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三ツ森北峰・麻生山・権現山 [高尾・陣馬]

2016/05/21(土)

■第327回 : 三ツ森北峰(1240m)・麻生山(1267m)・権現山(1311m)


東西に緩やかな尾根を従えている権現山は、稜線まで上がってしまえば、アップダウンの少ない快適な尾根歩きを長いこと楽しめるので、2006年に最初に登った時から、大好きな山のひとつになっていました。
でもその割にはなかなか再訪の機会を作れていなかったのですが、今回は新緑とセットでそのゆるゆるとした尾根歩きを堪能しようと、10年前とほぼ同じコースで出掛けてきました。

実はこの計画、先週出掛ける予定で立てていたのに、うまく体調が整わず1週遅れでの実現となったものです。
このため、新緑にはやや出遅れた感が否めませんでしたが、若葉にはまだ淡い色合いが残っていましたし、吹きわたる風も爽やかで、この時期ならではの清々しい山歩きを堪能できています。

(往路)
古淵 06:43-07:06 八王子 07:13-07:21 高尾
高尾 07:26-08:11 猿橋 08:28-08:52 富岡

(登山行程)
富岡バス停 08:50
三ツ森北峰 11:10-11:25
麻生山   11:55
権現山   12:35-12:45
雨降山   13:10
二本杉   13:45-13:55
用竹バス停 14:40
鷲神社   14:45-15:00 (時間調整)

(復路)
用竹 15:10-15:32 上野原 15:41-16:25 八王子
八王子 16:39-17:01 古淵


大きなマップで見る

猿橋駅からバスに乗って、富岡から歩き始めます。バスの乗客は単独行の男性3人だけで、そのうち2人がここで降りたほか、降りなかった1人ものちほど北峰で会うことになるので、全員がほぼ同じ行先だったのでした。
ところで、猿橋駅を1本前に出た浅川行きのバスには、座席があらかた埋まる程の乗客があったのですが、この日の権現山界隈は思いのほか静かでした。浅川で降りた後は、扇山方面に向かった人が多かったのでしょうか。
最初に向かう三ツ森北峰は、バス停付近からすでに見えていました。
下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示しますが、これから歩き始める登山道は、稜線分岐と表示される鞍部で稜線に乗り上げてから、三ツ森北峰を目指すことになります。
この日歩く登山道は、最初から最後までほとんどの区間で傾斜が緩やかなのですが、稜線分岐と三ツ森北峰の間だけは険しさを伴うアップダウンが続いていて、その様子はこの写真のギザギザでも少し窺うことができます。

細い道で集落内を進むと、T字路に突き当たります。登山地図では、左右どちらに進んでもそれぞれ登山口があることになっていて、私が向かうのは左折する駒宮の登山口なのですが、道標は右折側だけを示していました。
その道標がこれです。元々は、左折側の登山口を案内する指示標も、この上に付いていたのではないかと。
このT字路を左折すると、すぐ後方にいたもう1人の男性の姿が見えなくなったので、その方は道標に従って右折したようです。どちらに進んでも、ほどなく合流するのですが、合流点までの距離が右折側の登山道は少し長く、歩くペースも私のほうが少し速そうなので、これで三ツ森北峰までは1人旅が確定したようなものでした。

左折して進むと、その先も道案内は皆無でしたから、地元では歓迎されていないコースなのかもしれません。
登山地図に道が分かりにくいと書かれていたため、ネット上の情報を元に道順は完全に調査済みだったのですが、途中でこんな細い道を経由したりするので、予め調べていなかったら迷わずに歩くのは無理だったでしょう。
集落を抜けて道が登り坂に変わり、左手に光養寺が見えてくると、間もなく右手の斜面に現れる階段が駒宮の登山口。この地点の写真もネット上で事前に見ていて、すぐに分かったので、ここまでは至ってスムーズです。
ところが、少し登った所に地図にはない新しい道路ができていて、そこで少しだけ迷っています。
すぐに右に分かれる山道があったのを認識しつつ、その踏み跡があまりに薄かったため道路をそのまま歩いていたら、そんな姿を見て前方で工事をしていた方が近寄ってきて、山道に入るのが正しいと教えて下さいました。

その山道もほどなく二手に分かれますが、その方が「左に行くと神社がある」などと少し先の様子まで説明して下さっていたので、迷わず左に進んでみると、その通りにこの神社がありました。
そして神社を過ぎた先には、やはりその方の言葉通りに道標が立っていて、駒宮コースとしては初めて見る道標になります。大月市の設置による公的な道標ですから、ここまでの複雑な道順を何も案内していないのは明らかに不自然なので、一旦は設置された道標が、何らかの理由で外されたなどの事情があるのではと感じています。
この日はまだ誰も歩いていないらしく、時々クモの糸に引っ掛かりながら進んでいくと、この写真では分かりにくいですが、右から別の道が合わさってきました。きっと、神社の手前で右に分かれていった道なのでしょう。
駒宮コースは、登り始めの間はそこそこの傾斜がありますが、そう長くは続きません。登山口から20分ほどで長尾根に乗ると、ここで集落内のT字路を右折して進んできた道と合流です。

ここから先の長尾根は2008年に1度歩いたことがあって、穏やかな登りがどこでも続き、急坂や大きな段差などが全く出てこない、とても歩きやすい道だったのが印象的だったのです。4月末のことで、まばゆいほどの新緑も楽しめたのでしたが、今回は5月も中旬を過ぎて、下のほうはかなり緑が濃くなっていました。
駒宮コースばかりか、長尾根自体も私がこの日最初の登山者だったようで、引き続きクモの糸に引っ掛かったりするものの、大きな巣は現れないのでさほど煩わしくないのが救いです。そんな状況だからか、登山道上ではこんなヘビもマッタリと過ごしていて、私が上を跨いでも動こうとしませんでした。
しばらく登ると、登山道がジグザグを描く区間に入って、この一帯だけは少し傾斜が強まります。
ジグザグの一帯を頑張って登り切ると、今度は一転して緩やかな登山道になりました。地形図との照合で、標高が900mを過ぎたあたりだと分かります。
ところによっては傾斜がほとんどない区間もあります。新緑の盛りは少し過ぎたにしても、柔らかさの残る緑色が十分にきれいで、吹き渡る風も涼しくて心地良く、とても清々しい気持ちで歩いていきます。
楽に歩ける緩やかな傾斜がしばらく続きますし、登るにつれて、木々の葉がより淡い色合いを増していくのが感じられるので、気分は高まる一方でした。

久しぶりに見る道標。ここを左折すると、登山道は尾根から外れて、山腹を巻くようにしながら、引き続き少しずつ標高を上げていきます。(尾根を直進する踏み跡もあって、急登の末に麻生山付近に出られるらしい)
トラバース区間に入ると、路面が傾斜した(いわゆる片斜面)箇所が増えて、やや歩きにくくなりますし、沢を横断する地点で登山道がえぐられていて、通過に注意を要する箇所なども現れるようになります。
それでも上を見れば、緑がいっそう鮮やかになっていました。稜線まではもう間もなくです。
ここなどは、沢による登山道の分断で路面が荒れていた上に、落ち葉の堆積で道の所在も分かりにくくなっていました。現時点では、ロープを頼らなくても通過できますが、これ以上崩落が進んだら危ないかもしれません。

権現山から続いてくる稜線に出ました。ここから、まずは三ツ森北峰まで往復してから、権現山に向かいます。
最初に書いていた通り、分岐点から三ツ森北峰までは、急なアップダウンが何度か繰り返されます。三ツ森北峰へ向かう間は、下りの区間がいずれも岩混じりの急斜面になっていて、写真を撮る余裕はありませんでした。
岩混じりの区間を抜けて、最後にザレ気味の斜面を急登していくと、いよいよ頂上が見えてきました。

三ツ森北峰に到着すると、3度目の登頂にして、初めてここで人と会うことになりました。先客は駅からのバスでご一緒だった方で、富岡の次のバス停で降りて、私が2006年に登った鋸尾根コースで来られたのでしょう。
少しお話を伺うと、下山先はまだ決めていない様子でしたが、とりあえず権現山までは一緒のようです(そりゃそうだ)。5分ほどでその方が先発してしまうと、これまでの2回と同様、頂上には私ひとりが残されました。
頂上は狭くて、ここに写っている範囲がほぼ全景になります。私製標識とともに木に括られていたのは‥‥
結構大きくて立派な鏡でした。現在は割れていますが、時々新品に取り替えられることがあって、すでに何代目かになっているらしい。一体どんな人が何のために、こんな重い物をわざわざ担ぎ上げて来ているのだろう。
三ツ森北峰からの展望です(北西から南西方向)。条件が揃えば素晴らしい眺望が楽しめるはずなのですが、空気が淀んでいたこの日は、近くの山々ですら霞んでいてパッとしません。富士山は影も形もありませんでした。
  ※下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
さらに南側の展望です。辛うじて見えていた道志あたりの山並みは、縮小写真では空と同化してしまいました。
  ※下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。

三ツ森北峰での休憩後は、先ほどの分岐点まで戻ってから、そのまま尾根上を進んで権現山へと向かいます。ここから先は、ゴールの用竹バス停までずっと、2006年の時と全く同じ道のりを10年ぶりに歩きます。
ついさっき通過してきた、分岐点までの3箇所ほどの小さなアップダウンは、今度は急な斜面がすべて登りに変わるので、それぞれに取り付くたびに写真を撮ってみました。まずは1箇所目を見上げたところです。
アップダウンの2箇所目。岩の露出はここが一番でしたが、手掛かり足掛かりは十分にあって、傾斜もさほどキツくはなく、最初に下った時も普通に前を向いたままで通過してきた程度のものでした。
最後の3箇所目です。
これらの急斜面、いずれも今の自分はさらっと通過していますし、一般登山道に見られる岩場として特段難しい部類に入るとも思わないのですが、山を始めて半年ほどでまだ経験の浅い2006年に歩いた時は、この場所に相当のインパクトを受けていたようで、当時の記録を読み返すと「難コースと言えるだろう」なんて書いていました。
ネット上で記録を公開するに当たっては、なるべく客観的な記載をするよう心掛けてはいますが、結局は主観が多分に入ってしまいますし、このように同じ者が同じ場所について書いても、その時々の経験値の差で書きぶりが違ってきてしまうのですから、難しいところですね。。。

分岐点まで戻ってきました。先程登ってきた道を見送って、引き続き尾根上を進みます。
もう急斜面こそ出てきませんが、麻生山までは割としっかりと登らされる感じです。そして、この標高まで来ると、いよいよ緑がまばゆい色合いに変わってきました。
麻生山は樹木に囲まれた展望のない頂上で、腰掛ける物もないのでスルーしてしまいます。
麻生山を過ぎると、登山道は登りも下りもいたって穏やかな傾斜に終始して、すこぶる軽快に歩けるようになりました。それとともに、新緑もいっそう色鮮やかになって、とても気持ちの良い尾根歩きが続きます。
このあたりの林相ならば、秋の景色も良さそうなので、紅葉の頃にも来てみたくなりました。
道が緩やかなことも、新緑が美しいことも、どちらも最高でした。
浅川峠からの道を合わせると、権現山はもう間近です。2012年には、SNSを通じて知り合った仲間とここから上がってきたことがあったので、この先しばらくの区間は、歩くのが4年ぶりに変わります。

権現山に到着しました。ここまでは6~7人のハイカーしか見掛けていなかったものの、さすがに権現山にはそこそこ人がいるだろうと思っていたら、先客が2人だけだったのは意外でした。しかもその2人が相次いで出発されたため、しばらくこの頂上は私だけのものとなります。とはいえ、間もなく三ツ森北峰でも一緒になった方(途中で追い抜いていました)が現れたので、1人で過ごした時間はそう長くはなかったのでしたが。
権現山の頂上を、前の写真とは逆のアングルから。ここもあまり広い頂上ではありません。
頂上標柱は山梨百名山のものでした。
三ツ森北峰と同様に、権現山からの展望も、この日は今ひとつでした。こちらは北側の眺めですが、普通に見えていたのはすぐお隣の笹尾根までで、奥多摩の核心部はぼんやりと霞んでいました。
  ※下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
東側には、奥多摩東部から陣馬・高尾エリアにかけての山並みが見えていました。
  ※下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
南西方向も高木がなくて見通しが良かったので、富士山が見えるようにそうなっていたのでしょうけれど‥‥。

権現山を後にすると、東西両方に延びる緩やかな尾根の中で、東側の頂上直下だけは急坂となっていて、その急坂を下り終えたところに大ムレ権現があります。10年前の時はちょうど祭礼の日に当たって、この中で宴が行われていたのですが、少し調べてみたら、そのしきたりは今でもちゃんと続けられているようですね。
その後も新緑に彩られた緩やかな尾根が続いていたのですが・・・
次第に左側の斜面から植林地が広がってきて、景色も味気ないものに変わってしまいます。
不老山への分岐点。2012年の時はここで尾根を離れていたので、この先は再び10年ぶりに歩く道になります。
雨降山の直前で、初戸への道を分けます。ここも単なる分岐点ですが、雨降山の標識はここに立っていました。
雨降山の頂上は、いくつかの電波施設で占められています。最高点っぽい場所には行けそうだったのですが、その付近から無線を交わしている大声がひっきりなしに聞こえてくるので、気が進まなくてスルーしました。

その後は、しばしば尾根全体が植林で覆われるようになったので、気持ちの良い尾根歩きは雨降山まででした。
それでも、傾斜が緩やかなことは変わりがなく、新緑も時折は復活するので、引き続き軽快に進んでいきます。
寺ノ入山を通過します。顕著なピークではなく、公的な標識はありませんが、私製の山名標を発見しました。
木の枝に括られていた山名標です。
このあたりまで来ると、周囲の景色はすっかり植林が主体になっていました。
二本杉の直前で、左から登ってくる道を合わせました。新しい道ですが、八重山トレイルコースの経路になって良く踏まれているのか、後日最新の登山地図を書店で確認したら、すでに一般登山道として書かれていました。
ここが二本杉で、登山道から少し左手に外れた林の中に、三角点(写真左下)と私製の山名標があります。
この山名標はここを「二本杉山」としていますが(手前の分岐点にあった八重山トレイルコースの標識も)、山頂と呼ぶのが相応しい地点には思えなかったので、この記録では登山地図の表記通り「二本杉」としています。

二本杉のすぐ先で、前回歩いたばかりの要害山・尾続山への分岐を見送ります。その時は、コヤシロ山の頂上で権現山への分岐標識を見ていて、そこからの道がここに繋がっていたのですね。
権現山以来、ずっと木立に囲まれた道が続きますが、その木立が僅かに途切れると、久しぶりに下界の景色が現れました。見えていたのは棡原集落の上部で、笹尾根上の日原峠や土俵岳への登山道が始まる付近だった模様。
景色は相変わらずの植林です。二本杉を過ぎてからは、なだらかな道でもなくなって、グングンと高度を落としていく具合に変わりますし、道の上に石がゴロゴロと転がる、あまり歩きやすくない箇所も増えてきました。
その後は2回ほど、墓村へ下る道を右に分けながら直進を続けます。
その先に登山地図にはない分岐が現れて、真新しそうな標識が用竹バス停方向を右折と案内していました。
直進方向でも、1つ隣のバス停に出られるようです。まだ歩いたことのない道に少しそそられましたが、今回は10年ぶりの再訪を楽しむことがテーマのひとつでもあったので、前回歩いた通りに右折することにしました。

さらに高度を落とし続けて、登山道脇に民家が現れると、登山道も残りわずかです。
ほどなくガードレール付きの車道が現れて、登山道はおしまい。ここが終点だった車道の延長線上(写真右上)を見ると、すぐ先が前の写真の民家でしたが、そこへの道は藪に埋もれていて、廃屋と化していたようです。
あとは車道を歩いて、用竹バス停に到着しました。ベンチがあるので座って待つことができますが、バスが来るまで30分ほどありますし、日向にいると暑いので、予め地図で確認していた場所に移動して時間をつぶします。

それがこの鷲神社で、大きな鳥居は用竹バス停からも見えていました。
境内は草ボーボーで、普段はあまり人が入っていない様子。汗びっしょりのウェアを着替えたりする分には、ひっそりとした雰囲気がかえって好都合でしたが、今でも例祭日のお祭りでは結構賑わったりしているようです。
御輿庫の中を見ると、きれいな御神輿が格納されていたので、お祭りの時にはここから繰り出すのでしょうね。
しばらく時間をつぶして涼んだあとで、バス停に戻って待っていると、バスはほぼ定刻にやって来ました。飯尾発の便なので空いていましたし、その後も上野原駅までほぼ順調に走ってくれたので、少々タイトなのを心配していた中央線への乗り継ぎも予定通りに完了です。実は、すぐ後に来るのが10両編成の東京行きで、上野原からでも楽に座れそうなので、できればそれに間に合わせたいと思っていたのでした。
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要害山・能岳・八重山 [高尾・陣馬]

2016/05/03(火・祝)

■第326回 : 要害山(536m)・能岳(542m)・八重山(530m)


GWの混雑を避ける形で、今回は近場に出掛けてきました。歩いてきたのは、いずれも上野原市や富士急バスが宣伝に力を入れている、「要害山」と「八重山」を巡る2つのハイキングコースを繋いだルートです。

一応晴れてはいたものの、上空は終始薄雲に支配されていて、2つのコースの最大の見所である展望が近い範囲の山々にとどまってしまったのですが、新緑の鮮やかな色彩に囲まれた中、標高が低いにもかかわらず常に涼しげな風が吹いてくれたのにも助けられて、清々しい気持ちで歩くことができました。

(往路)
古淵 05:50-06:12 八王子 06:18-06:25 高尾
高尾 06:30-06:46 上野原 07:01-07:14 新井

(登山行程)
新井バス停  07:15
要害山    08:05-08:15
コヤシロ山  08:50-09:00
実成山    09:05
尾続山    09:20-09:25
尾続バス停  09:40
山風呂バス停 10:10
能岳     10:45-10:55
八重山    11:00
八重山展望台 11:10-11:20
登山口    11:40-11:50
大堀バス停  12:00

(復路)
大堀 12:08-12:21 上野原 12:28-12:45 高尾
高尾 12:46-12:53 八王子 13:10-13:22 橋本
橋本 13:24-13:35 古淵


大きなマップで見る

この日はまず、上野原駅に着いた時点で計画の見直しを迫られました。駅前のバス乗り場にある掲示板で、当初予定していたルートに工事による通行止め区間があることがわかったのです。
それは下図×印の西沢泉橋で、補修工事のため2016年4月4日~6月10日の期間で終日通行止めとのこと。要害山から始まる周回を終えて一旦市街地に下りてきた後、能岳の登山口に移動する途中にその場所はありました。
能岳で元々知っている登山道といえば、登る予定だった青破線ルートと、下る予定の黒線ルートの2本だけ。
黒線ルートの往復になっては面白味に欠けますし、ルートとしても美しくありません。能岳と八重山には前に1度登っているため、無理して登ることもなく、この日は前半の要害山周回だけにしようかと一旦は考えます。
しかし、バス乗り場で集めたパンフレットをバスの車内で見ていると、能岳には登山道がもう1本あって(上図の赤線)、元のルートから無理なく変更できることも分かり、予定通り能岳と八重山にも登ることにしました。

終点の新井まで乗っていたのは私だけでした。同じバスには、通学の高校生に混じって、私のほかに1人だけアウトドア系の人がいましたが(ランナーっぽかった)、大堀で降りたので八重山方面に向かったのでしょう。
新井バス停のすぐ先に、通行止めの標識が立っていました。もしも駅前で掲示板を見ていなかったら、ここでこれを見て慌てたんだろうなぁ。
車道を歩き始めると、早速このあとすぐに巡る山々が前方に姿を現しました。
  ※下の写真にマウスを乗せると、山名ガイドを表示します。

新井バス停から約10分で、ハイキングコースの起点とされている鏡渡橋バス停まで来ました。ここまで来るバスもありますが、それを待つと歩き始めが約1時間遅くなりますし、鶴峠まで行く便なので混雑も必至でしょう。
バス停のすぐ手前で左に分かれる細い道を、要害山を示す道標(写真左端)が案内していました。
その細い道に入ると、そこから登り坂が始まります。
少し登ると小さな集落に出て、民家や畑地の中を抜けていくと、要害山(写真右上)が目の前に迫ってきました。
集落の一番奥が登山口になっていました。でも登り始める前に、上に見えてきた山神社に寄っていきます。
鳥居が立派な割には、社はトタン壁のお粗末なものでしたが、1日の安全を祈って手を合わせていきました。

この1~2年で整備されたコースですが、登山道は良く踏まれていて明瞭ですし、分岐にはしっかり道標が立っているなど、整備状況は良好なようです。一貫してやや急な傾斜が続くため、標高差が小さいながらも登り応えはありましたが、それでも歩きやすい道が続いていて、特段の注意を要するような箇所はありませんでした。
下部は植林が主体でやや単調な登りでしたが、上部は雑木林が増えてきて、新緑の中を歩けるようになります。
ずっと急だった登りも、頂上が近付くと傾斜が少し緩んできたようです。この時期らしい柔らかな緑に囲まれた中を歩く、とても気持ちの良い道でしたし、時折咲いているツツジにも心が和まされました。

要害山の頂上に到着しました。鏡渡橋バス停から約40分、登山口の山神社からはわずか25分ほどの道のりで、特に疲労感はありません。無人の頂上で悠々と過ごせた、と書きたいところでしたが、実は厄介な邪魔者も‥‥。
そう、あまり多くはないものの、周囲ではツツジが満開だったのです。そのためか多くの熊蜂が、強烈な羽音とともに頭上を飛び交っていて、さほど危険はないと分かっていても、とても落ち着いてはいられませんでした。
薄雲が多くて空全体が白っぽかったこの日は、展望も今ひとつでした。すぐ近くの丹沢あたりの山並みですら、大いに霞んで辛うじて見えている程度で、写真を縮小したら、もう空との区別が付かなくなってしまいます。
大きな杉の木の下に祀られていた秋葉大権現。杉には用がないのか、この前では熊蜂の脅威はありませんでした。このほか、戦国時代に山城が築かれていたことから、その由来や遺構を簡単に記した解説板などがあります。

要害山から縦走を開始して、軽く下るとすぐに北西側の鞍部に着きました。「秋葉大権現」と刻まれた石灯籠が立っていて、元来こちら側から登られる山だったらしい。ちなみに石灯籠は寛政八年(1796年)の建立だとか。
鞍部は十字路になっていて、左右の集落から登ってくる道も、いずれも良く歩かれているようでした。
鞍部を過ぎると、小さなアップダウンを何度か繰り返しながら、新緑に染まるヤセ気味の尾根を進むようになります。要害山の周囲だけを歩くケースも少なくないのか、鞍部から先では山道も少し細くなったようでした。

何度目かのアップダウンの末に、「風の神」の小ピークに到着。この小さな祠が「風の神」なのでしょうか。
「風の神」も展望が開けた地点だったのですが、この日はこんな見え方に終始しました。写っているのは西丹沢や道志あたりの稜線で、一番左が大室山。天気が良ければ、右端のほうに富士山が見えるのでしょうが‥‥。
「風の神」で右に折れた先に、補助ロープが下がる急坂が現れて、ここが要害山ハイキングコースの中で足元に注意を払う必要がある唯一の箇所でした。地面が一応階段状になっていて、下りでもロープは使わずに済みましたが、仮に雨などで滑りやすい状況の時でもロープがあるので安心でしょう。
急降下を終えたら、登りが優勢なアップダウンが続いて、このコースで一番標高が高い一帯を目指します。
樹木が茂って左右ともに見通しがきかず、あまり実感できませんが、一応はずっと尾根道が続いているのでした。

コヤシロ山に到着です。この地点の標高は、地形図では600m圏だとしか分からず、次に向かうすぐ隣の実成山に609mの標高点が打たれていることから、パンフレットではそちらがこのコースの最高点とされています。
しかし、カシミール3Dのスーパー地形セットの標高値(ベースは国土地理院の基盤地図情報)が、実成山よりも高い610.757mを示しているので、実質的にはこのコヤシロ山がコースの最高点なのかもしれません。
コヤシロ山は分岐点にもなっていて、北西方向に進むと、尾根伝いに権現山まで歩けるようです。
展望は相変わらず‥‥、かと思ったら、実はこの方向に幽かに富士山が見えていることに気付きました。肉眼でも白い空とやっと見分けが付く程度の淡すぎる見え方で、どう工夫して撮っても写真にはうまく収められなかったのですが、もしかすると気付かなかっただけで、要害山やコヤシロ山からも見えていたのかもしれません。

コヤシロ山から実成山までは、ほんの目と鼻の先でした。この方向に歩いてくると、実成山の手前にあまり登りらしい登りがなくて、頂上に立ったという気分が希薄でしたし、展望もないのでここはスルーしてしまいます。
実成山を過ぎると山道は概ね下りに変わります。ところでこのコース、コヤシロ山までは道の様子に変化があって新緑も美しく、それなりに楽しく歩けましたが、コヤシロ山から先はやや平凡な印象に終始する感じでした。
このコース最後のピークとなる尾続山も、展望のない地味な地点でした。腰掛けられる物もなくて(三角点も椅子代わりにするには低すぎました‥‥)、ここでは立ったままで小休止していきます。
尾続山からは、はじめのうちは小さな登り返しもありますが、その後はグングンと下ります。ところどころで道が深く抉れたようになっていたので、このあたりは古くから良く歩かれていた道なのかもしれません。
新井バス停から歩き始めて以来、全く登山者を見ていなかったのですが、山道を下り切って集落に入ったところで、単独行の男性とやっとすれ違いました。この写真はそのあとすぐに、左の小道からバス通りに出てきたところで、少し先に尾続バス停が小さく見えています。ここで少々気になったのは、逆コースで歩こうとした場合に、ここが入口であることが分かりにくいと感じたことでした。

新井バス停からは、鶴川を挟んで対岸にある能岳の登山口に向かうため、まずはバス通りを棡原大橋の手前まで歩いてから、大回りして少し戻る形で、鶴川に架かる万年橋へ通じる脇道に入る予定でした。
が、その途中でガードレールが不自然に途切れた箇所を発見。それまで反対側の路側を歩いていたのですが、道路を渡って様子を窺うと、思った通りに下っていく道が隠れていました。万年橋への近道に違いありません。
その小道は、確かに万年橋への道に通じていて、実際に近道になりましたし、歩道がないのに交通量が多くて危なっかしいバス通りを長く歩かずに済んだのも好都合でした。でも最後は民家の庭先を通るような形になってしまい、私有地のようでもありましたし(だからグーグルマップに載っていないのかも)、通行を制限するような掲示こそ見ませんでしたが、こうして公開してお勧めして良いのかは微妙な感じなのかもしれません。

それはさておき、小さな集落内を下った先に見えてきた万年橋は、予想していたよりもずっと華奢な橋でした。
万年橋のすぐ手前まで民家があって、普通に車道が通じていたのに、この橋はもう完全に人道橋ですね。
そして橋を渡った先が、いきなり山道と化していたのも予想外でした。橋へと通じる道なので、林道に近いか遊歩道っぽい、もっと普通の人が普通に歩ける(なんなら自転車でも通れるような)道を想像していたのです。
ここでは意外にガッツリと山道を歩かされました。なるほどこれでは、グーグルマップに何も出ていない訳だ。

向風の集落内に入って、市道に突き当たったところです。当初の計画ではここを左折する予定でしたが、すでに右折に計画変更しています。そしてここにも、左折方向の先に通行止め区間がある旨の案内が出ていました。
先程のT字路を右折すると、すぐに向風バス停がありました。ここまで来るバスは、もう何年も前から、平日朝の1往復のみで変わっていません。いわゆる免許維持路線ってやつでしょうか。
バスの1区間分を歩いて、山風呂バス停があるT字路まで来ました。パンフレットによれば、ここでバス通りを外れて細い道に入り、しばらく進んだところに能岳の登山口があるはずです。
しかしT字路から、山のほうへと向かう小道に「能岳八重山近道」の標識を発見。入ってみることにしました。

すぐに現れた山道は、マイナーな存在かと思いきや、良く踏まれた感じの明瞭な道でした。ただこの日はまだ誰も歩いていなかったのか、時々クモの巣が道にかかっていたので、落ちていた枝を拾って払いながら進みます。
そして7~8分ほどで、より明瞭な道に合流しました。こちらが元々目指していた道のようで、近道成功です。
その道は一定して緩やかな傾斜が保たれていて、すでに1コース歩き終えた疲労感の中でも、楽に歩けました。
しかも、新緑に囲まれた清々しい道が続きます。元々傾斜が穏やかなところに、さらに心地良い景色が後押ししてくれて、疲れで足が重くなりかけているのに、それでも快適な気分で歩けてしまう、そんな道でした。
結構登ってきたことが周囲の景色から実感できるようになった頃、4叉路に出ました。ただでさえ、通行止め区間の迂回のために計画外のコースを歩いていて事前調査不足なのに、さらに手持ちのパンフレットにもない分岐が現れて道の状況を把握しきれていませんが、とりあえず能岳を目指しておけば堅いでしょう。
するとそこから先は傾斜が少し強まりましたが、ほんの数分で尾根に上がって、もう能岳の頂上は目前でした。

能岳の頂上に着きました。能岳と八重山は2009年に登っていて、訪れるのは今回が2度目になります。
前に来た時、確かここには三角点しかなかったので、テーブルとベンチはその後に設置されたようです。
頂上標柱と三角点です。着いた時には4人組の先客がありましたが、ほとんど入れ替わるような形になって、それから10分ほど休んでいる間は1人で静かに過ごすことができしました。

能岳と八重山はすぐ近くにあって、穏やかな尾根道を5分も歩けば行き来できてしまいます。
こちらが休憩舎のある八重山の頂上です。
2009年当時は、この頂上一帯を公園化するために、1度すっかりハゲ山にされたまさにその時に当たっていて、あまりの無残な姿に心が痛んだのでしたが、7年の時を経て、すっかり緑の山頂に生まれ変わっていました。
八重山の標高は、地形図では520m圏にあるのですが、この標柱は530mを主張しており、国土地理院の基盤地図情報でも530mを示しているので、この記録でも530mを採用しています。
その先の展望は権現山の方角ですが、標柱右上の一番高いピークに電波塔が見えるので、手前にある雨降山が重なっているらしく、その奥の権現山が見えているかどうかは霞んでいることもあってハッキリしませんでした。
能岳で休んだばかりなので、八重山の頂上はやり過ごして、展望台へと向かいます。
ツツジの花に心は癒されますが、ちょっとした尾根道のアップダウンが、そろそろキツくなってきました。
歌碑のある506mピークを越えてから軽く下り、鐘のモニュメントが見えてくれば、展望台はすぐ先です。
展望台に到着。2009年に来た時も、この展望台はもう完成していて、そこからの眺めは素晴らしいものでした。
でも朝から空が白かったこの日は、そこまでの眺めはなくて、比較的近くの山々を見渡すのがせいぜいでした。
そんな中で、富士山が辛うじて存在が分かる見え方になっていたので、酔狂な方は大きな写真でご確認下さい。
  ※下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
丹沢方面は、一応は最高峰の蛭ヶ岳まで見えていました。
  ※下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。

展望を楽しんだら、あとは下るだけです。展望台の直下は少し傾斜があるためか、はじめは木段が続きました。
その後は比較的穏やかな道に変わってさらに下り、林道のようなほぼ平坦な道に出れば、間もなくゴールです。
駐車場に到着です。まだお昼前でしたし、短時間で登れる山なので、出て行く車もあれば入ってくる車もあるという、そんな時間帯でした。
駐車場にはきれいなトイレもあって、そこで着替えを済ませつつ、ベンチで時間調整をしていきます。
駐車場から大堀バス停までは、車道をゆっくり歩いて10分ほど。ベンチがあるバス停で座ってバスを待ちます。次に来るのは飯尾からの便でしたが、ほぼ定刻にやって来て、休日のお昼時とあってか乗客は数えるほどでした。

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