが、それではあまりに味気ないので、最後のほうは少しくらい余計に山の中を歩こうと思っていたのでした。
とはいえ明瞭な山道がある訳ではなく、最初は適当に斜面に取り付くしかありません。地形図にはここから城峯山方向に破線路が描かれているものの、現在ではろくに歩かれていないようです。
それでも登っていくうちに、踏み跡が少し見られるようになってきて、地面には何やら目印になりそうな物も。
それがこの「境界明確化」と書かれた新しそうな杭で、ほぼ地形図の破線路に沿って設置されていたようです。
尾根が狭まった箇所になると、僅かしかない踏み跡が収束して、道っぽく見えることもありました。
途中で、広々とした緩斜面を通過します。深く降り積もったフカフカの落ち葉を踏みしめながら歩ける気持ちの良い場所で、道なき道を歩いてきた限られた人しか見られない景色なのが、なんだか勿体ない気がしました。
さらに進むと小さな祠が現れました。今では道のないこの場所が、かつて盛んに歩かれていた証なのでしょう。
その後は尾根が広くなって、ただでさえ薄かった踏み跡がほぼ消滅します。でもこのあたりまで来ると、葉を落とした木々の間から、城峯山頂上の電波塔が見られるようになって、それを目標に進めるようになりました。
この標識のすぐ近くで登山道に出ました。城峯神社から山頂へ向かうコースの中で、一番最後にある道標です。
今シーズン初めて見る霜柱を踏んで、もういくらの距離もない登山道を進みます。

城峯山の山頂に着きました。午後1時とやや遅めの登頂だったからか、居合わせた人数は少なめです。右側に写っているのは展望台を兼ねた電波塔で、開放されている中段まで登ると360度の展望が楽しめます。
山頂には一等三角点があり、三角点について解説する看板も立っていました。
山頂の様子を反対側から。この通り地面に立っていると展望がほとんどないので、もちろん展望台に登ります。
まずは北西側を中心とした展望から。やや雲が多くて遠望は阻まれてしまったものの、御荷鉾山と半分重なるようにして、すっかり冠雪した浅間山が見えていました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
その右の北側は、ハッキリ見えていたのは赤城山や子持山あたりまででしたが、その奥には雲と半ば一体化しながらも、谷川連峰の銀白に輝く稜線が一部見られました。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。
さらに右を向いて、南東側を中心とする眺めがこちら。右半分に割と近くにある奥武蔵の山々が並んでいた一方で、東側を見ると盛大に霞みながらも、はるか遠くの筑波山が辛うじて見えていました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
そして最後は南西側を中心とした展望です。以上の4枚を合わせると、周囲をほぼ一周したことになります。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。

ところで当初の計画では、この山頂でゆっくりと過ごす予定でした(早く下ったところで、万年橋バス停には午後5時までバスが来ないのです)。しかし、ここまでが想定以上に順調だったので、サクサク下れば別路線を走る1時間半も前のバスに間に合いそう。より早く帰れるならと、目標をそのバスに切り替えることにしました。

ということで、山頂を後にしたら、まずは山頂直下にある城峯神社へ。
今回が2度目の訪問だったのに加え、時間的にも大きな余裕はないので、城峯神社はスルー気味に通過します。
前回の訪問が山開きの日に当たり(2015年5月)、漆木神楽が奉納中だった神楽殿は、この日は静けさの中にありました。周囲では紅葉が見頃で、時間を気にせず滞在しても気持ち良さそうでしたが、先へ進んでいます。
立派な杉並木の間を通って、神社の参道を下っていきます。

短い杉並木がすぐに終わると、その先は登山道に変わりました。
城峯神社への参道として昔から良く歩かれていたらしい道は、傾斜が緩やかでとても歩きやすかったです。
古そうな丁目石が所々で見られて、この道の歴史を感じさせてくれました。
かなり下って、男衾登山口と半納登山口の分岐点まで来ました。ここは左の男衾登山口へ。
分岐点を過ぎると、男衾登山口へはやや急な下りとなって、間もなく民家が現れます。
最後は民家と民家の間を抜けるようにして進みます。
民家と民家の間を抜けて、道路に出たところを振り返りました。このあたりでは、小さな標識が一応は十分な案内をしてくれているものの、あまり目立っていないために登りだと少し分かりにくいかもしれませんね。
道路を少し下ると、すぐに小さな橋を渡ります。橋を渡った先には、ちょっとした駐車スペースがあり、コースの案内図なども立っていたので、きっとここが男衾登山口なのでしょう。

快適に歩けただけに、登山道をたった35分で下ってしまった一方で、この先もバス停までは1時間半近く車道を歩かなければなりません。なんか最近、こんな山行ばっかりしているような‥‥。
細い林道から県道に出るところには、城峯神社の大鳥居が建っていました。
県道沿いでは、この時期らしい色彩のほか、こんな秋の恵みがしばしば見られました(このあたりの集落でも、軒先などに柿を吊している民家が多数見られています)。
見覚えのある地点に出ました。2年前に城峯山に登った時に、登山口に選んだ中郷登山口です。従ってここから先は、その時に1度歩いた道を逆行するだけなので、景色にも目新しさがなくなって、いっそう退屈でした。
さらに進んで、こちらは漆木登山口。まだここから登ったことはありません。
2年前に利用した「石間沢口観光トイレ」を、今回も有り難く利用させて頂きました。

男衾登山口から車道を歩くこと1時間と少々、ようやくバスが通る県道37号線に出ました。
県道37号線に出て左を向くとすぐに万年橋バス停がありますが、先に書いた通り、ここには夕方5時まで(つまり2時間以上も)バスが来ないので、ここからさらに別のバスが走る道路まで歩き続けなければなりません。
ということで、万年橋バス停の近くで帰り支度を兼ねて少し休憩したら、さらに15分ほど歩きます。最後は交通量の多い道路となって、のんびりとは歩けませんでしたが、ずっと歩道があったので危険はありませんでした。
上吉田駐在所のバス停に到着。バスを2本乗り継いで(小鹿野役場で乗り換え)、西武秩父駅に向かいました。

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ウノタワ・大持山 [奥武蔵・秩父]

2017/06/24(土)

■第355回 : ウノタワ・大持山(1294m)


今回の行先は、奥武蔵の大持山です。約1300mという標高は、この時期に快適に登るには少々低めですが、その代わりに沢沿いを進む区間の多いコースを選んで、少しでも涼しく歩こうと目論んで出掛けてきました。

そして、大持山以上に楽しみにしていたのが、この景色。
そこだけぽっかりと木々を取り払ったようにして現れる平坦地で、山の中に忽然と現れる不思議な異空間、ウノタワです。大持山とともに2006年に1度訪れていて、その時にとても気に入った場所だったので、それ以来ずっと窺っていた再訪の機会を、今回ようやく実現させました。

(往路)
古淵 05:36-05:58 八王子 06:08-06:44 東飯能
東飯能 06:47-06:48 飯能 07:10-08:05 名郷

(登山行程)
名郷   08:10
山中   08:50
ウノタワ 10:15-10:30
大持山  11:05-11:20
妻坂峠  11:50-11:55
山中   12:15
名郷   13:00

(復路)
名郷 13:21-14:10 東飯能 14:36-15:12 八王子
八王子 15:30-15:42 橋本 15:44-15:55 古淵


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飯能駅からバスに乗ること約1時間、名郷バス停がこの日のスタート&ゴールです。
なお、飯能がアニメ「ヤマノススメ」の舞台ということで、乗車したのは「ヤマノススメ」のラッピングバス。外観はもちろん、車内もアニメ尽くしで、途中には声優陣による車内放送まであるという力の入れようでした。

今回はアプローチの車道歩きが少々長いコースで、登山口まで1時間以上かけて車道を歩きます。
車道の左手を流れるのは、入間川の最上流部です。沢沿いのこの道は、期待していた以上に空気がヒンヤリとしていて、暑さがほとんど気になりませんでした。
ほどなく三叉路に出たら、右折して林道山中線に入ります。以前(2006年)にウノタワと大持山を訪れた時は、ここを直進して鳥首峠を経由していたので、ここから先は初めて歩く道です。
林道山中線に入ると、次第に傾斜が増していき、さすがに汗をかかされるようになります。
でも、林道のすぐそばに引き続き入間川が寄り添っていて、沢沿いの冷気が暑さをかなり緩和してくれました。
山中のT字路まで来たら、ここからは周回ルート。左に分岐する林道横倉線を登って、あとで直進方向から下ってくる予定です。ところで、このすぐ手前に入間川起点の標柱があったらしいのですが、行きも帰りもスルーしていた模様。ウェブ上の写真で見る限り、見逃しようのない大きさの代物なので、注意力散漫だったのか‥‥。
T字路の近くには、ハイキングコースの案内図が立っていました。
林道横倉線に入ると間もなく右手に、石垣に守られた平坦地が現れます。「山中」という地名が付いているのは、ここにかつて集落があったからに違いなく、現在の地形図でもこの場所には複数の建物記号が見られますが、人家はすでに撤去された後で、残っていたのは作業小屋風の小さな建物だけでした。
相変わらず入間川に沿った道が続いて、空気にはそこそこ冷たさがあるのですが、傾斜がさらに増したことで、いい加減暑さが完全に勝ってしまいます。たまらず、ザックから取り出した扇子を広げて扇ぎながら歩きました。
ようやく林道横倉線の終点に到着しました。この地点で標高はすでに700m台に達していて、バス停から1時間と5分をかけて、ウノタワまでの標高差のなんと半分以上を車道で登ってしまったことになります。
登山口には「ウノタワ入口」の標識が。ここからいよいよ、山道が始まります。

登山道は、引き続き沢沿いを進みます。このあたりが入間川の源流域になりますが、まだ水量が豊富でしたし、ここまでの車道よりも水際の近くを歩けるとあって、少しの間は涼しさが上回って快適でした。
が、登山道になって間もなく現れたこの標識の所で、二又に分かれたうち左の沢沿いに進路が変わります。右の沢のほうが水量が多いようだったので、たぶんそちらが本流なのでしょう。名郷バス停から一貫して入間川の本流を遡ってきましたが、ここからは支流沿いの道に変わり、途端に水量が減って、涼しさも大幅減となりました。
そんな支流沿いの道も長くは続かず、ほどなく現れる次の標識の所から、登山道は尾根道に変わります。
そして、その尾根道が、なかなかの急勾配でした。沢沿いの涼しさからは見放され、しかも急登の連続で暑さ全開。こうなるともう、なかなか足が前に進まず、ここで一気にペースが落ちました。
ふと登山道の脇を見れば、立派なブナの大木があったり、沢筋では岩という岩が綺麗な緑色に苔生していたりして、なんとも心癒やされる景色です。でも急な登りが苦しくて、あまりそれを楽しむ余裕はありませんでした。
ただでさえ急登なのに、地面がこのようにザレていて踏ん張りが効かず、余計に体力を消耗させられました。

ほとんど緩むことのなかった急登に耐えること約50分、ようやく尾根に乗り上げると‥‥。
まず、「ウノタワの伝説」という解説板のお出迎えを受けます。
解説板を通り過ぎるとその先に、木立の間からそれらしい空間が見えてきました。

11年ぶりの再会となったウノタワは、11年前の記憶とほとんど変わっていないように思われました。
山の中に、これだけの広さの平坦地が忽然と現れるのは、なんとも不思議な感じです。
居合わせる人は誰もなく、心安まる景色を静けさの中で存分に味わえる、まさに至福の時を過ごせました。
平坦地に足を踏み入れると、あたり一面が苔と草に覆われて、地面はフカフカです。かつて池だったことから、大木がないのは分かるけれど、池でなくなった現在も樹木が根付いている様子がありません。足裏から伝わるフカフカの感触から想像すると、今なお湿地帯のような環境にあって、樹木の生育には適していないのでしょう。
鳥首峠と大持山を結ぶ尾根道は、ウノタワを横断した先にありました。分岐点でウノタワを振り返っています。
湿地帯っぽいウノタワは、あまり踏み荒らさないほうが良さそうに思えたので、分岐点の近くで休憩していきます。尾根上だからか、ここは風の通りが良くて、しかもその風が意外なほど涼しかったのが、急登で火照った身体には有難く、それまでの暑さをここで一旦リセットできたような感じでした。

ウノタワを後にして大持山へ向かうと、その取り付きは再び急登となりました。ここから大持山までは2006年にも歩きましたが、なにぶん11年も前のこと、分岐点などを除いて、途中の山道の記憶はほとんどなかったです。
最初の急登を終えると傾斜が緩んで、気持ち良く歩ける穏やかな尾根道に変わります。と同時に、その周囲も美しい雑木林に変わりました。そう、大持山の周囲は、植林帯が大半を占める奥武蔵の山々にあって、雑木林が多く残された希有なエリアとなっているのです。ウノタワに劣らず、このあたりも素晴らしい景色でした。
ということで、しばらくはそのウットリするような美林をお楽しみ下さい。ウノタワといいこのあたりといい、また季節を変えて来てみたくなりました。秋の景色なんかもきっと素敵なのでしょうね。
緩やかな尾根道はこの横倉山でおしまい。2006年に訪れた時は何もなかったピークで、樹木に括り付けられた私製の山名標を見送ると、その先にはまたまた急登が待っていました。

妻坂峠への分岐点まで来れば、大持山の頂上まではもうひと息。下山時はここから妻坂峠に向かう予定なので、この先は大持山までの間が往復になります。
分岐点では東側が開けていて、2006年には展望が楽しめたのに、この日は雲が多くて、眺めも今ひとつでした。
それでも近い範囲はある程度見えていたので、一応写真を撮っておきました。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。
大持山への最後の登りです。このあたりの傾斜は比較的穏やかでした。

大持山の頂上は狭くて、ここに写っている範囲がほぼ全てでした。
ベンチもありませんでしたが、ほかに誰もいないので、三角点に腰掛けて休憩します。
景色は西側が少しだけ見られましたが、上空には青空も見えるのに、低い所に雲が多くて周囲の山々はほとんど見られません。でも展望こそ楽しめなかったものの、思いのほか気温が低くて過ごすのはとても快適です。1300m程度の標高だから、日中になれば暑くなるものと思っていたので、これは嬉しい誤算でした。

大持山から分岐点まで引き返したのち、妻坂峠への道に入ると、緩やかな傾斜の歩きやすい尾根道が続きます。
このあたりの景色もなかなか綺麗で、とても気持ち良く歩けますし、緩やかなのですこぶる快調に下れます。
途中から急坂に変わり、少々滑りやすくなったりもしましたが、歩きにくくなる程の箇所はありませんでした。
妻坂峠には、大持山から30分で到着しました。標準コースタイムが70分ですから、その半分もかからなかったことになりますが、別に走ったりした訳ではなかったので、コースタイムの設定が甘めなのでしょう。
ここは登山道が十字に交わる交差点。ほんの5分休んでいる間にも、何人もの登山者がそれぞれ違う方向からやって来ては通り過ぎていきました。
妻坂峠に置かれていた石仏です。近くには、延享4年(1747年)の物だと書かれた私製の解説板もありました。

妻坂峠で、武川岳方面や生川方面の道を見送って右折すると、そこから先は植林帯の斜面にへばりつくような細い道。ここまで歩いてきた道とはガラッと雰囲気が変わって、大きなジグザグを描きながら下ります。
しばらく下ると沢筋に出て、そこからはその沢に沿ってほぼ真っ直ぐ進むようになります。
はじめ涸れていた沢に小さな流れが現れ、次第に水かさが増していくと、やがて前方に林道が見えてきました。
林道の終点に出たところから、登山口を振り返りました。

この林道は、今朝歩いていた山中線です。先程は途中の山中集落跡から横倉線に入ってしまいましたが、その分岐点まで5分ほどの距離しかないので、あとは名郷バス停まで、ほぼずっと今朝の逆回しの景色が続きます。
終点付近は勾配がなかなかきつく(そのためか、しばらく簡易舗装でした)、足への衝撃が結構こたえました。
でもすぐに、見覚えのある山中集落跡の分岐点に出て、ここからは傾斜も穏やかになります。
あとは今朝歩いた道を戻るだけ。朝のうちほとんどが日陰だった沢底には、午後になって日が差すようになっていましたし、気温も上がっているはずですが、それでも沢沿いだけに涼しく歩くことができました。
バスの時間には余裕があったので、バス停の少し手前で入間川の川原に降りて、着替えなどをしつつ時間調整します。ここは大鳩園というキャンプ場の入口付近に当たるようで、この奥にはバンガローなどが並んでいました。
名郷バス停に着いたら、ちょうど折り返しとなるバスが到着したところ。すぐに飯能駅行きの設定をしてくれたので、早めに乗り込んだのですが、車内が暑かったので(エンジンを切っていたため冷房が止まっていて、乗降口も全開でしたし)、結局はまた外に出て発車時刻を待つことになりました。

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弓立山・堂山・雷電山 [奥武蔵・秩父]

2017/04/22(土)

■第351回 : 弓立山(426m)・堂山(250m)・雷電山(418m)


この日、関東南部は雲が多くて午後には雨も予報されていたのに対して、北に行くほど降水確率が下がって日差しすら期待できそうだったので、埼玉県北部の山行計画の中から、短めのコースを選んで歩いてきました。

一番の楽しみだった弓立山からの展望が、曇り空で近い範囲にとどまってしまったのは残念でしたが、あまり期待していなかった堂山・雷電山界隈が、意外にも気持ち良く歩けるエリアだと分かったのが大きな収穫でした。
美しい雑木林の中に、緩やかで快適な登山道が続いていて、とても楽しく歩けたので大いに気に入っています。

(往路)
古淵 05:36-05:58 八王子 06:08-06:55 高麗川
高麗川 06:58-07:09 越生 07:26-07:36 瀬戸

(登山行程)
瀬戸バス停     07:45
弓立山       08:45-09:00
別所橋       09:30
堂山        10:00-10:10
雷電山       10:50-11:10
雀川砂防ダム公園  11:50-13:00
雀川ダム入口バス停 13:10

(復路)
雀川ダム入口 13:20-13:28 小川町駅入口
小川町 14:38-15:07 高麗川 15:30-16:17 八王子
八王子 16:29-16:41 橋本 16:43-16:54 古淵


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JR八高線を越生駅で降りたら、今回初めて利用する、ときがわ町路線バスに乗り換えます。
ときがわ町路線バスに乗って約10分、瀬戸バス停で降りて歩き始めます。

はじめは車道歩きが続きます。序盤は、進行方向がほぼ西を向いていて、最初に登る弓立山を見上げながら歩く具合でした(中央やや右寄りで草原状に見えているのが頂上です)。
しばらくは緩やかな坂道で楽に歩けましたが、この三叉路を直進すると、あからさまな登り坂に変わります。
弓立山入口バス停を通過する頃には、すっかり身体が暖まって、羽織っていたジャケットが不要になりました。
大附集落に入ると、間もなく左手前方に大附そば道場の建物が見えてきました。
そば道場への道が分かれるT字路には、大附そば道場入口のバス停とトイレがありました。以前は路線バスがここまで入っていたので、ほとんど車道を歩かず弓立山に登ることが可能だったのですが、現在このエリアには平日運行のデマンドバスでしか来られなくなってしまっています(先程通過した弓立山入口バス停も同様です)。

大附そば道場入口のバス停を過ぎるとすぐ、右手に分かれる山道がありました。2013年版の登山地図ではこの付近に登山口が書かれているので、その頃の道なのだろうと思われますが、入口の道標が倒れて草に埋もれていることからも、現在はあまり歩かれていないと考えるほうが良さそう。最新の登山地図では登山口の位置が変わっているので、そこを目指すことにしてこの入口は見送り、もう少し車道を歩きます。
さらに3分ほど車道を歩いて、道標が立つ分岐点に来ました。ここを右に入ると、間もなく山道が始まります。
山道は思っていたよりも明瞭で安心しました。登山口がやや遠回りな場所にあり、車道を歩けばもっと短いコースで弓立山に向かえるので、この山道をマトモに歩く人は少ないかもしれないと心配していたのです。
ところが、道が良く歩かれていたのは、近くに畑地や墓地などが見られた間だけ。それらがなくなると途端に道は細くなり、ヤブっぽくなってしまいました。やはり、この区間はあまり歩かれていないようです。
クモの巣に引っ掛かることもしばしばで、その煩わしさに気分が萎えます。ここを快適に歩けるのは真冬の間だけなのかもしれません。それから、少し前に見送った旧登山道がどこかで合流するものと思っていましたが、ハッキリとは分からなかったので、旧登山道の入口はスルーしたのが正解だったようです。
それでも10分ほどでヤブ道を抜けて、1本上の車道に出ました。が、車道に上がって振り返ると、不明瞭な山道は存在感に乏しく、道標等もないので、下りの人がこの道に入るのは(往復コースでない限り)難しそうです。

車道に出た所はT字路になっていて、道標は登っていく道を「弓立山頂上」としていました。しかし、引き続き山道を歩くコースもあるので、今回は山道を歩くことにこだわって、この車道は見送ります。
少し車道を歩いていくと、次の山道への入口はすぐに現れました。
こちらも、すぐ先に不明瞭な区間があって少し迷いましたが、どうにか次の道標の地点にたどり着いています。
少し登ると、山道は九十九折りの車道のすぐ脇を通り、ここまで車道を歩いてきた人も、ここから山道に入れるようになっていました(この写真は合流点を振り返ったもので、山道は右端のあたりを登ってきました)。
合流点以降、山道は車でも通れるほどの道幅に変わり、まるで林道のような雰囲気になって頂上を目指します。

弓立山の頂上に着きました。当初参考にした2005年発行の「埼玉県の山」で、「植林の中に三角点が埋まるだけの頂上」と書かれていたものが、現在はこの通り見晴らしの良い開放的な場所に変わっていて、最新の登山地図でも「好展望」と注記されるまでになっています。
頂上標柱が黒く煤けている理由を、この時まだ私は知りませんでした。
ここまで全く登山者と会わずに登ってきて、頂上にも登山者の姿がなかったのは、9時前という早い時間だったからでしょうか。その代わりパトロールの帽子を被った男性の方がいて、いろいろとお話をさせて頂くことに。
その中で、4年前にここで山火事が発生していたことを初めて知りました(確かな原因は分かっていませんが、BBQの火の不始末によるものだとか)。樹木がなくなってサッパリした景色になっているのは、その被害によるものだったのです。現在は地元の方が植樹を行い、ツツジなどを育てているとのことで、なるほど東西両側の斜面には若い樹木が並んでいる一画がありました。早く以前のような姿を取り戻せることを願ってやみません。

失火の産物とは言え、せっかくの展望ですから楽しんでいきたいところです。でも埼玉県北部まで来たのに、あいにく雲が多くて遠くまでは見渡せません。大きく開けていた東側は、聞くと条件次第で筑波山や日光連山が眺められるらしいのに、この時はバスを降りた瀬戸付近や、次に向かう雷電山などが見られる程度でした。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
一方の西側は、樹木などに少し邪魔をされてスッキリとした眺めではないものの、やはり男性の話によれば浅間山などが見られるとのこと。しかしこの通り、近くにある奥武蔵の山々を見渡せる程度にとどまりました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。

弓立山から、北側の桃木方面に向けて下っていくと、ほんの数分で稜線上に巨岩が点在する一帯に出ました。
男鹿岩の標識がありましたが、標識の先にある一番大きな岩を指すのか、全ての岩の総称なのかは不明です。
とりあえず一番大きな岩に登ってみましたが、その上からも特段の眺めはありませんでした。

男鹿岩を過ぎると、しばらくは傾斜の緩やかな尾根道が続いて、とても気持ち良く歩けました。
この道、現在は八幡神社の近くに出ますが、古いガイドブックには途中で尾根を外れてときがわ幼稚園付近に下ると書かれているので、その道がどこかで分かれるものと思っていたら、それらしい分岐はなかったようです。
なだらかな尾根をほぼ末端まで歩き通して、最後だけ木段でガクッと下ったところが登山口でした。
登山口を振り返ります。そろそろ、これから登る人がいそうな時間なのに、結局誰にも会いませんでした。

登山口付近からは、最後に登る雷電山が見られました(写真中央右寄りで少し奥まって見えているのが頂上)。
二車線の県道を横断したら、地図にも載っていない細い道に入って、左端に写る住宅の裏を抜けていきます。
細い道を下ると、すぐに都幾川にかかる別所橋に出ました。
別所橋の上から、都幾川の上流方向を眺めたところです。
川辺には「ときがわ水辺の道」が整備されていて、近くには三波渓谷や温泉施設の四季彩館などもあるので、昼間になればもう少し賑わうエリアなのでしょう。またこの地図によると、都幾川には飛び石で渡れる箇所が近くに2箇所あるようです。予めそれを知っていたら、次の雷電山へ歩くコースを少し短縮できたかもしれません。
別所橋を渡ると、今度は次に目指している堂山を近くから見上げるようになりました。
T字路を右折した先には別所バス停がありました。今回選んだ堂山の登山口に最も近いバス停の1つです。
住宅が点在する静かな道を少し歩いたのち、この三叉路から本郷受水場へと続く登り坂に入ります。

本郷受水場の前まで登ると、受水場の前から分岐する林道を道標が示していました。
林道を進むと奥に別の水道施設が現れたので、これはその施設の管理用の道でもあるのでしょう。途中にはこんな分岐点もあって、ここで合流してきたのは、道標によると日影バス停からの山道のようです。
さらに奥にはまた別の水道施設があり、林道もここまで延びていました。やっと山道に入った頃には、道標は堂山まで「0.3km」を示していて、山道を歩ける距離はごく短かったことになります。
それでも山の中に入ると、植林も見られるものの、雑木林の中を縫う区間も多い気持ちの良い道になりました。地面が落ち葉でフカフカの場所もあったので、新緑や紅葉の時期には景色も楽しめそうです。そして、弓立山よりも北に移動して来たのが良かったのか、時々日が差すようになってきました。

堂山の頂上に着きました。最近まで登山地図にルートが書かれていなかったようなマイナーな山だけに、現在でも頂上にほとんど人の手が入った様子はなく、ただ雑木林が広がるはかりで標識のほかには頂上を示す物もない(正確には、もうひとつ何か良く分からない山行碑がありましたが‥‥)、ちょっと物寂しい雰囲気の場所です。展望もほとんどなければ、腰掛けられるような物も何もないので、立ったままで少し休憩していきます。
この標識の右下あたりから登ってきましたが、その道がある方向と、標識が指している方向が一致していないので、逆コースで歩く人にとっては、ここからの下り口を見つけにくいかもしれません。

堂山から雷電山へ向かうと、ほとんどアップダウンのない穏やかな道をしばらく歩けるようになります。所々に分岐点が現れますが、どの地点にもきちんと道標が設置されていて、しっかりと整備されている様子でした。
本当に平坦に近い稜線で、ここは歩いていてすごく気持ち良かったです。
途中には「別所下降点」という分岐もありました。別所から通じている道が、先ほど登ってきた道のほかにもう1本あったことになりますが、このように入口が通せんぼされていたので、今は通れないのかもしれません。
長らく続いたほぼ平坦な尾根が終わりを告げたら、その先にはいきなりの急登が待ち構えていました。
急登に取り掛かると、すぐに道が3本に分かれていて、少々迷いました。直進して尾根通しに直登する道と、右の斜面をトラバース気味に登る道は、同じくらいに明瞭です。左斜面に分かれる道も、踏み跡としてはやや不明瞭なものの、先の方に設置された補助ロープが見えているので、ちゃんと歩けるようになっているっぽいです。
下りだったらどこを選んでいたか分かりませんが、今回は登りなので、真ん中の直登ルートを選択しました。長い補助ロープが下がっていて、斜面の勾配はロープを頼らなくてもなんとか登れる程度ですが、脆くて崩れやすい不安定な地面は踏ん張りが効きにくく、ロープの存在が有難かったです。
急斜面も上部になると、勾配が少し緩んだ上に地面も安定して、普通に歩いて登れるようになりました。ただ、下で左右に分かれた2本の道がどこで合流したのか分からなかったことが、少し気になっています。

雷電山に到着しました。樹林に囲まれて全く展望のない頂上には、小さな社が2つあって、古くから信仰の対象とされていた様子が窺えますし、今もきちんと手入れされているようです。
上の写真の奥のほうで背中を向けている社の正面に回ってみると、近くには石祠も2つ置かれていました。
三角点の近くに散乱している木片は、以前は私製の山名板だったもののようです。
ここまで来れば、あとはもう下るだけです。バス停まで1時間もあれば余裕で下れそうなのに対して、バスが来るのは2時間後なので、居心地の良い頂上ならば長居をしていこうと思っていました。
が、決して居心地が悪い訳ではなかったのですが、見通しが悪い割に風通しは良くて、腰掛けてじっとしていると風に吹かれて身体が冷えてきてしまったので、休憩は20分で切り上げて、先に下ってしまうことにしました。

雷電山からさらに北へ下ると、たびたび日が差すようになってきました。
傾斜が急になる箇所のない、歩きやすい道が続きます。雑木林が主体の周囲の景色には、心も安らぎました。
集落やバス停がある日影方面に直行する道(左)と、雀川ダムへ向かう道(右)との分岐点です。前者は、時間に余裕がない場合のエスケープルートとして考えていましたが、余裕があり過ぎるくらいなので、迷わず左へ。
一貫して、穏やかで歩きやすい道が続きます。植林の中を抜けることも増えていきますが‥‥。
雑木林も断続的に現れて、この時期らしい柔らかな緑の中を、清々しい気分で歩けました。
道標による道案内も、最後まで万全でした。

登山口まで下りてきました。結局この日は、登山者を全く見掛けることのないまま歩き終えています。
林道に出たところから登山口を振り返っています。道標には「雀川ダム登山口」と書かれていました。
雀川右岸の登山口から、林道の橋で左岸側に渡る予定でしたが、すぐ下を流れる雀川を見ると、もうこのあたりから川原が公園として整備されていて、飛び石で渡れそうに見えるので、下に降りてみることにします。
やはり飛び石で渡ることができたので、距離はわずかにショートカットできたことになります。でもその代わり、少しばかり余計な登り下りをすることになったので、どちらが体力的に楽だったのかは微妙なところかと。

左岸側の林道に上がったら、下流に向かって少し進んでいくと‥‥。
すぐに見えてきたダム湖は、想像していたよりはずっと小振りでしたが、砂防ダムとしては大きなほうらしい。
間もなく雀川砂防ダム公園の「展望広場」に入ります。この先にある駐車場までは一般車でも上がって来られるので、休憩舎には少しだけ人の姿がありました。
ダムの堰堤は、湖のサイズに比例したような細さで、なるほどこれでは人を歩かせる訳にはいかないですね。
階段が続く遊歩道に入って、ダム湖の下流にある公園のメインエリアに向かいます。
ダム湖は満水で、階段道の途中から堰堤を見ると、中央の水通しから溢れた水が静かに流れ落ちていました。
階段道をさらに下ると、きれいに咲いたサクラを見ながら休めるベンチがありました。やや中途半端な位置にあるこの場所は、訪れる人の少ないこの公園の中でもとりわけ人通りが少なくて、落ち着いて静かに過ごすことができたので、最終的にはここで長居をすることになっています。
上の写真の場所から、公園のメインエリアにあたる「お花見・イベント広場」を見下ろしたところです。
「お花見・イベント広場」まで下りてきました。花見には少し遅く、すでに葉桜になっていたものが多かった中で、1本だけ見事な満開になっていた八重桜がありました。
しかも、この時ちょうど晴れてくれたので、割ときれいに写真が撮れました。
八重桜をアップで。
公園内には水辺のエリアもあります。
1時間ほどゆっくり過ごして、雀川砂防ダム公園を後にします。あまり天気がパッとしていなかったこともあってか、公園内で見掛けた人の数は1時間を通しても20人くらいで、どちらかと言えば閑散とした雰囲気でした。

雀川ダム入口バス停までは、ゆっくり歩いて10分ほど。ここから、朝と同様ときがわ町路線バスを利用します。
小川町駅へ向かうにつれて、すっかりいい天気に変わりました。ただこの時間は、八高線への接続が悪いのが難点で、ここで再び1時間以上の待ち時間が発生してしまいます。駅前まで行くと周囲にほとんど何もなくて手持ち無沙汰になると分かっていたので、駅入口のバス停で降りて、近くで食事をしながら時間調整していきます。
食事を終えて小川町駅まで歩いてくると、上空にはスッキリした青空が広がっていました。でも関東南部で天気が崩れるという予報は当たっていて、このあと帰路で南下する途中では、何度か車窓を雨に叩かれています。

最後に少しだけ補足しておきますと、後半に歩いた堂山・雷電山は、最新(2017年版)の登山地図でも赤破線コースになっているのですが、登山道は明瞭でしかも歩きやすかったですし、道標などの整備状況も申し分なく、一体何の問題があって一般登山道とされていないのかが疑問に思えるほどの状況でした(地図内に「道標なし」と注記されている地点にも、現在は道標が設置されているようです)。
どちらの山も展望がない上に、頂上の居心地もお世辞にもあまり良いとは言えず、アクセスが不便なことも合わせて考えると、今のままでは広く一般的な人気が出ることはなさそうです。でも山道はとても気持ちの良い雰囲気でしたので、山を歩くこと自体が純粋に好きな人には、文句なくお勧めできるエリアだと思っています。
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