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茨菰山・三角山・仙洞寺山 [丹沢]

2017/03/18(土)

■第349回 : 茨菰山(511m)・三角山(515m)・仙洞寺山(583m)


今回の行先は超近場で、すべての行動が現住所と同じ相模原市内で完結しています。
繋いで歩いた3つの山々は、いずれも一般的な登山道がなく、訪れる人も稀なヤブ山ばかり。苦労して登った割に、どの山頂も殺風景で展望がないなど、いくら物好きな私でも地味すぎたかなと感じる山行となっています。
当然ながら山の中に入ると、ハイカーはもちろん、人の姿というものを一切見ることがありませんでした。

(往路)
古淵 06:33-06:44 橋本 06:55-07:36 鳥屋郵便局前

(登山行程)
鳥屋郵便局前バス停 07:40
茨菰山       08:30-08:35
茨菰橋       09:05
三角山       09:35-09:45
金太郎権現     09:55
仙洞寺山      10:40-10:50
三ヶ木バス停    11:55

(復路)
三ヶ木 12:00-12:38 橋本 12:44-12:55 古淵


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今回は、自宅最寄駅から10分だけ電車に乗ったら、すぐにバスに乗り換えて、鳥屋郵便局前という所に来ました。移動距離が短いだけに、特に早起きをして出掛けて来た訳でもないのに、時刻はまだ7時半過ぎです。
上の写真にも写っていますが、バスが走り去った方向には、丹沢の最高峰・蛭ヶ岳が見えていました。これくらいの標高になると、まださすがに雪化粧がしっかりと残っていますね。

県道を歩き始めると、間もなく左手に、最初に登る茨菰山が見えてきました。すぐにでも登れてしまいそうな見え方ですが、実際のところ現在地の標高がもう270mあるので、自分の足ではあと240mほど登るだけなのです。
5分ほど歩いたら、道の右側に「ここは谷戸 標高二九六米」という標柱が立つT字路を左折します。
細い道に入って、何軒かの家屋を見送ると、道はやがて登りに変わります。
T字路に突き当たって右折した後も、舗装された道がしばらく続きますが‥‥。
その先はもう何もありませんでしたし、倒木が道を塞いでいたりして、長いこと車は入っていない様子でした。
舗装道路の終点手前では、路面が大きく崩落していました。
良く見ると、僅かな幅で残った舗装面も、その下の地面は崩れて失われています。何の支えもない舗装面に乗ってもしも落ちたら、タダでは済まないくらい落差があったので、右端を恐る恐る歩いて通過しました。

舗装道路が終わっても、その先には明瞭な踏み跡が続いていて、難なく進むことができました。
ほどなく送電線の直下に出ます。道が明瞭だったのは、そこが送電線の巡視路でもあったからなのでしょう。
さらに登って茨菰山林道に上がった所では、送電線巡視路を示す標識が登ってきた道を示していました。
林道に立って左を向けば、すぐ先で送電線巡視路の続きが右に分かれていて、あと少しだけ巡視路を進みます。
僅かに登ると、2本の送電線が直交する地点に出ます。右手に伸びる送電線の先には、茨菰山のあとで向かう予定の2つの山が見えていました。次に登る三角山も、アプローチには送電線巡視路を歩かせてもらいます。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。
送電線巡視路をたどることで、快適に歩いて来られたのはここまで。ただ、その先にも踏み跡は続いていて、それを追って頂上まで行くことはできたのですが‥‥。

余程酔狂な人しか来そうもない場所にしては、何故か踏み跡は明瞭でしたが、かなりヤブっぽいのが難点です。
しかも単なる草藪にあらず、棘のある植物が多くて、不用意に触れると痛みを伴うのが煩わしいです。茨菰山の読みは「ほおづきやま」で、音にすると穏やかな響きですが、実際は字面の通りイバラに覆われた山なのでした。
イバラが繁茂する中を、時として掻き分けるようにして進む踏み跡が、頂上までずっと続きました。この寒い時期ですらこんな状況ですから、暖かくなってから登ろうとしたら、きっと地獄を見るでしょう。
茨菰山の頂上は、どの方角を向いてもこんな景色ばかりで、殺風景極まりない場所でした。およそ一般的な山頂ならありそうなものが、ここには何ひとつありません。一体何が楽しくてこんな場所を目指して来たんだか。
このあたりが最高点で間違いないと思ったのに、先人たちの記録に良く出てくる私製の山名標を探しても発見できませんでした。割と最近の記録でも写真に撮られているものがあったので、探し方が悪かったのかなぁ。
腰掛ける物もなく、陰気臭くて居心地の悪い頂上には、5分もいればお腹いっぱい。標高差が小さかったので疲労感がほとんどなく、休憩する必要もなかったので、写真だけ撮ったらそそくさと立ち去ることにしました。

茨菰山林道までは、登って来た道をそのまま引き返します。登る時には気付きませんでしたが、途中には宮ヶ瀬湖をチラッと眺められる場所がありました。
茨菰山林道に出たら、下りはこの林道を使って、はじめに歩いていた県道まで下りてしまうことにします。
かなり下ったあたりでは、林道脇に相当な旧式とみられる車が乗り捨てられているのを見掛けました。

茨菰山林道から県道への出口は厳重に封鎖されていたものの、徒歩であればその脇を容易に抜けられました。写真右端で県道には小さな橋が掛けられていて、その橋の名前からこの地点を「茨菰橋」として記録しています。
県道に出て林道を振り返りました。2つ上の写真のような不法投棄があるから、こんな風になったのでしょう。
一方、反対側には送電線巡視路の開放的な入口があって、これが三角山への登りに打って付けなのでした。

こちらの送電線巡視路は、思っていた以上に良く踏まれていて、道としての体裁をなしていました。
実は歩く人が結構いたりするのか、広めの道幅が保たれて、刈り払いもしっかりされているなど、意外なほど快適に歩けます。ここにあと道標さえ立てれば、一般登山道と呼んでも遜色ないような立派な道でした。
上部で傾斜が急になっても、巡視路仕様のプラスチック階段がきちんと設置されていて、歩きやすかったです。

送電線鉄塔が立つ尾根まで上がれば、三角山への登りは3/4を終えていて、残るはひと登りといったところ。
そこから先は送電線巡視路ではなくなりますが、水源林を示す赤杭に沿って、明瞭な尾根道が続いていました。
尾根の左側を気にしながら登っていると、ところどころから丹沢の核心部が眺められました。木々が葉を茂らせると見通せなくなりそうなので、この時期限定の展望だと言えそうです。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。
登山道ではないので、中には足元が悪くて下る時に緊張する箇所もありましたが、大きな問題はなかったです。

三角山の頂上には、防災無線のアンテナ塔が建っていました(少し先にはTVKの電波塔もあります)。
今回登った3つの山では、唯一の三角点峰です。写真左上のフェンスには、私製の山名標も括られていました。
山名標のアップです。展望はありませんが、上空が開けているため明るい場所で、マイナーな山にしては居心地はまずまずです。三角点に腰掛けて少し休憩していきました。

三角山からの下りは、少し急になる箇所もあるので慎重に歩いて、先程の送電線鉄塔まで戻ってきました。
送電線鉄塔の建つ地点で左を向くと、次に向かう仙洞寺山が近くに見えていました。
先ほど登って来た巡視路を見送って、尾根筋を進みます。小さなピークに登り返すと、そこには金太郎権現を祀った社がありました(由来も信憑性も不明ですが、このピークには「ババ山」という名前があるようです)。
金太郎権現の先は転がるような急降下。元々は参道の石段だったものが、今やほとんど歩かれていないのか、段が土に埋まって最早ただの斜面も同然、しかも枯れ葉が乗って滑り台と化していて、実に手強かったです。
あまりの滑りやすさに、鉄パイプ製の手摺りにしがみ付くようにしながらでなければ、とても下れません。
しかもそんな急降下が、かなり長く続きました。途中で振り返って撮ったこの写真で、その長さと勾配の激しさが少しはお分かり頂けるでしょうか。もしも手摺りがなかったら、滑落は避けられなかったように思います。

なんとか無事に急降下を終えて、鞍部に降り立ちました(ここが火海峠らしい)。金太郎権現の参道だったはずの踏み跡は、ここから右に下っていきますが、仙洞寺山に向かうために、それを無視して尾根筋を直進します。
するとその先には、薄い踏み跡が見られるだけになりました。踏み跡はしばしば頼りなくなり、今回のコースで最も不明瞭な区間となりますが、テープによる道案内が適度にあって、進路を見失う心配はなかったです。
415m標高点ピークに登り返すと、樹木に巻かれたテープに「山の神沢ノ頭」とマジック書きされていました。
415m峰で進路を左に変えたのち、小さく下って再び鞍部に降ります。

その鞍部からの登りが、容赦ない厳しい急登でした。立ち木を頼りに身体を支えて持ち上げるようにしなければ、登るのが困難なほどの勾配があり、しかもそれが標高差約80mもの間、変わらない調子で続きます。一般登山道以外のバリエーションルートを何度も歩いてきた中で、局所的な短い急登ならば、これに匹敵する勾配の箇所もあったと思いますが、ここまで長く続くのを経験したことはなく、バリルートでも屈指の激坂だと思います。
あまりの運動量に、仙洞寺山の中腹を周回する林道に出る頃には、山シャツ姿でも大汗をかかされていました。
(強い冷え込みがなく、朝から日差しが力強かったこの日、最初の茨菰山を登り下りする間に、それまで羽織っていた防寒着は全て脱いでいました。3月中旬なのに、それ以降はずっと山シャツ姿で行動できていたのです)
林道を横断しても、急登はもう少し続きます。西側から仙洞寺山を目指す踏み跡は、林道から上で幾分明瞭さを増したものの、少々ヤブっぽい箇所の通過があったりして、いくら暑くてもシャツの袖はまくれませんでした。
頂上に近付くと傾斜が緩んだ一方で、倒木や草被りなどが煩わしい箇所もありました。

仙洞寺山の頂上は、割と唐突に現れた印象でした。顕著なピークでなかったこともあり、もう少し先かなと思いながら歩いていたので、テープにマジック書きされた山名表示がなければ通り過ぎてしまったかもしれません。
その山名表示がこちら。これ以外には、ここが頂上であることを示すものは何もありませんでした。
最高点を少し過ぎた地点では、「宮」の字を図案化したマークが彫られた宮標石を見ました(少し離れた地点でもあと1つ見ています)。宮標石は、明治時代にここが御料林(皇室所有地)だったことを示すもの。4つの面には青山村・鳥屋村・青野原村の名が刻まれていて、3村の境界に置かれて各村の方向も示していたようです。

仙洞寺山を後にして、北側に下り始めると、それまでと打って変わって明瞭な道を歩けるようになりました。仙洞寺山は、北側からの往復でなら、そこそこ歩かれている様子です。
541mピークを越えた先からは、樹種を書いたプレートが掛かる樹木を多く見るようになりました。
このあたりは、自然観察会のようなイベントで歩かれるエリアなのかもしれません。樹種プレートには、「フォレスト21さがみの森」と書かれているので、その名前で何らかの整備が行われているのでしょう。
さらに進んで、いくつかの建物が現れると‥‥。
間もなく林道に降り立ちました。周囲の建物は「フォレスト21さがみの森」の拠点施設のようです。
「フォレスト21さがみの森」の看板が立っていました。それによると、この一帯は森林作業や自然との触れ合いを体験できる場所として整備されていて、定期的に植林や管理活動などが行われているとのことです。
この先にも地形図によると破線路が続いていますが、そこへ進んでしまうと、ネット上の記録からトラブルが多いことが分かっていたので、あとは大人しく林道を下ることにします。
一般登山道のない山ばかりを歩いた今回ですが、林道や送電線巡視路を歩ける区間が結構ありましたし、そうでない所も、ほぼ踏み跡を追って歩くだけで済んだので、道なき道を進んだり、コンパスで方位を確認したりする必要には迫られませんでした。地形図を片手に、行く先々の地形と進行方向をイメージしながら歩けていれば、その通りに道があって迷うような場所もなく、バリエーションルートとしては難易度は低めだったと思います。

ということで、あとはひたすら林道を歩きます。ずっと未舗装なのを期待していたら、すぐに舗装道路に変わってしまったので、なるべく路肩などの土や枯れ葉が積もった上を歩いて、足の負担を和らげるようにしました。
まだ下界は結構低くに見えていて、その標高差は全部この林道で下ることになります。東側が開けた所から見えていたのは、2012年に歩いた雨乞山のあたりでした。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。
しばらく進むと、北側が大きく開けた場所に出ました。
林道からの展望が、この日唯一の展望らしい展望だったというのは寂しい限りですが、高尾・陣馬エリアから、笹尾根が登り詰める三頭山まで、歩き慣れた馴染み深い山々を一望できて、なかなか楽しめる眺めでした。そしてその手前には、今まさに目指している三ヶ木バス停あたりの街並みも見えています。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。

林道を下り終えると、国道に出る手前が、またしても厳重なゲートで塞がれていました。
ゲートを乗り越えて振り返ると、なんと通行止めの標識があったので、実は歩行者さえも通行できない道だったことになります。ただ、二輪車の進入禁止なんかは、標識以外にも複数の注意看板が併用されて、くどいほど警告されていたのに、歩行者を規制するものはこの標識1つだけで、文章での注意は一切ありません(かといって通行可って訳ではなかったと思いますが‥‥)。それに、出口まで来てから言われてもなぁ。(※末尾に補足あり)
あとは国道をずっと歩いても三ヶ木バス停に出られますが、この青山交差点から右の細い道に入ってみました。
安養寺の境内を抜けていきます。距離的には国道を進むより若干短くなるものの、余計なアップダウンをすることになったので、どちらが楽なのかは微妙なところ。でも空気はこちらのほうがきれいだったと思います。
ゴールの三ヶ木バス停は、鉄道がないこの地域における公共交通の拠点です。多くのバス路線がここを起終点としていて、営業所が入った大きな建物と、路線別に分かれたホームがあり、待合所やトイレのほか売店まであって、バスターミナルと呼ぶのが相応しい施設になっています。バスの乗り継ぎで何度も利用していたこのバス停を、単純な乗車/降車目的で訪れるのは今回が初めてで、細い路地から出てきて裏側から入った関係上、ここに写っているのもターミナル裏側の様子です。次の橋本駅行きの発車時刻が迫っていたため、乗車を優先して正面側には回らなかったのですが、12分という短い間隔で運行されている路線なので、次を待っても良かったのかも。

(※補足) 最後に仙洞寺山林道を下る間、地形図には4地点から分岐する破線路が描かれています。このうち一番上の410m圏から東へ分岐する破線路だけは所在不明でしたが、それ以外の3本は実存を確認しており、いずれも分岐点付近で見る限りはそこそこ明瞭で、現在も歩かれている様子が窺えました。330m圏から北へ分岐する破線路が踏破できれば、通行止めとされている仙洞寺山林道を歩く距離を極力短く抑えることができそうです。
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暗沢山・高通山 [伊豆]

2017/03/11(土)

■第348回 : 暗沢山(520m)・高通山(518m)


南伊豆の山を巡った今回、ハイライトはなんといっても、高通山からの素晴らしい展望でした。
伊豆半島の海岸線を一望する眺めがもう絶品で、それなのに頂上には私ひとり。絶景を1人だけで独占するという、この上ない贅沢な時間を過ごしつつ、ほかに誰もいないのが不思議で仕方ありませんでした。
それに対して先に登った暗沢山のほうは、特に登りに選んだコースが一般登山道ながら廃道の雰囲気すら漂う荒れようで、人がいないのも道理と納得できてしまう状況。前後半であまりに印象の異なる山行となっています。

(高通山からの展望。上が堂ヶ島や雲見などの西海岸、下は下山方向の伊浜から谷川浜にかけての海岸線です)

(往路)
古淵 05:15-05:19 町田 05:33-05:55 本厚木
本厚木 05:59-06:36 小田原 06:45-07:08 熱海
熱海 07:22-08:45 蓮台寺 09:00-09:38 松崎中学校

(登山行程)
松崎中学校バス停  09:40
重文岩科学校バス停 10:20
暗沢山       11:45-12:00
高通公園      12:50-13:00
高通山       13:30-13:55
波勝崎       14:40-14:45
伊浜バス停     15:15

(復路)
伊浜 15:46-16:53 伊豆急下田 17:01-18:12 伊東
伊東 18:13-18:37 熱海 18:53-19:16 小田原
小田原 19:23-20:16 相模大野 20:25-20:40 南警察署前


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今回は、前日に南伊豆フリー乗車券の購入を済ませてスタンバイ(当日の購入が不可のキップです)。
伊豆急全線と南伊豆エリアの東海バスが乗り降り自由になるこのキップ、伊豆急線を下田まで往復するだけでも元が取れるという大盤振る舞いで、バスにも結構長い距離を乗った今回は、2,600円ほどお得になりました。

伊豆急線を終点の1つ手前まで乗って、蓮台寺駅で下車します。この頃までは、良く晴れていたんですけどね。
駅前に出て松崎方面へのバスを待つのが、私だけだったのが意外すぎました。下田発の路線なので、やって来たバスには数人の乗客がいましたが、ほとんどは地元の人たちだった様子。バスを使う観光客なんていないのか?
バスが峠を越えて伊豆半島の東海岸から西海岸へ回っているうちに、空はすっかり曇ってしまいました。松崎の市街地に入る寸前の松崎中学校で降りる頃には、傘を差すほどではないものの小雨まで舞い始める始末です。

少し歩くと、福祉センターというバス停の近くに、牛原山への登山口があります。何年か前に立てた当初の計画では、まず最初に牛原山に登って、その向こうの岩科学校へ下ることにしていたのですが、実行直前に2017年版の「山と高原地図」を確認したら、牛原山から岩科学校へ下る道が「廃道」となっていてビックリ。登った後でこちら側に戻るしかないのでは時間のロスが大きいので、計画を微修正して牛原山は省略することにしました。
ということで、牛原山は麓の車道でぐるりと迂回して、岩科学校へ向かいます。前方には、当初の計画では2番目に登る予定だった暗沢山が見えてきました(写真の中央やや右寄りで電波塔が2本立っているのが暗沢山)。
重要文化財の岩科学校は入口前を通過するだけ。奥には、明治13年に建てられた2階建ての校舎があるらしい。

車道ばかり約3.5kmを歩いて、重文岩科学校のバス停まで来たところから、実質的な登山開始となります。
松崎からここまで、接続が良ければバスを利用したかったのですが(フリー区間ですし)、次の便は1時間半も待たされますし、その前の便は始発で出掛けて来ても乗り継げない状況で、仕方なく歩くしかありませんでした。
岩科学校のバス停から暗沢山へのコースは、赤実線の一般登山道にもかかわらず、バス停からの道案内が皆無でした。登山地図の縮尺も8万分の1と小さく、地図だけを見て迷わずに進むのは難しいでしょう。付属する小冊子を併用すれば、案内文で分かるようになっているとはいえ、現地に道標がないのはあまりに不親切に感じます。
上の写真のY字路まで来ると、やっと最初の道標が現れて、左の道が登山コースだと示していました。

道標に従って進むと、舗装された農道がかなり奥まで続きます。道の両側はかつての耕作地らしく、今ではあまり顧みられていない様子だったものの、結構登ってからも朽ちかけた作業小屋を見掛けたりしました。
山道に変わると、今度は石ゴロの歩きにくい道がずっと続きます。元々は石畳だったものが、今ではどの石も好き勝手に散乱し、落ち枝なども積もり放題で、登山道としてほとんど手入れされていないのが明らかでした。
この切り通しを抜けた先が指川峠だったようですが、それを示す標識はなかったようです。
指川峠の先も相変わらず、路面が酷く荒れています。こんな様子では、ろくすっぽ人に歩かれていないのでしょう。暗沢山の手前の大峠に着いて、別のコースが合わさるまでは、このまま誰にも会わないと確信しました。
落石や倒木の散乱で、いちいち足の置き場を選ばないと進めません。もはや道としての体をなしているとは到底思えず、まるで廃道でも歩いているかのような気分でした。登山口からの道案内の不親切さもあって、ここが一般登山道とされていること自体に違和感がありまくりなのに、登山地図に付属の小冊子がこのコースの紹介までしているのが実に不可解です。私には、とても一般に薦められる状況のコースではないとしか思えませんでした。

そんな矢先、左から合わさってきた車道に、かなり山深い所まで入ってきたという気分をひっくり返されます。
その付近には数軒の家屋が見られました。普段からここで生活するのは不便そうなので、別荘とかでしょうか。
その先の道は、しばらくの間は舗装されていましたが、家屋のある一角を過ぎて轍が消えたらその途端、こんな状況に。ここもまだ舗装道路なのですが、散乱物の多さに舗装面がほとんど見えない有様です。
舗装道路が終われば、当然のように、荒廃した山道が取って代わります。
こうなると、もう歩きにくさは一目瞭然で説明するまでもなさそう。一般登山道を歩いて、ここまで残念で興醒めな気分にさせられたのは、これまでになかった気がします。
状況に改善の兆しが見られたのは、大峠に近付いた頃でした。整然とした植林地に入ると、その中の道も良く踏まれた感じに変わって、歩きやすくなったのです。きっと山仕事などで大峠側から人が往来しているのでしょう。

三叉路の大峠に到着すると、合わさった2本の道はどちらもしっかりと踏まれていて、少しホッとしました。
暗沢山へは、直進する山道を車道に合わさるまで進むとされていますが、なかなか車道に出そうもありません。
そこで大峠まで戻ると、車道を見上げる斜面に踏み跡があったので、それを追ってショートカットしました。
車道までの距離は僅かで、さほどの急斜面でもなく、難なく車道に上がれました。
あとは電波塔のある頂上を目指して車道を登るだけ。暗沢山への登りは、最後まで味気ない感じでした。

暗沢山の頂上は、平坦地にそこそこの広さがあって、ゆったりとした佇まいでした。
私製の標識と、大きな標石の一等三角点がありました。
開けている北側には、天候に恵まれれば富士山や南アルプスが眺められるなど、大展望が広がるはずでした。しかし曇っていたこの日は、同じ伊豆半島の天城山ですら雲の中で、見渡せたのは近い範囲にとどまっています。
パッとしなかったこの日の展望はこんな具合でした。2008年に登った長九郎山の右後方に、天城山くらいまでは見えていて欲しかったのですが‥‥。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
振り返ると電波塔が占めている南側は殺風景で、東西も樹木のため見通しがなく、お楽しみは北側だけでした。
暗沢山の頂上に誰もいなかった時点で、このあと高通公園に下るまで誰にも会わないであろうことが確定的になりました。時刻は既に正午、こんな地味な山に午後になってから登ってくる人なんて、稀でしょうから‥‥。

大峠まで戻ったら、登ってきた岩科学校からの道を見送って、道標が「長者ヶ原」と案内する方向に進みます。
軽く登り返して行くと、すぐに長者ヶ原に出ました。立派な休憩舎と解説板があります。
長者ヶ原は草原状に開けた広い場所です。こんな時期なので、枯れ色の寒々しい風景になっていますが、暖かくなれば緑の草原に変わるのでしょう。条件に恵まれれば、富士山を望めたりもできるようです。
こんなに気持ちの良さそうな場所なのに、ベンチのいくつかは草に埋もれていて、あまり使われていない様子。ここはツツジの群生地として知られていますが、花期の5月を除くと、訪れる人は少ないのかもしれません。

長者ヶ原の草原を横切ったら、さらに先へと進みます。
その後しばらくの間、道は良く踏まれていて、この日初めてマトモな登山道を歩いている気がしました。
しかし、いくつかの分岐点を経て進んでいくうちに、次第に道が細くなっていきます。私が次に目指しているのは高通公園ですが、そこから歩いてくる人が決して多くはない、ということなのでしょう。
そこまでは想定内でしたが、大峠以降は頻繁に設置されていた道標とテープによる目印が、その先のある地点を境にパタッと見られなくなってしまったのには焦りました。その地点というのが、道が分岐しているようにも見えて、少し進路に迷った地点だったので、そこで進路を誤っていた心配があったのです。さらに進むと道が不明瞭になる箇所もあって、正しい道から外れているのではないかと、不安を抱えて歩く区間が少し長く続きました。

なので、次にこの木段を見た時は、正しいコース上にいることが分かってホッとしました。
一旦木段が現れたら、その後は木段の下りが繰り返されて、何度目かの木段の先に車道が見えてきました。
車道に降りた地点を振り返りました。登山道の整備状況が万全とは言い難い暗沢山でしたが、ひとまず計画通りのコースをトラブルもなく歩き通せたことになります。

細い車道から国道136号線に出ると、国道を横断した向こう側に高通公園が見えてきました。
高通公園できれいな水洗トイレを利用させて頂いたあと、これから始まる高通山への急登に備えて、ベンチに腰掛けて少し足を休めていきます。
ところで、高通山は暗沢山よりは登山者が多いと認識していて、下山者を待つ車が公園の駐車場に何台かは停まっているだろうと想像してきたら、それが全く見当たりません。高通山は登山口が計3箇所あるので、頂上の状況は分かりませんが、少なくともここから頂上へ登る間に下山者とすれ違う可能性は、ほぼゼロに近くなったことになります。この日は未だ自分以外の登山者を全く見ていませんが、その状況はまだ続くことになりそう。

高通公園を後にして、高通山への登山道に入ります。この標識によれば、頂上までの距離はたった850m。その間に約260mを登るのですから、かなりの急登が待ち受けているはずです。実際の見た目もこの写真の通り、高通山がほとんど真上に向かってそびえているかのようで、ここで気合いを入れ直しました。
公園の少し上で山道が始まると、案の定、木段が立て続けに現れて、最初から息が上がります。でもそこにさえ目をつぶれば、見た目はいたって普通の登山道。この日はいつもとどこか勝手が違う登山道が続いていただけに、見慣れた雰囲気で良く踏まれている登山道の様子に、普段と同じ落ち着いた気分で歩き始められました。
所々に少し傾斜が緩む区間があっても、そのすぐ先にはまた次の木段が見えてくる、という繰り返しです。
標高があがるにつれて、登山道に木段の占める割合が増えていき、その段差も大きくなったという印象です。
この日は割と早い時点で山シャツの上に羽織っていた物を脱いでいましたが、急登の連続にそれでも暑くなって、このあたりからは袖をまくって登っています(以降も、伊浜のバス停に着くまでずっと半袖で歩きました)。

高通山の頂上に到着すると同時に、空が晴れてきました。そして意外なことに、これまで無人だったようです。
樹木の多い頂上で、意外にも全く展望がない方向も多いのでした。
頂上標柱と三角点です。
南側に面した一角にはベンチが置かれていて、そこから太平洋を一望する雄大な眺めが楽しめました。
高通山頂上からの展望です。見えている海岸線は、このあと目指す伊浜から谷川浜にかけてといったあたり。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真は こちら です。
伊浜から谷川浜にかけての海岸線をアップにしました。左下が下山先となる予定の伊浜集落です。

事前にも情報を得ていましたが、頂上よりも展望が良いらしい「北側展望台」が近くにあって、標識も案内してくれているので、そちらにも立ち寄ってみました。
想像していたよりも大きく下ってしまうこと3~4分で、前方が大きく開けてきました。
「壮観」の一言に尽きます。ここにも誰もいなくて、こんな絶景を独り占めしている気分の良さといったらありませんでした。そして、晴れてくれてありがとう!
北側展望台からの大パノラマです。もっとクリアに晴れていれば、海の向こうに富士山や南アルプスまで望むこともできるようなのですが、これでも十分な眺めでした。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
雲見エリアをアップにしました。変化に富んだ海岸線が魅力的で、肉眼では遊覧船の航行も確認できています。

展望を堪能したら、波勝崎への道を下ります。登山地図では一般登山道として描かれているものの、ネット上で探せる記録の数は少なくて、あまり歩かれている様子ではないのが心配の種でした。現地に来てみたら、意外なほど立派な道標が案内していた点は安心材料かなと思いましたが、実際のところどんな状況の道なのでしょうか。
高通公園からの登りと同じように、木段の多い道でした。しかもこちらは、崩れかけている箇所があったり、木段上への落石などがそのままになっていたりして、決して歩きやすくありません。歩く人が少ない分、整備も手薄にされてしまっているのでは、という印象でした。
それでも随所で海を眺めながら、その海へ向かって下る具合で、見られる景色は爽快でした。
それにしても木段の多いこと。中には、こんな風に相当な急降下になる箇所もありました。だからゆっくりと下れば良かったのでしょうが、勢いに任せて飛ばしてしまったので、少々膝への負担が大きかったようです。
3番目の注意が異彩を放っています。ま、山の中を歩いていてサルに会うことは、決して珍しくはないけれど。
かなり下ってからは、木段の合間に緩やかな区間が現れるようになり、ひと息つけるようになりますが‥‥。
木段の区間では土砂が流れて段が埋まり、このように単なる急斜面と化していたり、そこへさらに落石が絡んだりして、歩きにくさが増していました。これ以上放置すると、いよいよ歩けなくなってしまいそうです。
車道に出る直前まで、急な木段は断続的に現れて、珍しく最後には膝が笑いかけてしまいました。

ここからは一旦車道を歩きます。
すると間もなく、車道で寛いでいるサルを見掛けました。
もしも群れと遭遇したら少し怖かったかもしれませんが、一匹だけですから、静かにすれ違う限り、お互いの間に特別な緊張感は生じませんでした。まぁ観光地の波勝崎が近いですから、サルも人慣れしていたのでしょう。
ここで車道を歩く距離は短くて、すぐにまたここから山道に入ります。
すると、またしても急で荒れた歩きにくい木段の再現となりました。
ほどなく、前方に波勝崎の駐車場が見えてきて、あと少しだと思ったら、この先の木段がもう最悪でした。ほとんど木段の体をなさないほどに酷く荒れ果てて、歩きにくいどころではないのです。悪路に慣れている私でも難儀させられたので、普通の人は歩行困難ではないかと思われるほど。何故こんな状況が放置されているのだろう?
最後は目に余るほどの悪路、本当に「おつかれさまでした」ですよ。まったく。

波勝崎の駐車場まで来ましたが、ここからでは、海岸は限られた範囲しか見られません。
時間に僅かながら余裕があったので、奥に見える海岸に寄ろうかと思ったら、なんと道がロープで封鎖されています。どうやらこの先へ進むには入園料を払う必要があって、しかも海岸までは送迎バスでの移動になる様子。
ここで使える時間は15分がいいところ。入園料を払ったところで、すぐに戻って来るようですし、送迎バスの時間に左右されたくもなければ、自分の足で歩けないことにも興醒めなので、駐車場の先に入るのは諦めました。

波勝崎にはバス路線がないので、帰るためにはさらに2.5kmほど先の伊浜まで歩かなければなりません。波勝崎を後にして、波勝崎に通じている唯一の道路を少し歩いていくと、右に分岐する細い道があります。
分岐点に道路標識や道標はありませんが、大きな石に黄色いペンキで「伊浜遊歩道」と書かれていました。
普通の道路ですが、標高100mくらいまで登ってから海沿いを進むので、抜群の景色を見ながら気分良く歩けます。ほどなく前方には最終目的地の伊浜集落が見えてきました。
伊浜集落の先に見えていたのは、谷川浜あたりまでの海岸線です。
右を向けば、太平洋の大海原がどこまでも広がっていました。水平線まで見通せたのは久々な気がします。

伊浜集落が近付いてきました。ささやかな漁村といった佇まいに風情が感じられます。
最後に海辺の道路に出たら、もうゴールは目と鼻の先です。
先程までいた波勝崎の方向を振り返りました(波勝崎までは見えていないようです)。
午後3時を過ぎた小さな漁港に人の姿はなく、長閑な時間が静かに流れていました。

バスの時刻には余裕があったものの、とりあえずバス停の様子を見に行ってみたら、すでに折り返しとなる便が到着してバスが停まっていました。近くにいた運転手さんと会話して、発車が30分後なのを確認できたので、それまでは海岸に戻って待つことにします。実はこの路線のダイヤが平日/休日ではなく通学日/休校日で区別されていて、この日がどちらに当たるのか確信がなかったのですが、これで安心してバス停を離れられました。
伊浜バス停です。上の写真でもほぼ真ん中にこのバス停があるのですが、すぐ隣に車が停まっていたことで、撮りたかったアングルでは写真になりませんでした。
この日のラストシーンは波打ち際。手頃な石に腰掛けて、目の前いっぱいに広がる海と、そこから寄せては返す波を眺めて、残りの時間を過ごします。この頃になると空はスッキリと晴れ渡り、力強い日差しに半袖でも汗ばむほどで、爽やかな潮風がとても心地良く感じられました。
発車時刻が迫ったら再びバス停へ。このあと、このバスに1時間以上揺られて伊豆急下田駅に向かい、伊豆急線を初めて全線乗り通す形で帰途に就きます。山と海、両方の景色を楽しめたこの日の山行でした。

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大野山 [丹沢]

2017/03/04(土)

■第347回 : 大野山(722m)


この日は比較的近くの西丹沢で、行動時間が正味3時間足らずの、軽めの山歩きをしてきました。しかも人がまだ少ないうちに、静かな雰囲気を楽しもうと計画して、午前中のうちに歩き終えてしまっています。
行先に選んだ大野山は、登山を始めて間もない2006年3月に1度登っていて、単独行で訪れるのは今回が2度目。その後、グループ山行では2009年にも登っていたので、その時以来8年ぶりの再訪でした。

登りで歩いた山北駅からのコースは、最後の木段を除けば急な登りがほとんどなくて、歩きやすい快適な道がずっと続いていました。そして頂上から谷峨駅へ下るコースに入ると、林の中に終始してほとんど見通しのきかなかった登りのコースから一転、景色の開けた箇所が多くなります。富士山や近くの山々や太平洋の海原などが代わる代わる正面に現れて、それらを眺めながら、最後まで気分良く歩くことができています。

また、頂上部一帯が牧場となっているこの山は、牧草地が広がるおおらかな雰囲気の頂上も居心地が抜群でした。周囲が開けているためほぼ全方位の展望も楽しめて、改めて魅力的な山だと再認識した山行となっています。
(草原が広がる大野山の頂上。枯れ色に染まったこの時期は、少し寂しげな景色に見えてしまいますけれど)


(往路)
市営斎場入口 06:35-06:45 相模大野 06:58-07:37 新松田 → 松田
松田 08:04-08:13 山北

(登山行程)
山北駅    08:20
大野山入口  08:35
旧共和小学校 09:10
大野山    10:05-10:25
嵐      11:05
谷峨駅    11:25

(復路)
谷峨 11:42-11:56 松田 → 新松田 12:01-12:46 相模大野
相模大野 13:25-13:40 市営斎場入口


大きなマップで見る

この日はJR御殿場線の山北駅からスタートです。駅前で支度を調えている間に、同じ電車から降りたハイカー姿の人たちのうち、数人が大野山のほうに向かっていて、少し遅れてからその後を追って歩き始めました。
はじめは御殿場線の線路沿いを少し歩きます。桜並木が続いていたので、今月末頃に来れば綺麗だったのかな。
15分程で大野山入口バス停前を通過します。2006年の時は、新松田駅からここまでバスに乗って来たのでした。

その後もしばらく車道を歩いて、緩やかな登り坂を進みます。時折大型車も行き交うような二車線の道路ですが、段差付きの歩道が途切れることなく続いていて、危険を感じることはありませんでした。
車道のところどころからは、早くも大野山の頂上付近を視界に捉えることができました。目的地までの距離感を確かめながら登れる山は、ペース配分がしやすいですし、なにより近付いていく様子が励みになって良いですね。
東名高速道路の下をくぐると間もなく分岐点に出て、右に分かれる細い坂道に入ります。
その坂道は、人家が途絶えた先で一気に傾斜が増しました。かなりの急坂で、ゆっくり歩かないと登れません。

高台にある次の集落に出た所からは、富士山を眺めることができました。でもスッキリとは晴れなかったこの日、特に山間に入ると空気が霞んで、背景が白っぽい空になってしまい、あまり綺麗には見られなかったのですが。
さらに右を向くと、大野山の頂上が、すでにかなり近付いた景色として見えていました。
旧共和小学校の建物を横に見ながら進みます。鉄筋コンクリートのこんな立派な校舎を持つ学校なのに、廃校になってしまったのですね。ちなみに2011年3月の廃校で、私が以前に2回ここを通った時には、まだ現役でした。
旧共和小学校のすぐ先には、綺麗な公衆トイレがあります。2006年の時と同様、有り難く使わせて頂きました。

さらに10分ほど歩いた頃、待望の登山口に到着して、ようやく車道歩きから開放されました。
緩やかな傾斜が保たれている登山道はとても歩きやすくて、快調に足を運ぶことができます。
穏やかな道が続きます。傾斜が急になる箇所がなく、一定のペースで登れるので、ほとんど疲れを感じません。
はじめのうち道は林の中に終始して、景色らしい景色は見られませんでしたが、登っていくうちに少しずつ見通しがきくようになります。いつしか頂上部も、あともうひと頑張りで着けそうな見え方に変わっていました。
道はいつまでもなだらかで、頂上も間近に見えてきているだけに、このまま着いてしまいそうな気さえします。しかし過去2回登っている山のこと、こんな調子ですんなりと登らせてもらえないことは重々承知していました。

そう、この山は最後に試練が待ち構えているのです。いよいよ頂上部に差し掛かり、牧草地が広がる斜面が目の前に迫ったとき、それは忽然と現れました。(この写真でも、すでに牧草地と林との境に見えています)
その正体は、延々と続くこの木段です(実際には「延々と」と言うほど長くはないのですが、かなりの急登で段差も大きく、登るのが結構大変なので、長く感じてしまうのです)。ここは休み休み登るしかありません。
途中には「スカイツリーと同じ高さ 634mです」という標識が。ただ、振り返ってスカイツリーが見られるような場所ならばまだ分かりますが、そういう訳でもないので、いまいち意図していることが分かりません。
634mよりも高ければ、どんな山でも登る途中のどこかに必ず634m地点があるわけで、そんなありきたりの事を殊更に言うためにわざわざ標識まで立てた理由は一体どこにあったのでしょう。
まぁ、この写真を撮るために立ち止まったことが、つらい急登の途中でひと休みするいい口実にはなりましたけどね。もしかして、それが狙いだったのか?!

木段を登り切れば、そこはもう草原が広がる大野山の頂上部。登りはまだ少しだけ続きますが、この先は大きく開けた気持ちの良い景色の中を歩けます。
頂上の牧場は、昨年3月に県営牧場としては廃止となり民間貸与に移行されていて、夏に放牧される牛の数も僅かな数に減ってしまったようですが、牛のいないこの時期の景色は、以前とあまり変わらないのかもしれません。
開放的な頂上では、雄大な展望が楽しめるはずだったのに、これは少々残念な眺めです。平野部が割と良く晴れていたので期待していたら、山間に入ると雲が多くて、近くにあるはずの丹沢の山々ですら、その雲の中でした。
振り返って海を見ようとしても、ぼんやり霞んだ遠くは白っぽい空と同化して、良く分からない眺めでした。
最後は牧場の管理道を登って頂上へ。かつて県営牧場に維持管理されていた牧道は、現在も県によって整備されている模様です。さほど急な傾斜でもないのに、急な木段を登った直後なので、ここは足取りが重たかった‥‥。
牧道を登っている途中で、海側の景色が大きく開けました。頂上に着いてしまうと、海側の視界は少し狭まってしまうので、その前に海側の展望を楽しんでおきます。といっても肝心の海は空と同化して不明瞭ですし、その右側の箱根の山々も、一番手前の稜線が見えていただけで、その奥にある核心部の神山や駒ヶ岳は雲の中でした。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。

大野山の頂上に到着です。この頃はまだ、富士山の白い頂が、どうにか雲の上に出ていました(写真中央)。
頂上標柱の後方は、すぐお隣にそびえる不老山の稜線です(山頂は左端付近)。
この展望図付近が最高点だったでしょうか。ちなみに大野山は、三角点の標高値が国土地理院の2014年改定によって723.1mから722.8mに下げられていたので、この記録でも(一応)大野山の標高を722mと記載しています。
しかしその三角点は、最高点から少し離れて数mほど下った地点にあるため、大野山の場合、三角点の標高をそのまま山の標高とするのが実はあまり適当ではありません。国土地理院の最新の数値データによると、展望図付近には726mを超える地点があったので、実際の大野山の標高は、726mかそれ以上ということになりそうです。
草原が広がる、なんとも開放的な雰囲気の頂上です(冒頭と同じ写真)。今の時期はくすんだ色合いに見えますし、実際にも風が少し冷たくて寒々としていたのですが、緑一色になる夏に来て、寝転んだら気持ち良さそう。
20分程の休憩中、居合わせたハイカーは10人いたかどうか。早く来た甲斐あって、静かな時間を過ごせました。

あまりパッとしませんでしたが、頂上からの展望写真です。不老山や権現山の後方に、山梨県境のもっと高い山々が連なって見えていれば、それなりに壮観だったとは思うのですが‥‥(富士山も頂上部だけでしたし)。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
頂上だけが見えていた富士山は、上の大きな写真でも存在感が薄かったので、少しだけアップにしてみました。
丹沢湖のアップも、なんだか分かりにくい写り方がせいぜいでした。もう少しクリアに見えていればなぁ‥‥。
こちらは、上の展望写真よりもさらに右側を眺めた様子です。大室山や檜洞丸といった、西丹沢を代表する山々は、残念ながら雲の中でした。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。

頂上に着いて20分ほど経つと、富士山はほとんど雲に覆われて、写真にすると全然分からない位になってしまいました。登りで一度は暖まっていた身体も、寒風に吹かれて冷えてきたので、谷峨駅へ向けて下山を開始します。
谷峨駅へ下るコースは、はじめは背丈よりも高いササの中を抜けていきます。
しかしその後はすぐに景色が開けます。こちらの道は、登ってきた山北駅からの道がほぼ林の中に終始して、木々ばかりを見ながら歩いていたのとは対照的に、いろいろな眺めを楽しみながら下れる気分爽快な道でした。
眼下には、ゴールの谷峨駅も、すでに小さく見えていました(写真にマウスを乗せるとその位置を示します)。谷峨駅はこの先の登山道からもしばしば見通せて、少しずつ大きく見えてくる様子を確認しながら歩けています。
すっかり曇ってしまった富士山の方向です。でも天気が良ければ、この方向には富士山のほか、箱根や富士五湖周辺の山々を眺められるはずで、そんな景色を見ながら歩ければもっと楽しかったことでしょう。
登山道が向きを変えると、今度は前方いっぱいに海が広がりました。この日の実際の眺めは、こんなふうに海と空の区別が付かないくらい霞んでいましたが、明るい日差しの下、青く光る大海原を脳内で再生しつつ下ります。
途中には動物除けのフェンスが2回現れて、それぞれ扉部分を開け閉めして通過します。
景色のほかに特筆すべきことは、登ってくるハイカーを次々と見るようになったことです。グループの人たちも多く、かなりの人数とすれ違ったので、昼頃には頂上も結構な賑わいになっていたのではないかと。早出をして、人の少ない朝のうちに登っておいたのは正解だったようです。人の気配が濃厚になってしまってからでは、自然を強く感じることが難しくなりますし、なにより山は静かに楽しむに限りますから。

その後は、林道を横断して、さらに下ります。
林道を過ぎると樹林帯に入ってしまったので、景色の良い道は林道の上まででした。
その先で、一旦は舗装された歩道に迎えられます。
歩道から車道に出るところには、綺麗なトイレがありました。大野山は頂上のほか、登山道の途中にもこうしたトイレが設置されているのが有り難いですね。
車道に出るとすぐに山道が分岐して‥‥。
またしばらくの間は山道を歩くことができました。

嵐という集落に下り着いたところで山道は終わっていて、ここが谷峨駅側の登山口ということになります。
あとは車道歩きを残すのみ。車道からの眺めも、すっかり下界の風景に変わりました。ちなみに、雲がなければ写真左側に送電線と重なって富士山が見えるはずなのですが、この日はもう富士山は復活しなかったっぽいです。
谷峨駅も近くなって、駅舎のほか、線路とかもハッキリと見えてきました(縮小写真では分かりにくいですが)。
小さな橋で酒匂川を渡れば、ゴールはもう間もなくです。
谷峨駅は無人駅で、券売機すらありませんでした。ここで1時間に1本の電車を待ちます。
ホームの上には、先程までいた大野山が見えていました(頂上は奥に隠れて、厳密には見えていませんが)。

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