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氷ノ山 [中国地方]

2017/07/22(土)

■第357回 : 氷ノ山(1509m)


今回は、登山を始めて以来12年目にして、初となる中国地方への遠征をしてきました。
鳥取・兵庫の県境にそびえる氷ノ山は、大山に次ぐ中国地方第2位の標高を誇り、兵庫県の最高峰でもあります。鳥取県側から登り、兵庫県側に下る形で西から東へ通り抜け、1日で東西両麓の雰囲気に触れてきました。

そしてこの日は、これまた登山を始めて初となる、本格的な雨中での山行も経験させられています。下山中に降り始めた雨が、あれよあれよという間に土砂降りの豪雨に変わってしまったのです。その頃すでに8割がた下り終えていましたが、それでも最後の20分ほどは、川のようになった登山道を下る羽目になってしまいました。

(往路)
[前日] 古淵 15:36-16:02 新横浜 16:19-18:17 京都
    京都 19:35-22:42 鳥取(泊)
[当日] 鳥取 07:23-07:38 郡家 07:43-08:14 若桜
    若桜 8:35-09:00 ふれあいの里

(登山行程)
ふれあいの里バス停 09:05
仙谷登山口     09:15
仙谷分岐      10:40
氷ノ山       11:00-11:10
仙谷分岐      11:20
氷ノ越       11:40
地蔵堂       12:15
福定親水公園    12:45-13:20
氷ノ山鉢伏口バス停 13:30

(復路)
氷ノ山鉢伏口 13:58-14:51 八鹿 15:02-17:26 新大阪
新大阪 17:40-19:54 新横浜 20:03-20:27 古淵


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今回の往路の乗車券です。長距離である上に経路が込み入っていて、経由欄に全ての経路が印字できず、はみ出した部分は発券した窓口の人に手書きで追記されました。なお下車駅は鳥取でしたが、途中下車する形で乗車券を手元に残そうと、同じ料金で行ける少し先の駅までの区間で購入しています。
京都で新幹線から在来線の特急に乗り換えます。「スーパーはくと13号」は先頭が自由席車両で、一番前に並んでいたので最前列に座れました。前に運転席があるので、展望席という程ではないのが少し残念でしたが‥‥。
金曜日の夜は鳥取で1泊して、登山当日は鳥取駅からスタートします。この日は朝からかなりの暑さでした。
JR因美線から若桜鉄道に乗り継いで、終点の若桜駅に到着。終点までの乗客は、私を含めて3人だけでした。
若桜駅の駅舎です。この時間は人の動きがほとんどなくて、閑散としていました。
駅前のバスターミナル(と言うにはささやかな建物ですが)から乗った町営バスも、乗客は2人だけでした。もう1人の方は、終点で降りたらリゾート施設の「氷太くん」に向かったので、そこの関係者の方らしく、従って観光客は私だけだったようです。やはりこの地域では、バス利用で山に登る人なんてほとんどいないのでしょう。

終点の「ふれあいの里バス停」は、リゾート施設「氷太くん」のすぐ前にありました。
少し上に建つ「響の森」という施設に向かって、階段の遊歩道が延びているので、まずはこれを登ります。
階段の途中から、「氷太くん」を振り返りました。宿泊も可能な施設で登山者の利用も多いようです。ただこの時は、周囲を見渡しても観光客らしい人の姿が全くなくて、ちょっとさびしい雰囲気でした。
「響の森」の前からは、少しだけ車道を進みます。ここは標高が800mあるので、日陰で静かにしていれば涼しく過ごせるのに、車道ときたら大半がこんな様子。さすがに炎天下では、ほぼ平坦な道でも暑さがこたえました。

バス停から10分ほどで、仙谷コースの登山口に着きました。沢沿いを進むこのコース、急な登りが続く上に足元も悪いらしいのですが(それゆえ下山には不向きとされています)、実際どんなコースなのでしょうか。
山道を歩き始めると、すぐにスキー場から登ってくる別コースと合流します。バスを降りてから、全く人気(ひとけ)のない中を歩いてきましたが、ここでやっと2人組の先行者を発見、このあとで先を譲って頂きました。
はじめのうちは、比較的穏やかな登り方で樹林帯を進みます。登り始めると、いくら日陰でも暑さ全開でした。
登山道の方向を示す道標のほか、時折このような標識も現れて、現在位置の目安を教えてくれます。

一旦、仙谷の支流に沿っていた道は、その支流を渡って仙谷本流に向かうあたりから、険しくなり始めます。
足元の悪い箇所もしばしば現れて、次第に傾斜も急になります。沢沿いなので空気がいくらかヒンヤリしていますが、少々の涼しさでは急登にはほとんど効果がなく、暑さとの戦いになって大量の汗をかかされました。
その後は、仙谷の両岸を何度か行き来しながら、標高を上げていきます。徒渉点はいずれも、靴を濡らすような水量はなく、このような標識が進路を案内してくれていることが多かったです。
再び対岸へ。ここもそうですが、登るにつれて、沢が荒れている箇所が目立つようになっていきます。
ここでは沢が崩れたのか、上から落ちてきたらしい大量の岩石や流木に、標識が押し倒されていました。これだけ沢が荒れると、道の続きが探しにくくなっていることも度々で、確かな道筋を慎重に見極めつつ進みます。
それまで沢沿いに付けられていた道がここでは見つからず、仕方なく沢の中を進みますが、次に明瞭な道筋や標識などが現れるまでの間は、そこが正しい進路か不安に感じながら進まざるを得ないことも何度かありました。
数字上はここで半分です。でも始まりが0ではなく1だったので、まだ半分登ったとは言えないんだろうなぁ。
クサリ場も現れますが、急な斜面ではなく、足場になる凹凸も多いので、クサリは補助的に持てば十分でした。
標識の代わりに、こんな矢印やテープによるマーキングに道の所在を教えられることも。中盤のこのあたりでは、特に道が分かりにくい箇所が多かったように思います。初心者の場合、登りでもこのコースは難しいのでは?
2箇所目のクサリ場です。状況は先ほどの1箇所目と似ていて、クサリ場としては易しいほうの部類でしょう。
急な登りも、いよいよ半ばを過ぎた模様。そしてこの先で谷から離れたので、足場の悪い道はここまででした。
が、樹林帯に入って土の道を登るようになっても、道の傾斜は相変わらず急なままでした。暑さによる体力の消耗もあって、ここから稜線上にある分岐点に上がるまでの間が、結構苦しかったです。
夏の暑さと急登の連続に大汗をかかされた末、どうにか稜線上に出ました。ここが仙谷分岐で、仙谷コースの分数表記の道標はこの地点を「8/10」としていたので、まだ2割ほど登りが残っているということなのでしょう。
ここで所要時間を確認すると、登山口から仙谷分岐まで1時間25分かかっていました。割と普段通りのペースで登れたつもりですし、道の分かりやすさに少々難があるコースにもかかわらず、進路に迷う局面もなく順調に進めてもいたので、標準コースタイムの1時間半に対して5分しか縮められていないことに正直唖然としました。この区間の「山と高原地図」の標準コースタイムは、結構厳しい設定なのではないでしょうか。

そんな訳で、分岐点では休まず、とりあえず頂上へ向かってしまうと、以降は傾斜が穏やかになって、比較的登りやすくなりました。また行き交う人が急に増えたので、氷ノ越を経由するコースを歩く人が大半のようです。
頂上に建つ避難小屋が見えてきて、これが最後の登りです。上空には雲が増えてきましたが、稜線上に出てからは日差しを遮るものがなかったので、この時は暑さが和らいでむしろ好都合だとお気楽に考えていました。

氷ノ山の頂上に到着しました。思ったほど広くはなく、大人数の団体がいたら手狭に感じそうなスペースです。無数のトンボがそこら中を舞っていて、これ以降、頂上で撮った何枚かの写真にはことごとく写り込みました。
頂上の避難小屋です。約1時間後には豪雨に見舞われることになるので、この中で難を逃れた人がいたのかも。
展望はほぼ全方位にありますが、全く馴染みのないエリアなので、見えている山の名前がサッパリ分かりません。しかもどの方角も雲が多くて、スッキリした見え方でもなく、あまりパッとしない印象にとどまりました。
ということで、パノラマ写真の合成は諦めて、方角別に個々の展望を示します。まずは雲が多かった南側。
北側には、大らかな起伏を描いて気持ち良さそうな草原が続くハチ高原が見えていました。
続いては西側で、眼下には登り始めたふれあいの里付近も見えています。
このあとは、まず鳥取・兵庫県境の稜線を北西に進んで氷ノ越まで行き、それから東の兵庫県側へと下ります。こちらはこれから向かう北西側の展望で、上の2枚のちょうど中間の方角に当たります。氷ノ越に建つ避難小屋も小さな白い点として一応写っているのですが、写真を縮小した関係で分かりにくくなってしまいました。

さて、せっかく遠路はるばる来たのですから、頂上にゆっくり滞在して、この山の雰囲気をじっくりと味わいたいところです。しかしこの日は、下山後の行程に、計画上の余裕があまりありませんでした。
というのも、下山後に利用できるバスは13:58発と16:40発の2便しか選択肢がなく、後者だと帰宅が深夜になることと、万が一の場合に備えて残しておきたくもあるので、まずは13:57発を目指す予定にしていたのです。
しかし単純に標準コースタイムを積み上げたのでは、頂上での休憩を10分で見積もっても、最初から20分ばかり間に合わない計算になっていて、トータルで標準タイムよりもその20分だけ早く歩き終える必要がありました。
それでも計画段階では、普段通りのペースで歩いてさえいれば、頂上までの登りで標準タイムを20分くらいは上回ることができて、下りは標準タイム通りにのんびり歩く余裕ができているだろうと楽観視していたのです。

ところがフタを空けてみると、登りでは標準タイムを10分しか上回れず、今なお10分の借金が残っている状況です。得意な下りでは標準タイムを大幅に上回るのが常なのですが、今回初めて使用した「山と高原地図・氷ノ山」編の標準タイムが、他編よりも全体的に厳しめに設定されている可能性もあって、決して楽観視できません。
そんなわけで、頂上での休憩は10分で切り上げて、そそくさと下山に取り掛かることにしました。

仙谷分岐に戻ってきました。やはり下りは快調に歩けて、頂上からここまでの標準タイムが20分のところ、10分しかかかりませんでした。これで借金は清算が済み、あとは標準タイム通りに歩けば良くなったのですが、まだ余裕があるとまでは言えない状況ですし、この先に何が起こるかも分からないので、引き続きサクサク進みます。
氷ノ越への尾根道には、仙谷コースのような足下の悪さはなくて、その後もスイスイと下れてしまいます。ただ、途中には何度も登り返しがあって、決して楽に歩かせてはもらえないのでしたが。。。
尾根上はブナの原生林となっていて、しばしば幹回りの立派な大木を見掛けました。
振り返ると、つい先程までいた頂上が、すでに遠くの景色になっていて、すっかり曇ってしまったようです。
上々のペースを保ったまま、避難小屋が建つ氷ノ越まで来ました。ここで再度時間を確認すると、今度は20分の貯金ができていたので、この先はことさらに急ぐ必要はなくなりました。それでも下山時はトラブルが起こりがちなので、わずか20分の貯金をすぐに食いつぶすのは得策ではなく、ここもスルーして下山を続けてしまいます。
十字路になっていた氷ノ越を右折して、ここからは兵庫県側へと下っていきます。

氷ノ越から下る道は、途中に赤土が剥き出しの滑りやすい区間があったものの、概ね歩きやすくて、グングンと下れてしまいます。この調子だと、下山後に盛大に時間を持て余しそうなのですが、いつものことなので‥‥。
かなり下った頃、こんな箇所が現れました。ここが登山地図に「昇降階段あり」と注記された地点なのでしょう。足を置くステップが滑りやすく、手すりをしっかり掴まないと危なっかしい階段だったので、後にして思えば、ここは雨が降り始める前に通過できて良かったです。下の沢だって、間もなく相当に増水していた筈ですから。
地蔵堂の前を通過します。ここに来る少し手前から雨が降り始めていましたが、この頃はまだ頭上の樹木が雨を受け止めてくれて、地面まで落ちてくる雨粒は僅かしかありません。空も比較的明るいままで、降り方が強まる気配などは感じなかったので、雨具の準備どころか帽子すら被らずに、それまでと同じ格好で歩いていました。
さらに下って、九十九折りの道が続く「28曲り」を下り始めると、ほどなくこんな標識が現れました。7種類もの樹木が、あたかも1本の木であるかのように絡まっているので、かなり珍しい物ではないかと思います。
7種類のそれぞれの幹や枝に、上の写真の標識に対応する番号札が付けられていました。これは分かりやすい。

と、ここまでは写真を撮っている余裕もあったのですが、このあと急に雨が強まったと思ったら、あっという間に土砂降りに!
雨脚が激しいため、もう樹林帯にいるとか関係なく、大量の雨粒が容赦なく落ちてきます。大慌てで雨具の上下を羽織り、ザックカバーも速攻で装着、以降は豪雨の中を進むことになりました。
普段は天気予報を念入りに確認し、ほぼ好天が保証されたような日にしか出掛けていないので、これまでの400回近い山行で雨具を使用したのはたった2回だけ。しかも2回とも、雨具を着なくても支障ない程度の降り方で、かつ降っている時間も短かったので、本格的な雨の中で山道を歩くのはこれが初めてでした。

登山道もみるみる川のようになりました。急激に降り方が変わったので、スパッツまで着けている間がなかったのですが、こんな道を歩いても靴の中はほとんど濡れなかったので、ゴアの靴を履いてきていて良かったです。
それでも幸いだったのは、この激しい雨の中で山道を下るのが、最後の20分ほどで済んだことです。
時間の余裕を最後まで残して、とりあえず安全な地点まで先にたどり着くのを優先するという、普段から心掛けていることがここで幸いしたようで、雨が強まった頃には下山路の8割方をすでに下り終えていたのでした。

登山道から無事に脱出したら、ほどなく福定親水公園の一角に入りました。ここまで来ればもう安心です。
有難いことに、福定親水公園のトイレ(後方に写っている建物)には、男女別のほか多目的トイレもありました。この雨では後続の下山者なんて当分来そうにないですし、時間の余裕も1時間近く作れていたので、広い多目的トイレをしばらく占有させてもらい、雨具の始末のほか着替えなどをゆっくりとしていきました。
着替えてスッキリしたら、あとは傘を差して氷ノ山鉢伏口バス停まで歩きます。乗車時間が1時間近い路線ですが、誰も乗せずにやって来たバスは、ここから終点の八鹿駅までずっと、私が唯一の乗客でした。
JR山陰本線の八鹿駅は、周辺に商店が全くなく、お土産が買えませんでしたし、食料の調達も新大阪駅までお預けになります。この日の雨は山間部だけでなく、かなり広い範囲で降ったようで、駅前もこの時は雨でした。

タグ:中国地方
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大菩薩嶺 [大菩薩とその周辺]

2017/07/15(土)

■第356回 : 大菩薩嶺(2056m)


この日の行先は、2年ぶりの登頂となる大菩薩嶺です。
様々なコースが考えられる中、今回は標高1500m近い柳沢峠までバスで上がってしまいます。そこから丸川峠までは、約6kmをかけて200mほどしか登らない緩やかな登山道で、じっくりと大菩薩嶺にアプローチしました。

傾斜が緩やかなコースだけに、この暑い時期でも涼しさが勝って、歩き心地は快適そのもの。水源林として保護された美しい針葉樹林や、苔生した瑞々しい景色に心を癒されて、トレッキング気分を満喫しながら進みます。
その後、昼頃になると雲が増えてしまって、大菩薩嶺からの展望は楽しめませんでしたが、それなりの距離をじっくりと歩けて、充実感のある山行となりました。

(往路)
古淵 05:51-06:13 八王子 06:35-07:49 塩山
塩山 08:30-09:20 柳沢峠

(登山行程)
柳沢峠バス停  09:20
展望台     09:45-09:50
六本木峠    10:05
寺尾峠     10:45-10:50
丸川峠     11:10-11:20
大菩薩嶺    12:25-12:35
大菩薩峠    13:05-13:15
上日川峠バス停 13:55

(復路)
上日川峠 14:00-14:45 甲斐大和 15:30-16:30 高尾
高尾 16:31-16:37 八王子 16:49-17:01 橋本
橋本 17:04-17:15 古淵


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中央線の塩山駅で、2011年に朝夕2往復が落合まで延伸された、大菩薩峠登山口行きのバスに乗り換えます。
落合まで入る便は、すでに帰りでは3回乗っていますが、行きで利用するのは今回が初めて。混み具合が分からないので少し早い電車で来てみたら、8時前に並んだのは私を含めて7人だけ。8:12分着の電車からは多くの人が乗り継いできて、ようやく乗り場の行列も延びましたが、全員がちょうど着席できる人数に収まりました。
一方、同じ時間に発車する隣の西沢渓谷行きの乗り場のほうは、かなりの盛況で長い行列ができていて、2台でやって来たバスにぎゅうぎゅうに詰め込んで、どうにか乗り切れた具合に見えました。
なお余談ですが、乗り場で行列を整理していたバス会社の人の話によると、3連休の初日とあって、南アルプス行きの早朝便は、甲府駅発・芦安駐車場発ともに最大限の8台ずつを配車したにもかかわらず、なお計200人ほどを積み残したとのこと。きっと登山道も、相当に混み合っていたのではないでしょうか。

連日の猛暑が続いていて、下界はこの日も朝から暑かったのですが、柳沢峠でバスを降りると、空気がいくらかヒンヤリしています。暑さを少しでも和らげようと、標高1400m台まで上がってきただけのことはありました。
山歩きの支度を終えたら、道路を渡って登山口の階段を上がり、まずは六本木峠に向かいます。同じバスから降りた人たちは、こちらに来る気配がなかったので、多くは反対側の三窪高原を目指していたのかもしれません。
登山道は緩やかな傾斜が続いて、とても気持ち良く歩けます。
柳沢峠の周囲には、短時間で周回できる遊歩道が複数ありますが、分岐点には道標や案内図がきちんと設置されていました。しっかり整備されているのに、ほかに歩いている人がいないのが勿体ない気持ちになります。
空気がヒンヤリしているとはいえ、さすがに登っていると少しは汗もかかされます。それでも傾斜が緩やかなので、暑さが勝るようなことがなく、涼しさが優位を保っている感じで、思いのほか快適に歩けました。

「梅の木尾根」と書かれた分岐点に来ました。柳沢峠からの遊歩道は、ここまでを周回する形になっています。
遊歩道の要所に設置されていた案内図です。登山地図では、小さな縮尺の中に登山道と遊歩道が交錯して書かれていて、細部が読み取れなかったのですが、現地のこの案内図を見てようやく遊歩道の様子が分かりました。
案内図によると、すぐ近くに「多摩川源流部の眺望」と書かれた地点があるので、少し寄り道していきます。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真は こちら です。
その展望地は、分岐点から1分も歩かないうちに、すぐに現れました。
大気の状態が不安定だったこの日、午後には雷雨の可能性も予報されていましたが、この時間はまだ雲が少なくて、設置されていた展望図通りに、多摩川源流域の山並みを望むことができました。
首都圏近郊といえども、このエリアになるとそれなりに山深くて、公共交通だけが頼りでしかも日帰りとなると行ける山が限られます。ここから見えている山の中で、登ったことがあるのは笠取山だけでした。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。

分岐点に戻って、さらに登山道を奥へと進むと、遊歩道エリアよりは道が細くなって、いかにも登山道という体裁の道に変わります。その一方で、アップダウンが少なくなったので、ここからは快調に足が進みました。
上の写真もそうですが、このあたりでは東京都の水源林らしい、瑞々しい雰囲気の森が続きます。歩いていてもとても清々しい気持ちになりますし、苔生した鮮やかに緑には、見た目でも心が癒される感じでした。
T字路になっている六本木峠に着いたら、歩くのはこの日が初めてという区間はここまで。この場所には2012年にも来ていて、ここから丸川峠まではその時と逆方向に歩き、丸川峠からはいよいよ大菩薩嶺を目指します。

六本木峠と丸川峠の間も、引き続き平坦に近い穏やかな道が続いて、まさにトレッキングという気分を満喫できますし、ここまでと同じように涼しさのほうが勝って、とても快適な道のりです。
しかも、柳沢峠で同じバスから降りた人たちを見送って以降、誰にも会っていないという静けさも心地良かったです。六本木峠と丸川峠の間は歩く人が少ない区間なので、このまま丸川峠までは静かに歩けることでしょう。
そして道はやがて、2012年に歩いた時にもとても印象的だった、コケの美しい区間に入りました。
心が洗われるような景色に、ついつい立ち止まって写真ばかり撮ってしまいます。
しばらく続いた苔生した道も、この先で見納めのようです。
しかしその後も、針葉樹林特有の芳香に満ちた森の中を進んで、その爽快感はひとしおでした。

長らく穏やかな道が続いていましたが、さすがにずっと同じ高さにいる訳にもいかず、途中には登りが続く区間も現れました。こうなると、これまでの快適さはどこへやら、暑さをこらえつつ登る具合になってしまいます。
そんな登りの中程にある、およそ峠らしくない地点に、天庭峠の標識がなんだか場違いのように立っていました。それでも峠の地名が付いているということは、ここにかつて峠越えの道でも通っていたのでしょうか。
天庭峠を過ぎると、登り方がいくぶん緩やかになり、暑さと涼しさの中間くらいで折り合いが付く感じでした。
寺尾峠は、さほど顕著な峠地形の地点ではないものの、かつてここを横切っていた峠越えの道らしい道形がしっかりと残っています。特に東側に下る道などは、今でもそこそこ歩かれているかのように明瞭に見えました。

寺尾峠から先になると、小さなアップダウンが続く程度の道に変わって、再び割と楽に歩けるようになります。
そしてこのあたりで、初めて対向者とすれ違いました(丸川峠までの間に出会った唯一のハイカーでした)。
道はやがて、苔生した岩の間を縫うようになって、美しい景色の再現となります。
あまり長くは続きませんでしたし、やや滑りやすい箇所があって足元注意でしたが、気持ち良く歩けました。

急に前方の景色が開けたら、間もなく丸川峠に到着です。
丸川荘が建つ丸川峠です。ここからは大菩薩嶺の周回ルートに入るので、登山道を行き交う人も増えました。
上の写真でも左端に写っていますが、丸川荘の背後には開放的な広場があります。この空間の心安らぐ雰囲気が好きで、この日もここで10分ほど休憩し、息を整えて大菩薩嶺への登りに備えました。

丸川荘から大菩薩嶺への登りは、いきなりの急登で始まりました(しかも足元も悪かった)。でも急なのは少しの間だけで、ほどなく傾斜が落ち着いたら、あとはほぼ一定の傾斜で登れるようになります。
この道は、2006年に最初に大菩薩嶺に登った時に下っていますが、当時の記憶はもう曖昧で、ほぼ初めて歩く感覚でした。一本調子の登りが続き、景色が開ける地点もほとんどなくて、登山道としては少々地味な印象です。
時折、木々の間から頂上付近を望めますが、傾斜が緩やかなだけに、それがなかなか近付いてきません。そうこうするうちに上空には雲が増え、頂上の周囲もガスってくるのが見えました。ただ、丸川峠からの登りは暑さとの戦いになっていたので、日差しが遮られたのは有難く感じられ、これ以上に崩れなければむしろ好都合かも。
途中に軽く下り気味の区間を挟むと、その先は岩の露出が多い道に変わりました。
苔生した岩で、滑りやすい箇所もあります。登る分には問題ないものの、下りでは足元に注意が必要でしょう。

大菩薩嶺の頂上に着きました。柳沢峠からの長いコースを歩いているうちに、ポピュラーでお気軽なコースからの登頂のピークは過ぎていたらしく、人の数は思っていたよりも少なかったです。
頂上の反対側から、登ってきた方向を振り返りました。この通り樹木に取り囲まれて、展望は全くありません。
ここで見るべき物といえば、日本百名山と山梨百名山の標柱くらい。多くの人は、標柱の前で記念写真だけ撮ったら、早々に引き返していきます。日本百名山の中でも屈指の地味な頂上なのではないでしょうか。

大菩薩嶺の頂上で少し休憩した後は、もう何度も歩いた道で、まずは大菩薩峠まで下ります。
南に5分ほど軽く下って、この雷岩の前に出ると、ちょっとした広場になっていて、景色が大きく開けました。
頂上で全く展望がない代わり、この雷岩からの展望はなかなか素晴らしい、と書きたいところでしたが、この時間は雲が増えていてこの有様。本来なら、大菩薩湖の左上あたりに富士山が見えるはずなのですが‥‥。
南アルプス方面もまた然り。前回、2015年にここに来た時は、曇っていてもそこそこの展望が楽しめたのに、この日は全然ダメでした。参考までに、その2015年の時の展望写真を こちら に挙げておきます。

雷岩からは、次に向かう大菩薩峠が小さく見えていて、稜線上の登山道には、多くの登山者の姿もありました。
避難小屋のある賽ノ河原を通過します。ここが本来の大菩薩峠で、かつての青梅街道はここを越えていました。
賽ノ河原から、大菩薩嶺の頂上付近を振り返りました(写真左上)。
賽ノ河原の先で、登山道は軽い登り返しとなり、親不知ノ頭を踏んでいきます。そのピークに立った時、つい先ほど雷岩にいた時よりも雲が減って、富士山が僅かながら部分的に見えていることに気付きました。写真を縮小したら、ほとんど分からなくなってしまう程度でしたが、下の写真にマウスを乗せると富士山の位置を示します。

親不知ノ頭を越えたら、大菩薩峠までは岩道を軽く下るだけです。
大菩薩峠では、多くの人たちが休憩していました。
大菩薩峠には、立派な標識や展望図などがあります。標柱の背後は、今しがた越えてきた親不知ノ頭。
峠には介山荘があって、軽食のほか、この時期らしくかき氷を注文する人などで賑わっていました。

大菩薩峠を後にしたら、林道のような幅広い道を下ります。介山荘の車が通るほどなので、ここから先の道に、もう登山道らしい趣はありません。その代わり傾斜が緩やかなので、足への負担は軽かったのではないかと。
途中からは、舗装された箇所が現れるなど、すっかり車道と化してしまいます。
福ちゃん荘の前を通過します。ここまで、上日川峠15:00発のバスに乗るつもりで下ってきたのですが、あまりに快調なペースで下れていたので、急げば14:00発のバスに間に合いそうです。
ということで、福ちゃん荘からは車道を飛ばして、上日川峠まで10分で到着しました。時間的には1本早いバスに間に合いましたが、あとは乗れるかどうか‥‥。
バスにはすでに多くの登山者が乗り込んでいましたが(先に満員になった1台目が少し前に出発していて、これが2台目だった模様)、発車時刻5分前でも空席が残っていて、幸いにも次を待たずに乗ることができました。

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