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高岩山・上高岩山・大岳山 [奥多摩]

2018/04/28(土)

■第382回 : 高岩山(920m)・上高岩山(995m)・大岳山(1266m)


大型連休に入ったこの日は、いつものように交通機関の混雑を避けるべく、近場の奥多摩に出掛けてきました。
今回が6回目(グループ山行を合わせると+1回)となる大岳山は、主要な登山コースの中で、養沢からのサルギ尾根と、白倉からの表参道がまだ未踏だったので、前者を登り、後者を下るコースを歩いています。
関東地方の多くで夏日となったこの日も、山の中に入るとまだ空気はヒンヤリとしていて、心地良く吹いていた風にも恵まれ、涼しい午前中のうちに歩き終えたこともあって、暑さを感じることもなく快適に過ごせました。

(往路)
古淵 05:36-05:58 八王子 06:08-06:23 拝島
拝島 06:26-06:44 武蔵五日市 07:01-07:27 大岳鍾乳洞入口

(登山行程)
大岳鍾乳洞入口バス停 07:30
高岩山        08:55-09:05
上高岩山       09:30-09:40
芥場峠        09:55
大岳山荘       10:25-10:30
大岳山        10:45-11:00
白倉分岐       11:20
(展望ベンチ)     11:30-11:35
大嶽神社       12:00-12:30
白倉バス停      12:35

(復路)
白倉 12:51-13:20 武蔵五日市 13:32-13:49 拝島
拝島 14:01-14:12 八王子 14:30-14:42 橋本
橋本 14:45-14:55 古淵


大きなマップで見る

武蔵五日市駅から上養沢行きのバスに乗り、終点の1つ手前の大岳鍾乳洞入口で下車します。ここで降りたのは確か5人(いずれも単独行)で、大滝へ向かった様子の1人を除いて、4人がサルギ尾根に取り付きました。
まずは、バス停のすぐ向かいにある養澤神社への石段を上がります。
というのも、サルギ尾根の登山道は、養澤神社の境内に登り口があるからなのでした。

養澤神社の拝殿の右奥がサルギ尾根の登山口になっていて、ここからすぐに登りが始まります。
登山口のすぐ上にはシャガの群落がありました。
登山道は、いきなりの急登で始まります。特に登りしなは、足場の悪い急斜面に強引に道を開いたような感じで、しばらく続いた鉄パイプの手摺りがなかったら、登り下りともに結構厳しいくらいの傾斜がありました。
途中で振り返ると、登山口の神社がほぼ真下の角度に見えていて、いかに急な斜面なのかを物語っていました。
手摺りがなくなって普通に歩けるようになっても、急坂はもうしばらく続きます。
急登に耐えること30分ほど、ようやく傾斜が少し緩んで、並の登山道になってきました。でも当分は植林の尾根が続くので、傾斜に多少の変化はあっても、こんな感じの景色はほとんど変わりません。

登り始めて小1時間ほど経つと、ほぼ平坦な区間が現れて、ようやくひと息つけました。平坦な区間の終わりにはこんなベンチもあって、腰掛けて休めるようになっています。
そしてベンチのすぐ奥にはこんな標識が。
標識の奥にあった「炭焼き窯跡」です。このサルギ尾根は、10年以上前の登山地図ではまだ登山コースが描かれておらず、数年前から難路としてコースが描かれるようになったのち、一般登山道の記載に変わったのはつい最近です。だから登山者が増えたのは近年のことで、それ以前は専ら山仕事で歩かれていた尾根なのでしょうね。

さらに登り続けると、次第に大きな岩が増えてきて、岩を乗り越えたり、岩の間をすり抜けたりしつつ、高度を上げていきます。そんな中で現れた小ピークにはベンチがあったので、ここで少しだけ足を休めていきました。
なお、現地ではここがてっきり地形図の809m標高点ピークだと思っていたのですが、帰宅後にGPSデータを確認すると、実際にはそのわずか手前の790m圏のコブだったようです。もっともこの付近は崖記号で等高線が省略されているなど、地形図も必ずしも正確に描けていない可能性がありそうなので、確かなことは分かりませんが。
その後も所々に岩場が現れる道が続いて、時には手を使ったりもして登っていくうちに、高岩山に着きました。特に山頂の標識はなく、道標に現在地名が記されただけの地点で、樹木に囲まれてほとんど展望もありません。
それでも、目指している大岳山だけは、樹木の間から姿を窺うことができました。

高岩山からは、一旦大きく下ってしまいます。ここは、上高岩山との最低鞍部あたりまで下ったところ。
上高岩山への登り返しが始まりました。このあたりまで来ると、植林の合間に雑木林が混ざるようになって、鮮やかな新緑を愛でながら登れたりもしています。
上高岩山の直下になると、かなりの急坂が続くように。登山道は時折ジグザグを描いてくれるものの、直登気味の場所も多くて結構きつかったです。
思いっ切り逆光の写真しか撮れませんでしたが、展望台を兼ねた休憩舎のある上高岩山に到着しました。
展望台からは、北東側を中心とした90度くらいの範囲を眺められています。先のほうで霞んでいるのは市街地なので、見えていたのは今いる場所よりも低い山々ばかりでしたでしょうか。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
ところで、同じバスから降りた人たちのうち、2人とは歩くペースが近くて、ここまでも何度か顔を合わせていましたが、この展望台で一旦その3人が揃うという展開でした。ただ、ここで私が先発すると、以降は2人の姿を見ることがなかったので、私と同様に大岳山を目指したのか、それとも御岳山に向かわれたのかは不明です。

上高岩山から先は、既に歩いたことがある道になって、すぐにロックガーデンからの破線路を合わせます。
さらに進むと芥場峠の分岐点。ここで御岳山からの道を合わせるので、ここから先は急に人が多くなりました。
その後は、しばらくは穏やかな道が続いて、新緑の中を気持ち良く歩けます。
この標識には見覚えがないので、最近設置されたものなのでしょう。でも滑落注意の岩場なんてあったっけ?
なんだ、ここのことか。階段状になった岩道を普通に歩いて通るだけなのに(手を使うこともなく、距離もごく短い)、こんな所で滑落の心配をする必要がある程なら、その人はこの先大岳山には登れないと思うんだけど。
大岳山に近づくにつれて、穏やかな道と岩場が交互に現れるようになります。
ここも普通に歩いて通れる岩場で、何のためにクサリがあるのか分からないような場所です(冬場の凍結時には有難いのかもしれませんが、この先のもっと険しい岩場には何も無いので、あまり意味があるとも思えず‥‥)。

そうこうするうち、大岳山直下の分岐点まで来ました。閉鎖されて久しい大岳山荘は、すっかり傷んでますね。
大岳山荘の先には、ヘリポートを兼ねた展望台があります。崩落の危険があるため現在はそこに立てなくなっていますが、立入禁止のフェンス越しに、笹尾根の末端あたりや丹沢の山々を眺められました。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。
大岳山荘のすぐ上には大岳神社があって、下山先の白倉にある大嶽神社の奥宮にあたるらしい。ここで登山の無事をお願いして軽く拝んだら、いよいよこの先に控える、大岳山への最後の急登に取り掛かります。

大岳神社前から急な道を登っていくと、次第に岩場が増えていきます。
そして大岳山の直下に入ると、岩場が続くようになりました。普通に2本足で立ったまま登り下りできる岩場で、登りならば手を添えるような箇所もほとんどないものの、そこそこ急登になるのが結構きつかったです。
そんな岩場もさほど長いものではなく、ほどなく頂上から人の声などが聞こえるようになってきます。

大岳山の頂上に到着です。大型連休が始まり、混み具合が気になって、早めに来てみたのでしたが、はて‥‥。
(頂上を通り過ぎて反対側から)幸い登山者の数はほどほどで、腰掛ける場所もいくらでも探せる状況でした。
大岳山の頂上標柱とともに、一応は見えていた富士山(右上)を写してみました。
大岳山からは、南から西にかけての広範囲のパノラマが楽しめました。ただ展望を楽しむには気温が上がりすぎたのか、富士山など遠くが霞みがちであまり鮮明ではなかったのが残念です。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
富士山をアップに。富士山の右手前は権現山で、その手前が笹尾根、そして一番手前が浅間尾根でしょうか。

大岳山を後にしたら、2015年に登ったことがある南尾根コース(登山地図では一般登山道表記)を下ることに。
その時は頂上まで登り詰めた道ですが、その際に上からでは下り口が分かりにくいのを確認済みでしたし、そのあたりに人もいたので、一旦登ってきた道を戻り、ほんの僅か下った所にあるこの標識の地点を右に入ります。
意外なほど明瞭な道は、大岳山の南を平坦に巻いて進む一方で、しまいには鋸山への道まで行ってしまいそう。でも途中に何となく見覚えのある地点があって(この写真とは別の地点)、そこから細い踏み跡に入りました。
その踏み跡は、はじめのうち、立ち木に掴まりながらどうにか下れるような危なっかしい急降下で、前回はこんな所を良く登ったなと感心させられるほど。道が明瞭になったのは、かなり下って傾斜が緩んでからでした。最新の登山地図ではここが一般登山道として書かれていますが、とても一般の登山者が安心して歩ける状況の道ではなく、地図の表記には違和感を覚えています。これと違う道がほかにありそうにも思えなかったしなぁ‥‥。
南尾根コースは最後に、何の目印もない地点で大岳山荘からの道に合流、少し進めば鋸山方面との分岐点です。

そこからは、馬頭刈尾根コースを少しだけ進みます。白倉への分岐点までは、穏やかで歩きやすい道でした。
このベンチの地点は好展望でしたが、頂上と同じような方角の眺めだったので、ここからの展望は割愛します。
白倉への降下点となる分岐まで来ました。この先は登ってきたサルギ尾根と同様に、初めて歩く道になります。

白倉への道は、登山口にある大嶽神社からの、かつての表参道。しかし上部はずっと植林帯で、道にも期待していたような古さが感じられなかったので、恐らく道は付け替えられてしまっているのでしょう。
参道らしい趣は全くありませんし、植林の似たような景色ばかりが続く上に、ジグザグの繰り返しも単調です。
それでも、そのジグザグによって一定の傾斜に抑えられた道が、歩きやすいことだけが救いでした。路面も足裏に優しい柔らかな感触で、スピーディーにグングンと下れます。
道端では、往時の名残らしい丁石を見掛けることもありました。
しばらく下ると、雑木が混ざるようになって森の雰囲気が少し変わります。このあたりは、落ち葉が厚く積もったフカフカの道だったので、秋頃には紅葉が楽しめるのかもしれません。

途中で唯一展望が開けていた地点には、丸太で作られた簡易なベンチが置かれていました。
展望ベンチからは、笹尾根や浅間尾根の山々を眺められたので、そこで少し足を休めていきます。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
ただ富士山は大いに霞んでいて、アップにしても、もう写真では存在が分からないほど微かな見え方でした。
さらに下ると、道が深く抉られた箇所があり、もしかすると、古くからの道が残されていたのかもしれません。

車道を横断する地点まで下ると、もう人里も間近です。
その後はすぐに鳥居をくぐります。鳥居の両脇には大きな庚申塔と「大嶽社」と彫られた笠塔があり、さらに「一丁目」の丁石が立っていたので、ここが大嶽神社奥宮へのかつての登山口だったのでしょう。
そしてほどなく、前方に集落が見えてきて、登山道も車道に合わさりました。
大嶽神社は、車道に出てすぐのところにありました。
あまりに快調に下れたため、バスの時間には40分以上の余裕がありました。バス停付近に時間を潰せる場所がないと分かっていたので、神社の境内で時間調整していきます。ここにいた30分程は、誰も来なくて静かでした。
最後は白倉バス停で、武蔵五日市駅行きのバスを待ちました。

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戸倉城山・グミの木山・臼杵山 [奥多摩]

2018/04/14(土)

■第380回 : 戸倉城山(434m)・グミの木山(656m)・臼杵山(842m)


夕方から天気が崩れるという予報が出ていたこの日は、山の中で天気が持つのは昼過ぎくらいまでと考えて、近場の奥多摩を行先として計画していたコースの中から、午前中に歩き切れるものを選んで出掛けてきました。

(往路)
古淵 05:36-05:58 八王子 06:08-06:23 拝島
拝島 06:26-06:44 武蔵五日市 07:01-07:09 西戸倉

(登山行程)
西戸倉バス停 07:10
戸倉城山   07:40-07:50
盆堀山    08:10
荷田子峠   08:35
グミの木山  09:15-09:20
臼杵山(南峰) 10:05-10:10
臼杵山(北峰) 10:15-10:20
元郷バス停  11:10

(復路)
元郷 11:35-11:54 武蔵五日市 12:02-12:19 拝島
拝島 12:31-12:42 八王子 12:50-13:02 橋本
橋本 13:05-13:16 古淵


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武蔵五日市駅から乗ったバスを、西戸倉で下車します。バスに乗っていた時間はほんの8分ほどで、駅のあたりと標高はほとんど変わらず、バス停の周辺にも住宅街が広がっていて、登山口という雰囲気はありません。
すぐに細い道に入ると、早速道標による道案内が始まって、行く手には最初に登る戸倉城山も見えていました。
道標に従って進むと、家並みが途絶えて道路が終わった先に、戸倉城山への登山道が続いていました(右上に分かれて登っていくのは山口神明社への石段で、登山道は道路の延長線上に続きます)。

かつて山城があった山だからか、比較的急な斜面が続きます。しかも、登山道はその中をほとんど直登しているため木段の箇所が多く、ろくに身体が暖まらないうちからいきなりトップギアで登らされるような具合でした。
はじめのうち道の両側に見られた石垣が終わって、一旦は傾斜が緩んだ先にも、また木段が続いていました。
小尾根に上がった先もほぼ木段の道。ようやく身体が暖まって、普段の感覚で足が動くようになってきました。
頂上直下の分岐点で、臼杵山から北東に延びてきたグミ尾根に突き当たりました。ここから山頂を往復します。
一段登ったところにはトイレがあって、利用させて頂いたところ、なかなか素朴な構造のトイレでした。

もう一段登れば戸倉城山の頂上です。さほど広くない割には、結構な数のベンチがあって、余程の大人数が居合わせなければ休憩には困らなさそう。この時はまだ朝の8時前とあってか、ほかに人の姿がなくて静かでした。
頂上標柱を正面から。その後方は唯一開けていた東側です。
頂上部で最も高い一角に三角点が設置されていて、眺めもここからが邪魔物がなく一番スッキリしていました。
といっても曇り空だけに、その展望は、五日市市街を一望できるところまででした。都心の高層ビル群はすっかり霞んでしまい、ぼんやりとその存在が分かる程度にとどまっています。

頂上から引き返したら、先程の分岐点を直進して、臼杵山まで続くグミ尾根に入ります。
まずはガクンと高度を落とします。鞍部では、送電線鉄塔越しに、これから向かう尾根を眺められました。
その後は小刻みなアップダウンが繰り返されるようになります。ほどなく現れる391m峰が盆堀山ですが‥‥。
盆堀山を通過して振り返ったところです。この通り展望も何もない地味な地点ですし、道幅も細いままで全く変わらなかったので、大半の人にとってここはただ通過するだけの地点に過ぎないのでしょう。

盆堀山の次のコブには小さな祠があり、賽銭やお酒が供えてあったので、今もお参りに来る人がいるようです。
このあたりは、登ったり下ったりを忙しくさせられるばかりで、体力を使う割に全然高度が上がりません。
大きな登り下りがないのは救いですが、登り返しにはそこそこ急な箇所もあって、じわじわと消耗が進みます。
411mピークでは西側の展望が開けていて、次に目指しているグミの木山のほか、奥多摩三山の方角(大岳山は馬頭刈山に遮られて見えていなかったけれど)を眺められました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
荷田子峠の手前のピークには展望図が設置されていたので、かつては開けていたのでしょうが、当時よりも樹木が生長してしまったのか、現在はこの通り満足な眺めはありません(落葉期なら少しは見られるのかも‥‥)。

荷田子峠を通過すると、その前後で道の様子がガラッと変わったのを実感できました。
戸倉城山から荷田子峠まで、道はほぼ忠実に尾根筋を辿っていて、従って尾根上のほとんどのコブをきっちり越えながら進んで来ました。それに対して荷田子峠から先では、道は尾根から外れて山腹を通るようになり、コブを巻いてくれるようになったほか、道の傾斜もいくらか抑えられて、しばらくは楽に登れるようになります。
しかしグミの木山が近付くと、一本調子の急登が長く続く区間に入って、ここは頑張りどころでした。
でもその道は、そのままグミの木山まで登り詰めることをせず、あと50mほどという地点で右折します。
右折地点には「戸倉山茱萸御前」と彫られた石塔もあったので、上の写真の祠が、登山地図に記載の「茱萸御前」だと思われるのですが、詳細は不明です。なお、登山道がグミの木山を巻いていることが分かっていたため、ここから直登できないか窺ったところ、急な斜面が続いていて歩きにくそうだったので、ここは見送りました。
その先で道がグミの木山の北斜面をトラバース気味に進むようになると、伐採地に入って景色が開けました。
伐採地では北側が大きく開けていて、ひとつ北隣にあたる馬頭刈尾根や大岳山などが良く見えていました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。

グミの木山の北斜面を巻き終わり、登山道が尾根に戻った地点には、古びたテーブルやベンチなどがいくつかありました。ベンチの奥にあるグミの木山は、ここからなら高低差が小さく、斜面も緩やかで楽に行けそうです。
ということで、一旦登山道から外れて、この斜面を適当に歩いてピークを目指します。意外なことに踏み跡は見られなかったものの、距離が短い上にヤブもなくて、歩きやすい斜面でした。
ほんの2~3分で着いたグミの木山の頂上は、木立に囲まれたままの地味な地点でした。
ここに人が立ち寄っている気配はほとんど感じられません。私製の山名標が樹木に括り付けられていた以外には何もなく、ここで立ったまま休む気持ちにもならなかったので、先程のベンチに戻って少し足を休めました。

その後、登山道は大きなコブを2つ巻いたりしながら緩やかに登って、今度は東側が伐採された稜線に出ます。
ただ東側には、今いる地点よりも低い山しかないので、あまりパッとした眺めではありませんでした。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
その先で臼杵山への最後の登りが始まると、それは2段階にわたる急登になっていて、疲労が進んでいた足には苦しかったです。頂上直下で巻き道に入り、ようやく傾斜が収まると、北峰と南峰の間にある鞍部に出ました。

鞍部からは、ひと登りで臼杵山に到着しました。あまり広さはなく、どちらかと言えば少々手狭な感じがするくらいの頂上で、腰掛けられる物も標識のそばに写っている三角点だけでした。
頂上の標識を正面から。ところでここまで、2人の登山者を見掛けただけでしたが、それはグミ尾根がマイナーなコースだからで、戸倉三山という割とポピュラーなコース上の臼杵山には誰かしらいるだろうと思っていたら、まさかの無人です。天気予報があまり良くなかったので、この日は登山者自体が少なかったのでしょうか。
臼杵山では東側だけが開けていて、見えていたのは4枚ほど上の写真と同じような範囲だったようです。
頂上付近ではツツジがはや満開になっていたりしました。

臼杵山からは少し引き返す形で、先ほど右から上がってきたこの分岐点を、今度は直進します。
軽く登り返すと、臼杵神社のある小ピークに着きます。臼杵山を双耳峰として見た場合、先程までいた南峰に対してこちらは北峰になりますが、南峰より若干低いためか、ここには頂上的な標識等はなかったようです。
上の写真にも写っている臼杵神社を、正面から撮ってみました。

臼杵山を後にしたら、北に下って元郷バス停を目指します。この日は臼杵山までは初踏のコースでしたが、臼杵山への登頂は登山を始めた年(2005年)以来2度目で、ここからの下りはその時に登った道を逆に下る形です。

その下りには、所々に補助ロープが張られた急坂が現れます。はじめのうち、あまりロープの必要性は感じていなかったのですが‥‥。
次第に足元が滑りやすい箇所が増えてきて、何箇所かでは補助ロープに助けられながらの下りになりました。
断続的な急坂は、654m標高点前後の平坦地まで下ると収まって、以降は傾斜が緩んで歩きやすくなります。
しかし最後のほうで尾根から外れると、その先は道があまり良くありませんでした。傾斜はきつくないものの、ザレた地面に足を取られやすい状況が続くようになって、あと少しなのに気持ち良くは歩かせてもらえません。

だから、唐突に集落が見えてきて山道が終わった時は、正直ヤレヤレといった心境でした。また、臼杵山からの下りでも1人の登山者とすれ違っただけで、やはりこの日は山に入る人が少なかったのでしょう。
登山道は最後まで車道を経ることがなく、バスが通る2車線の都道に直接突き当たります(割と珍しいかも)。
車道に出て左を向けば、すぐの所に元郷バス停があり、待合所のベンチに座ってバスを待つことができました。
天気が崩れる前に、という思いで午前中に歩き終えたのですが、下山してみると、むしろ朝よりも青空が増えていたりして、まだ崩れる気配はありません。結果的には、もっとガッツリと歩くコースでもOKだったのかも。
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三室山(通矢尾根から) [奥多摩]

2018/03/17(土)

■第378回 : 天王山(351m)・細尾山(457m)・三室山(646m)


花粉の飛散がピークを迎えたこの時期、山の中でガッツリ過ごす気にはならなかったので、この日は軽く歩いて済ませようと、近場の奥多摩へ。バリエーションルートの通矢尾根を、その末端近くの白山神社から三室山まで登り詰めたら、その後はとっとと青梅側に下ってきてしまうという、距離的には割とお手軽なコースです。

とはいえ、通矢尾根は未整備なだけに厳しい急登が断続的に現れて、体力的には決して楽ではなく、また、かなりマイナーなルートであっても私製の道標を見掛けることが多くなった昨今において珍しく、ここには未だに道標類を一切見ないなど本来の「バリエーション」らしさが留められていて、いくらかの緊張感も味わえました。

(往路)
古淵 05:27-05:49 八王子 05:51-06:03 拝島
拝島 06:05-06:09 福生 06:15-06:38 大久野中学校

(登山行程)
大久野中学校バス停 06:45
白山神社      07:15-07:20
天王山       07:25
檜山路峠      07:50
細尾山       08:35-08:40
肝要峠       09:10
三室山       09:55-10:05
琴平神社      10:15-10:20
下山八幡神社    10:40
梅郷バス停     10:45

(復路)
梅郷 10:45-11:01 青梅 11:06-11:23 拝島
拝島 11:31-11:42 八王子 11:50-12:02 橋本
橋本 12:05-12:15 古淵


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今回は、珍しく福生駅からバスに乗ります。武蔵五日市駅行きの始発便は、こんな早朝にもかかわらず乗客が10人以上いて、しかも長距離の利用も多く(なぜか大半は外国の方でしたが)、そこそこ盛況でした。
大久野中学校で下車します。3つ先がもう終点の武蔵五日市駅なので、逆行便を利用する方が安上がりなのですが、その場合は到着が30分ほど遅くなります。普段なら気にしない程度の差なのに、今回敢えて交通費に目をつぶってでも早い乗り継ぎを選んできたのは、なるべく花粉の飛散が少ない時間に歩きたかったからなのでした。

車道を2~3分も歩くと、右手に幸神神社が見えてきました。
幸神神社で軽くお参りしていきます。
幸神神社のお隣にある大久野幼児園はちょっとユニークで、木造で雰囲気のある建物と、庭に並んだ木製の机や椅子に、自然の温もりが感じられました。ここで過ごす子どもたちは、感性豊かに育ちそうな気がします。
大久野幼児園のすぐ脇には細い川が流れていて、それを小さな橋で渡ります。
橋を渡って車道に出たら、道なりに直進します。空き地の満開の梅からは、甘い香りが漂っていました。

2車線の道路を横断した先に「白山神社入口」の石柱がありました。すぐ近くには新井バス停があり、武蔵五日市駅からつるつる温泉行きのバスを利用して、このあと紹介する道を歩く場合は、そこで降りるのが近いです。
登り坂に変わった道を少し進んだのち、左手に見えてくるこの木柱が示す細い道に入ります。
細い道は数軒の住宅の間を抜けるとすぐに終わり、その先に白山神社の参道が現れました。
通矢尾根を歩く際、尾根の末端にある白山神社までは、車道を歩いて上り下りするのが一般的です(その場合、「萓窪」が最寄りのバス停になります)。しかし地形図を見ていて、麓から白山神社への山道が書かれているのを発見しました。そこを歩いた記録を探しても全く見つからず、どんな道なのかは不明なものの、Googleマップのストリートビューで上2枚の写真にある「白山神社入口」の標柱が確認できたので、今も歩ける状態にありそうです。ならば、車道よりも気持ち良く歩けそうな山道を選ぼうと、このコースで計画を立ててきたのでした。

白山神社の参道は、はじめこそ石段でしたが、やがて山道に変わりました。
道の状況によって、部分的に石段の箇所があるものの、概ね山道を歩けたので、この道を選んで良かったです。
最後のほうで、寺山竹の子園のあたりに出ると、そこからは車でも通れそうな道に変わりました。

萓窪から登ってきた車道に出ると、ほどなく白山神社の鳥居の前に出て、少し奥には社務所も見られます。
白山神社の社務所前からは、都心方向が眺められました。大した眺めではありませんが、この日のコースは見晴らしの良い地点がほとんどなかったので、これでも貴重な展望です。
白山神社では、ちょうど神職の方が境内を掃き清めているところ。綺麗になったばかりの石段を登るのは清々しくて、ちょっと得をした気分になります。拝殿の前で神職の方に軽くご挨拶して、参拝をすませました。
白山神社の裏手で車道に出ると、その向かい側に少しだけ組まれた石段が見えてきました。何も案内はありませんが、ここが通矢尾根の山道への入口で、いよいよバリエーションルートの尾根歩きが始まります。

ところが、意外にも道はすこぶる明瞭で、これは相当に歩かれているなぁ、という印象でした。全然バリエーションルートらしからぬ雰囲気に、大いに拍子抜けしてしまいます。
5分ほどで着いた351mピークには、良く手入れされた小さな祠があって、その周囲もきれいに整っていました。
351mピークには「日の出山の会」の小さな赤い杭が設置されて、現在地を天王山としていました。同じ杭は、昨年5月にこの西隣のロンデン尾根を歩いた時にも見ているので、この山域を精力的にカバーしているようです。

あれ、歩きやすい道だと思っていたら、天王山から先は途端に道が頼りなくなりました。つまり、良く踏まれていたのは天王山までだったのです。ここからは想像ですが、整然としていた天王山の祠は白山神社と関連があって(奥社である可能性が高いかも)、神社の方が手入れのため頻繁に通ってきているとかではないでしょうか。
以降は、か細い踏み跡レベルの道が続きます。やっぱり、バリエーションルートはこうでなくっちゃ。道案内も皆無なので、時折現れる分岐では、進路は全て自己判断となります。割と単純な地形の尾根のため、登りでは道の選択を迷いませんでしたが、分岐点を振り返った時、下りだったら間違えそうなのが2箇所ほどありました。
そして峠が現れると、そこへ下る急斜面がもう道の体をなしていません。写真は下ってから振り返ったもので、距離が短いことと、補助ロープにも助けられてどうにか下れたものの、ロープがなければ結構危なかったかと。
明瞭な道が越えていた峠にも、「日の出山の会」の赤い杭があって、現在地を檜山路峠としていました。
そして檜山路峠は、登り返しも見上げるような急斜面で、さらに地面が脆いので難儀しました。しかも、先程の下りが短かったのに対して、今度はかなりの高さがあり、所々で這うようにして、どうにか登り切っています。
ヤレヤレと思ったのも束の間、またも急すぎる斜面が出現、再び地面に手を付いたりしながら登ります。まだ登りだから急でも何とかなったものの、この尾根を逆コースで下るのは、かなり厳しいのではないでしょうか。
その後はほぼ平坦な道が当分続いて、小刻みな登り下りが大半を占めたこの尾根で、珍しく平和な区間でした。

369mピークを通過します。「日の出山の会」の赤杭には現在地名の記載がなかったので、ここは無名峰らしい。
その赤杭に、この尾根が「通り矢尾根」と書かれていたお陰で、正しい読み方が分かりました。ただ、ネットを検索しても、送り仮名付きの表記はほとんど定着していないようなので、この記録では「通矢尾根」とします。
林道と交差する地点に出ました。通矢尾根は尾根沿いに山道と林道が並走していて、この先にも林道との出合いが2回あります。ここでは林道に出た地点に「日の出山の会」の赤杭があり、逆コースで下る際に山道の入口の目印になるようです。一方、少し林道を歩いて再度山道に入る地点には、目印的な物は何もありませんでした。
林道の路肩には、マンホール型の四等三角点がありました。
山道の続きはまたも急登。でもここは2本足で普通に歩けたので、それほど厳しい傾斜でもなかったのですが。

唐突に、山道が十字路状に交差する地点が現れて、ベンチと道標が目に入ってきました。ここまで、道案内の類を一切見ずに歩いてきたので、急に整備された登山道っぽい雰囲気に変わったことが違和感ありまくりです。でも道標を見ると、案内されているのは交差する山道のほうだけで、今歩いている尾根道は完全に無視されていました。日の出山荘からのハイキングコースが、たまたまここで尾根を越えるルートになっているのでしょう。
左手を見ると、すぐ下に林道が通っていたので、先程のハイキングコースは概ね林道を歩く具合のようです。
この分岐点は、登りでは間違えようがなかったのですが、通過後に振り返ってみて、もしも逆コースで歩いていたら確実に間違える自信がありました。そしたら一体どこに下ってしまうのだろう?(日の出山荘あたりかな)
  ※下の写真にマウスを乗せると、道の様子を補足説明します。
457mピークの細野山は、ほとんど人の手が入っていない様子で、周囲と何も変わらない森の中の1地点でした。
細野山にあったものは、上の写真の祠のほかは、この「日の出山の会」の赤い杭だけ。ここは前後に巻き道があり、巻き道のほうが明らかに良く踏まれていたので、立ち寄っていく人は少ないようです。

さらに進むと、2つの林道が合わさるT字路の少し手前の地点に出ました。ここも先程あった林道との出合いと同様、山道から林道に出た地点に「日の出山の会」の赤杭があったので、下る人にとって山道の入口が分かりやすいように、という設置の意図が窺える気がします(専ら下る人の便宜が図られているところをみると、この尾根は下りで歩く人のほうが多数派、ってことなのでしょうか? でもそれだと崖のような急斜面を何度も下ることになり、大変どころか危険にすら思われるので、この尾根は登りで歩くほうが無難な気がします)。
T字路には珍しく道標が立っていて、今歩いてきた方向を示していました。といっても、未整備の尾根道が一般向けに案内されているはずがなく、林道を下っていくと、先程交差したハイキングコースに繋がるのでしょう。
T字路付近で、車を3台ほど見掛けました(直後に2人組のハンター(らしき方々)と会ったので、一部はその方々の車だった模様)。それはともかく、この左手の斜面に、とても道があるようには見えないのですが‥‥
なんと、ここを登るのが正解なのでした。ヤマレコの「みんなの足跡」を見て、この地点に登り口があると知っていなかったら、とてもこんな所が道だとは思わなかったでしょう。ここも取り付きは急な崖でしかなく、登り出しなどは、生えている草を掴み、それを手掛かりに体を引き上げる具合だったので、下るのはヤバそうです。

しばらく進んで、みたび林道と出合うのが肝要峠です。ここには、尾根を進む2本の道(山道と林道)のほか、峠越えの山道を加えた計3本の道が一堂に集結して、6差路になっています。このうち道標が道案内をしているのは林道と肝要へ下る道だけで、尾根通しの山道はここでも存在が認められていないような扱いでしたが、これまで同様、下る人にとって山道の入口となる地点には、「日の出山の会」の赤杭が埋められていました。
肝要峠では本当に林道を横断するだけで、すぐに向かい側の山道(ちょっと隠れた位置にあって、北東側へ下る道に少し入らないと見つからない)に取り付くと、その先にも急登が待ち構えていました。
しかもこの急登が、ここでは少し長く続きます。途中にはこの通り補助ロープが下がるような場所もあって、逆コースで下る場合には転げるような急坂に感じるのではないかと思われました。

送電線鉄塔の脇を通過する地点まで来て、南側の景色を少し眺められたのが、この尾根での唯一の展望でした。
その後は道幅が広がって、しばらくの間は歩きやすい道が続きましたが‥‥
それは登山道が送電線巡視路と重なっていたからで、ほどなく巡視路を分けると、また細い道に戻りました。
通矢尾根の最上部まで登り詰めたところで、ようやく一般登山道にぶつかりました。ここは、吉野側から登ってきた道(右)が、三室山へ向かう道(直進)と巻き道(左)とに分かれる地点です。従って、三室山から下ってきて通矢尾根に入る場合は、この地点から、何も道案内のない直進方向の踏み跡を追うことになります。
結局、通矢尾根のコース上には、最後まで道案内が一切ありませんでした。時折見掛けた「日の出山の会」の赤杭は、現在地を示すだけで進路については何の示唆も与えないようになっていて、このようなバリエーションルートにおける好ましい関わり方ではないでしょうか(赤杭は、正しいコース上にいるという確認にはなります)。そのほか、他のコースでは目立ちがちなテープやリボンなどもここではその存在が控え目で、こうした目印を追って歩くだけにならないところに、バリエーションルートらしい面白さが色濃く残されていると感じました。

一般登山道に出たら、あとはひと登りで三室山の山頂に到着です。
いくつかの標識と三角点があるだけの、割と手狭な感じの山頂でした。
まだ10時になったばかりですが、気温が上がって花粉の飛散量が増える前に歩き終えたいところです。唯一開けていた都心方向も、この日は霞んでいて楽しめるほどの眺めもなかったので、とっとと下山を開始することに。

吉野梅郷方面に下り始めたら、その道のなんと歩きやすいこと。バリエーションルートから一般登山道に入ったので、当然ではありますが、それにしてもこの道は、緩やかな傾斜とゆったりした道幅で歩きやすかったです。
あまりの快適さに道を駆け下りるようにしていたら、三室山から10分ほどで琴平神社に着いてしまいました。
社殿の側面を回って、崖の上にせり出した形の狭い境内に向かいます。
琴平神社の社殿は小ぶりなものでしたが、それ以上に境内が狭くて距離が取れず、全容を写せませんでした。

その後も歩きやすい道が続いて、吉野梅郷方面と、即清寺・下山八幡神社方面との分岐点へ。登山地図には直進する前者しか載っていませんが、梅の季節につき梅郷からの道は人が多そうに思えたので、左折してみました。
こちらも良く踏まれている歩きやすい道でした。登山地図にこそ載っていないものの、公的な道標による道案内もしっかりしていましたので、バリエーションルートと呼ぶには無理があり、一般登山道の範疇だと思います。
最後の最後で1つチョンボをしたようで、即清寺方面と下山八幡神社方面を分ける分岐点にも、そこにあったはずの分岐道標にも気付かないうちに、かなり下まで下っているのが分かって焦りました。だから目の前に町並みが広がって見えてきた時も、実はどちらに出たのかが判断できていなかったのですが‥‥
※この写真は拾い物:こんな立派な道標があり、だから分岐自体も明瞭だったろうに、なぜ見落とせたのだろう?(思えば途中で7~8人の自転車集団が結構なスペースを取って休憩中だったので、そこが怪しかったっぽい)

山道が終わると下山八幡神社に出たので、無意識ながら予定通りに進めていたようです。まぁ即清寺に向かったところで、歩く距離は大差なくバス停も近いので、最後はどっちに出ても良いと思って歩いていたのでしたが。
あとは下山八幡神社の参道を歩いて、鳥居をくぐった先がバス道路です。バス道路から鳥居を振り返りました。
もう青梅線の駅まで歩ける距離ですが、さらなる花粉を避けて、梅郷バス停で青梅駅行きのバスを待ちました。

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