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姫神山 [東北]

2017/10/06(金)

■第362回 : 姫神山(1123m)


秋の東北遠征第2弾は、先月の美ヶ原に続いて、マイカー(またはタクシー)必須の山を、電車+バスで強引に登るシリーズ。登山前に6km半、登山後に5km(のはずが、アクシデントによりこっちも6km半に)を歩いて、山を登り下りしている時間よりも、前後の車道歩きのほうがずっと長かったのでありました。
(ついでに書いてしまうと、さらに東京からの移動時間のほうが断然長かったという‥‥)

なお、下山後に利用したバス路線は、昨年までは休日にも利用可能だったものが、今年4月のダイヤ改正で平日のみの運行に縮小されていて、そのため創立記念日で職場が休日となったこの日に出掛けてきたのでした。

(往路)
古淵 04:45-04:49 町田 04:55-05:38 新宿
新宿 05:50-06:08 東京 06:32-08:45 盛岡
盛岡 09:10-09:33 好摩

(登山行程)
好摩駅      09:40
一本杉登山口   11:00-11:05
五合目      11:30-11:35
姫神山      12:25-12:35
城内登山口    13:10
小屋場バス停   14:15
玉山中学校入口バス停 14:30

(復路)
玉山中学校入口 14:32-14:58 好摩 15:31-15:55 盛岡
盛岡 17:16-19:06 大宮 19:11-19:40 新宿
新宿 20:01-20:43 相模大野 21:00-21:15 大野小学校入口


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東北新幹線を盛岡で降りたら、第三セクターのIGRいわて銀河鉄道線に乗り換えて好摩駅へ。姫神山とは反対側になりますが、まずトイレを利用するために、一旦開けている西口に出ました。
スタート地点となる東口には、線路を横断する通路の出口があるだけで、駅前らしい景色はありませんでした。
東口側は住宅地も小規模で、すぐに林に突き当たります。その林の上で、これから登る姫神山は、頂上が雲に覆われていました。先程まで銀河鉄道線の車窓から見ていた間は、もう少し頂上が見えていたんだけどなぁ。。。

好摩駅周辺の住宅地を抜けたら、長い長い車道歩きの始まりです。
すぐに北上川を渡ります。橋上からしばらく姫神山を見ていると、頂上部は風が強いのか雲が次々と流れていて、雲がかかったり取れたりを繰り返しているようでした。
背中側を振り返ると、岩手山が雄大な裾野を広げてどっしりと構えていました。
朝から午後のはじめまで晴れる予報だったのに、実際はほぼ全天に広がった薄雲から、時折薄日が漏れてくる程度。でも雲が薄い所は、その上の空が透けて青っぽく見えたりして、大きく予報が外れたとは言えないのかな。
沿道に何もなく、変わり映えしない景色がずっと続く区間もあって、6km以上の車道歩きはかなり退屈でした。
時折現れる小さな集落を過ぎるごとに、少しずつ姫神山が近付いてきます。一方このあたりから、道路脇にこのような袋が大量に積まれているのを何度も見掛けるようになりましたが、東日本大震災の廃棄物でしょうか。

好摩駅から延々と歩くこと1時間20分、ようやく一本杉登山口に到着しました。6.5km歩いて300mほど登っているので、登山を前にしてすでにそこそこの疲労感が‥‥。
一本杉登山口には広々とした駐車場があって、平日にもかかわらず、結構な台数の車が停められていました。奥に見えている建物はトイレです。

登山口のトイレ脇から、登山道が始まりました。
すぐに一本杉林道を横断して、登山道は山の中へ。
登りはじめのうちは、比較的穏やかな道です。
ほどなく一本杉を示す標識が現れました。
これがその一本杉です。いくつもの木々が立ち並ぶ中にあるので、撮影するには近くまで寄る必要がありますが、近寄ったらカメラには一部分しか収まらず(縦に構えても大差なし)、なんか中途半端な写真になりました。

次第に傾斜が増して、登山道には木段が目立ってきます。右側に見えるのは旧登山道の残骸でしょうか。
長く続く木段もあって、登山口ですでに疲労感のあった足で登るのが結構大変。ここはゆっくりと登りました。
登山口から30分もかからずに、五合目に着きました。数字の上ではここで半分な感じですが、実際には3分の1くらいしか登れていませんし、この先はさらに傾斜がきつくなるので、ここで気を緩めてはいけません。
丸太を置いただけの簡素なベンチに腰掛け、この先の本格的な登りに備えて、五合目で息を整えていきました。

五合目を過ぎると、登山道には木の根が露出した所が多くなってきます。全体的に路面がやや荒れている印象で、登りではあまり影響を感じなかったものの、下る時には足の置き場を選ばないと滑ってしまいそうな箇所も。
六合目を通過します。上のほうに少し見えていますが、大きな岩も目に付くようになりました。
断続的に木段も現れて、少々きつい登りが続きます。
こちらは七合目。もしかして、私が見逃してきただけで、一合目~四合目にもちゃんと標識があったのかも?
八合目まで来ました。標高が上がるにつれて風が強くなりましたが、まだこのあたりでは風が通る場所と穏やかな場所とがあって、急な登りで汗ばんできていた身体には、むしろ時々の冷たい風が心地良いくらいでした。
頂上に近付くと、大岩が増えてきて、その間を縫うようにして通る箇所も増えてきます。
時には足場の悪い箇所も。今回このコースは登るだけですが、下りでは慎重に足を運ぶほうが良さそうですね。
てっきり九合目かと思ったら、「あと300m」の標識でした。この先の頂上直下で、岩場コースと土のコースとに分かれましたが、そこは土のコースを選んで、頂上を目指します。

姫神山の頂上に到着しました。頂上に出た途端、強風が吹き荒れていて、しかもそれが冷たくて、何よりも先にまずザックからフリースを出して羽織ります。このため長居する人はいないのか、先客は2人だけでした。また、この写真では分かりませんが、その強風に乗って凄い早さで霧が流れていて、視界はあまり良くありません。
頂上の標柱は割と簡素でした。山の中で仰々しい人工物を見ると興醒めなので、このくらいが好感が持てます。
姫神山には一等三角点があるので立派な標石のものを期待していたら、金属標タイプでした。
すでに書いた通り、頂上は薄い霧の中にあるような状況で、晴れていれば楽しめるはずだった展望も残念な結果に。西側に辛うじて岩手山や八幡平が見えていたのが、せめてもの救いです。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
それ以外の方角も同様にスッキリせず、例えば南側はこんな具合で、盛岡の市街地も見通せませんでした。
吹き荒れる寒風で身体がどんどん冷えてくる上、展望も大したことがないので、早々に退散することにします。長居しなかった理由はもう1つあって、疲労感の中で登ってきた割に、見込みよりも30分以上早く登頂できていたので、もし下りも順調ならば、下山先の小屋場で予定より1本早い1時間前のバスに乗れそうなのでした。

とはいえ気懸かりなのは、実は下山にかかる時間が全く読めていなかったことです。
頂上から城内登山口までの下りは、登山地図が1時間半を標準としているのに対して、カシミールがなんと35分という、標準の3分の1しかない値を算出していました。カシミールには、私が歩く速さを係数として入力しているので、普段から登山地図よりは短い時間を出してくるのですが、これほどの乖離があるのは稀で、本当に35分で下れるのかと半信半疑の状況です。ただ、1時間前のバスに間に合うという計算は、まさにその35分に近い時間で下れた場合のことなので、下山を始めた時点では、その通りにいくという確信は全くありませんでした。

城内登山口への下り口は、頂上では分からなかったのですが、南西側に少し移動すると標識が見つかりました。
城内コースは下り始めこそ、岩の間を縫うような急で細い道が続き、段差の大きな箇所も少なくなくて要注意だったのですが、しばらく下ると一変して、道幅が広くて傾斜も穏やかな道になりました。これは快適です。
ところどころに変わった形の岩が現れます。その1番手は笠石でした。
笠石のアップです。なるほど、下の岩が笠を被っているように見えますね。
次いで現れたのが水石。上面の窪みには年中水が溜まっているのだとか。
その後も快適な下り坂がずっと続きました。ほぼ一定の傾斜が保たれた道には、段差らしい段差がほとんど現れず、単なる坂道が連なっているのです。木段などの煩わしい構造物も控え目で、登山道としては稀に見るハイウェイ級の歩きやすさ。これなら本当に35分で登山口に着くかもしれないと、駆けるように下り続けていきます。
小姫神神社は、登山地図に書かれた鳥居マークを見て、てっきり社殿があるものと思ったら、あるのはこの標識だけでした。道理で地形図には何も書かれていない訳です(登山地図は名称(小姫神山神社)も誤りですね)。
同じく登山地図に鳥居マークが書かれた清水神社も、ただ水場があるだけで、現地の標識では清水社でした。
清水社を過ぎれば、ほどなく登山口に到着です。歩きやすい道は結局ここまでずっと続いていて、そこを終始駆け下りるようにしていたら、本当に頂上から35分で着いてしまいました。これで当初の計画よりも1時間以上早く帰れそうです。それにしても変なのは、走り続けなければ到底無理だった、カシミールの推定時間。普段はもっと現実的な値が出せているのに、何故このコースでは現実味のない計算結果が出てしまったのかが謎です。

城内登山口を後にしたら、小屋場バス停までは再び長い車道歩き。まずは岩手山を正面に見ながら進みます。
途中、地図を見て近道だと思っていた道が、もう廃道同然の草ボーボー状態でどうなるかと思いましたが、なんとか無事に通り抜けられてホッとするひと幕もありました(この写真は道形が明瞭になってから撮ったもの)。
しばらくは長閑な景色が続きます。このあと小屋場バス停に着くまで、一切の道案内を見なかったので、バスの利用者が城内登山口との間を歩いて行き来することなんて、全く想定されていないようでした。
地形図に「鮹の沢」という地名が書かれているあたりで、小さな集落に入りました。久しぶりに見る人家です。
集落には、収穫を間近に控えた様子の稲田が広がっていました。春の田起こしから続いた農作業の結晶ですね。

さらに進むと、城内の集落に入りました。このT字路が、私が持っている2014年版の登山地図では城内コースの起点となっていますが、現在では特に何もない場所なので、ちょっと意味不明な感じです。
でも、古いガイドブックには城内にバス停があるという記載が見られるので、かつてはそのバス停がこの付近にあり、登山地図はその頃の名残でこの地点をコースの起点にしたままになっているのではと想像しています。
その後も、道に沿って黄金色に輝く田んぼが続きます。都市部ではすっかり見られなくなった景色ですが、こうして間近に見るのは、電車やクルマなどの車窓から見るのとはまた違った印象で、とても美しく感じました。
城内登山口から歩くこと1時間、ついに小屋場バス停付近の集落が見えてきました。登山後の5km以上に及ぶ車道歩きはやはり長く感じましたが、ようやくそれが報われる時がやって来た、はずでした‥‥。

かなり手前を歩いている時点で、少し早く着きそうだと分かっていましたが、その余裕を残したまま小屋場バス停に到着です。一応、約20分後に来るはずのバスの時刻を再確認して、一旦この場を離れようと思ったら‥‥。
!!!
なんと、道路工事による通行止めの影響で、ここにはバスが来ないという張り紙が。工事期間は10/2~10/6、つまり今日までの5日間となっていて、たまたまその短い期間に合わせるように来てしまった訳なのでした。
ひとつ手前のバス停までは来ると書かれているので、急遽あと1区間歩かなければならなくなりました。ポツリポツリと小さな集落が点在する地域ゆえ、1区間でも結構な距離がありそう。慌ててそちらに向かいます。
結局その1区間には早足でも15分かかって、隣の玉山中学校入口バス停に着いたのは、バスの時刻の2分前というギリギリのタイミング。小屋場バス停への到着に余裕を持っていなかったら、きっとアウトだったでしょう。
普段から、不測の事態に備えて、時間の余裕をなるべく最後まで残して行動するようにしています。でも大抵は何事も起こらないので、最後に何もないバス停とかで余った時間を無駄に過ごすことが多かったりしているのですが、それを実践していなければ今回は対応できなかった筈で、改めて日頃の心掛けの大切さを痛感しました。

工事区間を大きく迂回するため、バスはダイヤの時刻より10分ほど遅れて好摩駅に着きましたが、本数の少ないIGRいわて銀河鉄道線への乗り継ぎに影響はありませんでした。
好摩駅のホームから姫神山を振り返ると、この時は頂上に雲がかかることもなくスッキリと見えていました。
反対側の岩手山も同様に雲が取れて、今は頂上付近の高さの大気が安定している様子。もし早く帰ることに拘らず、寒さも我慢して、あのまま頂上で粘っていたら、少しは天気が好転していたのかもしれなかったのでした。

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月山 [東北]

2017/09/09(土)

■第360回 : 月山(1984m)


今回の行先は、羽黒山・湯殿山とともに出羽三山のひとつに数えられ、古来より修験道の聖地として信仰を集めてきた霊峰・月山です。山形に前泊し、山行当日は南側の姥沢から入山、登頂後は北側に広がる弥陀ヶ原に下るという、山頂を挟んで南北に駆け抜けるコースを歩いてきました。

午前中快晴だった空は、登頂直前になって曇ってしまい、期待していた頂上からの展望は一切なし。でも天気は再び持ち直して、最後に訪れた弥陀ヶ原では、広々とした高層湿原を漂い始めた秋の気配を楽しめています。

(往路)
[前日] 市営斎場入口 15:38-15:48 相模大野 15:56-16:37 新宿
    新宿 16:44-16:57 東京 18:00-20:47 山形 (泊)
[当日] 山交バスターミナル 07:20-08:01 西川バスストップ
    西川IC 09:00-09:49 姥沢

(登山行程)
姥沢バス停    10:00
姥沢小屋跡    10:10
牛首下分岐    11:05
牛首       11:30-11:35
月山       12:30-12:50
仏生池小屋    13:30-13:40
月山八合目バス停 14:55

(復路)
月山八合目 16:00-17:50 鶴岡 18:23-20:07 新潟
新潟 20:20-22:02 大宮 22:05-22:36 新宿
新宿 22:51-23:30 相模大野


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山形で迎えた朝は、予報通りの快晴でした(駅ビルからの反射光が強すぎたからか、空の色がおかしな写真になってしまいましたが、朝に撮ったものです)。
駅近くのバスターミナルで、高速バスを待ちます。山形-鶴岡間の路線は、予約不要で使いやすかったのです。
高速バスを西川バスストップで下車。高速道路上のバス停を利用したのは、これが始めてでした。

高速のバス停から専用通路で一般道路に出ると、すぐ前に西川町営バスのバス停と待合所がありました。
西川町営バスの「西川IC」バス停は2箇所にあって、それぞれが高速の上り線または下り線に直結しています。
高速道を挟んで反対側にある上り線のバス停に移動してみたら、こちらにはただバス停が立っているだけでしたが、バスが先に来るのはこちらだと読んでいたので、ここでバスを待つことにしました(といっても待ち合わせが1時間近かったので、ここからさらに高速道に上がり、高速バスの待合室で腰掛けて待っています)。
案の定、バスはこちらが始発でしたし、ここで待っていたのが私だけだったのに対して、私がいなくなったあと下り線のバス停には凄い人数が集まっていたので、こちらから乗ったのは正解だったようです。
西川町営バスを終点の姥沢で降ります。このバスは出発時点では満席でしたが、乗客の大半を占めていた学校のクラブ活動っぽい団体さんが途中で降りていたので、最後まで乗っていた登山者は10名ほどでした。
上空には予報通りの青空が広がっています。この時点では、このままずっと好天が続くと思っていました‥‥。

歩き始めたら、まずはこの小屋で「月山環境美化協力金」を払います。1人200円でした。
そして間もなく、上のほうにリフトの駅が見えてきました。そこまでは舗装された道が続いているようです。
多くの人がリフトの駅へと向かって行く中、私はひとりこの分岐を右に折れて、道路から離れます。リフトを使ってしまうと、自分の足で登る標高差が450mほどしかなくて、ちょっと物足らない感じがしてしまいそう。
すぐに姥沢小屋跡を通過します。かつてここにあった立派な小屋は、2013年に豪雪で全壊してしまったらしい。

姥沢小屋跡の裏手から、いよいよ山道が始まります。まだ山の中腹ですから、てっきり登山道は森の中を進んでいて、涼しい木陰を快適に登れるものとばかり思っていたのでしたが‥‥。
ここが、普段の行先とは勝手の違う、豪雪地帯の山だということが頭から完全に抜けていました。月山では、標高1150mの登山口で、すでに森林限界に近かったのです。このため樹木の密度は低く、しかも低木ばかりで、満足な木陰を提供してくれません。気温が低いため、日なたを登っていても暑苦しく感じないのは幸いでしたが。
当然ながら、登るにつれて木々がどんどん減っていきます。一応日焼け止めを塗ってきているものの、これだけ日差しが強いと十分ではないかもしれないので、肌の露出を抑えたくなったのですが、中止半端な高さの樹木でも風通しを悪くする働きはしっかり果たしていて、ここでその対策を行うと暑くなってしまいそうです。なので、とりあえず帽子を被り、頭部と首筋の保護だけをキッチリするにとどめて、もうしばらく辛抱します。
もうすっかり日陰はなくなりました。気温の低さに加えて、冷たい風も吹いていて、その風に当たれば涼しくなれるのに、まだ風通しが悪くて常に風を感じられる状況ではないので、もう少し今のままで我慢します。
前方に見える景色がどんどん開放的になってきて、とても気分良く登れる道でした。
木道が続く登山道脇では、ニッコウキスゲのほか、アザミ、ミヤマキンバイなどが見られました。稀に見掛けたハクサンチドリは、どれも咲き終わりなのか、綺麗に咲いているものがなくて、写真を撮れなかったけれど。

牛首下の分岐点で、途中までリフトで登ってきた人たちと合流します。いよいよ草原の真っ只中に入り、風が良く通るようになって涼しくなったので、さらなる日焼け対策としてアームカバーを装着しました。
さらに登ると、大きな雪渓が目の前に。9月まで残っているということは、年中消えないのかもしれませんね。
稜線まで上がったところが牛首の分岐点です。前方を見ると、この先は頂上直下までやや急な登りが続いているようなので、それに備えて疲れが溜まってきていた足を少し休めていきました。

牛首を過ぎると、頂上までの標高差は約300m。まだ頂上は見えず、見えているのは頂上の肩あたりでしょうか。
せっかく景色の良い稜線上に出たのに、西側に連なる雲に邪魔されて、見えてきたはずの日本海が良く分かりません。でもこの時は、まだ見られるチャンスが当然あると思っていて、この後まさか悪くなる一方だとは‥‥。
登山道の様子はこの通り。少々急勾配な上に、時々段差の大きな箇所が現れて、ゆっくり登らないと大変です。
かなり登ったあたりで、歩いてきた道を振り返ったところです。この時も、こんな景色なんてこのあともいつでも見られると思っていたのに、下界まで見下ろせたのは、なんとこれが最後だったのです。

鍛冶稲荷神社の前まで登ると傾斜が緩んで、頂上部も目前に迫りました。
広い頂上部に入りました。これでほぼ登頂したも同然ですが、最高点はもう少しだけ登った所にあるようです。
最後にこの階段を登れば頂上で、そこには月山神社本宮が鎮座しています。
ここから月山神社本宮に入ります。
月山神社本宮内は撮影禁止でしたので、登頂の証として月山神社本宮の登拝認定証を載せておきます。参拝料と引き換えに授与するものなのだから、参拝日くらいはちゃんと記入して欲しいと思ってしまいましたけれども。

参拝を終えて戻ってくると、それまで晴れていたのが一変、ガスに巻かれてしまいました。
頂上を振り返ってもこの通り。このあとここに滞在している間は、ずっとこんな調子が続きます。
西には日本海の大海原を一望できるはずだったのですが‥‥。
もちろん東側だって何も見えません。でも、ほんの30分でも早く着いていれば、また全然状況が違ったことでしょう。登り始めた時間が私と同じでも、途中までリフトを利用した人なら、展望を楽しめたのかもしれませんね。
頂上の東側は小さな湿原になっていました。展望が皆無なので、近くの池塘などを見ながらの休憩となります。

頂上での休憩を終えたら、北に伸びる緩やかな尾根を下っていきます。最初はガスの中でしたが‥‥。
下るにつれて天気は少し持ち直して、時々晴れ間がのぞくようになりました。
尾根の東側には広い湿原が見られました。行者ヶ原のようです。
傾斜が緩やかなところは、大抵は木道か石畳のようになっていて、とても気持ち良く歩けます。
しかし、ゴツゴツした岩の上を渡り歩くような箇所も結構あって、得手不得手が分かれそうな道です。私はこういう所は苦にならないので、難儀している人も散見される中、快調に下って行きます。
しばらく下ると、前方に仏生池小屋が見えてきました。

仏生池小屋です。
小屋の目の前には小さな池があります。特に標識はなかったけれど、これが仏生池なのでしょう。
仏生池小屋の屋根越しに、下ってきた尾根を振り返りました。

仏生池小屋を過ぎても、岩がゴロゴロした箇所の多い道が続きます。
慣れていない人には、相当に歩きにくい道なんでしょうね。頂上から月山八合目までの間は、登山地図の標準コースタイムがかなり長めになっているのが気になっていたのですが、その理由はこの道の状況にあるようです。
前方に大きな湿原が見えてきました。ゴール地点の手前に広がる弥陀ヶ原です。
次第に登山道脇の草丈が高くなって‥‥。
近くに池を見掛けるようになると‥‥。
間もなくその弥陀ヶ原に入ります。当初はこの分岐を直進して、月山八合目に直行する計画だったのですが、ここまで快調に下ってきたことで時間に余裕ができていたので、右折して弥陀ヶ原を巡っていくことにしました。
駐車場まで、直進すると30分、これから向かう右の道は50分となっているので、20分ほどの寄り道コースです。

弥陀ヶ原に入って、木道をのんびりと歩きます。
湿原を見ると、やや茶色を帯びた色彩に秋の気配が感じられます。もう少し遅ければ草紅葉を楽しめたでしょうから、ちょっと中途半端な時期に来てしまったのかもしれません。
それにしても池塘の多いこと。弥陀ヶ原の池塘群は「いろは四十八沼」と呼ばれているようです。
足元で咲いていたのは、リンドウなど秋の花々が主体でした。
ここまで下ってきても、日が差したり陰ったりで、スッキリとした青空は戻りません。雲の合間から月山の頂上が姿を現したのも、ほんの一時の間だけで、写真には収められませんでした。
湿原内で見掛ける人は数えるほど。とても静かに時が流れていて、1日を締めくくるには最高の雰囲気でした。
もう少し、弥陀ヶ原の写真とお付き合い下さい。

弥陀ヶ原を満喫したら、月山中之宮(御田原神社)から、駐車場やバス停がある月山八合目に向かいます。
弥陀ヶ原の外れにあったベンチ。湿原はこのあたりまでで、道も下り坂に変わっています。
ゴールの月山八合目に到着しました。写っている「月山レストハウス」で食事をしていくはずが、帰り支度をしたりバス停に並んだりしていたらタイミングを逸してしまって、ここでは食べ損ねてしまいましたけれど。
月山八合目のバス停は、駐車場の中にありました。バスは計ったように座席定員ピッタリの乗客数で発車、約2時間かけて鶴岡駅まで下ります。途中で経由した羽黒山界隈は、いかにも霊山といった神聖な雰囲気が漂い、往時の機能と景観が今なお保たれているという門前町の佇まいも印象的で、また改めて訪れてみたくなりました。なおその羽黒山では、バスから降りた人よりも乗ってくる人のほうが多く、その先は何人かが立席になっています。
今回の遠征、行きは山形駅からのアクセスでしたが、帰りは鶴岡駅が起点となったので、行きとは全く違う新潟経由の経路となります。特急と新幹線を乗り継いで帰京し、帰宅できたのは日付が変わろうかという頃でした。
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一切経山・吾妻小富士 [東北]

2016/10/22(土)

■第336回 : 一切経山(1949m)・吾妻小富士(1707m)


この日は、つい4日前(10月18日)に火山活動の沈静化に伴って登山道の通行規制が解除され、浄土平から登れるようになったばかりの一切経山を、吾妻小富士とセットで登ってきました。

活火山らしい荒涼としてダイナミックな山並みが、圧倒的な迫力で訴えかけてくる中、点在する湖沼群が神秘的な色彩で優美に魅了してくるという、素晴らしい景観の数々に、この場所がすっかり気に入ってしまいました。
しかもこれらが、4時間ほどの軽めの山歩きで気軽に楽しめるので、皆さんにも自信を持ってお薦めします。

吾妻小富士から、眼下の火口越しに一切経山を振り返ったところ。こんな迫力満点の景色があるかと思えば‥‥
『魔女の瞳』の異名を持つ五色沼。一切経山から見下ろすこの景色が、この日一番の楽しみだったのでした。

(往路)
古淵 05:37-05:41 町田 05:53-06:27 新宿
新宿 06:39-06:52 東京 07:12-08:48 福島
福島 09:50-11:30 浄土平

(登山行程)
浄土平バス停 11:40
一切経山   12:45-12:55
鎌沼     13:20
浄土平バス停 13:55
吾妻小富士  14:20-14:30
浄土平バス停 14:40

(復路)
浄土平 15:40-16:50 福島 17:01-18:10 大宮
大宮 18:13-18:44 新宿 19:00-19:34 相模大野
相模大野 19:45-20:00 南警察署前


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東北新幹線の車内に福島駅到着のアナウンスが流れる頃、車窓にこれから向かう東吾妻の山々と安達太良連峰が現れました。写真右半分が東吾妻の山々で、左端が安達太良連峰です。
東吾妻の山々を拡大しました。ピントが少しボケてしまいましたが、吾妻小富士は火口を一周するお鉢の様子も良く見えていました。(下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します)

福島駅からバスに揺られること約2時間、磐梯吾妻スカイラインのほぼ最高点に当たる浄土平に到着しました(右端が乗ってきたバス)。広大な駐車場は観光バスやマイカーで埋まり、多くの観光客で賑わっています。
浄土平周辺では紅葉の見頃を過ぎていましたが、標高を下げればまだまだ楽しめる場所もあるので、磐梯吾妻スカイラインも渋滞するほどではなかったものの、交通量はかなり多かったです。
振り返れば、最後に登る予定にしている吾妻小富士が、もう目と鼻の先にあります。1時間ほどで周遊できるとあって、観光客が列をなして登っている様子が手に取るように分かりました。
浄土平へのバスの運行は1日2便しかなく、それを利用する限り滞在時間を4時間しか取ることができません(なぜ、もっと余裕を持って観光できるダイヤにしないのだろう?)。しかもバスの到着が10分ほど遅れたので、慌ただしく支度をして歩き始めます。一切経山への登山道は、広い駐車場の一番奥から始まっていました。

登山道に入りました。こんな穏やかな道なのは、最初のうちだけです。
目指す一切経山は、この山に隠れてまだ見えていません。以前はこの山に登山道が付けられていて、それが一切経山への近道だったのですが、この山の中腹にある噴気孔から火山ガスが噴出していることから通行止めになっていて、現在は左側から回り込むようにして一切経山へ向かう形になっています。
すぐに、岩がゴロゴロした歩きにくい道に変わりました。段差の大きな箇所も多くて、なかなか疲れます。
しばらくして振り返ると、吾妻小富士を見下ろせる高さになっていました。写真左端はバスを降りた浄土平で、一切経山を登り終えて浄土平に一旦戻ったのち、見えてきた吾妻小富士頂上のお鉢巡りをする予定です。

やや急な登山道をひとしきり登ると、突然平坦地が現れて視界が広がりました。
このあたりが湿原が広がる酸ヶ平で、湿原を見ると草紅葉が終わって枯れ色になっていました。登山道は一切経山と鎌沼との分岐点になっていて、まずは右折して一切経山を往復してから、直進方向の鎌沼へと向かいます。
こちらが右折方向ですが、まだ一切経山は見えていません。
前の写真にも小さく写っていますが、すぐに酸ヶ平避難小屋の前を通過していきます。
酸ヶ平避難小屋を過ぎてから振り返ると、酸ヶ平の小湿原の先に、後で向かう鎌沼が見えてきていました。

その先にも、岩ゴロでザレた地面の歩きにくい登りが続きますが‥‥。
ようやく前方に目的の一切経山を捉えると、そこからは傾斜が緩んでくれました。
とはいえ、岩ゴロのザレた地面は相変わらずで、あまり快調には登れません。
それでも、最初のうち一切経山を隠していた手前の山に達したあたりからは、地面が砂礫だけになって、かなり歩きやすくなりました。
振り返ると、吾妻小富士がすっかり眼下になっていました。
いよいよ頂上が目前です。ところで寒さを心配していたら、気温が思ったほど低くはなくて、自宅から羽織っていたフリースは登り始めてすぐに脱いでいました。しかし元々少し強めに吹いていた冷たい風が、前方に遮る物がなくなったこの付近で急に強まったので、ここからは再びフリースを羽織り、手袋もして登っています。

一切経山の頂上に到着しました。
歩いてきた時間は浄土平から1時間と少々、標高差も400mに満たないほどなので、ほとんど疲れはありません。
かなり広い頂上です。とにかく風が強いため、皆さん風下側の斜面で休憩していて、風上側には誰もいません。
周囲には360度の大展望があって、三角点の等級も一等でした。
頂上を通り過ぎて北側に少し下ると、本日最大のお目当てだった『魔女の瞳』が姿を現しました。これが見たかったんですよ!。吾妻山の火口湖のひとつである五色沼は、光線の具合で刻々とその色彩が変化することや、割と整った円形をしていることから、このように呼ばれることになったとか。
上空には雲も多かったのに、この時まではしっかりと晴れてくれて、日差しを受けて青く輝く水面が見られたのはラッキーだったと思います。異名の持つ印象からか、本当に吸い込まれそうな色に見えました。

もうひとつ目を奪われたのは、やはり周囲に広がるパノラマでした。東南側から西側にかけての眺めがこちら。
  ※下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
吾妻小富士と安達太良山をアップにしました。写真右奥にやや淡く写っているのが安達太良連峰です。
続いて磐梯山のアップです。写真では少し分かりにくいのですが、磐梯山の後方で、より遠くの山々が雲海に浮かんで見えているさまも綺麗でした。
一方こちらは西側から北側にかけての展望です。月山の右奥には、遙か遠くの鳥海山が霞んで見えていました。
  ※下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
蔵王連峰を少しアップにしてみました。

あまり時間に余裕がありませんし、寒風に吹かれていると身体が冷えますし、さほど疲れてもいないので、短い休憩ののち一切経山を後にします。ガレ場・ザレ場の下りには慣れているので、難渋している人たちも多かった中をスイスイと飛ばして、あっという間に酸ヶ平の湿原と鎌沼が見えるところまで下ってきました。
一切経山から酸ヶ平の分岐点まで、下りは15分しか掛からなかったので、この後の行程が少し楽になります。
登山者が多かったりして思うようなペースで歩けなかった場合には、鎌沼への寄り道を省略することも考えていたのですが、通行規制の解除直後ということもあってか、幸い登山道が渋滞するような人出はありませんでした。
ということで、分岐点からは当初の計画通りに鎌沼へ向かいます。これまで荒涼とした風景の中ばかりを歩いてきたので、酸ヶ平の穏やかな景色には心が癒されるような気分でした。

ほどなく鎌沼が見えてきました。
鎌沼の西岸には木道が続いていて、周囲を約半周することができます。
鎌沼の畔を歩いている間、ずっと曇っていたのが残念です。
半周もしていると、岸辺の様子には次々と変化があり、対岸に見える山も入れ替わりました。
このあたりで鎌沼は見納めとなりました。木道は次第に岸辺から離れていきます。

鎌沼を離れて少し進むと、浄土平と、これから登る吾妻小富士が見えてきました。
ただ、ここから浄土平への下りが、特にはじめのうちは少々歩きにくかったです。このように木段になっている分には問題ないのですが、そこそこの傾斜があるのに足元の良くない箇所も結構ありました。
戻ってきた浄土平は、今回はただ通過するだけで先へ。
締めは、この吾妻小富士です。最初に見た時と変わらず、観光客の列が途絶えることなく続いていました。

それでは、吾妻小富士への登山、スタートです。標高差は130mほど、ほんのひと登りというところでしょうか。
しかし、稜線に上がるまでずっと続いていた木段が、元々歩幅の合わない段差がある上に荒れていて、歩きにくいことといったら。段と段の間の土砂が流れて障害物のようになっている箇所も多々あって、登山者しか歩かないような道ならまだしも、観光客には少々酷かなと思いました。そろそろ再整備するほうがよろしいのでは?
それでもこちらは、一応は山慣れしている身です。歩きにくさゆえに(単に登るのが辛くて、という人も少なくなかったのかも)あちこちでヨタヨタしている観光客を横目に、5分もあれば稜線に出ました。
火口を挟んだ向かい側に最高点があって、すでにそこまでの標高差の半分は登り終えたでしょうか。どちらからでも回れますが、登りが、距離が長くてアップダウンもある道のりになるよう、反時計回りを選びました。

ここから、火口壁をぐるりと一周する、いわゆる「お鉢巡り」が始まります。まだしばらくの間は、登り坂が主体となっていて、いくつかの小さなコブを越えながら登り詰めていく具合でした。
振り返ると、浄土平がもう結構小さく見えています。その右上が最初に登った一切経山で、左手前ピークの中腹からは、噴気が上がっているのが分かりました。(下の写真にマウスを乗せると噴気孔の位置を示します)
2つめのコブまでは、割としっかり登らされる感じでした。稜線上は砂礫の穏やかな道になっていますし、外側もなだらかな斜面なのですが、火口壁の内側はどこも結構険しかったです。
2つめのコブを越えれば、あとはもう小さなアップダウンを残すのみ。その先に待っていたのは、天空の散策路とでも呼ぶべき、実に気持ちの良い稜線歩きでした。
浄土平から見て向かい側に当たる場所まで回ると、反対側の火口壁越しに一切経山を望む眺めになりました。火山活動の繰り返しが生んだ荒々しい山肌が印象的で、本当はもっとスケールの大きな風景が広がっているのですが、あまりの大きさゆえにカメラに収まりきらず、その規模感をお伝えできないのが残念で仕方ありません。
奥に見える最高点が迫ってきて、目の前にあるコブが、どうやら最後のアップダウンになるようです。
いよいよ次のピークが最高点。到着は間もなくです。

頂上を示す物はありませんでしたが、ここが吾妻小富士の最高点の模様。厳密には右端の岩の頂点でしょうか。
ということで、その岩の上にも立っておきました。岩の頂点を見ると粗いコンクリート製の土台状のものがあり、ボルトだけが上に突き出ていたので、かつて、何らかの標識的なものが設置されていた痕跡かもしれません。
吾妻小富士からも、360度の大展望が楽しめました。こちらは近くに山々が連なる、南側~西側の眺めです。
  ※下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
南側の展望をアップで。写真左奥が安達太良山です。
こちらが北側の展望で、右奥の彼方に霞んでいるのが蔵王連山。手前で白い山肌をさらしているのはシモフリ山で、火山ガスの噴出が盛んなためにこのような景観をしています(このあと、帰りのバスがこの中を通過して行くのですが、この区間では走行中に窓を開けないようにと書かれた道路標識が立っていました)。
東側の眼下には紅葉の素晴らしいエリアが広がっていて、最初にその中をバスで通ってきていたのでした。さらにその先には福島市街が広がっていますが、靄がかかってそこまで見渡せなかったのが残念です。

吾妻小富士で少し休んだら、まだ少し早いですが浄土平に戻ってしまうことにして、お鉢巡りを完成させます。しばらく下ったあたりから、吾妻小富士の最高点を振り返りました。
下りはあっという間で、5分ほどで浄土平への下り口まで来てしまいます(観光客は、慣れないザレ場の下りにあちこちで右往左往したりしていましたが‥‥)。
木段区間に入ると、しばしば観光客の列に追いついて思うように進めなくなりますが、これだけ歩きにくい木段ではそれも仕方ありません。さらに、まだこれから登ってくる観光客も多くて、すれ違いも多々発生しました。
それでも、吾妻小富士の最高点から浄土平までは10分ほど。観光客も多いエリアなので、計画通りに運ぶか心配もしていたのですが、終始いいペースで歩けたので、帰りのバスに1時間の余裕を持って戻ってこられました。
そのおかげで、レストハウスに寄って、軽く腹ごしらえをしたり、お土産を買ったりする時間が取れました。
最後はこのバス停に並んで、帰りのバス(すでに停まっていますが)を待ちます。意外なことに、帰りは全く遅れないどころか、定刻よりも早くに福島駅に着いてくれて、新幹線への乗り継ぎもいたってスムーズでした。

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