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大平山・古城山 [伊豆]

2017/02/25(土)

■第346回 : 大平山(578m)・古城山(540m)


今回訪れたのは、伊豆半島の付け根付近にある山です。最初に登った大平山に登山道があるのに対して、次に向かう古城山には登山道がなく、久しぶりにバリエーションルートを歩く計画で出掛けました。
バリエーションルート上では、予想していた以上に道がなくて進路が分かりにくかったところへ、必携装備のコンパスが作動しないアクシデントまで発生して、最終兵器のはずのGPSを最初から発動する羽目になったりしましたが、とりあえず予定通りには歩くことができています。

それにしても、登山道上に楽しめるような特段の景色がなかった上に、頂上などからの展望も限定的で、どちらも地味な山でした。このような低山では、それが本来の姿に近いと思っているので、私には観光のために人が手を入れ過ぎた山よりもむしろ好ましく感じられたのですが、一般受けしない山であることは間違いないでしょう。
そんな山だからか、この日は自分以外のハイカーと出会うことのない、完全な1人旅となりました。自然の音だけに満たされた世界にずっと身を置くことができて、その自然との対話も存分に楽しめた気がしています。

(往路)
市営斎場入口 06:15-06:30 相模大野 06:39-07:28 小田原
小田原 07:36-07:59 熱海 08:24-08:47 伊東

(登山行程)
伊東駅    08:55
丸山公園入口 09:10-09:15
大平山    10:20-10:30
四辻     11:05
柏峠     11:20
冷川峠    11:55-12:00
古城山    12:35-12:45
松川湖    14:05
おくの公園  14:10-14:20
城の平バス停 14:40

(復路)
城の平 14:53-15:13 伊東 15:21-15:44 熱海
熱海 15:47-16:09 小田原 16:31-17:25 相模大野
相模大野 17:28-17:43 市営斎場入口


大きなマップで見る

伊東駅からスタート。冷え込みが弱く、日向では朝から暖かさが感じられた一方で、風はまだ冷たかったです。
はじめは車道歩きで住宅街の中を抜けていきます。緩やかな登り坂が続いて、すぐに身体が暖まってきました。
15分ほどで丸山公園の入口に到着しました。車道歩きはここまでです。

丸山公園に入って、良く整備された遊歩道を登っていきます。
少し登った所に広場があり、かなり汗ばんでいたので、ウェアを調節していきます。山シャツの上に重ねていた物は全部脱ごうかとも思ったのですが、風に当たると一気に冷えるので、ジャケットは羽織ったままにしました。
その広場では梅の花が咲き始めていました。

丸山公園はかなり広くて、公園内の遊歩道だけでも100mくらいは登ったようです。公園の端まで来て、遊歩道が終わったところから、ようやく山道が始まりました。丸山公園から大平山へは、尾根コースと渓谷コースの2本が整備されましたが、現在は渓谷コースが整備不良で通行止めなので、歩けるのはこのコースだけです。
「ハイキングコース」にしては、道はかなり頼りないものでした。どうやら、あまり盛んに歩かれているコースではなさそうです(時期的な要因もあったかもしれませんが)。尾根が狭くて歩ける場所が限られるうちは明瞭な道も、尾根が広がって踏み跡が分散してしまうような箇所では、しばしば不明瞭になりました。
そして、勾配がきつい箇所でも全くジグザグを描かないので、意識的にゆっくり歩かないと、すぐに息が上がります。ただ、過剰に整備された様子がない分、木段のような人工物を見ずに歩けたのは好ましく感じたのですが。
しばらく登ると、石切場跡の標識と解説板がありました。江戸城の築城にあたって、伊豆東海岸一帯が中心的な採石地になっていたとのことで、このあたりもその1つだったらしいです。
すると、その先の登山道脇には、大きな岩がゴロゴロと点在するようになりました。
さらにこんな標識も出現。「この石に刻まれている(図柄)は、加賀前田家の印(刻印)と言われています。」
そうは言っても半世紀近くも前の物だしと、あまり期待せずに見に行ったら、意外にも分かりやすかったです。
ただ、登山道自体の景色は、いたって地味なままでした。手入れされなくなった植林地に雑木林が進出してきたような、やや雑然とした林相が続いて、歩いていて楽しい道ではありません。私自身、再びここを歩きたいとは思えませんでしたし、恐らくはリピーターが少ないことで、あまり歩かれない道になっているのではと感じました。
大きく開けた場所もなく、周囲の山々も稀に樹木の間から眺められる程度で、樹木が葉を茂らせる時期にはそれすら難しいでしょう(写真中央は大室山。もっと右には天城山があるはずですが、この日は雲の中でした)。

大平山の頂上に着きました。実はこの先にもまだ少し登りが続いていて、正確な意味で頂上とするには適当でない地点だと感じたのですが、ここに三角点が設置されていることに引きずられて頂上にされてしまったようです。
標識と三角点のほかにはベンチすらありませんが、人の手があまり加わっていない感じには好感が持てました。
東側が少し開けていて、伊東市街を見下ろした先には太平洋の大海原が広がっていました。

大平山の頂上とされた地点から先へ進むと、さらに20mほど登った地形図の592mピーク(そこが大平山の最高点?)までは、気持ちの良い穏やかな尾根が続いていて、この区間だけは道もしっかりと踏まれている様子でした。
大平山の西側に少し下った所には芝生広場があって、そこまで車で入ることができて駐車場も整備されています。大平山を訪れる人の多くは、きっとそこから楽々と登ってきて、頂上部だけを軽く散策する感じなのでしょう。
最高点らしい592mピークを過ぎた次のコブには「展望ゾーン」という標識が立っていました。
「展望ゾーン」からは富士山や箱根方面が眺められて、この日のコースでは唯一の展望らしい展望です。それなのに富士山は山頂部以外がほとんどが雲の中だったほか、箱根山も雲に隠れていて、近い範囲しか見られなかったのが残念でした。開けていたのがこの限られた地点だけなので、「展望ゾーン」という名称にもやや違和感が。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
富士山は、上のリンクの大きな写真でも雲との区別が付きにくいので、アップの写真も挙げておきます。真ん中あたりで、頂上部だけが辛うじて、雲の上に顔を出していました。
それにしても人の少ない山域で、伊東駅から歩き始めて以来、全くハイカーを見掛けていません。最も人がいる確率が高そうなのが、西側の芝生広場から少し登るだけで気軽に歩ける大平山と展望ゾーンの間でしたが、そこでも誰にも会わなかったことで、この日はもう最後まで1人旅になるのが確定したようなものでした。一般登山道でさえ人がいないのに、この先で登山道を外れて、バリエーションルートに入ってしまうのですから‥‥。

といっても、まだこの先、柏峠まではハイキングコースの続きです。展望地を過ぎると、再びあまり歩かれていない様子の頼りない道に戻りますが、要所には道標が立っていたので、道に迷う心配までは必要なさそうでした
その後は特に写真を撮るような景色もないまま、四辻まで来てしまいます。ここはその名の通り十字路になっていますが、左に下る大平の森へのコースはもう歩ける状況にはないらしく、「危険 立入禁止」となっていました。
登山道も相変わらず地味な風景の中にあって、これでは歩く人が少ないのも致し方ないというのが率直な印象です。そのせいか、少し歩きにくいと感じる箇所が出始めているようにも思われました(単に、歩く人が少ない冬季は整備が手薄になっていて、それで少し荒れていただけなのかもしれませんが‥‥)。

柏峠でハイキングコースは二手に分かれます。冷川峠に向かうには、右折して林道に出るのが一般的ですが、それだと少し遠回りな上に、余計に下って登り返す形になってしまいます。そこで、整備されたコースを歩くのはここまでとして、少し先からいわゆる“バリエーションルート”に入り、冷川峠を直線的に目指すことにしました。
ということで、直進方向のハイキングコースをもう少しだけ歩いたら、この鉄塔の先の472mピークで右折して、尾根伝いに南下を開始します。地形図に破線路が描かれている尾根なので、少なくとも過去には道があったはず。
その尾根は、はじめの傾斜が緩やかな間は、なんとなく道形が残っているような感じだったのですが‥‥。
でも一旦傾斜が増してしまうと、もう道形を追える場所はほとんどなくて、あとは道なき道を進むことに。
こうなると、地図と方位を手掛かりに進むことになりますが、なんとこんな時に限ってアウトドア腕時計の方位計測が電圧低下で作動せず(電池交換の時期が迫っていたとは!)、方角を定めて歩けないということが発覚。
仕方なく、いきなり最後の手段であるはずのGPSの出番となってしまいました。GPSの助けを借りたので、進路に迷う必要がなかった反面、自力で「バリエーションルートを歩いた」と言える状況ではなくなっています。
しかも、GPSを頼ったから楽に進めたかというと決してそうでもなく、急斜面の多くはすでに人が歩ける状況にはなかったため、転滑落しないよう細心の注意が必要でしたし、倒木などに行く手を阻まれて迂回を余儀なくされた箇所も多く、近道をしたつもりが、時短にも体力温存にも全くならなかった気がしています。

間近に迫った冷川峠は県道が切り通していて、峠とその前後は垂直な擁壁の連続で直接下ることができません。
峠の南側の斜面のほうが勾配が緩いことは地形図からも読み取れますが、Googleのストリートビューでも南側のほうが歩きやすそうな斜面に見えていたので、眼下に県道が見えてきたら、少し南に進路を補正します。
とはいえその南側もかなりの急斜面で、最後は滑り降りるようにして下るしかありませんでした。
ということで、降りてきたのは冷川峠の少し南側。道路標識の「冷川峠」はこちら側にありました。
そこから少し登って軽く峠越え(笑)をして、冷川峠の北側に出ます。伊東と修善寺を結ぶバス路線の停留所はこちら側にありました(写真左端のポストがバス停です)。
峠の北側に回ってきたのは、そこに送電線巡視路の入口があるからなのでした(黄色いポストがその目印)。この日はもう一般登山道を歩くことはなく、冷川峠にも道標など古城山への案内を示すものは何もないのです。
ただ、道なき道を突破した直後ですし、これから始まる古城山への登り返しを前に、ここで少し息を整えました。

送電線巡視路で尾根に上がると、ネットから得ていた情報通り、防火帯として開けた尾根がずっと続いていました。ほぼ1本道なのに、最近の物らしい真新しそうなリボンも割と頻繁に見られて、なんだか至れり尽くせり。
一応はここもバリエーションルートの範疇なので、地形図を片手に現在地を確認しながら歩いていましたが、古城山までは進路が明瞭すぎるくらいに明瞭で、そんなことをしなくても誰でも迷わずに歩けるような状況でした。
進路は明瞭でも、最初に越えて行く470m圏の小ピークまでは急登もありました。一般登山道ではないだけに踏み固められていない地面が脆くて歩きにくかったので、少しはこういう所を歩いた経験がないと難儀するかも。
その後は何度かのアップダウンを繰り返しながら進みます。気持ち良く歩ける緩やかな場所も結構ありました。
防火帯の両側には、桜並木が続いている区間が多くて、花の時期には華やかな雰囲気に変わるのではないでしょうか。今では見に来る人などほとんどなさそうなこんな場所に、人知れずこんな立派な桜並木があるなんて。

そうこうするうちに、古城山に到着。頂上にはそこそこの広さがあって、ゆったりとした佇まいでした。
ある物は標識と三角点だけで、あまり人が来ている気配もなく、寂峰という言葉が相応しいような頂上です。
周囲を樹木に遮られて、展望はほとんどありませんが、むしろそれもマイナーな山らしくて好ましい感じ。
変にほかに気を惹かれることがない分だけ、この場所自体が持つ雰囲気にどっぷりと浸ることでができ、自然の音だけが奏でる静けさの中にいると、自分もその自然と一体化できたような気がしました。

その後も同じような尾根が続くものと思っていたら、防火帯は古城山のすぐ先で終了となりました。
防火帯が途切れて分かりやすい1本道ではなくなり、リボン等の目印もほとんど見なくなるので、510m圏のコブで直進する明瞭な尾根を見送って左に折れる箇所では、地形判断が必要でした。古城山を境に、元々少ない入山者がさらに減った印象で、尾根上の踏み跡はあっても微かになり、倒木やヤブも増えた感がありました。
それでも、松川湖への道が分岐する480m圏の小ピークまでは、地形図を見ていれば難なく歩ける尾根でした。その480m圏の小ピークには、この尾根を歩き始めて以来初めて見る分岐標識が立っていて、前後の方向を「鹿路庭峠-冷川峠」、左折方向を「松川湖」としていました。かつてここが一般登山道だった頃の名残なのでしょう。

松川湖へ下る道は、ネット上にほとんど情報がなかったものの、標識がきちんと示していることに加えて、最新の地形図が実線(軽車道=道幅1.5m~3mの道路)で描いている(それを元にしたらしいGoogleマップでも二本線で描かれている)ので、事前にはあまり不安に思っていなかったのです。しかし現地に来て、その手前から主稜線ですらほとんど踏み跡を見なくなっていたことに一抹の不安を感じていたら、それが的中してしまいました。
標識が示す方向に歩き始めたら、案の定、いくらも時間が経たないうちに道形が消失します。それもそのはず、主稜線がそもそも満足に歩かれていないのですから、そこからの枝道なんてろくに歩かれている訳がないのです。
せめて尾根筋がハッキリしていれば、地形図だけを手に歩けたかもしれませんが、上のほうの急斜面では尾根自体も不明瞭で、すぐにGPSのお世話になることに(ここはコンパスが作動したとしても、GPSがないと難しかったかもしれません)。また方角を決められたとしても、そこにあるのが転げるような急斜面だったりして、安全に立てる足場を慎重に見定めつつ少しずつ下る必要があるなど、特に上のほうでは厄介な局面が続きました。

それでも下るうちに、地形判断で進める場所が多くなります。時にはこんな穏やかな箇所もありましたが‥‥。
断続的に急斜面が現れて、いつまでも気が抜けません(方角を迷う箇所がなくなったのは幸いですが)。ここにかつて登山道があった頃、一体どんな道筋を描いて下っていたのか、現状からは全く想像が付きませんでした。
遭難が頭をよぎるような状況ではなかったとはいえ、目指している車道が見えてきた時はホッとしました。
しかし最後まで、楽に降ろさせては貰えませんでした。車道への降り口は、ネットの情報で石段となっていて、ただそれを下るだけで良いと思っていたら、今やその石段が完全に埋まっていたばかりか、その上に落ち葉が降り積もって、すっかり滑り台と化していたのです。ここを人が歩かなくなってから、どれだけの月日が経っていたのでしょうか。石段脇の竹などを掴んで身体を支えながら下りますが、途中で1度滑って尻餅をつかされました。

それでも道路に出てしまえば、あとはバス停を目指すだけで、もう何の心配もありません。道路のすぐ下には、奥野ダムによって生まれた松川湖があって、その湖畔まで降りると河津桜が満開となっていました。
上の写真でも左奥に写っていますが、松川湖に注ぐ落合川に架かっている「奥野エコーブリッジ」を渡ります。
「奥野エコーブリッジ」の上から、松川湖を眺めてみました。
その後は湖畔の遊歩道を歩いて、右奥に見えてきたダムの堤体に向かいます。
ダムの堤体上には石碑などがありました。
堤体上から見た松川湖です。
堤体上は自由に横断できるようになっていました。

ひととおり湖の景色を楽しんだら、洪水吐き脇の階段で、ダム堤体の斜面を下って行きます。
堤体の基部まで下ってきたところに、「おくの公園」があります。予め目を付けておいた通り、ここには全く人がいなかったので、バスに乗る前に着替えなどの身支度を済ませておくことができました。
「おくの公園」を後にしたら、バス道路までもう少しだけ車道を歩きます。県道を進むのが近道でしたが、時間には余裕がありましたし、県道は交通量が多いのに歩道のない区間があることをGoogleのストリートビューで見ていたので、少し遠回りになるけれど車がほとんど通らない細い道を選びました。
城の平バス停には待合所があって、中で椅子に腰掛けてバスを待つことができました。

タグ:伊豆
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