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大平山・古城山 [伊豆]

2017/02/25(土)

■第346回 : 大平山(578m)・古城山(540m)


今回訪れたのは、伊豆半島の付け根付近にある山です。最初に登った大平山に登山道があるのに対して、次に向かう古城山には登山道がなく、久しぶりにバリエーションルートを歩く計画で出掛けました。
バリエーションルート上では、予想していた以上に道がなくて進路が分かりにくかったところへ、必携装備のコンパスが作動しないアクシデントまで発生して、最終兵器のはずのGPSを最初から発動する羽目になったりしましたが、とりあえず予定通りには歩くことができています。

それにしても、登山道上に楽しめるような特段の景色がなかった上に、頂上などからの展望も限定的で、どちらも地味な山でした。このような低山では、それが本来の姿に近いと思っているので、私には観光のために人が手を入れ過ぎた山よりもむしろ好ましく感じられたのですが、一般受けしない山であることは間違いないでしょう。
そんな山だからか、この日は自分以外のハイカーと出会うことのない、完全な1人旅となりました。自然の音だけに満たされた世界にずっと身を置くことができて、その自然との対話も存分に楽しめた気がしています。

(往路)
市営斎場入口 06:15-06:30 相模大野 06:39-07:28 小田原
小田原 07:36-07:59 熱海 08:24-08:47 伊東

(登山行程)
伊東駅    08:55
丸山公園入口 09:10-09:15
大平山    10:20-10:30
四辻     11:05
柏峠     11:20
冷川峠    11:55-12:00
古城山    12:35-12:45
松川湖    14:05
おくの公園  14:10-14:20
城の平バス停 14:40

(復路)
城の平 14:53-15:13 伊東 15:21-15:44 熱海
熱海 15:47-16:09 小田原 16:31-17:25 相模大野
相模大野 17:28-17:43 市営斎場入口


大きなマップで見る

伊東駅からスタート。冷え込みが弱く、日向では朝から暖かさが感じられた一方で、風はまだ冷たかったです。
はじめは車道歩きで住宅街の中を抜けていきます。緩やかな登り坂が続いて、すぐに身体が暖まってきました。
15分ほどで丸山公園の入口に到着しました。車道歩きはここまでです。

丸山公園に入って、良く整備された遊歩道を登っていきます。
少し登った所に広場があり、かなり汗ばんでいたので、ウェアを調節していきます。山シャツの上に重ねていた物は全部脱ごうかとも思ったのですが、風に当たると一気に冷えるので、ジャケットは羽織ったままにしました。
その広場では梅の花が咲き始めていました。

丸山公園はかなり広くて、公園内の遊歩道だけでも100mくらいは登ったようです。公園の端まで来て、遊歩道が終わったところから、ようやく山道が始まりました。丸山公園から大平山へは、尾根コースと渓谷コースの2本が整備されましたが、現在は渓谷コースが整備不良で通行止めなので、歩けるのはこのコースだけです。
「ハイキングコース」にしては、道はかなり頼りないものでした。どうやら、あまり盛んに歩かれているコースではなさそうです(時期的な要因もあったかもしれませんが)。尾根が狭くて歩ける場所が限られるうちは明瞭な道も、尾根が広がって踏み跡が分散してしまうような箇所では、しばしば不明瞭になりました。
そして、勾配がきつい箇所でも全くジグザグを描かないので、意識的にゆっくり歩かないと、すぐに息が上がります。ただ、過剰に整備された様子がない分、木段のような人工物を見ずに歩けたのは好ましく感じたのですが。
しばらく登ると、石切場跡の標識と解説板がありました。江戸城の築城にあたって、伊豆東海岸一帯が中心的な採石地になっていたとのことで、このあたりもその1つだったらしいです。
すると、その先の登山道脇には、大きな岩がゴロゴロと点在するようになりました。
さらにこんな標識も出現。「この石に刻まれている(図柄)は、加賀前田家の印(刻印)と言われています。」
そうは言っても半世紀近くも前の物だしと、あまり期待せずに見に行ったら、意外にも分かりやすかったです。
ただ、登山道自体の景色は、いたって地味なままでした。手入れされなくなった植林地に雑木林が進出してきたような、やや雑然とした林相が続いて、歩いていて楽しい道ではありません。私自身、再びここを歩きたいとは思えませんでしたし、恐らくはリピーターが少ないことで、あまり歩かれない道になっているのではと感じました。
大きく開けた場所もなく、周囲の山々も稀に樹木の間から眺められる程度で、樹木が葉を茂らせる時期にはそれすら難しいでしょう(写真中央は大室山。もっと右には天城山があるはずですが、この日は雲の中でした)。

大平山の頂上に着きました。実はこの先にもまだ少し登りが続いていて、正確な意味で頂上とするには適当でない地点だと感じたのですが、ここに三角点が設置されていることに引きずられて頂上にされてしまったようです。
標識と三角点のほかにはベンチすらありませんが、人の手があまり加わっていない感じには好感が持てました。
東側が少し開けていて、伊東市街を見下ろした先には太平洋の大海原が広がっていました。

大平山の頂上とされた地点から先へ進むと、さらに20mほど登った地形図の592mピーク(そこが大平山の最高点?)までは、気持ちの良い穏やかな尾根が続いていて、この区間だけは道もしっかりと踏まれている様子でした。
大平山の西側に少し下った所には芝生広場があって、そこまで車で入ることができて駐車場も整備されています。大平山を訪れる人の多くは、きっとそこから楽々と登ってきて、頂上部だけを軽く散策する感じなのでしょう。
最高点らしい592mピークを過ぎた次のコブには「展望ゾーン」という標識が立っていました。
「展望ゾーン」からは富士山や箱根方面が眺められて、この日のコースでは唯一の展望らしい展望です。それなのに富士山は山頂部以外がほとんどが雲の中だったほか、箱根山も雲に隠れていて、近い範囲しか見られなかったのが残念でした。開けていたのがこの限られた地点だけなので、「展望ゾーン」という名称にもやや違和感が。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
富士山は、上のリンクの大きな写真でも雲との区別が付きにくいので、アップの写真も挙げておきます。真ん中あたりで、頂上部だけが辛うじて、雲の上に顔を出していました。
それにしても人の少ない山域で、伊東駅から歩き始めて以来、全くハイカーを見掛けていません。最も人がいる確率が高そうなのが、西側の芝生広場から少し登るだけで気軽に歩ける大平山と展望ゾーンの間でしたが、そこでも誰にも会わなかったことで、この日はもう最後まで1人旅になるのが確定したようなものでした。一般登山道でさえ人がいないのに、この先で登山道を外れて、バリエーションルートに入ってしまうのですから‥‥。

といっても、まだこの先、柏峠まではハイキングコースの続きです。展望地を過ぎると、再びあまり歩かれていない様子の頼りない道に戻りますが、要所には道標が立っていたので、道に迷う心配までは必要なさそうでした
その後は特に写真を撮るような景色もないまま、四辻まで来てしまいます。ここはその名の通り十字路になっていますが、左に下る大平の森へのコースはもう歩ける状況にはないらしく、「危険 立入禁止」となっていました。
登山道も相変わらず地味な風景の中にあって、これでは歩く人が少ないのも致し方ないというのが率直な印象です。そのせいか、少し歩きにくいと感じる箇所が出始めているようにも思われました(単に、歩く人が少ない冬季は整備が手薄になっていて、それで少し荒れていただけなのかもしれませんが‥‥)。

柏峠でハイキングコースは二手に分かれます。冷川峠に向かうには、右折して林道に出るのが一般的ですが、それだと少し遠回りな上に、余計に下って登り返す形になってしまいます。そこで、整備されたコースを歩くのはここまでとして、少し先からいわゆる“バリエーションルート”に入り、冷川峠を直線的に目指すことにしました。
ということで、直進方向のハイキングコースをもう少しだけ歩いたら、この鉄塔の先の472mピークで右折して、尾根伝いに南下を開始します。地形図に破線路が描かれている尾根なので、少なくとも過去には道があったはず。
その尾根は、はじめの傾斜が緩やかな間は、なんとなく道形が残っているような感じだったのですが‥‥。
でも一旦傾斜が増してしまうと、もう道形を追える場所はほとんどなくて、あとは道なき道を進むことに。
こうなると、地図と方位を手掛かりに進むことになりますが、なんとこんな時に限ってアウトドア腕時計の方位計測が電圧低下で作動せず(電池交換の時期が迫っていたとは!)、方角を定めて歩けないということが発覚。
仕方なく、いきなり最後の手段であるはずのGPSの出番となってしまいました。GPSの助けを借りたので、進路に迷う必要がなかった反面、自力で「バリエーションルートを歩いた」と言える状況ではなくなっています。
しかも、GPSを頼ったから楽に進めたかというと決してそうでもなく、急斜面の多くはすでに人が歩ける状況にはなかったため、転滑落しないよう細心の注意が必要でしたし、倒木などに行く手を阻まれて迂回を余儀なくされた箇所も多く、近道をしたつもりが、時短にも体力温存にも全くならなかった気がしています。

間近に迫った冷川峠は県道が切り通していて、峠とその前後は垂直な擁壁の連続で直接下ることができません。
峠の南側の斜面のほうが勾配が緩いことは地形図からも読み取れますが、Googleのストリートビューでも南側のほうが歩きやすそうな斜面に見えていたので、眼下に県道が見えてきたら、少し南に進路を補正します。
とはいえその南側もかなりの急斜面で、最後は滑り降りるようにして下るしかありませんでした。
ということで、降りてきたのは冷川峠の少し南側。道路標識の「冷川峠」はこちら側にありました。
そこから少し登って軽く峠越え(笑)をして、冷川峠の北側に出ます。伊東と修善寺を結ぶバス路線の停留所はこちら側にありました(写真左端のポストがバス停です)。
峠の北側に回ってきたのは、そこに送電線巡視路の入口があるからなのでした(黄色いポストがその目印)。この日はもう一般登山道を歩くことはなく、冷川峠にも道標など古城山への案内を示すものは何もないのです。
ただ、道なき道を突破した直後ですし、これから始まる古城山への登り返しを前に、ここで少し息を整えました。

送電線巡視路で尾根に上がると、ネットから得ていた情報通り、防火帯として開けた尾根がずっと続いていました。ほぼ1本道なのに、最近の物らしい真新しそうなリボンも割と頻繁に見られて、なんだか至れり尽くせり。
一応はここもバリエーションルートの範疇なので、地形図を片手に現在地を確認しながら歩いていましたが、古城山までは進路が明瞭すぎるくらいに明瞭で、そんなことをしなくても誰でも迷わずに歩けるような状況でした。
進路は明瞭でも、最初に越えて行く470m圏の小ピークまでは急登もありました。一般登山道ではないだけに踏み固められていない地面が脆くて歩きにくかったので、少しはこういう所を歩いた経験がないと難儀するかも。
その後は何度かのアップダウンを繰り返しながら進みます。気持ち良く歩ける緩やかな場所も結構ありました。
防火帯の両側には、桜並木が続いている区間が多くて、花の時期には華やかな雰囲気に変わるのではないでしょうか。今では見に来る人などほとんどなさそうなこんな場所に、人知れずこんな立派な桜並木があるなんて。

そうこうするうちに、古城山に到着。頂上にはそこそこの広さがあって、ゆったりとした佇まいでした。
ある物は標識と三角点だけで、あまり人が来ている気配もなく、寂峰という言葉が相応しいような頂上です。
周囲を樹木に遮られて、展望はほとんどありませんが、むしろそれもマイナーな山らしくて好ましい感じ。
変にほかに気を惹かれることがない分だけ、この場所自体が持つ雰囲気にどっぷりと浸ることでができ、自然の音だけが奏でる静けさの中にいると、自分もその自然と一体化できたような気がしました。

その後も同じような尾根が続くものと思っていたら、防火帯は古城山のすぐ先で終了となりました。
防火帯が途切れて分かりやすい1本道ではなくなり、リボン等の目印もほとんど見なくなるので、510m圏のコブで直進する明瞭な尾根を見送って左に折れる箇所では、地形判断が必要でした。古城山を境に、元々少ない入山者がさらに減った印象で、尾根上の踏み跡はあっても微かになり、倒木やヤブも増えた感がありました。
それでも、松川湖への道が分岐する480m圏の小ピークまでは、地形図を見ていれば難なく歩ける尾根でした。その480m圏の小ピークには、この尾根を歩き始めて以来初めて見る分岐標識が立っていて、前後の方向を「鹿路庭峠-冷川峠」、左折方向を「松川湖」としていました。かつてここが一般登山道だった頃の名残なのでしょう。

松川湖へ下る道は、ネット上にほとんど情報がなかったものの、標識がきちんと示していることに加えて、最新の地形図が実線(軽車道=道幅1.5m~3mの道路)で描いている(それを元にしたらしいGoogleマップでも二本線で描かれている)ので、事前にはあまり不安に思っていなかったのです。しかし現地に来て、その手前から主稜線ですらほとんど踏み跡を見なくなっていたことに一抹の不安を感じていたら、それが的中してしまいました。
標識が示す方向に歩き始めたら、案の定、いくらも時間が経たないうちに道形が消失します。それもそのはず、主稜線がそもそも満足に歩かれていないのですから、そこからの枝道なんてろくに歩かれている訳がないのです。
せめて尾根筋がハッキリしていれば、地形図だけを手に歩けたかもしれませんが、上のほうの急斜面では尾根自体も不明瞭で、すぐにGPSのお世話になることに(ここはコンパスが作動したとしても、GPSがないと難しかったかもしれません)。また方角を決められたとしても、そこにあるのが転げるような急斜面だったりして、安全に立てる足場を慎重に見定めつつ少しずつ下る必要があるなど、特に上のほうでは厄介な局面が続きました。

それでも下るうちに、地形判断で進める場所が多くなります。時にはこんな穏やかな箇所もありましたが‥‥。
断続的に急斜面が現れて、いつまでも気が抜けません(方角を迷う箇所がなくなったのは幸いですが)。ここにかつて登山道があった頃、一体どんな道筋を描いて下っていたのか、現状からは全く想像が付きませんでした。
遭難が頭をよぎるような状況ではなかったとはいえ、目指している車道が見えてきた時はホッとしました。
しかし最後まで、楽に降ろさせては貰えませんでした。車道への降り口は、ネットの情報で石段となっていて、ただそれを下るだけで良いと思っていたら、今やその石段が完全に埋まっていたばかりか、その上に落ち葉が降り積もって、すっかり滑り台と化していたのです。ここを人が歩かなくなってから、どれだけの月日が経っていたのでしょうか。石段脇の竹などを掴んで身体を支えながら下りますが、途中で1度滑って尻餅をつかされました。

それでも道路に出てしまえば、あとはバス停を目指すだけで、もう何の心配もありません。道路のすぐ下には、奥野ダムによって生まれた松川湖があって、その湖畔まで降りると河津桜が満開となっていました。
上の写真でも左奥に写っていますが、松川湖に注ぐ落合川に架かっている「奥野エコーブリッジ」を渡ります。
「奥野エコーブリッジ」の上から、松川湖を眺めてみました。
その後は湖畔の遊歩道を歩いて、右奥に見えてきたダムの堤体に向かいます。
ダムの堤体上には石碑などがありました。
堤体上から見た松川湖です。
堤体上は自由に横断できるようになっていました。

ひととおり湖の景色を楽しんだら、洪水吐き脇の階段で、ダム堤体の斜面を下って行きます。
堤体の基部まで下ってきたところに、「おくの公園」があります。予め目を付けておいた通り、ここには全く人がいなかったので、バスに乗る前に着替えなどの身支度を済ませておくことができました。
「おくの公園」を後にしたら、バス道路までもう少しだけ車道を歩きます。県道を進むのが近道でしたが、時間には余裕がありましたし、県道は交通量が多いのに歩道のない区間があることをGoogleのストリートビューで見ていたので、少し遠回りになるけれど車がほとんど通らない細い道を選びました。
城の平バス停には待合所があって、中で椅子に腰掛けてバスを待つことができました。

タグ:伊豆
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湖西連峰(神石山・東山) [愛知]

2017/02/18(土)

■第345回 : 湖西連峰(神石山(325m)・東山(258m)


この日訪れたのは、今回が初めてとなる愛知県の山です。歩いてきた稜線は大半が愛知・静岡の県境で、どちらの県だとも言える状況なのですが、愛知県側から登って愛知県側に下りましたし、1日を通して愛知県側の豊橋市が整備している「豊橋自然歩道」の標識に導かれて歩いたので、愛知県の山として記録することにしました。

一方「湖西連峰」という呼び方は、主に浜名湖を擁する静岡県側で使われているようです。その名の通り浜名湖の間近に連なる稜線からの、浜名湖や遠州灘を一望する眺めは、遠出するに値するだけの素晴らしいものでした。

(往路)
古淵 05:15-05:41 新横浜 06:00-06:40 静岡
静岡 07:17-08:02 豊橋 08:35-09:08 嵩山

(登山行程)
嵩山バス停 09:10
浅間神社  09:30
427m峰   10:05
富士見岩  10:10-10:20
大知波峠  10:35-10:40
多米峠   11:15-11:20
神石山   12:00-12:15
東山    13:30-13:50
二川駅   14:15

(復路)
二川 14:30-14:57 浜松 15:20-16:39 小田原
小田原 16:46-17:35 相模大野 17:48-18:03 南警察署前


大きなマップで見る

この日は朝一番の新幹線を捕まえて、8時過ぎには豊橋駅に到着していました。
豊橋駅前から嵩山行きのバスに乗って終点で下車します。バス停はバスの転回所に立っていました。
バスが走ってきた国道は、このすぐ先でトンネルに入り、これから登る山々の下を潜ります。つまりこのバス停、いい感じに山の裾野近くまで迫っていて、ここからならほとんど車道を歩かずに山歩きを始められるのでした。

細い車道に入るとすぐにトイレがあって、嵩山蛇穴への道が分かれていましたが、そちらには向かいません。
車道をもう少しだけ歩いて、右手に現れた浅間神社への参道が、今回の登山口。少しの間、段差が大きめで少々きつい石段を登ります(薄暗かったためか、ブレブレの写真になってしまってすみません)。
浅間神社は三社三神からなっていて、人体になぞらえるように、低い方からそれぞれ足浅間・腹浅間・頭浅間と呼ばれています。まず石段を登り切った所にあったのが、足浅間でした。
足浅間からは山道に変わって、少し登ると腹浅間。立派な社殿があって、境内もそこそこの広さがありました。

腹浅間を過ぎると、いよいよ本格的な登山道が始まります。低山だけに枝道が多くて、立ち寄らなかった嵩山蛇穴からの道などが途中で合わさってきたりしますが、分岐点のたびに道標が立つなど良く整備されていました。
稜線上の分岐点まで登ってきました。今回はここを右折して尾根を南下するコースに入ったのですが、北上して登ればすぐの所に頭浅間があったようで、せっかくだから浅間神社三社をすべて巡っておけば良かったかな。
分岐点にあったベンチで少し休んだら、尾根歩きの始まりです。

この尾根は、この先で何度となくアップダウンを繰り返すことになります。その中で、ほぼ最初に登った三角点のあるピークが、実はこの日の最高点。三角点は登山道左手の笹ヤブに埋もれていたのですが、それはともかく、ここが山としては無名で、最高点なのに「427m峰」と書くしかないのがなんとも格好悪い感じです。
上の写真にも一応は写っているのですが、あまりに分かりにくいので、三角点のアップも撮っておきました。
低山だけに、尾根道とはいえ、道の両側にはほぼずっと樹木が立ち並んでいて、あまり景色の良い道とは言えません。それでも、時折左側の樹林が途切れる場所があると、浜名湖を見下ろすことができました。

427m三角点峰から一旦下って、次に登り返したピークには富士見岩があります。かなり大きな岩なのに対して、登山道がすぐ近くを通っているために、その全容を収めた写真は撮れませんでした。
富士見岩の上に登ってみると、浜名湖側の眺めは送電線鉄塔が少し邪魔をしていました。また空気が澄んでいれば、その名の通り富士山や南アルプスが望めるらしいのですが、それも叶わず残念な眺めに終わっています。
こちらは歩いてきた側を振り返ったもの。山並みは浜名湖の北側に沿うようにして、さらにその先へと続いています。それらの山域を総称する呼び名が「弓張山地」で、広義には南アルプスの南端に含めて扱われることも。

とにかくアップダウンの多い稜線で、最後まで合わせると一体いくつのコブを越えて行ったか数え切れません。
それでも、神石山の前後を除けば大きな登りや下りが現れることがなく、登下降は概ね小規模なものばかりで、さほど苦しい思いはさせられずに済みます。しかも斜面の勾配も緩やかな所が大半なので、急な箇所がほとんどない登山道は歩きやすく、アップダウンの多さにかかわらず、とても気持ち良く歩き通すことができました。
そんな緩やかな登山道なので、写真ではのどかな雰囲気に見えるかと思いますが、でも実際はそうでもなかったのです。というのも、とにかく西からの強烈な季節風が間断なく吹き荒れていて、まずその唸り声自体が凄かったですし、送電線がずっと登山道に沿っているために、そこに送電線の風切り音が加わって、かなり騒々しい中を歩いていたのでした。防風のジャケットを着ていたから良かったものの、体感温度もかなり低かったと思います。

次に通過する372m三角点は、登山道のすぐ脇にありました。
372m三角点から軽く下ったところが大知波峠で、開放的で気持ちの良い空間になっていました。
ここは平安時代に栄えた寺院の遺跡で、大きく開けているのもそのためのようです。
建物跡らしい斜面の先には、浜名湖を望むことができました。

さらにアップダウンを続けて進みます。尾根上には照葉樹が多く、こんな真冬でも緑の中を歩けたりしました。
下り斜面の途中で進行方向が開けると、これから進む稜線の様子が良く分かる眺めが広がっていました。
この写真にマウスを乗せると進路を示しますが、まずは正面の稜線を神石山までたどり、そこから西向きの稜線に移って、右端に写っている東山を目指しています。まだまだ先が長いことに加えて、最後までずっとアップダウンが収まらないことを目の当たりにして、少々げっそりする眺めではありましたが‥‥。
その後もいくつかのコブを越えてきましたが、見えるのは前と同じような景色で、あまり進んだ気がしません。
多米峠にはベンチがありました。神石山への登り返しを前に、腰掛けて少し足を休めることができています。

多米峠の先には、珍しく右手側の景色が開けた地点がありました。縮小写真では分かりにくくなりましたが、豊橋市街の先には三河湾が見えていて、その奥には渥美半島の山なんかも眺められました(写真左端)。
神石山の手前にあって、神石山よりも標高の高い351mピークまでは歩きやすかった道も、351mピークを越えると少し様子が変わります。下り着いた鞍部の先で、神石山への登りが始まると、やや傾斜がきつくなりました。
神石山の手前に左手側が大きく開けた場所があって、浜名湖方面を広く見渡せました。神石山からの眺めと大きな違いはないので、山頂が混んでいる時は、ここで展望を楽しむ手もありそう(山頂から1~2分の地点です)。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真は こちら です。

神石山の山頂に到着すると、なぜかここだけが混み合っていて、突然の人の多さにビックリです。南側に下れば、すぐ近くに駐車場とトイレが完備された普門寺の登山口がありますし、新所原駅から歩いてもそう長い距離ではないので、きっとそのあたりから登ってきたお気軽登山の人たちが多かったのでしょう。
展望は東側に限られますが、大きく開けた先に浜名湖や遠州灘を見下ろせる、なかなか爽快な眺めの山頂です。
神石山の標高は、最新値で325mです。この標識は、国土地理院の標高値改定(2014年)前のものなのでしょう。
神石山には一等三角点が設置されていました。
神石山からの展望です。浜名湖はまさに一望といった具合でしたが、少し遠くになるともう霞んでしまって、浜名湖の対岸で浜松アクトタワーが辛うじて見える程度だったのは、ちょっと期待外れでしたけれど。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真は こちら です。

神石山からは、さらに南西に続く尾根に進んで東山まで足を伸ばしています。この先は、ここまでのコースほど緩やかで歩きやすい道が続く訳ではなく、下り始めからして、長い木段での急降下になりました。
また、予めそうと知っていて意図した訳ではなかったのですが、結果的に歩く人の多い普門寺や嵩山に下るコースを選ばなかったことで、神石山の山頂にいる間を除けば、人と会うことの少ない静かな山歩きができています。
神石山から10分ほどで普門寺峠を通過します。地形的には前後のピークがともに小さくて、ささやかな峠といった風情の地点でしたが、交差する峠越えの道はいずれも自然歩道として整備されて良く歩かれているようでした。
この先にも、まだまだ多くのアップダウンが控えていて、最後に目指している東山もその奥に隠れていました。
その代わり、こちらの稜線は次第に見通しの良い場所が増えてきて、景色は楽しめるようになっています。振り返れば今朝から歩いてきた、富士見岩あたりから神石山までの稜線が、もう遠くの風景になりつつありました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。

二川TV中継所というピークを通過します。ここからは海側の展望を楽しめました。
頻繁な登り下りの繰り返しに、いい加減ウンザリしてきますし、体力的にも疲労が溜まってきましたが、前方にはまだまだいくつものコブが連なっていて、まだまだ頑張らなくてはなりません。ここまで来て、ようやく尾根の末端にあるはずの東山が見えてきたかどうか、というところでした。
その後もひたすらアップダウンを重ねて、どうにか東山が近くに捉えられるような所まで来ました。見るとこの先には、もう小さな登り下りしかなく、しかも登る量よりも下る量のほうが多そうです。
その先にある、ベンチの置かれた鞍部が風越峠で、葦毛湿原から登ってくる道を右から合わせました。
なお、ここに立つ道標が東山までの所要時間を50分としていて、すっかり近付いてきたという感覚があっただけに大いに惑わされたのですが、実際にはその半分ほどの時間で着いています。全くもう驚かさないで欲しいよ!
風越峠の先も、アップダウンはごく小さなものを含めると7回を数えます。その7回目のコブで、250m三角点を横目に見ながら通過すれば、いよいよすぐお隣のピークが目指していた東山。もうヤレヤレといった心境でした。
嵩山から登り始めて、富士見岩の手前から神石山までの稜線を歩いた後で、さらに東山を目指すというのは、予想していた以上にタフなルートだったのです。ただ、アップダウンは回数こそ多いものの、さほど大きな登りがないので、1箇所で大きく疲労させられることがなかったのに助けられました。下りに変わる度に回復を図ることができて、なんとか歩くのを楽しめる気持ちが残っているうちに東山にたどり着けたという感じです。

東山の山頂には、ゆったりとした広さがありました。
地形図には標高値の記載がありませんが、この標識によると258mだそうです。
とにかく海側がいっぱいに開けて、開放感に溢れた山頂からは、ベンチに腰掛けたままで海を眺められました。
その、遠州灘を間近から見下ろす大展望です(左端には浜名湖も見えています)。遠くが霞んでいたので、海と空の色がほぼ一緒で、水平線なんか全く分からない写真になってしまいましたが‥‥。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真は こちら です。
こちらは歩いてきた方向を振り返った1枚です。この真ん中あたりでは、富士見岩から神石山にかけての稜線が、つい先程まで歩いていたのが信じられないほど遠くに見える景色の中にありました。
西側は木立の間からの眺めですが、豊橋市街や三河湾が、当然ながらそれまでよりも大きく見えていました。

東山を後にすると、ようやくあとは下るだけとなります。はじめに木段で一気に高度を下げました。
木段が終わると、その後は緩い下り坂が続きます。終わりも見えてきているので、穏やかな気分で歩けました。
かなり下って車道が絡んでくると、登山道も残すところあとわずかです。

登山道は、伊寶石神社の境内まででした。
伊寶石神社の短い参道を歩いて、道路に出たところが登山口。案内図などが立っていました。
伊寶石神社から東海道線の二川駅までは、10分もかからない距離でした。このあと、在来線も新幹線の「こだま」も意外なほど空いていて、ゆったりした気分で帰京できています。

タグ:愛知
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大日山・鷹取山・御殿山 [房総半島]

2017/02/04(土)

■第344回 : 大日山(333m)・鷹取山(364m)・御殿山(363m)


今回の行先は、3年連続でこの時期に訪れることになった南房総です。
登ってきた大日山と御殿山は房総の山々の好展望台となっていて、この2年ほどの間に頂に立ったのが記憶に新しい富山や鋸山のほか、その周囲の内房線沿線の山々と、その先に広がる東京湾の眺めなどを楽しんできました。

(往路)
古淵 05:37-06:09 東神奈川 06:12-06:14 横浜
横浜 06:20-06:56 京急久里浜 07:05-07:14 東京湾フェリー
久里浜港 07:20-08:00 金谷港 → 浜金谷 08:20-08:46 館山
館山 09:20-09:50 滝田郵便局前

(登山行程)
滝田郵便局前バス停 09:50
大日山登山口    10:40
大日山       11:10-11:30
鷹取山       12:00-12:10
御殿山       12:25-12:50
安田橋(御殿山登山口) 13:20
国保病院前バス停  13:50

(復路)
国保病院前 14:48-15:10 岩井 15:31-15:43 浜金谷
金谷港 16:30-17:10 久里浜港 → 東京湾フェリー 17:18-17:27 京急久里浜
京急久里浜 17:39-18:14 横浜 18:19-18:58 古淵


大きなマップで見る

まずは、2年ぶりにフェリーで東京湾を渡ります。船窓からは、鋸山と富山がずっと正面に見えていました。
房総半島に上陸後は、浜金谷駅から再び鉄道に揺られます。
南国情緒が演出された館山駅に到着。2月の朝8時台とあって、さすがに景色よりも寒さが勝っていましたが。
市営バスの乗り場は駅前から少し離れた場所にあって、駅前からの適切な案内もなかったように思いました。予め調べていなかったら、迷わずに探せたかどうか。ま、普段は地元の人しか使わない路線なんでしょうけれど。

乗客が2人だけだったバスから、滝田郵便局前で降ろしてもらいました。これから登る大日山は、路線バスによるアプローチは一般的ではなく、登山口はここから4km以上歩いた先にあります。
ということで、最初は小1時間の車道歩きです。交通量が少なめでのんびり歩くことができ、奥のほうまで集落が点在する状況が続いて景色にも変化があったので、ほとんど退屈はしないで済みました。
登っているのを意識させられない程度の緩い坂道ですが、さすがに長く歩いていると身体が暖まってきました。
歩き始めて40分ほどで、駐車場とトイレがある、大日山の一般的な登山口に到着です。ここから始まる遊歩道は、坊滝を経由して大日山に向かいますが、今回は大日山へ直接登るコースを選んだので、ここはスルーしました。
さらに10分ほど車道を進んで、もうひとつの登山口へ。案内図のほか、左に少し入ると駐車場もありました。

登り始めはいきなり急坂が続いて、かなり苦しく感じました。
しばらくして傾斜が落ち着いてくると、そこからは快適に歩けるようになります。
登山道の整備には相当に力を入れたようで、擬木の木段や柵がほとんど途切れることなく続いていました。それらがなくても、特段問題になることはなさそうな箇所が大半なので、やや過剰整備に感じられましたが‥‥。
ここで、先程見送った坊滝経由の道が正面から合わさってきました。頂上への道は右に分かれています。
その頂上への道は、視界の限り急な木段が延々と続いていて、げっそりする眺めです。とはいえ標高300m少々の山ですし、すでに250m以上の地点に来ているので、登ってみたらさほど長く感じるものではありませんでした。

大日山の頂上に到着しました。サクラの木が多かったので、満開の頃にはお花見ができそう。
小さな石室には大日如来像が祀られていました。昔から信仰の対象として良く登られていた山なのでしょうね。
南側から西側にかけて展望が開けていて、展望図も設置されていました。
この日は朝から遠くがあまりクリアに望めなかったのですが(富士山の見え方はフェリーに乗っていた時点で既に朧気でした)、幸いにもそれ以上に霞むこともなく、それなりの展望を楽しめています。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
肉眼ではもう少しハッキリと見えていた富士山も、写真に撮るのは厳しかったです(右手前の双耳峰は富山)。

大日山からは御殿山へと続くコースに入りますが、そのコースへの下り口に道標による案内はなく、道もこのように細くなりました。時には足元の良くない場所もあって、きちんと整備された状況のコースではないようです。
大日山と御殿山の間は、何度もアップダウンを繰り返しながら進む具合になります。大日山から歩き始めてすぐ、最初に越えて行く小ピークには宝篋印塔が立っていて、そこが宝篋山だったようなのですが、その時は写真も撮らずに通過してしまいました。そこを宝篋山だと思わなかった理由は、参考にした南房総市のマップで宝篋山がまだずっと先に書かれていたからなのですが、これが実は間違いだったのです。このマップが宝篋山だとする337m峰は、登山道は巻いてしまっていて、登山道上から眺める限り、何かありそうなピークには見えませんでした。
  ※下の写真はマップの一部分の抜粋で、マップ全体(書き込みなし)は こちら です。

あまり整備されていない様子の道には、正しい進路が分かりにくい地点もありましたが、そういう場所には私製のこのような案内が出ていて、道間違いを防止してくれていました。
宝篋山から先、しばらくの間は比較的穏やかに歩けましたが、道の様子は鷹取山が近付いたあたりで豹変します。鷹取山の1つ手前のコブへの登りはかなりの急斜面で、段差の大きな木段の連続となりました。結構きつい。
急斜面を登り詰めたら、すぐに急降下が控えていて、しかもその先は普通に道がありそうな傾斜に見えません。
道がどうなっているのだろうと覗き込んでみると、えげつない程の急階段が続いていました。段差の大きさも半端なく、時々手すりに手を添えながらでないと危なっかしくて降りられません。低山だからと侮ることなかれ。

さらに進むと、ベンチが置かれて、ちょっとした広場になっている一角に出ました。ここでは、それまでの急登降も一段落していて、ちょっと落ち着ける雰囲気の場所です。
その場所で登山道は右に折れていますが、道標が何も示していない直進方向に何かありそうです。
行ってみたら、そこが鷹取山の頂上でした。といっても、この写真に写っているだけの広さしかなく、そこにいても手持ち無沙汰な場所だったので、手前の分岐に戻ってベンチで休憩しています。

鷹取山と御殿山の間は、地形図を見て等高線の密集具合からもう想像が付いていたけれど、案の定、急な木段での急降下と急登の組み合わせ。しかも、これまでで一番長いのが最後に待ち構えていた形でした。
こちらは登り返しのほうの木段です。この日は低山の縦走なので、体力にはまだ余裕があったのですが、それでもこれだけ急な登り下りを連発されるとかなり苦しくて、最後はペースを落として登り切りました。

木段を登り詰めると、前方に東屋が見えてきて、御殿山の頂上に着いたようです。西側の斜面は明るく開けていて、東屋の前に立つと大きな展望が楽しめました。
御殿山の頂上部は樹木が鬱蒼としていて、あまり居心地は良くありません。
三角点のある場所が最高点だったようですが、ここもなんだか殺風景でした。
ということで、東屋の前に戻って展望を楽しんでいきます。富士山がまだしぶとく見えていたほか、この1~2年に登ったばかりの内房線沿線の山々が、それぞれ独特な山容ですぐにそれと分かる見え方をしていました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
私が着いた時、頂上には計3組のハイカーが先着していました。でも、ほんの10分ほどの間に全組が出発してしまったので、それ以降は私が独占する状況に。耳を澄ませても聞こえて来るのは自然の音だけ。心地良い静けさの中で、見えている雄大な景色がすべて私ひとりのためだけに広がっているという、贅沢で至福のひとときです。
さらに15分ほど経った頃、現れた別のハイカーと入れ替わる形で私も出発しました。でも実は、下山後に乗る予定のバスの時間を考えると、あと1時間ほどこの頂上に滞在できるくらいの余裕があったのです。ただ、山の中ではいつどんなアクシデントが起きるか分からないので、心配性の私としては(単独行でかつ連絡手段を持っていないという事情もあり)、いつものようにまずは安全な場所まで下山することを優先するしかなかったのでした。

御殿山の頂上からは、道標による案内のない、北斜面の直登コースを下りましたが、かなりの急降下で、足元の良くない箇所も少なくなく、一般的には下りには使わないほうが良さそうな道でした。
でもすぐに一般コースに合流すると、以降は整備された歩きやすい道が続きます。
下る途中に1箇所だけ、展望の開けた場所を通ります。
そこは大黒様が祀られている場所でした。ベンチが設置されて休憩適地にもなっています。
大黒様からの展望です。かなり標高を落としているので、見渡せるのは近い範囲にとどまりますが、それでもなかなか気分の良い眺めでした。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。

さらに下ると、間もなく一軒家が現れて、それまでの山道から車道に変わりました。
御殿山の一般的な登山口は、駐車場とトイレが完備されている高照寺前の登山口になりますが、今回はバスを捕まえるために国保病院まで歩かなければならないので、西側にある別の登山口に出てきました。
上の写真のT字路に出たところです。道標が登山口であることを示していますし、御殿山の案内図にもここを登山口のひとつとする記載がありますが、特に名前が付いていないらしく、記録する上ではそれが少々不都合になりました。T字路に出る手前で渡った橋の名前が安田橋でしたので、この記録ではこの地点を安田橋としています。

あとは、伊予ヶ岳を前方に眺めながら、その麓付近まで比較的交通量の多いこの県道を歩きます。近くにはバス停があるものの、通常の路線バスの運行は2014年で終了となっていました。現在はデマンド運行の路線に替わっていて、事前予約が必要なので(市外在住者の利用可否も不明)、路線バスの運行エリアまでは自分の足で歩くことにしたのです。そんな訳で、今回は車道歩きに始まって車道歩きで終わることになりました。
20分ほどで、2年前に富山と伊予ヶ岳に登った後に下ってきた天神郷バス停まで来ました。ほかの何人かと一緒にバス停脇に立って待っていたら、反対車線を通ったバスが私たちの様子を窺うことなく速度を緩めずに通過して、全員が乗り損ねたのは今でも忘れられません。が、この時間はバスが来ませんので、もう少しだけ歩きます。
ゴール地点の国保病院前に着きました。バス停は事前にGoogleのストリートビューで確認した通り、病院の目の前に立っていて、乗るバスはここが始発なので、今回は乗り過ごす心配もなさそう。それよりも、時間に余裕があるのに構わずここまで来てしまい、時間を持て余すほうが問題なのですが、一応考えていたプランがありました。
ということで、ダメ元で病院内へ。すると目論見通り、入ってすぐのロビーが開放されていて、暖かく過ごせる上に椅子に腰掛けて寛げます。小1時間ほどバスを待つ間、ロビーにいたのはずっと私だけで、近くの玄関も入院患者への面会などの人の出入りはほとんどなく、持ってきていたパンを食べたりしながら、誰に気兼ねすることもなく居続けることができたので助かりました。

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