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粟ヶ岳 [静岡]

2017/05/28(日)

■第353回 : 粟ヶ岳(532m)


今回の行先は、静岡県掛川市の粟ヶ岳です。
山頂直下にある大きな「茶文字」が、新幹線の車窓からも見られるので、前から気になっていた山でした。
(その「茶文字」です。この時期は背景と同系色になってしまって、他の時期よりはコントラストが弱め)

一応、山に登ったとはいえ、歩いた時間はほんの2時間。そのコースも茶畑の中の農道が多くを占めていて、登山というよりはハイキングといった趣になります。この地区の茶畑の農法が、世界農業遺産に認定されていることもあってか、地元でも「お茶どころ」のほうを前面に出してアピールしている感じでした。
実際のところ私も、山歩きそのものよりも、茶畑が広がる景観や、登山口と山頂の休憩所で振る舞われた高級茶を楽しもうという思いのほうが上回っていたりして、気分的にも登山よりは観光に近かったと思います。

(往路)
古淵 05:37-05:41 町田 05:51-06:10 本厚木
本厚木 06:12-06:54 小田原 07:08-08:10 掛川
掛川 08:25-08:56 東山

(登山行程)
東山バス停       09:00
茶文字展望地      09:10-09:15
阿波々神社       10:05-10:10
粟ヶ岳         10:15
東山いっぷく処(山頂店) 10:20-11:00
東山いっぷく処(本店)  11:45-11:55
東山バス停       12:00

(復路)
東山 12:30-13:00 掛川 13:32-14:39 小田原
小田原 14:44-15:33 相模大野 15:50-16:05 市営斎場入口


大きなマップで見る

まずは新幹線で掛川駅へ向かいますが、せっかく北側の窓際席に座っていたのに、掛川駅の手前で「茶文字」のある山を見つけられなかったのが気になっていました。1月に浜名湖に近い湖西連峰を歩いた時は、同じ新幹線の車窓からハッキリ見えていた記憶があったので、「茶文字」に何かあったのかと、少し心配な滑り出しです。
掛川駅で路線バスに乗り換えて、「茶文字の里」として売り出し中の東山にやって来ました。ちなみにこのバス、駅から終点までずっと私が唯一の乗客だったほか、帰りのバスもここから乗ったのは私だけでした。きっとこのあたりもすっかりクルマ社会になっていて、バス利用で粟ヶ岳に登る人など、なかなかいないんでしょうね。
バス移動中に車窓から見つけられたので、当初の不安はすでに払拭されていましたが、東山バス停から粟ヶ岳を見上げると「茶文字」はこんな具合でした。なるほど、夏期は背景の草地も緑色になり、文字のコントラストが弱くて遠くから見つけにくかったようなのです(そうと分かって注意深く見れば、帰りの新幹線の車窓からはしっかり確認できました)。ただ、こうして真下に近い角度からでは、どうしても綺麗な形の文字に見えません。

ということで、すぐに粟ヶ岳には向かわず、ほぼ反対方向に進む道を登っていきます。
徐々に距離が離れて、かつ、高度もいくらか上げているので、進むにつれて文字の形が良くなってきました。
10分ほどで、展望地として選んでいた地点に到着しました。粟ヶ岳のパンフレットでは別の展望地がいくつか紹介されていますが、それら公式(?)の展望地はいずれも粟ヶ岳のハイキングコースから遠く離れているので、どこかに無理なく寄り道できて条件の良い地点がないかと、地図を見て狙いを定めておいたのがここなのです。
目論見通り、最小限の寄り道にしては、それなりに綺麗な形が見られました。
  ※下の写真にマウスを乗せると、アップの写真(=冒頭と同じ)を表示します。

綺麗な「茶文字」が見られたら、いよいよ粟ヶ岳に向かいます。
この道をそのまま下っていくと、先程のバス停や登山口がある東山いっぷく処に出られるのですが、ハイキングコースは登り始めてしばらく車道歩きばかりなので、あまりコース通りに歩くことにこだわらなくても良さそう。それよりも、せっかく一度は獲得した標高をみすみす手放すほうが勿体なく感じます。このY字分岐で右の道に入ると、これ以上高度を落とさずにハイキングコースの途中に合流できそうなので、楽なほうを選びました。
粟ヶ岳に近付くと、再び「茶文字」が見にくくなって、このあと「茶文字」とはしばらくお別れになります。
ほどなく、粟ヶ岳の頂上まで通じている車道に出ました。あと少しで、ハイキングコースにもぶつかります。
上の写真の三叉路には、井口地蔵尊がありました(写真左端)。

ハイキングコースとの合流点に到着しました。ここからはコース通りに歩きます。
しばらくの間は、茶畑の中の作業道がハイキングコースを兼ねています。コースに入ると、前後にハイカーの姿がぼちぼち見られるようになって、人が多いと感じない程度でいい感じに賑わっている印象でした。
ただ、茶畑があるのは結構な急斜面。その中を直登する作業道もかなりの勾配で、急坂の連続に息が切れます。
でも、整然として美しい茶畑の中を歩いているのは、とても清々しい気分でした。
しばしば車道と交差しますが、その都度きちんと道標が設置されていて、道案内は万全です。
途中で振り返ると、写真では分かりにくいのですが、茶畑のはるか先に太平洋が見えていました。
茶畑の中を進んでいる間じゅう、急坂が緩むことはありませんでした。
一番上の車道と交差するまでずっと作業道だとばかり思っていたら、その1本手前から山道に変わりました。

一番上の車道に出ました。登りはハイキングコースを全うしてこのまま山道を進みますが、登頂したあとはある理由からここまで車道を下ってくる予定なので、ここから先は周回コースになります。
その後もずっと開けた斜面が続くのかと思っていたら、茶畑エリアよりも上は普通の森が広がっていました。
森の中の山道は、それまでよりも傾斜が緩和されて、格段に歩きやすくなりました。
木立が日差しを遮ってくれるのも有り難くて、風があったこの日、日陰に入ると暑さも凌ぎやすかったです。

前方に何か見えてきました。
それは無間山観音堂の荒れ果てた姿。往時の遠江観音霊場第二十三番礼所も、すっかり廃墟と化していました。
観音堂跡を過ぎれば、もう頂上は間近。所々に大木が現れるなどして、いっそう深まった森の中を登ります。

割と唐突に開けた場所に出たと思ったら、そこが阿波々神社の境内でした。この後、すぐ裏手にある最高点もきっちり訪れましたが、ほとんど標高差を感じなかったので、この神社を頂上としても全く問題ないと思います。
阿波々神社の裏手に回ると、まず「無間の井戸」なるものが現れます。
さらに奥へ進むと、すぐに標識の立つ地点が見えてきました。神社から1分歩いたかどうか、という距離です。
何の面白味もない地点ですが、ここが粟ヶ岳の頂上(最高点)のようです。私製の山名標もありました。
神社の所でも書いた通り、神社からここまでの間にほとんど登った感じがなかったので、神社との標高差はほんの僅かだったでしょう。ほぼ同時に登頂した人たちの中で、わざわざここに来たのも私だけではなかったかと。

最高点を過ぎてなお進むと、この山で初めて、遊歩道的ではない歴とした登山道を歩いている気分になれる箇所がありましたが、それはほんの短い間だけのことでした。
というのも、頂上部にはいくつもの電波塔が林立していて、すぐにそれらの脇に出てしまったからです。
その先で道は下りに変わり、軽く下っていくと、東山いっぷく処の山頂店とトイレがある広場に出ました。

さて、時間はタップリあります。1時間で登ってきたので、下りも1時間見ておけば十分すぎるでしょうが、本数の少ない路線バスを利用する関係上、次の便の時刻まで2時間以上もあるのです。
しかも普段なら、いつ起こるかもしれないアクシデントに備えて、下山するまで時間の余裕を残しておくところなのに、今回はもう山道を歩かずに車道と畑道だけで下ってしまうので、トラブルを心配する必要もなさそう。

ということで、ここでゆっくりして行きますが、本格的に腰を下ろす前に周囲をひととおり見ておきます。東山いっぷく処(山頂店)の建物には外階段があって、上が展望台になっているようなので、まずは登ってみました。
阿波々神社や最高点のあたりには、景色を見られる場所はなかったようなのですが、東山いっぷく処(山頂店)の周囲では東側が開けていて、展望を楽しむことができました。この日はあいにく空気が淀んでいて、見渡せたのは近い範囲にとどまりましたが、条件が良ければ富士山まで眺められたりするようです。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
展望台から降りてくると、建物の前には粟ヶ岳の標識がありました。
ただ、ここもほぼ頂上には違いないので、山名を掲げるのは当然ありだと思うのですが、頂上から10m以上は下ってきているので、この場所で頂上の標高値を併記するのには違和感を覚えます。
2つ前の展望写真にも写り込んでいますが、栄西禅師の像も立っていました。日本にお茶を広めた人物とされていて、ここでは山頂から東山地区を見下ろして、茶畑を見守っているとのこと。
いかにもお茶どころらしい「茶謝」なんて石碑も。周囲の植え込みまでお茶の木で作るあたりもさすがです。

周囲を回り終えたら、東山いっぷく処(山頂店)に戻ります。まだ10時台とあって、店内は空いていますし、新たに到着してくるハイカーの数もぼちぼちという程度なので、ゆっくりとくつろげそうです。
メニューには、そばやカレーといった食事類のほか、飲み物やデザートなどが並んでいます。ここでは軽食にとどめたかったので、事前のリサーチで目を付けていた「くつろぎセット」を注文しました。
「くつろぎセット」は、東山茶(深蒸し茶)に、茶文字まんじゅうまたは緑茶ようかんのいずれかを選んで組み合わせるメニュー。茶文字まんじゅうと緑茶ようかんは、どちらを選んでも1個だけ付きますが、こしあん・つぶあんの2種類がある茶文字まんじゅうを両方食べたかったので、おまんじゅうを追加でもう1個付けました。
お湯がポットで出てくるので、深蒸し茶は客自身が淹れるのが基本のようでしたが、まだ空いている時間だったのが幸いして、おいしい淹れ方を教わりながら1杯目はお店の方に淹れて頂きました。
高級なお茶なんて、普段なかなか飲む機会はないけれど、この「くつろぎセット」用の茶葉はかなりの高級品(会話の中にはキロ単価まで出てきたのですが、ネットで拡散させて良い情報か分からないので、ここに書くのは控えます)。それをきちんとした作法で淹れて頂けたので、少なくとも1杯目はすごく美味しかったです。
茶文字まんじゅうも、お土産に買い求めたいほど美味だったのですが、その場で食べる前提っぽい簡易包装が持ち帰り向きでなさそうなことと、個数が限られている感じもあってごそっと注文するのも憚られて、それは思い留まりました。きっと添加物とかも使わずに、その日に食べきる分だけが作られているのではないでしょうか。

こちらは、店内にあった東山茶のPR用の幟を写したもの。そうなのです、前回(1月)に新幹線の車窓から見た「茶文字」はこんな感じに文字が際立っていて、それですぐに見つけられたのだと思います。「茶文字」を遠くから見るには、夏期以外の、文字の背景が枯れ色になる時期のほうが向いていそうですね。

店内でゆっくりしたら、粟ヶ岳の頂上を後にします。この時点でバスの時刻は1時間半後、まだまだ早過ぎる気もしましたが、登山口にももう1軒お店があるので、そこでも少し時間をつぶせるでしょう。
下山先の東山地区です。写真にマウスを載せると、バス停や東山いっぷく処(本店)のあたりを赤丸で示します。
東山から粟ヶ岳に登るハイキングコースは1本だけなので、一般的にはそこを往復することになります。でも今回はちょっとした目論見があって、途中までは車道を下ることにしました。

左右の景色に気を付けながら車道を歩いていると、所々に整然と並んだ樹木の列が現れます(上の写真にも写っています)。実はこれが「茶文字」を形成するヒノキの並木で、九十九折りの車道は文字の中を3回も横切っているのです。下山コースに敢えて車道を選んだのは、「茶文字」を間近からも見てみたかったからなのでした。
中でも特徴的な2箇所では、こうして案内板が現在位置を示してくれました。こういう案内は楽しいですね。
  ※下の写真にマウスを乗せると、アップの写真(現在位置が良く分かります)を表示します。
この地図で、車道が九十九折りをしながら「茶文字」を横切る様子が分かります。(東山のパンフレットから)

車道なので、直射日光下をずっと歩くのを覚悟していたら、意外にも森の中を通っている区間もあって、木陰に少し救われました。なお、車で頂上を訪れる人も結構いるので、時々行き交う車やバイクには要注意です。
途中の三叉路からは、倉真温泉への道が分岐していました。倉真温泉へは、この車道とは別に、山道のコースが複数あることが山頂のお店に置かれていた案内図で分かり、今歩いている東山からの短くて車道区間の多いコースよりも楽しめそうな感じに見えたので、また来る機会があったら今度はそちらを歩いてみたいと思います。

しばらく進むと、樹木の列(2本見えています)がとても分かりやすく見られる地点がありました。
上の写真のうち、右上端に見えているほうの列をアップにしました。「茶文字」を形成するにあたって、2列に並んだヒノキで1画が表されているのがお分かり頂けるかと思います。
この地点には、2つめの現在位置の案内板がありました。
すでに「茶」の右下のはらいの真下まで来ているので、至近距離からの「茶文字」はここが見納めでした。

ほどなく、ハイキングコースが車道を横切る地点に出ました。ここは登る時にも通っている、見覚えのある地点です。下りで車道を歩くのはここまでにして、ここからはハイキングコースを下ることにしました。
まだ午前中なので、これから登る人たちが多くて、たびたびすれ違いながら下ります(写真は人が写り込むのを避けて撮っています)。お昼頃には頂上も結構賑わったのではないでしょうか。
登る時にも見掛けていましたが、所々で茶葉の収穫作業が行われていました。
茶畑が整然と広がる風景はやはり美しいですね。
かなり下って、登るときに左の車道から上がってきた地点まで来ました。
その車道を見送って直進すると、ここから先のハイキングコースは、まだ歩いていなかった区間となります。
でもその先は、ほんの2~3分で車道に出てしまって、あとは車道を歩くだけになりました。

登山口まで下ってくると、そこには東山いっぷく処(本店)があって、店内に入るとすかさずお茶をサービスで出してくれました。頂上のお店ではお土産は買わなかったので、ここで新茶と羊羹を購入しています。ただ、思いのほかこぢんまりとした店舗で、案の定盛大に余りすぎていた時間を、ここではいくらも潰せませんでした。
周囲にも時間を潰せる場所などなさそうなので、バス停に向かってしまいました。ここでちょうど正午を迎えた時、放送で時報代わりに流れたのが唱歌「茶摘み」のメロディーだったのが、実にお茶どころらしかったです。
幸い、東山バス停には待合所があったので、座ってゆっくりバスを待つことができました。しかも私以外には発車時刻まで誰1人として現れず、掛川駅に着いてからと思っていた着替えもここで済ませられています。
掛川駅に着いたら、乗り継ぎで少し時間が空いたので、駅構内の「これっしか処」に寄って、さらに職場で配る用のお土産を購入していきました。この日は珍しく、現地で結構お金を使った気が‥‥。

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日の出山・麻生山・勝峰山 [奥多摩]

2017/05/05(金・祝)

■第352回 : 日の出山(902m)・麻生山(794m)・勝峰山(454m)


この日の行先は奥多摩の日の出山です。今回が8回目の登頂となり、一般登山道はほとんど歩いてしまっている行き慣れた山なので、登り下りともに未踏のバリエーションルートを選んで歩いてきました。

(往路)
古淵 05:27-05:49 八王子 05:51-06:03 拝島
拝島 06:05-06:23 青梅 06:35-06:51 御嶽

(登山行程)
御嶽駅    06:55
光仙橋    07:15
日の出山   09:00-09:15
麻生山    09:45-09:55
白岩山    10:25-10:30
梵天山    10:40
真藤ノ峰   10:55-11:00
深沢山    11:40-11:45
勝峰山    12:00-12:20
幸神     12:50
武蔵五日市駅 13:20

(復路)
武蔵五日市 13:32-13:49 拝島 14:00-14:12 八王子
八王子 14:30-14:42 橋本 14:44-14:55 古淵


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今回は、駅から駅へと歩くコースで、JR青梅線の御嶽駅からスタートします。午前中は雲が多くて、晴れるのは午後からという予報でしたが、朝から良く晴れていて、上空にはスッキリとした青空が広がっていました。
バスに乗り換えて御岳山方面へ向かう人が多かった中、駅前の階段で多摩川の川辺に下ります。このあたりは御岳渓谷の遊歩道が両岸に整備されていて、まだ観光客の姿がないこの時間は静かに歩くことができました。
これは前回歩いた時(2013年)に見た記憶がないので、ここ数年で新たに設置されたのではないかと思います。
最初に現れる細い橋(杣ノ小橋)は見送り、2番目の神路橋が見えてきたら、これを渡ります。
神路橋から上流方向を眺めてみました。川の先で一番高く見えているのは、高水三山の一座である惣岳山です。
神路橋を渡って吉野街道に上がるとそこは、御岳山への道が分かれるT字路で、二の鳥居をくぐって進みます。

御岳山への道を5分ほど進んだ頃、うっかりしていると通り過ぎてしまいそうな小さな橋が現れます。これから登るのは日の出山北尾根というバリエーションルートで、この光仙橋がその取り付きへの目印になっています。
光仙橋のすぐ先で左手に現れる階段を登ります。一般の登山道ではないので、道標等の案内は一切ありません。
道案内がないどころか、階段を登り終えると入山するなとの標識が。ただ、ここは前々から歩かれていて、地権者とのトラブルも聞かないので、未整備のコースだから安易に入るなという警告と受け止めて、先に進みます。

山道が始まると、それなりに勾配のある斜面を直登する具合で、最初から割とキツイ登りが続きます。
ただ、道は良く踏まれていて明瞭でした。以前から知られていた道が、某詳細図に載るに至って、今では相当歩かれているのでしょう。特に危険な箇所もなく、問題があるとすれば時々引っ掛かるクモの糸が鬱陶しいだけでした。そろそろ、あまり人が入らないコースは歩きにくくなる時期ですし、朝イチで来たのは失敗だったかも。
最初は見通しが全くなかったのですが、ほどなく伐採地に出ると、御岳山方面の景色が大きく開けました。眼下の道路では、路線バスが次々とケーブルカーの駅を目指していて、御岳山界隈は結構賑わったのではないかと。
その後は、このように右手側の斜面が伐採された状況がしばらく続いて、景色を楽しみながら歩けました。
伐採地を過ぎると道は森の中へ。景色が見られないのは構わないけれど、こうなると再びクモの糸が厄介です。
植林地と雑木林が混在する中を進みますが、このあたりではそれが左右に綺麗に分かれて対照的な景色でした。
やがて露岩帯に差し掛かると、道はそのすぐ左側を沿うようにして続いていました(これとは別に、もっと大きく左側を迂回するような道筋もあったようで、赤テープによる案内は両方に見られました)。
上部で雑木帯に入ると、芽吹いたばかりの新緑がとても綺麗でした。
標高800m付近まで登って来ました。このあたりでは斜度も緩んで、美しい新緑の中を気持ち良く歩けています。
日の出山への最後の登りで、再び傾斜がきつくなります。ここでは珍しく道がジグザグ状になったりしました。
石垣とか柵とかが見えてくれば、頂上はもう目と鼻の先です。
この柵の向こう側は、頂上の一段下を周回している歩道でした。
歩道に乗り上げた地点から振り返ると、一応申し訳程度の赤テープはあるものの、急斜面だっただけに上から見下ろしたのでは道形が判然としません。予め道の存在を知らないと、ここが下降点だとは分からないでしょう。
ここまでバリエーションルートを登ってきましたが、標識等による道案内を一切見なかったのがそれらしかった反面、良く歩かれている様子だけに道が明瞭さを失う局面など1度もなく、ただ道を追うだけで問題なく歩けてしまう状況にあって、ルートファインディングをする必要性には全く迫られませんでした。
分岐らしい分岐のない一本道でもあり(顕著な尾根を合わせる地点で振り返っても、登ってきた尾根以外には明瞭な踏み跡は見られなかったようです)、下りで歩く場合でも、取り付きさえ分かれば迷わずに歩けそうです。
なお、北尾根では誰にも会いませんでしたが、下る人が現れるにはまだ早い時間なので、これは想定内でした。

日の出山の頂上に到着。この時に居合わせたのは十数人程度で、まだ朝の9時とあって静かな頂上でした。
頂上は、前回来た時よりも小綺麗になっていたので、少し整備の手が入ったようです。
人が少なかっただけに、頂上標柱の前が空くのを待つのにもあまり時間がかかりませんでした。
関東ふれあいの道の標柱(左)と三角点(右)です。
南西側を見ると、富士見台と重なるようにして、富士山がチラッと顔を出していました(肉眼では、雪を抱いた純白の頂上と、青い空とのコントラストがハッキリしていたのに、写真にしたら分かりにくいですね‥‥)。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。
こちらは北西方向です。晴れているとはいえ、あまり澄んだ空気ではなく、奥多摩の核心部は霞んでいました。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。
東側から南側にかけては大きく開けていますが、都心方向もすっかり霞んでいたので、南側の山並みだけをパノラマ写真にしています。その南側も、丹沢の距離になると、ぼんやりと辛うじて見える程度にとどまりました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
最後は賞味期限の短い時事ネタですが、今月ここがNHKの「鶴瓶の家族に乾杯」で放送されるらしいです。

日の出山からは、何度か歩いている金比羅尾根で、麻生山へ向かいます。ここの木段も、以前は段差が大きかったのに、短いピッチで段差を抑えた物に付け替わっていたので、再整備は頂上一体で広く行われたのでしょう。
頂上直下で複雑に道が分岐しますが、最後につるつる温泉への道を分けて金比羅尾根コースに入ると、以前からの伐採地に出て前方が大きく開けました。これから歩く尾根の先で、次に登る麻生山が存在感を示しています。
しばらくは明るい尾根道が続きます。5月に入って、日差しに力強さを感じる一方、山の中では空気がまだまだ涼しくて、この時間は日なたでも快適に歩けました。
伐採地を抜けて森の中に入っても、比較的明るい尾根道が続きます。ここは一般登山道ですし、朝のうちはまだ登りの人が大半なので、すれ違うハイカーと次々に挨拶を交わしながら、私1人だけが下っている感じでした。

麻生山の手前で、麻生山を巻いて進む金比羅尾根のメインコースから外れて、麻生山に登り返しました。
山の記事などを読んで知ってはいたけれど、前回(2011年)来た時は樹林に囲まれて全く展望なんてなかったのが、こうして片側が広く伐採されて見晴らしの良い場所に一変していたのは驚きです。
頂上を少し通り過ぎて振り返りました。このように、北東側を中心とする180度近い範囲が大きく開けています。
真新しい標柱も設置されていました。別の面には平成28年12月と書かれていましたし、展望が良くなったという記事を見るようになったのもその頃からなので、本当につい最近になってこのような姿に変わったのでしょう。
ベンチも2つ設置されていて、腰掛けて展望を楽しめるようになっていました。
とはいえ、ここでも上の写真のように、正面方向は近くの市街地ですら霞んでいて、都心のビル群などは写真にするのが厳しい状況だったので、もっぱら北側に見えていた山並みを見て楽しみました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。

麻生山を通り抜けて、南側から金比羅尾根に戻る区間は、現在も登山地図では破線表記となっています。構わず進んでみると、なるほど道は細くなり、ちょっと危なっかしい急斜面もあったりして、怪しげな雰囲気でした。
さらに、途中で道が二手に分かれます。どちらも歩けそうでしたが、下り続けるほうを選んでみたら、下り切った地点で送電線巡視路に合わさり(下の写真)、そこから金比羅尾根へはその巡視路をたどる形になりました。
巡視路に入ってからは、当然ながら普通に歩けて、やがて前方に金比羅尾根のメインコースが見えてきました。
金比羅尾根への合流点(右の道から出てきた)を振り返ったところです。パッと見、この地点に麻生山を示す物はなさそうですが、道標を良く見ると、標柱上端の裏側にマジックで「麻生山→」と書き添えられていました。

金比羅尾根のメインコースに復帰して、一般登山道をもう少しだけ進んでいくと、しばらくして左手側に立入禁止のフェンスが続くようになります。
すると間もなく分岐点が現れました。
ほぼ直進する右側の道は、武蔵五日市駅への一般登山道で、ここまでの区間を歩くのは今回で3回目でした。
一方左に折れる、道標が行先を「幸神」とする道が、これから歩くバリエーションルートのロンデン尾根です。
近くには、こんな案内図まであります。少なくともこの分岐点で見る限り、道標や案内図の存在が、この先もこうした案内が続いて楽に歩けそうな雰囲気を醸し出していますが、それが逆に大きな罠となりかねない、困った状況なのでした。というのも、実態はほぼ未整備のコースで、スキルのない人が安易に入り込むと痛い目に遭いかねない有り様だったからです。入口だけ親切に見せかけておき、中に入ったら突き放すというのは、一番危険なパターンですので、最後まで責任を持って案内する気がないのなら、誘導などするべきではないと思います。
登山地図ではこの点がある程度認識されているのか、2016年版で赤破線で記載されていたロンデン尾根コースが、最新の2017年版では完全に消されていました。とはいえネットには問題なく歩けるという内容のお気楽な記事が多いのが気懸かりです(今回の私とは逆コースの記事が多く、その場合は確かに問題は少なそうでしたが)。

上記のような内容は、ロンデン尾根コースに入った時点ではもちろん認識できていません。私自身、先程の案内図の存在を見て、案外楽勝なのではと期待しながら立入禁止フェンス沿いの道を進み始めていたのでした。
小さく登り返すと、すぐに三角点のある631mピークに着きます。前方と左側を立入禁止フェンスに阻まれて、ここで右折するしかない窮屈な雰囲気の場所で、言うまでもなく展望とかも皆無です。
足元には三角点のほか、「日の出山の会」の小さな標柱が。この標柱は、この先も勝峰山までずっと、コース上で節目となる地点には必ず現れました。会のウェブサイトによると、2015年12月に設置されたもののようです。
「日の出山の会」の標柱は、ここを白岩山としていますが、登山地図はこの先の立入禁止区域内にある640m圏のピークを白岩山としていて、きっとそちらが本来の白岩山だったのでしょう。
その本来の白岩山はというと、すでに閉鎖された石灰岩の採掘場内にあって、もはや原型を留めていないとか。
地形図でも、版によっては採掘の結果生じたと思われる凹地記号がまさにその位置に書かれていますし(最新版でそれが元に戻っているのが謎過ぎるんですが)、その凹地は航空写真でも確認できます。
その一方で、某詳細図がここを白岩山とした影響が大きかったのか、今ではネット上の記事も大方がここを何の疑いもなく白岩山としています。それがかなり浸透してきている様子ですし、記録する上でも名前があったほうが有り難いので、この記事でもここを白岩山として記載することにしました。

白岩山から下って行く途中で、早速道が二手に分かれます。元々が細い道なので、分かれた先も道幅には大した差がないように見え、どちらにも赤テープの誘導があって、ほぼイーブンに分岐している状況。ここではコンパスで方位を確認して、左の道に進むと、ほどなく再び立入禁止フェンス沿いに戻りました。地図を確認すると、右方向はすぐ下まで林道深沢線が延びてきているので、右の道はそちらに通じていたのではないかと思います。
やがて道がフェンスから離れると、以降はしばらく一本道が続きます。迷わずに歩ける状況となる代わりに、小さなアップダウンを繰り返すようになって、疲労がジワジワと蓄積されていくのを感じながら歩く具合でした。
白岩山から10分ほどの、地形図の607m標高点ピークが梵天山です。
梵天山を少し通り過ぎて反対側から見るとこんな感じ。樹林の中で展望も何もないピークです。
そこにあったものといえば、この私製の山名標と‥‥
「日の出山の会」の標柱くらいでした。ただ、この標柱は標高だけが記されていて山名の記載がなく、某詳細図でもここは無名峰となっているので、梵天山という名前は広く認知されている状況ではないのかもしれません。

梵天山を過ぎると、落ち葉で滑りやすい急降下があって、設置されていた補助ロープが有り難かったです。
梵天山から15分ほどで、次に通過する543m標高点ピークが真藤ノ峰です。
先程と同様に、ここでもピークを少し過ぎてから振り返りました。ここも樹林の中で展望は全くありません。
私製の山名標は風化が進んでいて、文字が判別しにくくなっていました。
その代わり、ここでは「日の出山の会」の標柱に山名がしっかり記載されていました。

その後はしばらく緩やかな下りが主体で、楽に歩ける区間が続きましたが、油断は禁物でした。
やがて現れた送電線鉄塔の真下で、何気に道が二分されていたのです。しかもここでは、直進する送電線巡視路が目立っていて、一旦そちらに入りかけてしまいます。でも送電線と直交して進むはずの道が、送電線に沿って行こうとするのにすぐに気づき、鉄塔まで戻ると、正しい方向への道が少し見にくい位置にあるのを発見しました。ここでは事なきを得ましたが、地図を見ながら歩いていなかったら、果たして間違いに気付けたかどうか。
その先で、再びアップダウンの多い区間に逆戻りです。448m標高点ピークを過ぎて急降下し、420m圏の小ピークに登り返した所には、久々に見る道標がありました。この地点では、右に分かれる尾根に明瞭な踏み跡が付いていたので、直進を示していたこの道標がなければ、ここでも方位を確認して進む必要があったかと思います。
続いて待ち受けていた441m峰への登りは、なかなかの急登でした。疲労が溜まってきた足に、結構こたえます。
とにかくこの尾根には巻き道などという軟弱なものがないので、目の前に現れるピークはすべて越えていきます。先程の441m峰を過ぎても、すぐ先にまた同じような急登が控えていて、このあたりは頑張りどころでした。

勝峰山と深沢山の分岐点まで来ると、急に道標が賑やかになりました。どうやら、勝峰山と深沢山を周回するコースはそれなりに歩かれていて、それで案内も親切になっていたのでしょう。
最終的にはここを直進して勝峰山から下るのですが、せっかくここまで来たのですから、一旦右の道に入って深沢山にも寄り道していきます。
分岐点から数回の軽いアップダウンを経て、5分ほどであっけなく到着した深沢山は、今日これまでに踏んできたどのピークよりも、らしくない山頂でした。標識がなかったら、ここで足を止める人はまずいないでしょう。
殺風景な場所なのに、標識だけは実に賑やかでした(道の反対側の足元にも、別の小さな標識がありました)。

居心地も良くなかった深沢山では、写真を撮って息を整えるだけの滞在ですぐに分岐点に引き返し、勝峰山への道を進みます。すると途中にある分岐点にも、きっちりと道標が立っていました。
この日最後のピーク、勝峰山に到着しました。まずは三角点と私製標柱などのお出迎えを受けます。
その近くには、割とまともな山頂標柱が立っていました(山名が手書きで私製っぽかったのではありますが)。
上の写真にも横向きで写っていますが、古そうな祠もあって、地形図にも名前が載っている勝峰山は、昔から登られていたのかもしれません。この時も年配のご夫婦らしい方々がいて、軽装なので近所から散策がてら登ってこられたのでしょう。ロンデン尾根を歩いている間は全く人に会っておらず、久々に見る人の姿となりました。
展望には恵まれていなくて、樹木の間から、朝に登った日の出山や麻生山を眺められる程度でした。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。
頂上の東側は、明るくて居心地の良い広場になっていました。麻生山以来の腰掛けて休める場所でもあったので、ここで少し長めにくつろいでいきます。広場の周囲にはサクラやモミジなどが多くて、春や秋に訪れればまた格別の景色が見られそうでした。雰囲気の良さも結構気に入ったので、また違う季節に来てみたいと思います。
なお勝峰山の頂上一帯は、最近になって「勝峰山・歴史と伝説の森」としての整備が始められ、現在もその途上にあるようで、まだ随所に未整備の場所が残されていました。完成した暁にはどんな姿になるのでしょうか。
ただ、こんな風に頂上が整備されていれば、あとは分かりやすい道を下るだけだと思ったのに、実はそうもいきませんでした(正確には、分かりやすい道がちゃんとあったのに、そこを選ばなかっただけなのですが‥‥)。

勝峰山の頂上を後にしたら、本格的に下る前に、近くにある第二展望台に寄り道しました。確かに見晴らしは良くて、頂上にはない開放感もある場所だったものの、何か特別な景色が眺められるという訳でもなかったです。
頂上から下る道も、遊歩道のように整備されていました。緩やかな傾斜の道で、軽快に下って行けます。
遊歩道の途中には第一展望台がありました。ここからだと都心方向が眺められそうでしたが、この日は遠くが霞んでいたので、確かなことは分からずに終わっています。
もう少し下ると遊歩道は終わって、林道歩きが始まります。ここまでは、事前に想定していた通りでした。

ところが、事前のリサーチによると林道を少し歩いたら山道に入ることになっていたのに、その林道がいつまで歩いても終わりません。実際の林道の様子が、地図に書かれた経路とは違っている感じがして、すっかり現在地を見失ってしまったので、やむなくGPSを確認します。すると、どうやら地図にまだ書かれていない新しい林道を歩いているらしく、方向は下る予定の幸神地区を目指していて問題なさそう。ただ地図にない林道だけに、最終的にどこに通じているのかが全く分からず、このまま歩き続けていて良いのかどうかが不安でした。
しばらくすると、林道が大きく左に旋回して、あらぬ方向に進みかけたので、もしやと思ってガードレールが途切れた先の様子を窺うと、そこに直進する踏み跡を発見。テープをはじめ、そこに誘導する目印などは一切なかったので、なかば賭けみたいな状況ではありましたが、自分の勘を信じて入ってみました。
すると、道はか細いながらも、不明瞭になることもなく続いているので、それなりには歩かれていて、どこかに降りられることは確実な様子。向かっている方角が正しい間は、成り行きをこの道に任せても大丈夫そうです。
引き続きGPSを見ていると、その道は元々山道で歩く予定だった尾根をまっしぐらに幸神地区へと向かって進んでいて、方角的には全く問題がなさそう。しかし地区に近付いて、いざ家並みが眼下に見えてきた時、そのあまりの高低差にギョッとしました。とても普通に降りられる高さではなかったのです。
そして道はそこで三方に分かれました。これだけ家並みが近ければ、どれを選んでもどこかに下れると思えて大して迷いませんでしたが、元々尾根の東側に下る予定だったので左折する道を選ぶと、一旦近付いた家並みから今度は離れながら急激に高度を落としていき、最後はやや危なっかしい急降下の末に林道上に降り立ちました。
そこは、事前に登山口として当たりを付けていた正にその地点で、結果的にほぼ予定通りのコースを歩けたことになります。ただ下の写真で、コーンの右奥の急斜面を下ってきましたが、振り返ってもそこに道があるようには見えません。目印も、目立たないテープがあるだけなので、初めての人がここから登るのは難しいでしょう。
林道に降りた地点で右を向くと、少し先に人家があり、そのすぐ先には林道が終わる交差点も見えていました。
林道の出口まで来ると、そこは五叉路になっていて、舗装道路4本と、未舗装の林道とが合わさっていました。
ここからは帰宅後に調べて分かったことですが、山道に入る前まで歩いていた林道と、最後に山道から出てきた林道は、実は同じで繋がっていて、その名も勝峰山林道という、できて間もない新しい道だったようです。
さらに、無理に山道に入らずに、ずっと林道を歩いてもさほど遠回りにならないことも分かり、今は勝峰山林道が登山コースになっているのだろうと推測しています(推測の域を出ないのは、林道上でも勝峰山への案内を一切見なかったためですが、それも道自体ができたてで、案内の設置が追いついていないからではないかと)。

幸神地区に出てきたら、あとは車道を20分ほど歩いて武蔵五日市駅に向かうだけです。でもその前に、五叉路の近くにあった「語らいとふれあい広場」に寄って、少し身なりを整えていきました。

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