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金勝山・官ノ倉山・石尊山 [奥武蔵・秩父]

2015/02/28(土)

■第302回 : 金勝山(263m)・官ノ倉山(344m)・石尊山(330m)


今回は外秩父の低山へ。「外秩父」という呼び方は、東武鉄道の「外秩父七峰縦走ハイキング大会」によって定着してきた感がありますが、秩父盆地の北東側でJR八高線の西側までのエリアを指すようです。
その大会のコースで起点となる官ノ倉山は、七峰の中でこれまでに唯一登ったことがなかったので、八高線の線路を挟んで対峙する金勝山と合わせて巡ってきました。

(往路)
古淵 05:36-05:58 八王子 06:08-06:55 高麗川
高麗川 06:58-07:36 竹沢

(登山行程)
竹沢駅  07:40
金勝山  08:15
浅間山  08:30-08:35
勝呂踏切 08:45
三光神社 09:05
官ノ倉山 09:35-10:00
石尊山  10:05-10:15
八幡神社 11:05-11:15
小川町駅 11:30

(復路)
小川町 12:14-12:39 高麗川 12:55-13:32 八王子
八王子 13:40-14:02 古淵


大きなマップで見る

JR八高線の竹沢駅からスタート。小川町からさらにひと駅、高崎寄りに進んだところにあり、無人駅でした。
最新の地形図には、竹沢駅の北西側から金勝山へ至る破線路が描かれていて、当初はそこを歩く計画でしたが、入口がうまく見つかりません。取り付きと思われるあたりには人家と畑地が広がっていて、私有地内をウロウロしながら詮索するのも気が咎めたので、その計画はすっぱりと諦めています。
その代わり、竹沢駅の裏手から真北に向かう車道を歩き、最後だけ適当に詰めて東武竹沢駅からの登山道に出ようと、その車道に入ったあたりでふと脇道を見た時、人家の手前にある気になる階段を発見してしまいました。
階段の先に続いている山道は、送電線巡視路でした。果たしてどこまで続いているのでしょうか。
期待もむなしく、ほんの1分か2分で鉄塔に出てしまうと、巡視路もここで終わっていました。単に鉄塔までを往復するためだけの道だったらしく、鉄塔の奥を窺っても踏み跡すらないので、万事休すかと思いました。
しかし、引き返すしかないだろうと思いつつも、鉄塔の奥をもう1度良く見てみると‥‥
「踏み跡」とまでは言えませんが、かつて人が歩いた痕跡のようなものが微かに残っているようです。
細い尾根なので進路は分かりやすく、ヤブもなくて歩きやすいので、その痕跡を追ってみることにしました。
別の尾根に乗ったところで、明瞭な踏み跡に合わさりました。実はこれこそ、当初歩く計画だった尾根なのです。ちゃんと地形図通りに道が存在していたようなので、入口がどこにあってどうなっていたのか気になります。
踏み跡を追っていくと、ロープを跨いだ先で整備されたエリアに出ました。金勝山の一帯は、埼玉県立の社会教育施設「小川げんきプラザ」の敷地となっていて、遊歩道が張り巡らされているのです。

遊歩道に入ったら、あとは案内に従って進むだけです。木段を登り詰めていくと、まずは前金勝山に出ました。
一旦下って登り返したところが金勝山です。そこそこ展望はありますが、樹間から覗く形なのでスッキリした眺めではなく、しかも空が白っぽく霞んでいて遠望がきかないので、展望写真は撮りませんでした。
さらに、この日は気温こそさほど低くないものの、とにかく冷たい北風が強くて、吹きっさらしの山頂でじっとしていると寒くて仕方がないため、ほとんど休憩もせずに先に進んでしまいました。
いくつもの小さなピークが狭い範囲に密集する金勝山では、どの方向への移動でも木段の登り下りが現れます。
次に越えていくピークは裏金勝山。ここでは、小さなピークのすべてに、いちいち名前が付けられていました。

さらに木段を登り下りしていくと、行く手に小川げんきプラザの本館が見えてきました。
建物の裏手に回ると北側が開けていて、遠くに何か見えていました。この縮小写真では分かり難いのですが‥‥
うっすらと見えていたのは日光連山です。肉眼ではもう少し見やすかったのですが、写真だと厳しいですね。
小川げんきプラザの本館前に回ってきましたが、さすがに8時過ぎではまだ早過ぎるのか、全く人の気配がなくてひっそりとしています。結局、金勝山を登り下りしている間、ほかのハイカーを1人も見掛けませんでした。

その後も木段の登り下りを続けて、今度は西金勝山を越えていきます。
ようやく最後のピーク、浅間山に着きました。ここは最高点(写真右上)から一段下がった場所にベンチがあって、風に吹かれることなく落ち着いて過ごせたので、この日最初の小休止を取っています。
ここまで木段ばかりが多い道を歩いてきましたが、浅間山からの下りになると、初めて普通の山道が現れます。
低い山だけに、気持ちの良い山道は長くは続かず、ほどなく林道に迎えられました。

八高線の線路沿いまで下りてきたら、勝呂踏切を渡って反対側に出て、今度は官ノ倉山を目指します。
国道254号線を少しだけ北上して、信号のある交差点を「吉田家住宅」への案内に従って左折します。
人家が点在し農地が広がるのどかな景色の中を進み、次に道標がある四辻をさらに左折します。
すると、左手の採石場に沿った道となり、しばらくは荒涼とした景色が続いて、この区間は少々退屈でした。
再び人家のあるエリアに入れば、この三光神社の前で、竹沢駅方面からの登山ルートに合流します。

舗装道路と分かれて、未舗装の道に入ると、まもなく天王池が現れました。
天王池の奥で霞んで見えているのが、次に目指す官ノ倉山です。
天王池を過ぎると山道が始まって、しばらくは沢沿いを緩やかに登っていきます。
最後に沢の源頭部を詰めるあたりは、地図では登山道がジグザグに書かれています。
稜線が近付いてくると、スプレーで「十二曲」と書かれた樹木を見た先から、その折り返しが始まりました。
ジグザグを描いているのに、それでも大きな段差があるなどそこそこ急で、ここは少し苦しくなる区間でした。
稜線に上がったところで一旦は穏やかな道になりますが、頂上直下は見上げるような急登になりました。

官ノ倉山の頂上に着くと、単独行のご婦人(私よりもご年配だった様子)の姿があって、この日初めて見掛けたハイカーとなりました。少し会話させて頂いたのち、その方が出発してしまうと、頂上は独占状態になります。
見晴らしが良い頂上ですし、時間にも余裕があるので、長居して楽しみたいところなのですが、いかんせん北風が強く吹き荒れていて、寒くて落ち着かないのが難点でした。
西側に見えていたのは、「外秩父七峰縦走」のコースで官ノ倉山の後に向かう稜線です。2回に分けて8年前と5年前に歩いた稜線で、2年前にも再訪している堂平山を除けば、それぞれの山の記憶はやや薄れ気味でした。
下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
そして、大きく開けていた北側の展望がこちら。金勝山にいた頃と同様に、遠くが霞んでいるのが残念でした。
下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
赤城山のアップですが、元々ぼんやりとしか見えていないものを光学ズームで撮るので、写りは今ひとつです。
日光連山も、金勝山から撮った時のほうが、いくらかマシに写っていたでしょうか。
頂上南側の斜面の下にもベンチがあって、ここでは北風が完全にシャットアウトされていて快適に過ごせます。
しかも、たっぷりの日差しを正面から浴びているとポカポカと暖かくて、ここにいる間は天国のようでした。

官ノ倉山から一旦下って、すぐお隣にある石尊山に来ました。
10時を過ぎて、そろそろ人が増え始める時間なのか、ここでは何人かの人と一緒になっています。
石尊山は、その名前通り石尊信仰の山で、祠には私の地元にある大山阿夫利神社のお札が奉納されていました。
石尊山の頂上にはほとんど樹木がないため、官ノ倉山よりも広範囲のパノラマが楽しめました。
下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
日光連山は、官ノ倉山で撮ったものと比べると、少しは分かりやすい写真になったようです。

石尊山を後にして下っていくと、間もなくクサリ場が現れました。
クサリ場を上から覗き込むとこんな具合で、岩の露出した斜面ですが、斜度は大したことがなく、階段状になっていて足場も豊富にあります。落ち葉が滑ることにさえ注意すれば、特にクサリを使う必要はなく、斜面に向き直ることもせず普通に進行方向を向いたまま下れる程度のものでした。クサリは降雨/着雪時用でしょうか。
低山なので、ここでも山道を歩ける時間は長くなく、次第に道幅が広がって林道のようになってしまいます。
北向不動尊への階段が分かれる地点は、ベンチなどが置かれた休憩スペースになっていました。
北向不動尊への階段はかなり急で、登りでも手すりに掴まりたくなる程でしたが、長さは最初から見えている範囲がすべてで、上のほうに写っている社まで登るだけでした。
なるほど、確かに北を向いているようです。ただ、慶応年間またはそれ以前のものとされていますが、頑丈そうな社がやや無粋に感じられたのが残念でした。なにしろ急斜面に建っていますし、このあたりだと積雪が多いこともあるので、補修時に耐久性が重視されたのだとしたら、それは致し方ないことだと思うのではありますが。

車道に出たら、竹沢駅に戻るほうが距離は短いのですが、国道歩きが長くなってしまって快適ではなさそうなので、細い道を紡いだ「ふるさと歩道」を歩いて小川町駅まで歩くことにします。
「ふるさと歩道」はやや難解な道順をたどりますが、曲がり角には必ず道標が立っていて、道案内は万全でした。
「ふるさと歩道」は全てが車道歩きではなく、この橋の先では短い間ですが土の道を歩くこともできました。
それも、ちょっと森の中を抜ける程度だろうと思っていたら、結構ガッツリとした山道だったのが意外でした。
短い山道が終わると、あとは駅までずっと車道が続きます。下山後の足に、長い舗装道路歩きはさすがに堪えて、歩くのが辛くなってきたので、八幡神社の境内で少し足を休めていきました。
スタートが早かったこともあって、小川町駅に着いたのはお昼前。本数の少ない八高線だけに、電車の待ち時間が40分以上あったので、ホームの待合室でお昼のパンを食べながらマッタリして、電車が来るのを待ちました。

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乃木坂46 3rd Birthday Live [その他]

2015/02/22(日)
乃木坂46 3rd Birthday Live

乃木坂46がデビュー3周年を迎えたこの日は、バースデイライブが開催された西武ドームに行ってきました。
西武ドームは、名前こそ「ドーム」ですが、実際には壁がない建物に屋根があるだけなので屋外同然なのです。
さらにその所在地たるや、都心と比べたら気温が5度は低いといわれる埼玉県所沢市で、なんと、すぐ隣には狭山スキー場まであるというではありませんか。
こんな真冬にそんな場所で行われるライブということで、観客も出演者も戦々恐々として臨んだライブでした。
 
下の画像は、西武ドームの公式サイトから、今月のイベントスケジュールをキャプチャしたものです。
この時期の西武ドームが、いかにイベント開催に不向きで不人気なのかを如実に物語っています。
しかもこのライブ、長さがもう尋常ではないのでした。一般的なライブならば、2~3時間がせいぜいですから、それならば普段の格好+αでもどうにか凌げるかもしれません(その日の天候にもよるとは思いますが)。
しかし、乃木坂46のバースデイライブは、その時点のレパートリーの全曲披露が恒例となっていて、それまでにリリースした全ての曲を歌わないと終われない、恐ろしいライブなのです。
 
最初に行われた1周年ライブは、24曲を披露して約2時間でしたから、この年だけはごく普通のライブでした。
それが昨年の2周年ライブになると、曲数が42曲に増えたことで、実に4時間半に及びました。この段階で十分に長丁場だったのに、その路線がそのまま踏襲されて、今年はいつ終わるか分からないと言われていたのです。
(↑昨年12月のMerry X'mas Showで会場に流された、3rd Birthday Liveの予告映像から)
 
今回披露されるのは実に68曲。その準備期間が始まると、約7時間半かかるという話がメンバーから伝わるようになります。正午に開演して、昼間のうちはまだ良いとしても、終盤を迎える頃にはすっかり日が暮れているでしょう。半野外の会場で、夜の厳しい寒さをどう乗り切るのか、それが観客にも出演者にも問われていたのでした。
 
それとは別に、チケットの争奪戦も熾烈だったようです。私は今回も、先行抽選で運良く当選させてもらえたのですが、その後の一般申込は開始数秒で完売となったらしく、そこに参戦しても勝機はなかったでしょう。
ただし先行抽選とはいえ、さらにその前に会員限定など2段階の抽選が行われた後なので、すでに良い席が残っているはずもありません。座席番号を確認したら、昨年のクリスマスライブと同様に、ほぼ最後列でした。
 (下の座席表にマウスを乗せると、私の座席位置を示します)
 
当日は、開演の1時間半前を目標に置いて、その通りの順調さで会場の西武ドームに到着しました。
電車を降りてドームの前に出てみると、まだ早いのに、人、人、人‥‥。さすが3万8千人収容の西武ドーム、これまでに私が参戦してきたイベントとは規模が段違いなのでした。
ズラリと並んだ祝い花の中には、世界のマーくんから届けられたものもありました。一番の推しはももクロらしいのですが、AKBのファンであることも知られていて、乃木坂のイベントにも何度か足を運んでいます。
メンバーの白石麻衣に始球式のお仕事が入ったとき、彼女にピッチングの指導をしていたのもこの人でした。
例によって、手荷物検査と金属探知機によるボディチェックがありますが、握手会と違ってライブはメンバーとの距離がある程度あるからなのか、ほとんど形式的でユル~いものでした。
普段のライブとは違い、みんな防寒具の用意とかでバッグの中身が多くて(この点に配慮して、今回は珍しく持ち込むバッグのサイズが制限されなかった)、入念に検めていたら捌けないという事情もあったのでしょう。
なので身体検査のゲートも、高速道路料金所のETCレーン並みにサラッと通過できてしまいます。シャツの胸ポケットに入っていたハクキンカイロが探知されなかったのは、良かったのかどうか分からないけれど(笑)。
 
まだ開演まで1時間以上ありますが、外にいてもすることもないので、球場内に入ってしまいます。
入場口を通過すると、さっそく会場内の舞台セットが一部ですが見えてきました。
(ここはまだ大丈夫でしたが、このすぐ先で撮影禁止エリアに入るので、以降は文章主体になります)
私が目指す座席は★印のあたりです。どう考えても、環境的には外にいるのとほとんど一緒ではないかと。
実際に着席してみると、ステージの見え方はこんな具合(メインステージは遙か彼方‥‥)。ステージ上のメンバーは小さくて、39人もいると区別の付かないことも多く、双眼鏡と、中央上部の大型スクリーンが頼りでした。
そして、まだ開演前にしてすでに、吐く息が白く見えています。ちょっと下まで降りてみましたが、それはステージがあるグラウンドレベルでも変わらない様子。自由に防寒対策ができる観客はまだしも、メンバーがどんな衣装で出てくるのかが気になりますし、冷えた身体で満足に歌が歌えるのかも心配でした。普通に声を出すのに不自由するほどの状況ではありませんでしたが、歌唱となるとまた事情が異なることでしょう。
 
さてライブの内容ですが、これまでの2回と同様に、1枚目のシングルCDの収録曲から順に、各曲のほぼオリジナルのメンバー(卒業メンバーのポジションには二期生が入る)が、その曲ごとの衣装で出てきて歌います。
今回ばかりは、メンバーの衣装に相応の防寒対策が施されていても仕方ないだろうと思っていたのですが、驚いたことに、最終盤のセクションを除けば、どの曲もほとんど軽装のオリジナル衣装で歌い切っていました。
踊ったり駆け回ったりしながら歌っていれば、身体が暖まることもあったでしょうが、シリアスで動きの少ない曲もありますし、曲間にトークがあればただ立っているだけになりますから、かなり寒い思いもしたはずです。
 
薄着で7時間半頑張ったことには最大限の敬意を払いたいと思いますが、歌を歌うのに適したコンディションでないのは明らかでした。やはり、この時期にこの会場という選択は誤りだったと思わざるを得ません。
特に目立っていたのが音程の合わなさ。素人レベルかそれ未満のそれは酷いモノで、せっかくの楽曲の良さが不協和音のオンパレードで台無しにされて、ファンでなければ聴くに堪えない瞬間も多々あったと感じました。
元々歌唱力で評価されるグループではなく、ファンもそれは承知していてそこには過度の期待を寄せていない訳ですが、それでももう少しマシな環境で歌わせてあげたかった気がします。
上手く歌えない原因が気温の低さだけにあるとは思っていませんが(元々上手でないメンバーも少なくない)、歌唱力に定評のあるメンバーの歌声も不安定だったので、身体が冷えた状況で歌うのは厳しかったのでしょう。
 
そんな内容でも、会場を埋めた3万8千人と一緒に盛り上がって楽しめるのはライブの現場ならではですね。
今回はスカパーで生中継されたので、チケットが取れなければ自宅で見ることも可能でしたし、そのほうが視覚的にも最後方の席よりは楽しめたのかもしれませんが、臨場感ばかりは会場にいないと得られない貴重なもの。
おまけに夜になると、色とりどりのスティックライトで満たされた会場がすごくきれいで気分が高揚しました。下はアンコールを待つ間にコソッと撮った写真で、パフォーマンス中に比べたらライトの数は全然少ないのですが、本編ラストの「何度目の青空か」でライトが青色に統一された直後なので、これはこれできれいです。
 
それと、普段のライブならば披露される曲数が限られるのですが、バースデイライブはとにかく発表された曲が全部聴けるのが良いですね。この日だけで、ナマのパフォーマンスを観たことのない曲がなくなります。
さすがに1日開催はもう限界で、来年は2日に分かれるでしょうが、そうなると両日とも来ないと全曲は聴けなくなるのが難点かな。それに、もっと大きな会場にしないと、今後はいっそうチケットが取りづらくなりそう。
自分が推しているグループの人気が上がっていくのを見るのは喜ばしいことで、今後のさらなる活躍を願ってはいるけれど、嬉しいことばかりでもないなぁと複雑な思いを抱きながら、満員の会場を後にしました。
 
最後に心配していた寒さですが、すっかり夜になった終盤のトークで、気温が2度まで下がったことが話題になっていましたし、後日ネット上の感想などを見ていても、かなり寒い思いをした人たちが多かったようでした。
ただ、私はもっと気温が下がることも想定して、高機能の防寒着で重装備していた上に、予想外に風が穏やかだったことにも助けられて、7時間半もの間、ほとんど寒い思いをせずに過ごせてしまいました。
今後再び着る機会などないだろうと思いつつ、発熱素材のアンダーウェア(しかも厳寒対応の極厚版)などを大枚はたいて買い込み、複数枚重ね着していたところ、そこまでで十分にオーバースペックだったようなのです。
それでも寒かったらと、バッグに詰め込んできた装備の多くは使う必要に迫られず、ムダに持ち運んだだけで終わったのですが、それらの出番がない寒さにとどまったのは、メンバーのためにも良かったんだろうと思います。
タグ:乃木坂
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多摩よこやまの道・尾根緑道・絹の道・(大塚山) [東京・神奈川(平野部)]

2015/02/14(土)

■第301回 : 多摩よこやまの道・尾根緑道・絹の道


今回歩いてきたのは、多摩丘陵の尾根道を「多摩よこやまの道」「尾根緑道」「絹の道」という3本の道を通して歩いて、東から西へ縦走(?)するコースです。
万葉集にも詠まれた「多摩よこやまの道」から、明治時代に繁栄した「絹の道」までを、さらに近代(戦時中)に軍事用に建設された過去を持つ「尾根緑道」を挟んで歩くという、時代を横断するコースにもなっています。
市街地の中を縫うように進みながらも、意外にも緑が多く残されていることが分かったり、尾根道であることから山岳展望まで得られたりと、歴史を少し味わえた以外でも、思いのほか楽しんで歩くことができました。

(往路)
長久保 06:45-07:01 町田 07:08-07:15 新百合ヶ丘
新百合ヶ丘 07:22-07:29 はるひ野

(登山行程)
はるひ野駅       07:40
多摩よこやまの道・東端 07:50
諏訪ヶ岳        08:05
多摩丘陵パノラマの丘  08:15-08:20
一本杉公園       08:55-09:05
もものき広場      09:45
多摩よこやまの道・西端 10:25
尾根緑道        10:45-10:50  (小山長池トンネル付近)
絹の道分岐点      11:25
大塚山公園(道了堂跡)  12:05-12:15
八王子みなみ野駅    12:45

(復路)
八王子みなみ野 12:55-13:01 橋本 13:04-13:14 古淵


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小田急多摩線のはるひ野駅が、今回の下車駅です。
流線型の駅舎は、これから歩く多摩丘陵をイメージしてデザインされたもので、屋上には風力発電の風車が並び、屋根にも太陽光発電のパネルが設置されているなど、自然エネルギーを活用する設計になっているようです。
なお、多摩よこやまの道に近いのは反対側の北口で、当然そちらの改札口から出たのですが、北口に駅前と呼べるような景色が何もなかったので、駅の写真を撮るには跨線橋で南口に渡ってこなければなりませんでした。
すぐに、京王線の線路の下をくぐります。この日、朝の冷え込みはなかなか厳しかったのですが、この先に緩やかな登り坂がしばらく続いていて、おかげでいい具合に身体が温まりました。
10分ほどで、多摩よこやまの道の東端に到着です。駅からここまでの間は、特に道案内はありませんでした。

良く整備された、広くて歩きやすい道が続いていきます。寒い時期で、しかも早い時間のスタートだったためか、多摩よこやまの道を歩いている間は、数えるほどの人しか見掛けませんでした。
多摩よこやまの道は、低いながらも尾根道ですから、樹木が途切れたところからは遠くの山並みを望むことができます。この日は空気が澄んでいて、その上に頭だけを出していた富士山も、きれいに見えていました。
ほぼずっと、「尾根幹線道路」に沿って進んでいきます。比較的交通量の多い道路ですが、このようにすぐ隣を通っている区間を除けば、静かな雰囲気の中を歩くことができました。
木段が整備されていたり、たいしたコブでもないのに巻き道まであったりして、景色は登山道さながらでした。

144m三角点のある場所は、ちょっとした広場になっていました。
三角点標石の後ろには、「諏訪ヶ岳」と書かれた私製の標柱が立てられていました。
ごく小さなコブですがピークには違いないので、一丁前に山名まで付られていたのです。これで一応は山に登ったことになりますから、この記録を「山行記録」としても嘘にはならないのかな。
諏訪ヶ岳の先には、すっかり山道を歩いているような気分になれる箇所もありました。

諏訪ヶ岳の少し先にも、同じくらいの高さのピークがあります。
「多摩丘陵パノラマの丘」と名付けられたその場所に登ると、一気に展望が開けて爽快な眺めを楽しめました。
「多摩丘陵パノラマの丘」では西側に大展望が広がっていて、丹沢・奥多摩・秩父の山々を一堂に見渡せます。
下の写真は山名ガイドを入れた縮小版なのですが、あまりに広い範囲を1枚に縮小してしまったため、山々の区別が付けづらくなってしまいました。大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
丹沢の稜線上には、富士山が相変わらずスッキリと見えていました。富士山の左隣は丹沢最高峰の蛭ヶ岳です。

両脇はすぐ近くまで市街地や道路が迫ってきて、尾根上には狭い幅で緑地が残されているだけですが、そこをうまく縫うようにして道が付けられていました。
とはいえ、道路に出てしまうことも多くて、中にはこうして完全に幹線道路上を歩くような箇所も。
再び山道に入ると、もちろん雰囲気は良くなるのですが、結構アップダウンが多く、あまり楽には歩けません。
かと思えば、すぐ先でまた車道歩きに戻ったりして、状況がめまぐるしく変わります。

一本杉公園の入口まで来ました。
この門は開放時間が朝8時からとなっていたので、あまり早く来てしまうと中を通れないようです。
公園の中心には池を配した大きな広場があって、市街地の中にありながら落ち着いた空間になっていました。
まだ朝の9時ということで、ここでもほとんど人を見ていません。
こんな時期なので少し寒々しい景色ですが、池の前は芝生広場なので、暖かくなれば緑で埋まるのでしょう。
公園内には、文化財としてここに移築され、保存・展示公開されている古民家が2軒あります。
今回はそのうち、旧有山家住宅を見てみました。18世紀初め頃の建築とみられ、小規模で質素な構造をしていることから、標準的な農家の住宅ではないかと推測されています。
台所は土間となっていて、かまども見られました。
囲炉裏のある座敷には竹の簀子(すのこ)が敷かれ、奥に接客主体の畳敷きの部屋があります。
広場から一段下がった所にキウイフルーツの屋根でできたテラスがあったので、ここで少し休んでいきましたが、石でできた椅子がキンキンに冷えていて、あまり長くは座っていられませんでした。

その後は次第に、道路を歩く区間が増えていきます。
ほとんどの場所では車道と歩道が分かれていて、車に注意が必要なのは道路を横断する時だけでしたが‥‥
遊歩道に入っても、自然が感じられる場所は少なくなり、コンクリートで固められた路面が多くなります。
多摩よこやまの道を東から西へ進むと、前半はあちこちに見所がある感じでしたが、後半になるに従って、淡々とただ歩くだけの区間が長くなっていくような印象でした。

久しぶりに広場に出た時、斜面に雪が残っていたのが意外でした。
案内図やガイドブックでは全く触れられていない場所ですが、ここは「もものき広場」というようです。
今年はまだ雪のある山には出掛けていなかったので、ほんの20~30mの間ですが、雪の感触を楽しみました。

その後は、小田急線の車両基地のすぐ横を通ります。車両基地の先には、多摩線の終点・唐木田駅があります。
遊歩道区間に入ると、ほぼ例外なく坂道が登場するのでした。
手前の写真の坂を登り切った所で、「展望ポイント」への分岐道が案内されていたので、寄り道してみます。
てっきり右手の丘の上にでも登るかと思いきや、その道は期待を裏切って中途半端な場所で終わっていました。
そこからの景色がこれ(見える方角はこの範囲だけ)。さっき見てきた車両基地の先に、唐木田駅付近の町並みが眺められる程度で、わざわざ「展望ポイント」と名付けるほどの場所なのか、大いに疑問でした。

元のコースに戻ると、遊歩道区間にしては珍しく、平坦な道が続く一帯が現れました。
車道と並走している区間なのがナンですが、穏やかな景色が目の前に広がって、ここは気分良く歩けています。
その先で、(たぶん)初めて歩道のない道路上を歩くことになったと思ったら、これまでずっと道標完備だったのに、この三叉路だけは何故か道案内がありません。ここでは地図で進路を確認して右折しました。
多摩よこやまの道も終盤になり、久々に尾根上に緑地が復活したら、あとは終点までずっと土の道が続きます。
でも、右を向けばこんな景色でした。見えているのは大型ショッピングモール「ぐりーんうぉーく多摩」です。

次に広場に出たところが、多摩よこやまの道の西端でした。
朝からずっと近くに見ていた「尾根幹線道路」に出ます。ここまで10km以上を歩いてきましたが、この日の行程はやっと半分を過ぎたところで、多摩よこやまの道を歩き終えても、まだまだ先が長いのでした。
西端にある案内図には、このあと長池公園を経て南大沢駅や京王堀之内駅へ向かうコースが書かれていましたが、このあとさらに尾根緑道を歩く計画なので、しばらくは「尾根幹線道路」を進みます。
1kmほど尾根幹線道路を歩いて、小山長池トンネルの前まで来れば、長い車道歩きも終わりです。
小山長池トンネルの入口前から分岐する道で、トンネルの上を通る尾根緑道に上がります。

尾根緑道に上がりました。朝の冷え込みが厳しかったこの日も、11時近くなると過ごしやすくなってきたので、ずっと着たままだったジャケットを、ここでようやく脱いでいます。
尾根緑道はほぼ平坦な道が続いていて、老若男女誰でも気軽に歩ける散策コースとして人気があるようでした。
写真はどれも、写り込む人が少なくなる瞬間を待って撮っていますが、実際には多くの人たちが思い思いに歩いたり走ったりしていて、そして、それでも窮屈に感じないだけの道幅があります。
道幅が広くてゆったりした気分で歩けるのは、戦時中に戦車の走行テストのために建設された道だかららしい。
中央の広い道は舗装されていますが、端のほうには土の道もあります。柔らかな道を歩く方が身体に優しいはずなので、私は土の道を選びましたが、ほとんどの人が舗装された硬い道ばかりを歩いていたのが不思議でした。

名前の通り、尾根緑道も多摩よこやまの道と同様に尾根道なので、遮る物がなければ見晴らしが良くなります。
「東展望広場」は、そんな場所のひとつでした。
丹沢の山並みを一望です(左のほうに大山が、中央より右には塔ノ岳・丹沢山・蛭ヶ岳などが並んでいます)。
すぐ近くには京王線の多摩境駅が見えていて、この写真でも右下のほうに少し写っています。
その後もずっと似たような景色が続きますが、本当に平坦で坂らしい坂が全くなく、歩きやすいです。
しかも、このあたりでは土の道にウッドチップが敷かれていて、フカフカの感触でした。
ここで尾根緑道は左折して、もう少し先まで続いていくのですが、今回は直進して「絹の道」に入ります。

「絹の道」は幕末の横浜開港以来、生糸を運搬するために八王子と横浜を結んでいた交易路です。
このあたりは、それまで歩いていた尾根緑道と同じく歩行者専用道路となっていて、のんびりと歩くことができます。周囲に広がっていた新興住宅地も、閑静な環境で街並みも美しく、住み心地がとても良さそうでした。
しばらく進むと車道に出ました。「絹の道」はまだまだ続いていて、ここから先は車道を歩くことになります。
さらに進んで、道が登り坂に変わると、「絹の道資料館」の前を通って行きます。
車道とはここでお別れして、道標に従って細くなった道に入り、さらに登っていきます。
分岐点には古い石塔群が立っていました。中央が秋葉大権現の石塔で、左右が庚申塔と供養塔です。
はじめ舗装されていた細い道は、人家が途絶えると往時の「絹の道」の姿をとどめた道に変わります。
このあたりは、文化庁によって「歴史の道百選」に選定されているらしい。

最後に石段を登れば、現在は大塚山公園として整備されている道了堂跡に到着となります。
道了堂跡の広場は、鬱蒼とした木々が茂る中でひっそりとしていました。
前の写真の石燈籠や、お地蔵様などは、往時の物が残されているようです。
肝心の道了堂は、さまざまな曲折を経て解体撤去され、基礎部分だけを残している状態でした。
三角点は、道了堂跡の奥の一番高い場所にありました。
ここが大塚山公園である以上、山としての名前は大塚山に違いなかろうと思われるので(個人のウェブにはそう表現したものも多く見受けられます)、この記録でもここを大塚山の山頂とすることにしました。
三角点のある大塚山の山頂から、道了堂跡の全景を振り返りました。

大塚山公園を後にしたら、あとは下るだけです。
下り始めは長い階段が続く急斜面となっていて、階段の前に立つと景色が開けました。
見えていたのは、奥多摩などの山々や八王子市街の展望です。
下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
階段を下ったら、片倉駅へ向かうのが一般的で、「絹の道」の続きも概ねその方向らしいのですが、今回は八王子バイパスの上を渡って八王子みなみ野駅を目指します。
住宅地を抜けて片側2車線の道路に出たところに、「片倉高校前」バス停があります。ここから八王子・八王子みなみ野・橋本・北野の各駅へ、いずれも頻繁にバスが出ているのですが、もう少しなので歩いてしまいます。
20km以上の距離を歩いたのは久しぶりで、しかも今回は舗装路などの硬い路面が大半を占めていたからか、最後のほうは歩くのが結構辛くなっていましたが、どうにか八王子みなみ野駅まで歩き通しました。

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